4085話

連休&お盆ということで、18日まで毎日2話更新です。

こちらに直接飛んできた方は、前話からどうぞ。


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「おお……ここに来るのは初めてだけど、さすが中央」

「グルゥ」


 レイの言葉に同意するようにして、セトも自分が今入った場所を見回す。

 現在レイ達がいるのは、十八階の中でも中央にある場所。

 ……あくまでもナルシーナから貰った地図が正しければの話だが。

 ただ、これまでも地図は正しかったので、ほぼ間違いないと思われる。

 この階層が神殿の階層とレイが感想を抱いたことを思うと、ここに広がっているのは祭壇とでも呼ぶべき場所。

 豪華絢爛といった様子の飾り付けがされており、見る者の目を奪う。

 広大な部屋……というより、空間に用意されたそれらの精緻なまでの飾りは、もし自分達で用意するのなら一体どれだけの金が必要になるのか分からない。


「あ」


 そんな光景を見ていたレイだったが、飾りを見る流れで天井を見ると、そんな声が上がる。

 何故なら、そこにはステンドグラスが嵌まっていたからだ。

 レイがこの十八階にあるホールで確保したステンドグラスだったが、それよりも明らかに多い。

 また、ステンドグラスの大きさも、ホールにあった物よりも大きいのが何枚かあった。


(うわ……しくったな。いや、けど考えてみれば当然か。この部屋……祭壇? にくるのの後回しにしていたツケが来た感じか)


 考えてみれば、ホールにあるようなステンドグラスは、この神殿の階層の中央部分にして、一番広い場所にある物よりも小さいのは当然だった。

 レイが何度か集めてきたステンドグラスのあるホールも、それなりに広い場所ではあったのだが。

 ただ、それでもこの祭壇と比べると半分……どころか、二割にも満たない程の広さだった。

 それを思えば、この祭壇により大きなステンドグラスがあってもおかしくはないだろう。


(とはいえ……うーん、大丈夫だよな?)


 これが祭壇のような場所でなければ、レイもここまで考えるようなことはしなかった筈だ。

 だが、祭壇のような場所となれば、この神殿の階層において何か重要ないみを持っている場所のようにも思える。

 実際には、十九階に続く階段があるだけなのだが。

 ただ、それでもこの祭壇のような場所にあるステンドグラスを取り出してもいいものかどうか。


「ここにあるステンドグラスについては、ギルドに戻ったらアニタに聞いてみるか。……もっとも、二十階まで到達すれば、十八階に戻ってくるかどうかは微妙な感じだけど」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトはどうしたの? といったように喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でつつ、天井を見る。


「あのステンドグラスについてだよ。ここで取り出してもいいのかどうか迷ってな」

「グルゥ?」


 どうするの? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトに対し、首を横に振る。


「取りあえず今日は手を出さないよ。ただ、ギルドに戻ったらアニタに話をしておく。……俺達がステンドグラスを確保しなくても、ナルシーナを始めとした他の者達の金稼ぎに使えるかもしれないし」

「グルゥ」


 セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、どうしてもステンドグラスを確保したいとは思っていなかったのだろう。


「もう少しこの場所を見ていたいとは思うけど、いつまでもここで時間を潰すのは避けた方がいいしな。……十九階が一体どのような場所かは分からないし、出来るだけ早く攻略したい」

「グルルゥ!」


 レイの言葉にセトは行こうと喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの鳴き声に頷くと、祭壇の中央に向かう。

 そこに……祭壇の中心には下に、十九階に続く階段がある。

 レイとセトは、その階段を下りていくのだった。






「うわ……ここが十九階か。ちょっと予想外だったな」


 レイの視線の先に広がっているのは、一面の砂漠。

 四階も砂漠だったので、そういう意味では初めての階層という訳ではない。

 だが……四階と違うのは、夜の砂漠だったということだ。

 太陽の代わりに、月が煌々と柔らかな光を地上に降り注いでいる。

 四階の暑い……いや、熱い温度とは違い、涼しいというよりは、寒い砂漠。

 また、夜の砂漠だけあって、四階の砂漠と違って視界はそこまで広くない。

 もっとも、ドラゴンローブがあるのでレイにとっては寒さは関係ないし、夜目も利くので月明かりしかなくても遠くまで見渡せる。

 それはレイだけではなく、セトも同様だった。

 そういう意味では、この十九階は普通の冒険者にとっては非常に厄介な階層だったが、レイやセトにしてみれば楽な階層だったのは間違いない。

 何よりも、砂漠なのでセトが自由に空を飛べるというのが大きかった。


「崖の階層よりはちょっと移動する難易度は高いけど……神殿の階層よりはマシだよな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。

 そんなセトを撫でながら、ふとレイは気が付く。


(あれ? 十五階の前の階層が崖の階層で移動がしやすい……あくまでも俺とセトに限ってだけど、とにかく移動のしやすい階層だった。そして十九階も夜の砂漠という、俺とセトにとっては移動しやすい階層……これって偶然か? もしかして、何かの、もしくは誰かの計算通りだったりしないよな?)


 少しだけ疑問を抱くレイだったが、すぐにそれを否定する。

 そもそもの話、ダンジョンがレイに何らかの考慮をするとは思えない。

 それにこの十九階や次の二十階にしても、レイ達が来たから慌てて作った訳ではないだろう。


(ない、よな? 久遠の牙がこの階層を攻略したのを思えば、絶対にそうだと断言出来ないのが少し悩みどころだけど)


 偶然だ。

 結局レイはそう考えを纏める。

 そしてレイはセトに声を掛ける。


「さて、セト。出来ればこの十九階もしっかりと探索して未知のモンスターを倒したいところなんだが……当初の予定通り、二十階の階段を探そう。……見た感じ、かなり広いからそう簡単に階段を見つけるのは難しいだろうけど」

「グルゥ!」


 自分やレイなら大丈夫! と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべ、早速その背に乗る。


「そうだな。じゃあ、早速階段を探すか。セト、頼むな」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らし、数歩の助走の後でその場から飛び立つのだった。






「夜の砂漠ってのも、こうして見ると悪くないな」


 空を飛ぶセトの背の上で、レイはそう呟く。

 どこまでも広がる砂の海。

 それは、煌々と降り注ぐ月明かり。

 静寂に満ちた夜の砂漠は、かなり幻想的な光景だった。

 もっとも、それはレイやセトだからこそだ。

 普通の冒険者なら、夜の砂漠というのは非常に寒く……ましてや、高度百m程の高さを飛んでいると余計に寒く、とてもではないが周囲の光景を楽しむ余裕はない。


(まぁ、冒険者ならある程度はスキルやマジックアイテム、あるいは魔法でどうにかするかもしれないけど)


 そんな風に思っていると、地上を走っている数匹のモンスターの姿に気が付く。

 砂漠を走っているとは思えないような、そんな速度で走っているモンスターの群れは、牛のように見えた。

 勿論、モンスターである以上はただの牛ではないのはレイにも分かったが。


(というか……身体から大量の毛が生えているしな。多分、あの毛で砂漠の夜の寒さから身を守ってるんだろうけど……昼はどうしてるんだ? あ、でも昼でも砂漠は火傷をしないように全身を覆うような服を着るんだっけ? そういう意味では、あの毛の長さも昼の太陽から身を守る為に使ってるのかもしれないな)


 レイが砂漠を走る複数の牛のモンスターを見ていると、当然ながらレイよりも五感の鋭いセトは牛のモンスターについては気が付いていたのだろう。


「グルルルゥ?」


 あのモンスター倒す? とセトが喉を鳴らす。

 ……いや、それは倒す? ではなく、倒したいというニュアンスの鳴き声だ。

 セトから見ても、牛のモンスターの肉は美味そうに思えたのだろう。


(牛タン食いたいし、それもいいか。出来れば、この十九階では戦闘をしないで二十階に続く階段を見つけたかったんだけど)


 初志貫徹か、それとも牛肉という誘惑に負けるか。

 そうして悩んだレイだったが……久しく食べていない牛タンの味や食感を思い出すと、一瞬にして誘惑に負ける。


「セト、俺達にとって未知のモンスターの魔石は是非とも入手するべきだ。魔獣術の為にも、未知のモンスターの魔石を見逃すということはあってはならない」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 ……実際には、セトもレイの言葉が表向きのものなのは分かっている。

 だが、セトもまたレイに負けず……いや、あるいはレイ以上に牛肉に心を奪われていたので、レイの言葉に見事に乗った形だ。

 そんな訳で、レイとセトは二十階に続く階段を探すのを一度止め、牛肉を……いや、魔石を手に入れる為に行動を起こす。

 セトが砂漠を走る牛の群れに向かい、翼を羽ばたかせて急降下していく。

 レイはそんな背の上で、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、戦闘準備は万端だった。


「セト、肉……いや、魔石が目当てなのは間違いないけど、この階層で戦う初めての敵だ。注意しながら戦うぞ。数は……大体三十匹か。一匹残らずに倒す」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、地上を行く牛のモンスターの群れ……三十匹近いその群れに向かって、スキルを発動する。


「グルルルルルルルルルゥ!」


 放たれたのは、王の威圧。

 その鳴き声を聞いた途端、砂漠を走っていた三十匹近い群れのうち、半数以上が足を止める。

 全速力で走っている群れの中で、その半数以上がいきなり足を止めたらどうなるか。

 当然ながら、その勢いのまま転び砂の上を転がることになる。

 中には王の威圧に何とか耐えたモンスターもいたのだが、王の威圧は耐えることに成功しても、完全にその効果を発揮しない訳ではない。

 抵抗に成功したことで、その場で動きは止まらなかったものの、走る速度が極端に遅くなる。

 これがもっと高ランクの……それこそランクA、あるいはランクSのモンスターなら、王の威圧に耐えても動きが遅くなるといったことはないかもしれないし、あるいは動きが遅くなっても、ここまで見て分かる程に遅くはならないかもしれない。

 だが、十九階に棲息するモンスターにそこまでのことは出来ない。

 結果として、抵抗に成功して動きが遅くなった牛のモンスターも、自分の前にいた、あるいは隣にいた仲間が王の威圧によって動きを止めて転んだことにより、そこに足を引っ掛け、転んでしまう。

 結果として、牛のモンスター達の間で起こったのは壮絶なまでの事故だった。

 もっとも、地面はコンクリートでなく、踏み固められた地面でもなく、砂だ。

 また、十九階のモンスターとして相応の強さを持つ牛のモンスター達なので、これだけの事故をおこしても、それだけで死んだ個体はいない。

 打撲であったり、あるいは転んだ時に後ろの仲間に踏まれて骨折をした個体はいたが、せいぜいがそれだけだ。


「よっと」


 動きが止まった牛のモンスターの群れの中央に、レイは降り立つ。

 セトの背から下りて、途中でスレイプニルの靴を使い、落下速度を殺しながら無事牛のモンスター達の群れの中央……ちょうど立つことが出来るような場所に着地したのだ。


「ブモ……」


 レイが着地したすぐ側にいた牛のモンスターは、そんな鳴き声を上げるものの……次の瞬間にはあっさりと首が切断される。

 そのまま続けてデスサイズを振るい続け……また、セトも地面に下りてくると前足の一撃で首の骨を折り、瞬く間に三十匹近い牛のモンスターは全てが死ぬ。


「まさに大量って奴だな。もっとも、この血の匂いに惹かれて他のモンスターがやって来るかもしれないから、とっとと片付けるか」


 セトの一撃で首の骨が折れた個体からは血が出るようなことはない。

 だが、レイの振るったデスサイズによって首を切断された個体は、切断された場所から激しく血が噴き出ていた。


(これ……今更だけど、実はこの血も素材として何かに使えるとかだったら、勿体ないことをしてるよな。……まぁ、今回の目当てはあくまでも肉なんだし、血が素材ならそれはそれで仕方がないとは思うけど)


 そんな風に思いつつ、レイはミスティリングからドワイトナイフを取り出す。

 すると周囲に眩い光が……それこそ夜の闇を駆逐するかのような強烈は輝きが生み出され、やがてそれが消え……


「うおっ、マジか……凄いな」


 牛のモンスターだけに、恐らく肉が結構な量出るだろうとはレイも思っていた。

 だが、出て来た肉はそんなレイの予想を超えた量だ。

 レイがあれだけ食べたがっていた、牛タンも塊でしっかりと残っている。

 それを見ながら、レイは嬉しく思いながらも戸惑うのだった。

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