4082話

「レイ教官、昨日魔剣を宝箱から手に入れたって、本当ですか!?」


 模擬戦の授業が始まる前、生徒がレイにそう聞いてくる。

 生徒達が昨日の一件を知っているのは、そうおかしなことではない。

 生徒達も午後からはパーティを組んでダンジョンに挑んでいるのだ。

 ダンジョンから出で素材や魔石をギルドで売ろうとしている時に、ギルドにいる冒険者達の話を小耳に挟むというのは珍しいものではない。

 それどころか、少し早く……夕方になる前にダンジョンから出た者がいれば、レイが宝箱を開ける依頼を募集しているというのを知ることも出来たかもしれないし、もしくは依頼を受けたオリーブが訓練場で宝箱を開けたところを見た者がいたかもしれないのだから。

 そういう意味では、生徒達が昨日レイが魔剣を手に入れたことについて知っていてもおかしくはなかった。

 そんな生徒の質問に、レイは職員室で答えたのと同じように答えようとし……


「ちょっと待った!」


 ニラシスがそんなレイの様子に待ったを掛ける。


「ニラシス?」

「ちょっとこっちに来てくれ」


 そう言い、ニラシスはレイを訓練場の端に連れていく。

 そこで一体何を話すのかと疑問に思ったが、ニラシスの様子を見ると反論出来る様子ではない。

 流されるままに訓練場の端まで連れていかれ……


「レイ、魔剣を売ったというのは、レイに模擬戦で勝った奴に教えるってのはどうだ?」

「はぁ? それ、本気で言ってるのか?」


 ニラシスの口から出た予想外の言葉に、レイは思わずそう言う。

 だが、ニラシスはレイの驚きの表情を見ても、特に気にした様子もなく頷く。


「そうだ。最近……こう言ってはなんだけど、レイやセトと模擬戦をやる生徒達の中には、模擬戦はやっているけど勝とうとしない者がそれなりにいる」

「……まぁ、それは否定しない」


 生徒達の自覚の有無はあれども、実際に模擬戦の相手をしている方としては、相手に勝つ気があるのかどうか、何となく分かる。

 勿論、勝てないと思っている生徒達も、勝つ気がないからといって本気で戦っていない訳ではない。

 だが……それでも、やはり勝つ気でいる者といない者。

 この二つの場合、どうしても前者の方が伸びるのだ。

 ニラシスもそれを理解しているからこそ、本気でレイに勝つ気で模擬戦をさせる為の餌として、レイの魔剣についての情報を出してもいいのではないかと、そう思ったのだろう。

 これでレイが魔剣の情報について秘匿しているのならともかく、レイにそのつもりはないし、実際に職員室で魔剣を売ったという話はしている。

 つまり、魔剣についての情報は隠している訳ではないので、生徒達に知られても構わない。

 そういう意味では、言い方は悪いが良い餌としての効果は十分にあった。

 その辺りについて説明すると、レイはなるほどと頷く。


「分かった、俺はそれで構わない。ただ、言っておくが職員室でも言ったように、どの店に売ったのかということは話さないぞ?」

「ああ、それでいい」


 ニラシスとしては、寧ろそんな情報を話された方が困る。

 何しろ、今日の午後から魔剣を探して色々な店に行ってみるつもりなのだから。

 そんな訳で、ニラシスとしてはレイの提案には決して反対はしない。それどころか、寧ろ乗り気だった。


「なら、そういうことで」


 レイはそう言い、再び訓練場の中央付近に戻る。


「さて、待たせてしまって悪かったな。魔剣についてだが、模擬戦で俺に勝利出来たら教えよう。勿論、勝った者だけに話そうとは思わない。誰かが俺に勝ったら、それはクラス全員が勝利したとみなして、全員に教えよう」


 ざわり、と。

 レイの宣言を聞いた生徒達は、ざわめく。

 元々、今日の模擬戦はレイとセト対生徒達全員というものだった。

 そして負けた生徒達は、他の教官からアドバイスを貰って自分の悪いところを直すといったような形式になっている。

 レイとセトだけが体力を消耗する訓練だったが、教官の中で最強なのはレイだ。

 そして実際、冒険者組の教官の中でもレイよりも深い階層を潜っている者はいない。

 そういう意味でも、最強のレイが相手をするというのが、難易度的な面でも一番上だった。

 とはいえ、レイを含む教官達にとっては普通のことかもしれないが、生徒達にしてみれば違う。

 レイとセトを相手に勝利しろと、そう言われているのだ。

 中には、既に魔剣の情報について聞くのを諦めている者すらいたが……


「やるぞ」


 一人の生徒が……ザイードが短くそう言う。


「そうだ、やるぞ! レイ教官は強いけど、絶対に勝てないって訳じゃない筈だ!」


 ザイードに続き、セグリットも皆を鼓舞するよう叫ぶ。

 普段は無口なザイードの、そして一種のカリスマ性すらあるセグリットの言葉に、三組の生徒達はやる気を漲らせていく。

 今日の模擬戦ではレイに勝つと、そのような決意と共に生徒達がやる気を漲らせていく。


(やっぱり三組だけのことはあるよな。……まぁ、俺にしてみれば、セグリットがまだ三組にいるのがちょっと不思議だけど)


 レイがガンダルシアに来たのとほぼ同時に冒険者育成校に入学したセグリットだったが、その才能を思う存分に発揮した結果、かなりの早さで上位のクラスまでやって来た。

 だが……レイがギルムに帰る時にはもう三組だったのに、未だに三組のままなのだ。

 勿論、上のクラスともなればそう簡単に次のクラスに進むことは出来ない。

 それは事実なのだが、レイが見たところセグリットはそれでも上のクラスに行けるだけの実力はあるように思えた。

 だが、まだ三組にいる。

 これはセグリットの実力不足か、レイが見誤ったのか、もしくはセグリットが三組に来てある程度満足してしまったのか。

 その辺りの事情はレイにも分からなかったが、とにかくこれから行う模擬戦の中でそれが分かればいいなと、そう思っていた。


「ニラシス、合図を頼む」


 ザイードとセグリットの鼓舞により、生徒達の士気は上がっている。

 それを見て取ったレイは、この士気が下がるよりも前に、模擬戦を行ってしまおうと考えた。

 ニラシスもそれは同様だったらしく、レイの言葉にすぐに頷く。


「分かった。じゃあ、それぞれ準備をしてくれ」


 ニラシスの言葉は、レイに対してのものではなく、生徒達に向けてのものだ。

 レイの場合は、レイとセトだけが模擬戦に参加するので、準備らしい準備は必要ない。

 模擬戦用の槍を手にし、セトの隣に立てば、それだけでレイの準備は完了する。

 だが、生徒達の場合は人数が多いので、陣形を組む必要がある。

 それだけでそれなりに時間を使うので、素早く陣形を組んでも、それが終わるのに数分は掛かった。

 ……あるいはこれだけの人数で陣形を組むのに数分程度ですんだのは、ここが三組という冒険者育成校の中では上位のクラスだからというのもあるのだろう。

 そんな生徒達の様子を見つつ、準備を終えたと見たニラシスは口を開く。


「さて、準備はいいな。では……模擬戦、始め!」


 ニラシスの宣言と共に、真っ先に放たれたのは矢。

 弓を武器としている後衛達が、ニラシスの合図と共に同時に矢を射ったのだ。とはいえ……


「甘いな」


 三組という上位のクラスの生徒達だとはいえ、それでもまだ生徒であって、本当の冒険者ではないのだ。

 結果として、射られた矢はレイやセト以外の場所に向かったりもしている。

 また、その矢の速度も決してそこまでではなく、狙いも正確ではない。

 もっとも矢もまた鏃がないので、普通の……本来の矢と一緒にするのが間違いなのかもしれないが。

 レイは自分の方に向かってくる矢だけを槍で防ぐ。

 セトもまた、自分に向かって飛んでくる矢だけを前足で弾く。

 これは、レイやセトにとっては厄介な攻撃でもなんでもない。

 ……もっとも、三組の生徒達にとってもこの弓による攻撃でレイやセトを倒せるとは思っていない。

 これはあくまでも牽制……レイとセトの意識を少しでもそちらに向けられればいいと、そう思っての攻撃だった。

 もっとも、当然ながらレイやセトも相手の意図については理解している。

 何しろ、今まで何度も模擬戦を行ってきたのだ。

 そうである以上、生徒達の行動も最善を求め……画一化していく。

 それが理由で、レイに強い慣れを感じさせるようになり、対応が楽になるのだが。

 生徒達の方もそれを理解はしているが、それでも弓を使った攻撃というのは現状においては一方的にレイやセトを攻撃出来る手段だ。

 ……レイやセトが魔法やスキルを使えば、遠距離攻撃の手段は十分にあるのだが。


「セトは左側からな。俺は右側から」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、それを合図にレイとセトは左右に分かれる。

 挟撃……というのは、この人数差でも言えるのかどうかは微妙なところだろう。

 だが、挟撃をしている一人と一匹の力を考えれば、挟撃と呼ぶに十分な戦力差であるのは間違いなかった。


「俺はレイ教官を」

「じゃあ、俺はセトを!」


 ザイードとセグリットがそれぞれに言葉を交わし、こちらも左右に分かれる。

 ザイードとセグリットが、三組における強さの一番目と二番目なのは間違いない。

 ……どちらが一番なのかは、正確には決まっていないが。

 二人だけで模擬戦をした場合、勝率は五分五分といったところなのだから。

 そんな二人がそれぞれ別行動をしたのは……


(判断ミスじゃないのか?)


 フルプレートメイルを着て、頑丈な盾を手にしたザイードが自分に向かってくるのを見て、レイはそう思う。

 ザイードがレイを、セグリットがセトを押さえている間に、他の生徒達という戦力を使ってどちらかに攻撃を集中させるのが向こうの狙いなのは、その動きから間違いない。

 その方法自体はレイにも納得出来る。

 だがどうせなら、自分かセトのどちらかをザイードとセグリットで押さえ込み、生徒達は全員でもう片方を攻撃する方が効率的なのでは?

 そのように思いつつ、頑丈な盾を構え、突撃してくるザイードをレイは迎え撃つ。

 全身を鎧で包まれ、更に盾を持つザイードは、まさにタンクといった表現が相応しい存在だ。

 その重量感は、平均以下の身長しかない小柄なレイと比べれば、圧倒的に勝っている。

 ……これがセトなら、ザイードを相手にしても重量感では負けていないのだが。

 とはいえ、レイが負けているのはあくまでも重量感だけであって、実際の実力ではない。

 ザイードもそれを分かっているので、レイとの距離がある程度まで近付いたところで足を止め……ない。


(お? いやまぁ、当然か)


 足を止めないザイードに少しだけ驚くものの、三組の残りの生徒達が全員レイのいる方に向かって進んでいるのを見れば、三組の生徒が最初に倒すべき相手として認識したのはレイなのだろうと理解出来た。

 だからこそ、ザイードは本来なら慎重に行動するべきところでも足を止めず、レイの注意を自分に向けようとしたのだろう。

 レイはそんなザイードを見つつ、一瞬だけセトの方を見る。

 そこではセグリットが必死になってセトの足止めをしていた。

 ……幾ら手加減をしているとはいえ、セトを足止め出来ているという時点で大したものではあるのだろう。

 そのことに感心しながら、牽制の意味で射られた矢を槍で弾き……その瞬間を見逃さず、短剣と長剣を武器にしている者達がザイードの後ろから飛び出し、左右に分かれる。

 三組の生徒を挟撃しようとしたレイとセトだったが、そのレイを逆に挟撃するといった形になっていた。


(やるな)


 そのことには素直に感心するものの、レイはそのまま相手の行動を待つようなことはせず、短剣を手にした二人に向かって距離を詰める。

 いきなりのレイの行動に驚く二人。

 だが、何とか我に返ると、改めてレイに向かって短剣を投擲してくる。

 このままレイの接近を許せば、元々が実力で負けている上に、武器のリーチでも大きく負けている。

 このままいつものように戦えば、自分達が一方的に負けてしまうと思ったのだろう。

 だからこそ、短剣を投擲して間合いの長さで逆転したのだ。

 ……予備の短剣があるからこそ出来たことでもあったのだが。

 しかし、レイはあっさりと二本の短剣を回避すると、それでも前に出る足を止めず……


「ぐぶっ!」

「が……」


 レイが素早く突いた槍によって、ほぼ同時に二人は鳩尾に衝撃を受け、そのまま意識を奪われる。

 模擬戦用とはいえ、鎧を着ていたからその程度ですんだ一撃だった。

 もっとも、レイも十分に手加減をしているので、もし狙った場所以外に当たっても、それが大怪我をさせるような一撃になるということはなかったが。

 また、もしこれが実戦だったら、レイは鳩尾ではなく頭部、あるいは首を狙っていただろう。

 そうして真っ先に二人が落ちて……そのまま動きを止めず、レイは長剣で襲ってきた生徒達の相手をするのだった。

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