4084話

「よし、ステンドグラスはこれでいいな」

「グルゥ!」


 既に三度目ということもあり、ダンジョン十八階のステンドグラスのあるホールで、天井にあるステンドグラスを綺麗に切断するのはかなり慣れた行為だった。

 レイの言葉に、セトはおめでとうと喉を鳴らす。


「取りあえずステンドグラスの一件は終わったから……次はコロッセオだな。リビングメイルと遭遇しないといいんだけど」


 既にリビングメイルは何度も倒しているので、もうリビングメイルの魔石は特に必要ではない。

 そういう意味では、リビングメイルとの遭遇はレイにとって美味しくはないのだが……ただ、リビングメイルを綺麗に倒すと、その鎧を防具として売ることも出来るし、リビングメイルが持っている武器は基本的にマジックアイテムなので、そういう意味でもレイにとっては美味しいものがある。

 ……もっとも、レイが自分で使う訳ではないので、あくまでも美味しいのは金銭的な意味でなのだが。


(そう言えば、あの巨大な戦斧……どうなったんだろうな)


 武器屋の前に置いてきた……いや、飾ってきた、巨大な戦斧。

 客寄せ用として武器屋の店主がレイから購入した代物だ。

 昨日レイが見た限りだと、店の前に用意された台座に飾られた巨大な戦斧は、間違いなく通行人の視線を集めていた。

 客寄せ用としては、十分にその役割をこなしていたのは間違いない。

 だが、それはあくまでも昨日レイが見た限りだ。

 翌日となった今日もまた、しっかりと客寄せ用として効果を発揮しているのかどうかは、レイには分からなかった。

 武器屋の店主も、あの巨大な戦斧を安く買い取った訳ではない。

 結構な値段でレイから買い取った以上、客寄せとしてしっかり効果を発揮しないと、大損になるだろう。

 レイとしては、あの武器屋はこれからもそれなりに利用したいと思っているので、出来ればあの巨大な戦斧がもう飽きられるようなことにはなっていないと思いたい。


(まぁ、武器を売る予定がなくても、寄ってみてもいいかもしれないな)


 そんな風に思いつつ、レイは次の場所……コロッセオに向かう。

 途中で何度か見回りをしているリビングメイルと遭遇したものの、レイやセトにとって、既に倒し方が確立されているリビングメイルなど、敵ではない。

 容易に……そして綺麗に倒し、鎧と魔剣と魔槍を入手し、コロッセオに到着する。

 レイとしては、リビングメイルと別モンスター扱いとなっている、ユニコーンや猫科のリビングメイル、あるいはそれ以外の別の種類のリビングメイルと遭遇したいと思っていたのだが、数が少ないのか、それとも単純に他にはそういうのがいないのか、とにかくそのような相手と遭遇するようなことはなかった。


「さて、コロッセオだ。……いや、その前に台所に寄ってみるか? 昨日、ジャニスに見せたら大喜びしてたしな」


 レイには調理器具や食器の善し悪しというのは、分からない。

 精々が、綺麗に細工されている皿を見れば高級品なんだろうなと思うくらいだ。

 だが、メイドが本職のジャニスの目からは、調理器具も食器も、どれも一級品と認識されたらしい。

 もっとも、メイドのジャニスの厳しい鑑定眼によると、一級品ではあるが爵位の高い貴族や、ましてや王族が使うには物足りない品であるということだったが。

 ともあれ、ジャニスにとっては大歓迎の代物だったらしい。

 だからこそ、また厨房によって調理器具や食器を根こそぎ貰っていこうと判断したのだ。

 したのだが……


「うーん? 半分……にも満たないくらいか?」


 セトを外で待たせておき、厨房に入ったレイは昨日と同じように調理器具や食器を集めたのだが、その量は昨日の半分にも満たない。

 単純に昨日レイが回収していったので、ダンジョンの修復能力であっても、一日で全てを元に戻すことは出来なかったのか。

 せめてもの救いは、量は足りないが質は昨日と同じような物のように思えたことか。

 もっとも、本当に質が同じかどうかはジャニスに確認して貰う必要があったが。


「まぁ、もし質が悪くても、何かには使えるだろ」


 そう判断し、レイは集めた調理器具や食器を次々とミスティリングに収納していく。

 集めた量がそこまで多くなかったことや、昨日に続いて二回目ということで多少は慣れたということもあり、かなり短い時間で収納作業を終える。

 厨房から出ると、レイは近付いてきたセトを撫でる。


「悪いな、ちょっと待たせてしまったか? 後はコロッセオに……」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でつつ、掃除用具が収納されている部屋の扉を開けるが……やはりそこにあったのは、掃除道具だけだった。


「もしかしたら何かあるかもしれないと思ったけど、外れだったか。……セト、コロッセオを試すぞ。俺の予想が正しければ……というか、そうあって欲しいと思ってるだけなんだが、とにかくコロッセオの中に入ったら、昨日と同じように勝手に扉が閉まって、敵を倒すまでは開かなくなる可能性がある。それを注意してくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 昨日は何も分からない状況でいきなりレイが部屋に……コロッセオに入ったら扉が閉まり、開かなくなった。

 レイがミノタウロスを倒したら開いたが、セトにしてみれば急に扉が開かなくなって、かなり焦ったのは事実。

 だが、今はもうコロッセオがどのような場所なのかを知っているので、もし扉が開かなくても混乱することはない筈だった。


「じゃあ、行ってくるな」


 レイはそれでも心配そうな様子を完全に隠すことが出来ていないセトを軽く撫でると、コロッセオに続く扉に入る。

 中身はやはり昨日と同じく、コロッセオだ。

 正確にはコロッセオに続く通路。

 レイは扉を閉めるとそのまま歩き出し……


「あ、これ駄目だな」


 ある程度進んだところで、残念そうに……本当に残念そうな様子で呟く。

 何故なら、昨日はある程度進んだところで歓声が聞こえてきたのだが、今は全く何も聞こえてこないのだ。

 ミノタウロスを倒し、二回目にコロッセオに入った時も歓声が全く聞こえてこなかった。

 だとすれば、今回もまたそれと同じなのだろうと……非常に残念に思いつつ、それでもレイが足を止めることはない。

 一応……本当に一応の話だが、もしかしたらコロッセオの真ん中まで行けば、何か起きるかもしれない。

 そんな一縷の希望を抱きながら、通路を通りすぎ、コロッセオ……敵と戦う場所に足を踏み入れる。

 だが、そこに広がっているのは静寂だけだ。

 昨日のミノタウロスのようなモンスターの姿もなく、観客がいないにも関わらず歓声が聞こえてきたりもしない。


「……駄目か」


 通路を進んだ時に、もう駄目だろうとはレイも思っていた。

 思っていたが、それでももしかしたらという思いからコロッセオの真ん中にまで進んだのだが、やはりモンスターが現れる様子はない。

 そのことに心の底からがっかりしながらも、レイは改めてコロッセオを見回す。


「これ、一日一回という制約がある訳でもないとなると……三日に一回とか、十日に一回とか? ……そういうの関係なく、一回しか使えないとか、そういうことはないよな?」


 それはレイにとって最悪の予想だった。

 予想だったが……こうして実際に口にしてみると、それが事実なのではないかという思いを抱いてしまう。


「取りあえず……セトにも試して貰うか」


 そう言いながらコロッセオを後にし通路に戻り、扉を開けようとして、ふと気が付く。


「あれ? もしかして、わざわざコロッセオの中央までいかなくても、この扉が開けられるかどうかでコロッセオを再利用出来るかどうか、分かったんじゃないか?」


 そう、もしコロッセオが使えるのなら、扉は開かない。

 だが、コロッセオが使えないのなら、扉は開く筈だった。

 そういう意味では、レイは時間を無駄に使ったのではないかと、そう思ってしまう。

 だが、すぐにレイはそれを否定するように首を横に振る。

 何故なら、もし最初に扉が開くかどうか試していても……そして扉が開いても、実際に通路を出てコロッセオに行ってみただろうと、そう認識出来たのだ。

 扉だけで、もうコロッセオは使えないと、そう諦めるようなことは、自分ならしなかっただろうと、そうレイは思えたのだ。


「うん、そういう訳で問題ないな」


 予想は出来ても、それが正しいのかどうかは実際に試してみないと分からない。

 そうレイは判断し、扉を開く。


「グルゥ!」


 すると扉の前にいたセトが、中から出て来たレイを見て、嬉しそうに喉を鳴らす。

 昨日の今日なので、もしコロッセオが使えても心配はいらないとセトも思っていた。

 思ってはいたが、それでもやはりこうして無事にレイが出てくると、安堵するのだ。

 レイもそんなセトの気持ちは理解出来たので、セトが擦りつけてくる頭を撫でる。


「ほら、大丈夫だって。何も心配はないから。……いや、本当に何もなかったんだよ」

「グルゥ?」


 レイの様子に疑問を感じたらしいセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。

 円らな瞳で見てくるセトを撫でつつ、レイは口を開く。


「いや、コロッセオは結局何もなかったんだよ。次の利用まで、一日だけじゃなくてもっと時間が必要なのか……それとも、本当に最悪の予想だが、一人一回しか使えないのか」

「グルゥ……グルルゥ、グルゥ!」


 レイの言葉を聞いたセトが、じゃあ次は自分がやってみると扉の前に立つ。

 レイがコロッセオに入るのは心配していたものの、自分が入る分には構わないらしい。


「分かった。多分大丈夫だとは思うけど、気を付けてな」

「グルゥ」


 セトが通れるように扉を開けると、セトは分かったと喉を鳴らして中に入っていく。

 それを見送ったレイは、扉を閉め……


(ここで扉を開けるのは、駄目か?)


 扉を前に、そんなことを思う。

 レイが中に入った時は、それで試してもよかったかもしれないと思ったが、自分ではなくセトが中に入ったとなると、ここで扉を開けるのはセトの邪魔をするようなものではないかと思ったのだ。

 それでも……いや、だが……そんな風に迷っているレイの前で、不意に扉が開く。

 そこにいたのはセト。


「グルゥ?」


 扉の前で悩んだ様子を見せていたレイに、セトは不思議そうにどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイは自分の行動を誤魔化そうとしながら、口を開く。


「あ、あははは。何でもない。それでセトはどうだった? ……いや、戻ってくるのが早かったし、宝箱も持っていないのを見ると、多分俺と同じ結果になったんだとは思うけど」


 セトの側には昨日と違って宝箱がない。

 であれば、やはりコロッセオに敵が出てこなかったのか。

 そうレイが尋ねると、セトは頷く。


「グルゥ」

「そうか。……こうなると、やっぱり数日か、数十日か、数ヶ月か、数年か……あるいは一生に一度なのか。とにかくすぐにまたこのコロッセオで敵と戦えるとは思わない方がよさそうだな」


 レイとしては、残念だった。

 ……何しろ、昨日倒したミノタウロスが持っていたのは、とてもではないがレイは使えないだろう巨大な戦斧だったのだから。

 出来ればもっと使えるマジックアイテムが出てくれると嬉しかったのだが。


(まぁ、武器屋で客寄せの武器……オブジェ? として使われているし、そういう意味では入手した意味があったのかもしれないけど)


 今日リビングメイルの武器を売りに行った時、武器屋がどうなっているのか。

 レイは少し楽しみにしながら、気分を切り替える。


「さて、取りあえず十八階でやるべきことはもう全部やった。後は、当初の予定通りに十九階に行って、出来ればそのまま二十階に到着して転移水晶で地上に戻りたいところだな」

「グルルゥ!」


 セトもコロッセオの件は取りあえず置いておき、十九階に向かうのにやる気満々な様子で喉を鳴らす。

 何だかんだと、レイとセトは十八階でそれなりの時間をすごしている。

 もっとも、それはあくまでもレイとセトにしてはの話で、普通のパーティならもっと長期間……場合によっては、それこそ数十日もの間、その階層を探索したりするのだが。

 あるいはそこで金を稼げると知れば、冒険者として未知を求めるのではなく生活の為にダンジョンに潜っているような者達であれば、下の階層に行くことはなく、ずっとその階層にいてもおかしくはない。

 ましてや、この十八階はリビングメイルが多数出る。

 上手く倒せばかなりの儲けになる筈だった。

 ……もっとも、リビングメイルの鎧や武器を持って海の階層である十七階を移動することを思えば、そう簡単に稼げるような場所ではなかったが。

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