4080話

「これ、乗ってもいいのか?」

「構わないにゃ」


 氷の魔剣を調べている猫店長は、レイの言葉にあっさりとそう返す。

 自分の言葉をはっきりと理解しているのかどうかレイには分からなかったが、猫店長が許可を出したのは間違いない以上、レイもその言葉を聞いて板の上に足を乗せる。

 片足をそっと乗せ……次にもう片方の足を乗せると、次の瞬間にはレイの身体は板の上にあった。


「っと……っと、と……」


 最初はバランスを取るのに苦戦したものの、それもすぐに慣れ、レイの身体は板の上でも特に不満をせずに動けていた。


「あ、でも……あれ? 動かないのか?」


 体重移動をすることによって動くのではないか。

 そう思ったレイだったが、前に体重を掛けても板が動く様子はない。

 ……もし体重を掛けて動くのなら、この板はポーター用の道具だけではなく、移動道具としても使えるのではないかと思うのだが、生憎とそういうことに使えそうにはなかった。


「駄目か。……それでも、この板は冒険者にとっては便利だと思うんだけどな」

「そうかもしれないけど、その板はかなり高いにゃ。そう簡単に買える値段じゃないにゃ。それに……その板を使い続けるには魔力を使い続ける必要があるにゃ」


 猫店長の言葉に、レイはなるほどと納得する。

 レイの場合は莫大な魔力を持つのでこの手のマジックアイテムをある程度自由に使うことが出来るが、それはあくまでもレイだからだ。

 レイ以外の者がこの手のマジックアイテムを使い続けるとなると、相応に魔力を必要とするのは間違いなかった。


「となると、こんなに便利そうなのに、他の冒険者はそう簡単には使えないって訳か」

「そうなるにゃ。……さて」


 レイの言葉に頷くと、猫店長は調べていた氷の魔剣をカウンターの上に置く。


「この魔剣……かなり高性能な魔剣にゃ」

「だろうな。十八階……十七階? いや、十八階……とにかく、そこで入手した宝箱に入っていた魔剣だしな」


 十七階と十八階のどちらと表現すればいいのか、レイは分からなかった。

 何しろ宝箱があった部屋は十七階だが、その部屋に行くのは十八階の階段を使って行くしかないのだから。

 ましてや、宝箱のあった部屋は他にどこかに続く通路はなく、本当に宝箱があるだけの部屋だった。

 そういう意味では、十七階と十八階のどちらと表現すればいいのか、レイには分からなかった。


「これだけの魔剣となると、そういう風になるのも仕方がないのかもしれないにゃ。それで、この氷の魔剣を持ってきたということは、うちに売ってくれるということでいいのかにゃ?」

「俺には使えない……というか、向いていない魔剣だし、そのつもりだ」

「向いていないにゃ?」


 猫店長は、レイが何を言ってるのか分からないといった様子で視線を――正確には着ぐるみの顔を――向けてくる。

 猫店長にしてみれば、この魔剣は見るからに高品質な魔剣のように思える。

 そしてレイは、使うのにかなりの魔力を必要とする板をあっさりと使っていたのを見れば分かるように、マジックアイテムを使うのに魔力が足りないということはない筈だった。


「ああ、俺は炎属性に特化してるからな。それ以外のマジックアイテムとは相性が悪い。特に水や氷のように、炎とは正反対の属性とはかなり。実際、その魔剣を使ってみても、刀身に薄い氷を纏わせることが出来るくらいだったし。多分、その魔剣を使いこなせるのなら、刀身に頑丈な氷を生み出してより攻撃範囲を大きくしたり、もしくは氷を飛ばして攻撃したりといったことが出来るんだと思うけど……俺にはそれが限界だ」

「なるほどにゃ。稀にそのような人がいるとは聞くけど、レイもそのような存在だったのかにゃ」

「そうだな、もっとも、お陰で炎属性については魔法でも何でも他人に負けるようなことはまずないだろうけど。……いやまぁ、世界は広いって言うし、もしかしたら俺以上に炎に愛された存在とかがいる可能性は十分にあるけど」

「……ともあれ、この魔剣はレイには意味がないということでいいかにゃ?」

「ああ。だから売ろうと思ってここに来たんだよ」

「それは嬉しいにゃ。……もっとも、レイはこれ以外にも幾つかダンジョンで魔剣の類を見つけていると聞くにゃ?」


 そう言い、レイに視線を向ける猫店長。

 最初は猫店長が何について言ってるのか分からなかったレイだったが、少ししてその言葉の意味を理解する。


「リビングメイルが使っていた武器か? まぁ、一応魔剣とか魔槍とか真鎚……というのはちょっと違うか? とにかくマジックアイテムだったけど、質的にそこまで良いものじゃなかったぞ?」

「レイにはそう思うかもしれないけど、欲しがる者はいると思うにゃ」

「……そう言われてもな。悪いけど、リビングメイルが使っているマジックアイテムについては、特定の店に売ろうかと思ってるんだよ。ガンダルシアの冒険者を少しでも強くする為にな」

「むぅ……そう言われると、こちらとしても反論は出来ないにゃ」


 猫店長も、レイが冒険者育成校の教官をしているのは知っている。

 それはつまり、ガンダルシアの冒険者を鍛える為だ。

 勿論、レイが教官をしているのは冒険者育成校の生徒達……つまり、ガンダルシア冒険者ではあっても、まだ未熟な者達だ。

 そのような者達ではなく、既に冒険者としてダンジョンの探索をしている者達を強くする為に、マジックアイテムを他の店に売ってると言われれば、猫店長も言ってるように反論出来ない。

 ……いや、反論しようと思えば出来るだろうが、猫店長としてもガンダルシアの冒険者が強化されるのは望むところであって、それに反対をしようとは思わなかった。


「悪いな。その代わり、この氷の魔剣のように俺が手に入れても使わないと思うマジックアイテムはここに持ち込むから」

「……レイはマジックアイテムを集める趣味があると聞いてるにゃ? なのに、この氷の魔剣も売っても構わないのかにゃ? 間違いなく一級品にゃ」


 猫店長の言葉に、レイはカウンターの上にある氷の魔剣を見て、だろうなと思う。

 実際にレイから見ても、この魔剣がかなり強力なマジックアイテムであるのは間違いないのだ。

 だが……炎属性に特化しているレイにしてみれば、氷の魔剣という時点で駄目だ。

 あるいは流水の短剣のように、攻撃には使えなくても日常品として使えるのならとも思ったが。


(ジャニスに冷蔵庫代わりに使わせようかとも思ったんだが……多分、ジャニスは受け取らないだろうしな)


 そもそもジャニスが氷の魔剣を持っていると、何らかの理由で知った者がいたら、血迷って襲撃をするといったことをしかねない。

 普通に考えれば、レイの家で働いているメイドを襲撃するというのは自殺行為でしかないし、命が惜しい者はまずしない。

 だが……レイは午前中は冒険者育成校の教官の仕事があり、午後にはダンジョンに潜るのが半ば恒例化している。

 勿論、絶対にそのようなことをする訳ではなく、場合によってはダンジョンに潜らずに何か他の用事をこなしたりすることもあった。

 それでも大抵は午前は教官、午後はダンジョンといった流れになっているのだから、それを知ってる者なら氷の魔剣を欲してジャニスのいる家に襲撃するといったことをしかねない。

 ……当然ながら、そのようなことをすればガンダルシアにいられる訳がなく、襲撃の成功失敗に関わらずガンダルシアを出ていく必要があるだろう。

 もっとも、それでレイから……セトから逃げられるかどうかは、また別の話だったが。


「これが氷の魔剣じゃなくて。炎の魔剣とか……もしくは炎の魔剣ではなくても、水や氷のように属性が正反対とかじゃなければ、まだ何とかなったかもしれないけどな」

「それは運にゃ。……そもそもこれだけの魔剣を入手出来ただけで、幸運だとは思うがにゃ」


 ガンダルシアにおいて、趣味でマジックアイテム屋をやっている猫店長だったが、趣味だからこそだろう。マジックアイテムを見る目は一級品だ。

 そんな猫店長の目から見て、この氷の魔剣は今まで猫店長が扱ってきたマジックアイテムの中でも最高峰の代物だ。

 これ以上の品はない……とまでは言わないが、それでもこの氷の魔剣よりも優れたマジックアイテムは数える程しかないのも事実。

 そんなマジックアイテムを入手出来たのだから、レイは間違いなく幸運だと猫店長には思えた。

 ……もっとも、レイにしてみればどれだけ性能の高いマジックアイテムであっても、自分が使いこなせるかどうかというのが大きい。

 そういう意味では、この氷の魔剣はとてもではないがレイには使いこなせないマジックアイテムだった。


(これで、俺だけじゃなくてパーティでダンジョンに挑んでいれば、この魔剣を使いこなせる者もいたのかもしれないけどな)


 今更の話を思い浮かべるレイ。

 レイはソロで――セトがいるが――活動してる以上、こういう時には使い道がない。

 あるいは、レイが防具屋に頼んだ甲殻の鎧のうちの幾つかをミスティリングに収納してあるように、いざという時……何かに使う時の為に収納しておくといった方法もあったのだが。

 ただ、どうせなら猫店長の店に売って、この氷の魔剣を使うのに相応しい人物に売って欲しいと、そうレイは思った。


「それで、幾らで買い取ってくれる?」

「……一応聞いておくけど、本当にこれだけの魔剣を売っても構わないのかにゃ?」

「俺が使えない武器を持っていても意味がないしな。ただ、売るのに条件がある」

「条件にゃ?」

「この魔剣は、冒険者の中でこの魔剣を使うに相応しい相手に売って欲しい。例えば貴族が自慢する為に買うとか、商人が転売する為に買うとか、そういうのはしないでくれ。あくまでもダンジョンを攻略する冒険者に売って欲しい」


 鎧や武器と同じように、レイとしてはこの魔剣もガンダルシアで活動している冒険者の戦力アップの為に使って欲しかった。

 甲殻の鎧や、リビングメイルが使っていたマジックアイテムについては、そこまで強力でもないので、冒険者の底上げをする――それでも買えるのは中堅くらいだろうが――のに使おうと思っていたが、この魔剣は違う。

 レイから見ても、強力な魔剣であると認識出来るような武器なのだ。

 そうである以上、冒険者の底上げではなく、トップクラスの冒険者が更に強くなるのに使って欲しいと、そう思った。

 そんなレイの様子を、猫店長はじっと見て……


「分かった。レイの言う通り、冒険者の中でも先に進む者を選んで渡そう」


 そう猫店長が言う。

 語尾はどうした? と思わないでもなかったが、猫店長の雰囲気を見る限りではそのようなことを言うことは出来ない。

 もっとも、レイも猫店長がわざわざ今日は変えている語尾をこうして普通に戻した上で、今のように言ってきてくれたのだから、語尾の件で特に不満はなかったが。

 ……それでも今日はずっと語尾に『にゃ』がついていたので、突然語尾が普段通りになったことに、違和感はあったが。


「頼む」


 そうして短く言うと、次に値段交渉に入る。

 ……とはいえ、レイとしては別に魔剣を売るのは自分が儲ける為ではない。

 とはいえ、ここで下手に安く売ると、それが前例となって他の者が魔剣を売る時の参考にされかねない。

 そうならないよう、レイは相応の値段で売るべく交渉する。

 猫店長もそんなレイの交渉に付き合い……結果として、双方満足の出来る値段での取引となった。


「じゃあ、これが代金にゃ。……ちなみにだけど、レイの狙いからすると、この魔剣を誰かに売ったらレイに教えた方がいいのかにゃ?」

「あー……どうだろうな」


 猫店長の言葉に、レイも悩む。

 普通に考えれば、猫店長の提案は商人としてやっていけないことだろう。

 猫店長も、普通のマジックアイテムの場合はこのようなことは口にしない。

 だが、今回の場合は普通のマジックアイテムではない。

 そうである以上、レイとしてもきちんと売った先が知りたいのではないかと、そう猫店長は思ったのだろう。

 だが、レイは猫店長の言葉をどうするべきか考え、やがて首を横に振る。


「いや、止めておくよ。それに……猫店長が売るような冒険者なら、いずれ俺と遭遇することもあるだろうし。そうなれば、誰に売ったのかはその時に分かる」


 そう言うレイだったが、実際に本当にそのようなことになるのかどうかは、分からない。

 分からないが、それで会えないのなら、それはそれで構わないと、そのように思ったのだろう。


「分かったにゃ」


 猫店長もレイの言葉の意味を理解し、小さく頷くのだった。

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