4086話

 レイは日本にいた時に牛肉を好んでいたし、特に牛タンは好きだった。

 だが……だからといって、牛肉そのものにそこまで詳しい訳ではない。

 その為、十九階である夜の砂漠において倒した牛のモンスターをドワイトナイフで解体した時に出てきた大量の肉を見ても、それがどの部位なのかというのは分からなかった。

 これは、ある意味でドワイトナイフのマイナスの部分が出たといったところだろう。

 ドワイトナイフは、魔力を込めて突き刺すと眩い光と共に一瞬にして解体を終わらせる。

 そうなると、当然ながら目の前にある複数の肉がどの部位の肉なのかというのは分からない。

 これがドワイトナイフを使わずに自分で解体をした場合は、自分でその部位を切り取っていくので、それがどの部位なのかというのは分かるのだが。

 そんな中でレイが分かるのは、見て分かりやすい牛タン……それも綺麗に皮が剥かれた状態で、それこそ後は切って焼けばそのまま食べられるといったようになっている牛タンの塊と、脂身が多い……いわゆるサシが入っている、ロースくらいだろう。


(あれ? でも……こういうサシが入ってるロース肉って、しっかりと飼育して、餌も栄養のある飼料を食べさせて、それでようやくこんな感じになるんじゃなかったか? この牛のモンスターは、俺達が見つけた時は砂漠をかなりの速度で走っていた。となると、サシが入ったりは……まぁ、今回が偶然走っていただけで、普段は牧場で飼育されている牛のような生態をしていてもおかしくはないけど)


 そんな風に思いながら、取りあえず一番多い肉を次々にミスティリングに収納していく。

 そうして肉を収納し終わった後、残ったのは牛の特徴であった体毛と、魔石、短いが角。そして……


「えっと、この内臓はどう認識すればいいんだ? ……やっぱり、食用か? 保管ケースに入っていないし」


 今まで多くのモンスターの内臓は、何らかの素材として使える部位は保管ケースに入って残っていた。

 だが、この牛のモンスターの内臓は保管ケースに入らず、そのまま残っている。

 それもきちんと洗ったりして下処理がされたまま。

 牛肉が好きだったレイは、当然ながら内臓料理も好きだ。

 そもそも牛の内臓ではなくても、内臓と豆の煮込みといった、この世界でもおかずというよりは酒のツマミといった料理もレイは好んでいる。……それでいながら、酒は好まないのだが。

 ともあれ、ドワイトナイフで用意された各種内臓……どれがどの部位なのかとか、そういうのは分からなかったが、とにかくそれらもミスティリングに収納していく。


(そういえば、牛の胃って幾つもあって、店ではそれぞれ別の種類の内臓として出るんだったか? 後は肺とかも……そういう意味では、この牛のモンスターは文字通りの意味で美味しい存在だな)


 そうして内臓も全て収納し、体毛や角も収納し終わると、残ったのは魔石だけ。


「これ……結構な素材? 肉? が残るから、収納するのに結構時間が掛かるな。取りあえず必要な魔石は二個だし、それ以外は死体のままで収納してくか」

「グルゥ……」


 レイの呟きが聞こえたのか、周囲の警戒をしているセトは複雑な様子で喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、これだけ大量の肉が出て来たのだから、出来れば味見をしたいと思う。

 だが同時に、レイが言うように一匹を解体するのに……正確には解体した素材や肉を収納するのに結構な時間が掛かるのを思うと、二匹だけドワイトナイフで解体し、残りは後でもっと安全な場所、ダンジョンではない場所でやった方がいいだろうという思いもあったのだろう。

 セトもレイの言葉に納得し……少し時間は掛かったが、レイの手には現在魔石が二個あり、周囲には砂漠の砂だけが広がっていた。

 実際には牛のモンスターの首をデスサイズで切断したことにより、そこから噴き出した血によって鉄錆臭もかなり広がっているが。


「今日は家に帰ったら二十階まで行って、転移水晶に登録した祝いとして、牛肉を好きなだけ食べたいよな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイ達がいるのはまだ十九階で、その十九階にも来たばかりだ。

 二十階に続く階段がどこにあるのかも分からないのに、もう二十階にある転移水晶に登録した時のことを考えているのは、少し突っ走りすぎだろう。

 それはレイも自分で分かっていたが、自分とセトがいればその辺は問題なく出来るだろうという思い……いや、確信があった。


「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。

 セトもまた、レイと同じく自分達なら今日中に二十階に行けるという思いがあったのだろう。


「じゃあ、その為にも……まずは魔石だな。セトから使うか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 そんなセトに対し、レイは魔石を見せると……


「行くぞ」


 そう言い、魔石を放り投げる。

 セトはクチバシで魔石を咥え、そのまま飲み込み……


【セトは『パワーアタック Lv.四』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 その内容に、レイは特に驚くようなことはなかった。

 いや、寧ろ納得したと言ってもいい。

 牛のモンスターとはまともな戦闘はしていない。

 セトの王の威圧を使い、それで動けなくなったり、抵抗に成功しつつも動きが鈍くなったところで一方的に殺した形だ。

 だからこそ、牛のモンスターが具体的にどのような戦い方をするのかはレイも分からない。

 分からないが、それでも何となくイメージは出来る。

 セトの強化されたパワーアタックというスキルは、そんなレイの予想と見事に合致した形だ。


「グルゥ!」


 スキルが強化されたセトは、嬉しそうに喉を鳴らしながらレイに近付いてくる。

 そんなセトを撫でつつ、レイは口を開く。


「じゃあ、レベルアップしてどのくらいの威力になったのかを試す……と言いたいところだけど、試す対象がないな」


 ここが十八階なら、壁か何かに試すといったことも出来ただろう。

 だが、この十九階は夜の砂漠だ。

 パワーアタック……つまり、セトが体当たりをする標的となる物が何もない。

 勿論、今ここには何もないだけであって、もっと周辺をよく探せば岩の類はあるかもしれないが。


「グルゥ」


 残念そうに喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを励ますように撫でる。


「モンスターと遭遇したら、その時に試してみてもいいだろ。それまで少し待っていてくれ」

「グルゥ……」


 不承不承といった様子ではあったが、セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でると、次は自分の番だと魔石とデスサイズを手に、セトから少し離れる。


(セトがパワーアタックのレベルが上がったとなると……俺の場合も何となく想像出来るな。レベル九になってからそれなりに時間が経つし……そろそろ、レベル十に上がってもいいんじゃないか?)


 パワースラッシュのレベルが上がるようにと願いながら、レイは魔石を空中に放り投げ……次の瞬間、デスサイズで魔石を切断する。


【デスサイズは『飛針 Lv.八』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「ああああああ、そっちか、そっちなのか!?」


 レイとしては、パワースラッシュのレベルが十になるのを期待していただけに、そのショックは大きかった。

 そんなレイを、セトが身体を擦りつけて励まし、落ち着かせる。

 レイはそんなセトの様子に、ようやく落ち着いたのだろう。

 大きく息を吐く。


「あの牛のモンスター……長い体毛が生えていたしな。多分、あの毛を毛針とかそういうのにして飛ばすとか、あるいはハリネズミのように毛を立てて防具代わりにするのかもしれないな。……セトはどう思う?」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトも多分そうだと思うと喉を鳴らす。


「敵に何もさせないで勝利すると、こういう時にも困るんだな。……まぁ、いい。まずはレベルアップしたスキルを試してみるか。セトのパワーアタックと違って、飛針なら標的はなくても試せるし。……いやまぁ、標的がいたりあったりした方がいいのは間違いないんだけど。セト、少し離れていてくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは素直に離れる。

 それを見たレイは、デスサイズを手にスキルを発動する。


「飛針」


 スキルを発動すると同時に、デスサイズを振るう。

 すると次の瞬間、デスサイズが振るわれたと同時に大量の……数にして百四十本もの長針が放たれた。

 一本ずつの威力はそこまでではない……いや、それでも金属の鎧程度なら貫くだけの威力を持っているのだが。

 とにかくそんな長針が百四十本も一斉に放たれるのだ。

 その様子は、まさに長針のマシンガンとでも評すべきものだった。


「うーん、これは……以前よりも長針の数が多くなってるのは間違いないな。威力そのものは……標的がないから分からないけど、長針の速度を見る限りだと以前と変わっていないのか?」


 砂漠に突き刺さる長針を見ながら、レイはレベルアップした自分のスキルを分析する。

 そうして一通りスキルの確認を終えると、レイはセトに声を掛ける。


「じゃあ、行くか」

「グルゥ!」


 そうして再びレイはセトの背に乗り、二十階に続く階段を探す。


(牛肉……モンスターだから正確には違うんだろうけど、それでも見た感じ牛肉っぽかったのは間違いないような肉を大量に入手出来たのは嬉しかったな。もっとも、まだ二匹しか解体してないけど。家に帰ったら、庭で解体するか?)


 普通に解体をするのなら、当然ながら血や体液、それ以外にも様々な汚れが出るので、庭でそのようなことをやれば怒られるだろう。

 ジャニスはメイド……つまり、臨時雇いとはいえレイに仕える立場ではあるが、それでもメイドとして許容出来ないことがあった場合、レイに注意するだろう。

 いや、あるいはそれがジャニスにとってメイドとしての正道なのかもしれないが。

 ともあれ、それはあくまでも普通に解体する場合の話だ。

 ドワイトナイフを使って解体をする場合、血や体液は……死体を庭に置いた時に多少は出るかもしれないが、それくらいだろう。

 後はドワイトナイフを使えば、一瞬にして解体は終わる。

 血や体液が庭に零れ落ちるようなことはないままに。


「グルルゥ?」


 どうしたの? とセトが喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに、何でもないと首を横に振ってから口を開く。


「家に帰ったら、庭でさっきの牛のモンスターの解体をやろうと思ってな。……ドワイトナイフ、本当に便利だよな」

「グルゥ」


 レイの言葉に同意するセト。

 実際、セトから見てもドワイトナイフというのは非常に便利な……ある意味で卑怯と呼んでもいいような性能を持つマジックアイテムだ。

 何しろ、魔力を込めて刺すだけで一瞬にして解体が終わるのだから。

 セトはセト好きの面々に遊んで貰うことが多いが、その時によく愚痴を聞いたりもする。

 その愚痴の中には、仲間の解体が下手で素材に傷がついて高く買い取って貰えないとか、解体に時間が掛かりすぎるのでダンジョンの探索に時間が掛かるとか、そういう内容が多かった。

 それならギルドに解体を頼むか、もしくは解体屋に持っていくのは……と言う者はいない。

 ガンダルシアの冒険者は基本的にダンジョンの探索を行う者が大半なので、ダンジョンからモンスターの死体を持ってくるのがどれだけ大変なのか、大半の者が理解している為だ。

 ポーターがいればそれもありかもしれないが、そうなればそうなったで、モンスターの死体の分、ポーターが持ち運び出来る荷物の量も減ってしまう。

 妥協としては、いらない部位を大雑把に斬り落としてポーターが運ぶことだが……それでもポーターの負担は相応に大きくなる。


「後は、適当に飛んで……うーん、何か目印とかそういうのがあれば二十階に下りる階段も見つかりやすそうなんだけど、今の状況だとそれはちょっと難しいか? セト、何か目印らしいのがあったら教えてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。

 もっとも、レイはセトに頼んだからといって、自分で周囲の様子を探るのを止めない。

 セトはレイにとっても信頼出来る相棒ではあるが、それでもセトが何かを見逃したりする可能性は十分にあった為だ。

 あるいは、セトにとっては何らかの目印に見えないような物であっても、レイが見たらきちんとした目印だったと、そんなことがあってもおかしくはないのだから。


(まぁ、そこまで深く心配しなくてもいい……うーん、どうだろうな。多分大丈夫だとは思うが、やっぱり念の為に俺もしっかりと見ておいた方がいいよな)


 そう考え、上空から夜の砂漠に目を凝らすのだった。






【セト】

『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.四』new『魔法反射 Lv.二』『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』



【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.七』『ペネトレイト Lv.八』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.八』new『地中転移斬 Lv.五』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.三』『緑生斬Lv.一』



パワーアタック:強力な体当たりのスキル。レベル一で大人三人程の、レベル二で大人四人程、レベル三で大人五人程、レベル四で大人六人程が手を繋いだくらいの太さの幹を持つ木をへし折るだけの威力がある。



飛針:デスサイズを振るうことで、長針を複数生み出して発射する。レベル一では五本、レベル二では十本、レベル三では十五本、レベル四では二十本、レベル五では五十本で、レベル六では八十本、レベル七では百十本、レベル八では百四十本、金属の鎧を貫ける威力。

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