4083話

今日から連休&お盆なので、18日まで毎日2話ずつ更新します。

直接こちらに来た人は、前話からどうぞ。


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「さて、そっちの作戦は明らかに失敗した訳だが……どうする?」

「はぁ、はぁ、はぁ……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ま、まだまだぁっ!」


 フルプレートメイルと巨大な盾によって身を守られているザイードだったが、その息は荒い。

 既に生徒達も八割方は倒されている。

 ……いや、まだ八割程度ですんでいるのは、それこそザイードが必死になってその防御力で皆を守った結果か。

 もっとも、それによってザイードはかなりのダメージを受けていたが。

 全身を覆っている鎧であっても、それは本当の意味で全身を完全に覆っている訳ではない。

 関節部分はどうしても他の部分と同じように鎧を厚くは出来ないし、視界を確保する意味でも兜に外を見るための部位がある。

 ……もっとも、関節部分はともかく、さすがに兜を……つまり目を攻撃するのはやりすぎだとレイも理解しているので、そこを攻撃するようなことはなかった。

 それはつまり、そのくらいの手加減をしてもレイがザイードを圧倒出来ているという意味でもある。


「ぐわああああっ!」


 次にどのような攻撃をしようかと悩んでいるレイと、荒く息を吐き、何とか次のレイの攻撃を防ごうとしていたザイード。

 そんな二人の間に……いや、より正確にはザイードにぶつかるようにして、セトに吹き飛ばされたセグリットが吹き飛んでくる。


「ぐぬぅっ!」


 声から、ザイードもそれがセグリットのものだと判断したのだろう。

 咄嗟に視線をそちらに向け、吹き飛んできたセグリットを視界に捉えた瞬間、ザイードはセグリットを受け止める。

 ……それはザイードの仲間思いなところが出た行動なのだろう。

 だが、ただでさえ自分よりも強者であるレイを前にして、視線を逸らす……どころか、吹き飛んできたセグリットを受け止めるというのは、ザイードにとって致命的だった。

 背中を見せたザイードに、レイは容赦なく――それでも十分に手加減をして――槍を振るう。

 吹き飛んできたセグリットを受け止めたザイードだったが、ちょうどそのタイミングでザイードの右膝の裏を槍の穂先で叩くようにして一撃を放ち、それによってザイードは……いわゆる、膝かっくんの状態になり、自分の意思に反してバランスを崩す。

 セグリットを受け止めたタイミングでそのようになったのだから、まともに立っていられる筈もなかった。

 セグリットを受け止めたまま、地面に倒れるザイード。

 レイはそんなザイードの頭部を槍の石突きで軽く突く。

 これで、ザイードの敗北は決まった。

 今回は槍の石突きで軽く突く程度だったが、もしレイが本気なら、穂先で力一杯頭部を……視界を確保する隙間から叩き込んでいただろう。

 そうなれば、ザイードは当然のように死んでいた筈だ。

 そういう意味では、これが模擬戦で命拾いしたということだろう。

 実際、審判役のニラシスも今の一撃でザイードは死んだと判定する。

 ……なお、吹き飛んできたセグリットは、セトの一撃だけで既に死亡判定を受けている。

 セトの一撃がどれだけの威力を持っているのか知っていれば、それは当然の判断だろうが。

 そして……ザイードとセグリットという、三組の中でも上位二人が死亡扱いになると、残っていた数少ない生徒達ではどうしようもない。

 次々とレイの持つ槍の、あるいはセグリットを倒したセトの攻撃によって、数分と経たないうちに全滅扱いとなるのだった。






「さて、約束通りお前達が全滅した以上、俺が手に入れた魔剣についての情報は教えない。……ただまぁ、俺にとってあの魔剣は使えない武器だったのは間違いないし、そういう意味では俺が持っていても意味がないのは事実だけどな」

「ちょっ、おい、レイ!?」


 レイの言葉に、ニラシスが思わずといった様子で突っ込む。

 ニラシスにしてみれば、まさかレイが今のようなことを言うとは思っていなかったのだろう。


「このくらいの情報はいいだろ。それなりに持ち堪えたんだし」


 そう言い、レイの視線が向けられたのはザイード……ではなく、セグリット。

 今回の模擬戦でMVPが誰なのかということになれば、レイはザイードではなくセグリットだと言うだろう。

 何しろ、セグリットはザイードと他の生徒達がレイと戦っている間、ずっと一人でセトの相手を引き受けていたのだ。

 勿論、セトが本気で戦っていれば、恐らくセグリットもすぐに倒されていただろう。

 そういう意味では、セトが手加減をしすぎたという一面があるのも間違いない。

 だが……それでも、例えかなり手加減をしたとしても、セグリットがセトを相手にかなりの時間持ち堪えたのは、間違いのない事実なのだ。

 もしセグリットがもっと早くやられていれば、ザイード達はもっと早くレイとセトを同時に相手にすることになり、今のようにかなりの長時間持ち堪えることは出来なかっただろう。

 そんなMVPに対する賞品として、多少の情報を話すのは構わないだろうとレイは思っていた。


(それに……生徒達の中で猫店長の店について知ってる者が一体どれだけいるか分からないしな。もし知っていても、猫店長の店に入れるかどうかも分からないし、何かの間違いで店に入っても、猫店長は俺の要望に従って魔剣を売る相手を選んでくれる以上、生徒達では無理だろうし)


 それこそ冒険者育成校の生徒の中では最強のアーヴァインであっても、猫店長は売らないだろうという確信がレイにはあった。

 アーヴァインが冒険者育成校で最強なのは間違いないが、それはあくまでも冒険者育成校の中での話だ。

 勿論、冒険者として活動している者達の中にはアーヴァインよりも弱い奴もいるだろう。

 だが同時に、アーヴァインよりも強い者も普通に存在するのだ。

 そういう意味では、アーヴァインが猫店長の見る目に適うとは思えなかった。


(あくまでも、今は……だけどな)


 アーヴァイン、イステル、ザイード、セグリット。

 この四人は、今はまだ猫店長の目には適わなくても、才能があるのは間違いない。

 冒険者としての経験を積めば、いずれ猫店長が認めるくらいになるだろうというのは、レイにも予想出来た。

 ……もっとも、その時まで氷の魔剣が残っているとは限らなかったが。

 なお、ハルエスがこの中に入っていないのは、やはりポーターだからというのが大きい。

 弓の才能に関してはかなりのものがあるが、それでもハルエスにとっては強さよりもポーターとしての能力を求めるのは間違いなかった。

 あるいは、ハルエスがポーターを止めて、弓を武器にして戦闘をメインにやっていくのなら、ハルエスもまた猫店長に認められる可能性もあるかもしれなかったが。


「ぬぅ……まぁ、レイがそう言うならいいけどよ」


 完全には納得した様子ではなかったニラシスだったが、言ってしまったものは仕方がないと、諦めた様子を見せる。


「ともあれ、三組らしい戦い方だったのは間違いないが、それでも今後のことを思えば、それ以外の戦い方もこれからは意識するように」


 このままではグダグダになると判断したのか、教官の一人がそう言い……それによって、模擬戦の授業は終了するのだった。






「いやぁ、餌がいいと違うな」

「……餌って、おまえな」


 食堂で昼食を食べながら、レイはニラシスの言葉に呆れたように言う。

 レイとニラシス以外の教官……冒険者組の教官達も、ニラシスの言葉に呆れの表情を浮かべている者が多い。

 ニラシスの言う餌というのは、午前の模擬戦の授業のことだろう。

 三組の生徒で効果的だったので、その次の模擬戦の授業においても、同じようにレイの魔剣の情報を餌にしてみたのだが……まさに、鼻先に釣られたニンジンといったところか。

 ともあれ、それによってレイが入手した魔剣の情報について知りたい生徒達が模擬戦を頑張った。

 それこそ見ていた教官達を驚かせるくらいには。

 ニラシスが上機嫌なのも、それが理由だろう。


「普通なら、それこそ生徒達のやる気を出す理由が不純だとか、そういう風に言う奴がいてもよさそうなものだけど」

「レイ、俺達は冒険者だぞ?」


 それで納得しろと?

 そう言いたくなったレイだったが、そう聞くとニラシスは当然と言った様子で頷くように思えたので、その件については聞かないでおく。

 するとニラシスもその話題についてはそれで終わったと判断したらしく、別の話題を口にする。


「それで、レイは今日もこれからダンジョンに行くのか?」

「ああ、今日で十九階に行って……出来れば二十階まで行って、転移水晶に登録したいとは思っている」

「……二十階かぁ。あっという間に抜かされたよな」


 しみじみとニラシスが呟くと、他の教官達もそれに同意する。

 この冒険者育成校で教官として雇われている冒険者は、優秀な冒険者達だ。

 それは間違いない。

 だが、優秀な冒険者であるのは間違いないが、ガンダルシアにおけるトップクラスの冒険者という訳ではない。

 中の中、あるいは中の上といった者達が大半だった。

 その為、レイにこうしてあっさりと抜かれてしまったことに……それこそ今日のうちに二十階まで行きたいと言い、しかもそれが決して夢物語ではなく、実現出来るものだということに、ニラシスや他の教官達は思うところがあったのだろう。


「俺の場合は、セトがいるしな」


 レイにしてみれば、自分の実力についても自信があるが、ここまでダンジョンを素早く攻略出来たのは、間違いなくセトの存在があってこそだった。

 セトに乗って空を飛べるというのは、それだけ圧倒的に有利な事態なのだ。

 また、空を飛べないような階層であっても、セトがレイを背中に乗せて走ったりも出来る。

 そんなレイとセトだけに、ダンジョン攻略にはかなり向いていた。


「セトかぁ……セト程じゃなくても、従魔は欲しいよな」


 教官の一人がしみじみと言う。

 モンスターを従魔に出来れば、その能力を上手く使うことによって、ダンジョンの攻略が楽になると思ったのだろう。


「けど、従魔がいると泊まれる宿も限られるわよ? まぁ、小さな従魔なら、その辺の問題もないかもしれないけど」

「そうなんだよな。セトのように大きな従魔がいたら、高級宿とか、場合によっては自分で家を借りるとかしないといけないだろうし」


 一人がそう言うと、従魔を欲しいと口にした男もすぐに諦める様子を見せる。

 家を借りることそのものは不可能ではない。

 あるいは、フランシスに頼めばレイのように冒険者育成校で所有している家を借りられるかもしれないが……それはそれで面倒なことになりそうだという思いがそこにはあったのだろう。

 実際、それは他の者達も同様だった。


「取りあえず、今は従魔は必要ないな」

「そうね。セトちゃんのように可愛らしくて、それも小さい従魔なら欲しいけど」


 そういう女の言葉に、話を聞いていた何人かが頷く。

 レイにとっても、従魔の件については他人事ではない。

 実際、レイもガンダルシアに来る際に厩舎と庭のある家を用意してくれたというのが、教官をしようと思った理由のある程度を占めている。

 もっともレイがギルムからガンダルシアに来たのは、ドラゴンの素材の件が大きく関係しているので、もし厩舎のある家が用意出来なかった場合は、家ではなく宿に寝泊まりしたかもしれなかったが。


「……さて、とにかく俺もそろそろダンジョンに行くよ」


 そう言い、レイは座っていた席を立ち上がる。

 ……そんなレイの様子に、周囲で声を掛ける機会を窺っていた生徒の何人かは残念そうな様子を見せていた。

 レイと私的な話をする機会は決して多くはない。

 だからこそ、レイを見掛けた生徒達は声を掛けようとしたのだろうが、残念ながら今回は声を掛ける前にレイが食堂を出ていってしまう。


「あーあ。……ちょっとレイ教官と話をしたかったのに」

「私はセトちゃんについてちょっと聞きたかったわ」

「それより、魔剣の件について聞くに決まってるだろ」


 そんな生徒達の声に、食堂に残った教官達は少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 自分達がレイと話をしていたことにより、他の生徒達が教官に声を掛けることが出来なかったと理解したのだろう。


(何だか、気のせいか……生徒達の責めるような視線が向けられているような)


 教官の一人は周囲にいる生徒達からの視線に、嫌な予感を覚えてしまう。


「さ……さぁ、俺達もいつまでも食堂にいる訳にもいかないしな。ダンジョンに行くなり、その準備をするなりしないと」

「そうね。……でも、レイがこうして素早くダンジョンを攻略出来るのって、ダンジョンに行く準備らしい準備を簡単に出来るからというのもあるのよね。……羨ましいわ」


 その言葉に、他の教官達が同意するように頷くのだった。

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