4079話

「目立つな……」


 レイは目の前にある光景に、しみじみとそう呟く。

 武器屋の前に急遽用意された、台座。

 木材ではなく金属で作られたその台座の上には、レイがコロッセオでミノタウロスと戦った賞品として宝箱から入手した、巨大な戦斧が飾られていた。

 金属の塊であるその戦斧の重量はかなりのもので、もしその台座が木材で作られていた場合、最初はいいが、そのうち壊れる可能性は十分にあった。

 それこそ、一時間後か、十時間後か、一日後か、数日後か、十数日後か、数十日後かは分からないが。

 そのようなことにならないように、しっかりとした金属で台座を作ったのだ。

 ……短時間でそれなりの見た目をしている台座を作れるのは、レイの目から見ても普通に凄いと思ったが。


「ふふん、どうだ。これなら問題ないだろう?」

「そうだな。実際……」


 そこで言葉を止めたレイは、周囲の様子を確認する。

 するとそこには足を止め、巨大な戦斧に目を奪われている者が何人もいた。

 その中には当然と言うべきか、ダンジョン帰りの冒険者と思しき者も多い。

 他にも武器は持っていないが、その身のこなしから相応の実力があるのだろうと思える者もいる。

 勿論、そういうのとは全く関係のない一般人が、巨大な戦斧に……自分では絶対に持ち上げられないだろう戦斧に目を奪われていたりもするが。


「うわ、凄いわね。あれ……やっぱりレイが持ってきたのかしら? セトちゃん、分かる?」

「グルゥ!」


 そんな中でも一番多い割合だったのは、やはりセトを愛でていたセト好きの面々だったりしたのだが。

 ちなみにレイが持ってきたのかという言葉に、セトはそうだよと嬉しそうに喉を鳴らしていた。


「うん。多くの者に注目を集めているのは間違いないな。これが話題になれば、この戦斧を目当てに見学に来る奴もいるかもしれないな。もっとも、そういう連中が武器を買うかどうかは、分からないけど」

「その辺は俺の腕次第だろ。……ああ、でも屋台を出しても面白いかもしれないな」

「屋台?」


 店長の口から出た屋台という言葉に、レイは驚く。

 まさか、ここで屋台などという言葉が出て来るとは、思っていなかったのだ。

 だが、店長はレイのそんな言葉にどこか得意げな様子で口を開く。


「ああ、屋台だ。こう見えて、若い頃には屋台を出していたこともあるんだぜ? それなりに繁盛していたし」


 なら、何で屋台ではなく武器屋の店長を?

 そうレイは思ったが、それについて聞くことは出来なかった。

 もし聞けば、地雷を踏みそうな気がしたのだ。

 ……実際、この店長が武器屋の店長になるまでの間には、それなりに波瀾万丈な物語があったりするのだが、レイはそのことについては知らない。

 店長も、わざわざその件について話すつもりはないらしく、それ以上その件について話を続けることはなかった。

 そしてレイはこれ以上ここにいるのもどうかと思い、猫店長の店に行ってマジックアイテムを……氷の魔剣を売ろうと思っていたので、この場を立ち去ることにする。


「じゃあ、取りあえず戦斧の件もこれで片付いたし、俺はそろそろ他の場所に……うん?」


 行くよ。

 そう言おうとしたレイだったが、武器屋の方に……いや、レイのいる方に向かってくる、見覚えのある人物に気が付く。

 それは、この武器屋を紹介して貰った防具屋の店員だ。

 武器屋と防具屋はそこまで離れている訳ではないので、必死に走っている店員はすぐレイの前に到着する。


「どうした?」

「……お前が売りたいと言っていた、ユニコーンと猫科のリビングメイルの鎧、改めて買い取らせて欲しいんだが、構わないか?」

「は? いやまぁ、それは構わないけど……あー、うん。何となく理解出来た」


 そうレイが口にしたのは、店員の視線が武器屋の前に設置された台座に飾られた戦斧に向けられていたからだろう。

 正確には、戦斧よりも足を止めて戦斧に視線を向けている者達か。

 普段は武器屋に興味を持たない通行人達が、足を止めて武器屋の前にある戦斧に目を奪われているのだ。

 そのうちの何人が実際に武器屋の客になるのかは、レイも分からない。

 だが、直接の客にはならなくても、戦斧の件を知り合いに話せば、それで武器屋に興味を持つ者は多くなるだろう。

 その中に冒険者がいれば、武器を買う時にその話について思い出し、この店に買いに来るといった可能性も十分にあった。

 宣伝という意味では、この戦斧は間違いなく一級品。

 武器屋の前で歩く速度をゆっくりと、あるいは足を止めている者達の姿を見て、防具屋の店員もレイからの取引……ユニコーンと猫科のリビングメイルの一件を思い出したのだろう。

 店員にしてみれば、それを購入しても使い道はないと思ったのかもしれないが、店員が見て買い取りは拒否されるだろうと言った戦斧は、こうして見事に客寄せに成功してる。

 ならば、自分も……店員がそのように思っても、おかしくはなかった。


(さて、どうするか)


 レイにしてみれば、持っているだけで使い道のない鎧だ。

 あるいはユニコーンのリビングメイルは馬用の鎧として使えるかもしれないが、それが実際にいつ使えるのかは分からない。

 であれば、この鎧は売っても構わないのではないかと、レイも思う。

 それでも少しやる気がなかったのは、最初にレイが売ろうとした時に、店員が断ってきた為だ。

 その時に実際に買い取ってくれていれば、レイもまた気分良く売っただろうが……こうして同じように買い取られないだろうと思っていた戦斧を買い取り、客を集めるのに効果的だと分かってから、改めてこうして買い取りたいと言われても、素直に頷けなかった。


「な、いいだろう? あの鎧はレイが持っていても使い道はないんだし。なら、防具屋のうちに売った方が、もしかしたら買いたいと思う奴がやってくるかもしれないだろう? な? な?」

「……分かったよ」


 もし防具屋にいるのがこの店員だけなら、あるいはレイも売らないという選択をしたかもしれない。

 だが、この店員の父親にはかなり無理を言っている自覚がレイにはあった。

 そうである以上、少しくらいは店員の無理を聞いてもいいだろうと、そう思ったのだ。

 とはいえ、レイも普通に鎧を売るだけでは面白くないので、意趣返しとして当初の予定よりも少し高く売ることにしたのだが。

 値段交渉という、決してレイが得意としている訳でもない行動だったが、それでも今の状況はレイに有利だ。

 結果として、当初予定していたより……最初に防具屋に行った時に売ろうとした値段よりも、それなりに高く売ることに成功する。


「ぐぬぅ」


 結果に悔しそうにしていた店員だったが、レイはそれを気にしない。

 そこまで悔しがるのなら、それこそ最初から素直に買い取っていればよかったのだと、そうレイには思えたのだ。

 もっとも、最初に買わないかと持ち掛けた時は、レイも多分無理だろうなと思っていたのだが。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。他にもやることがあるしな」


 先程武器屋の店長にそろそろ行くと言い掛けたところで、防具屋の店員がレイに向かって改めてユニコーンや猫科のリビングメイルの買い取りの話を持ち掛けてきたので、無駄に時間を使ってしまった形だ。

 ……もっとも、足下を見ながらの交渉だったこともあり、それなりに良い値段で売れたので、無駄に時間を使った訳でもなかったのだが。


「セト、そろそろ行くぞ!」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉が聞こえたのだろう。

 セト好きの面々に遊んで貰っていたセトが、レイの方に向かってくる。

 セト好きの面々は残念そうではあったが、レイが防具屋の店員と交渉したこともあり、予想以上にセトを愛でることが出来たので、残念そうにしながらも不満を口にする者はいなかった。


「じゃあ、俺達は行くけど……また、セトがいたら遊んでやってくれ」


 そう言うと、レイはセトと共に猫店長の店に向かうのだった。






「いらっしゃいませにゃ」

「……は?」


 猫店長の店。

 いつものように特殊な手順を踏んで店の中に入ったレイだったが、店の中にいた猫店長のレイを見た時に口にした言葉に完全に意表を突かれる。

 猫店長はいつものように着ぐるみを着ており、その顔は確認出来ない。

 だが、着ぐるみから聞こえてくる声は間違いなく猫店長のものだ。

 だが……レイの知っている猫店長は、決して語尾に『にゃ』を付けるようなことはしない。


「驚いたかにゃ? 現在語尾変更期間中にゃ」

「……まぁ、猫店長がそれでいいのなら、別に構わないとは思うけど」


 猫の着ぐるみを着ている店長が語尾に『にゃ』を付けているのだから、似合わないということはない。

 ただ、レイは普段の口調の猫店長を知っているだけに、どうしても違和感があったが。


「それで、今日の用件は何にゃ? 噂では宝箱から酒が出たらしいけど、それかにゃ?」

「惜しい。……いやまぁ、宝箱から出て来たという意味では間違いないんだが。……これだ」


 そう言い、レイはミスティリングから取り出した氷の魔剣をカウンターの上に置く。


「この魔剣は……」


 語尾の『にゃ』はどうした?

 そう突っ込みたいレイだったが、カウンターの上に置かれた魔剣が、猫店長にとってそれだけ凄い品だったのだろう。

 氷の魔剣を、ゆっくりと……しっかりと調べる猫店長。

 レイはそれを邪魔することなく、店の中を見て回っていた。

 以前に来た時と多少違うマジックアイテムの類も売られているが、その多くは以前来た時と変わらない。

 もっとも、マジックアイテムというのは基本的に高価だ。

 ましてやこの店は、猫店長が趣味でやっている店だ。

 利益を求めていない……最低限赤字にならなければいいと思っているし、そもそも店に入るには特殊な手順を踏む必要がある。

 そういう意味では、この店で利益を出すのが難しいのだろう。

 高価な商品を取り扱っている以上、それが売れれば大きな利益になったりもするだろうが。


「ん? あれは……」


 レイの目が留まったのは、カウンターの上。

 以前はそこに何に使うのか分からない素材がぶら下がっていたりしたのだが、今はそこには何もなく、板があった。


(いや、板というよりも……サーフィンとかに使う奴。サーフボードだったか? それっぽい感じだけど)


 レイはサーフィンについては、そこまで詳しい訳ではない。

 それこそ、日本にいた時にTVで見たり、あるいは漫画で見たりした程度だ。

 だが、それでもサーフボードの類がどのような形をしているのかは理解出来る。

 そんなレイから見て、カウンターの上にある板はサーフボードのような形をしているのは間違いない。

 レイが興味深そうに見ているのが分かったのだろう。

 猫店長は持っていた氷の魔剣をカウンターの上に置くと、跳躍してサーフボードに見える板を取る。

 ……猫の着ぐるみを着ているとは思えないような、身軽な行動。

 あるいは猫の着ぐるみを着ていることを考えると、らしいのかもしれないとは思えたが。


「魔剣を見せて貰うお礼にゃ。これで遊んでいたらいいにゃ」

「いいのか? ……というか、浮いている、のか?」


 猫店長から渡されたサーフボードのような板は、床から十cm程の高さの場所にあった。

 そっと手を触れると、板はあっさりと動く。

 なら、沈むのか? そのように思ったが、軽く押しただけでは少し沈み込むものの、すぐに元に戻る。


「空中に浮かぶ……というか、ホバー移動的な?」


 実際にはレイが知っているホバー移動――こちらも漫画やゲームの知識だが――のように、空気を吹き出して浮いている訳ではない。

 この店にある以上、何らかのマジックアイテムなのは間違いなく、そのような効果を持つ板なのだろうと、納得出来た。


(あれ? これってもしかして結構……いや、かなりつかえるんじゃないか?)


 そうレイが思ったのは、ポーター用の道具としてだ。

 基本的にポーターというのは、オルカイの翼のようにアイテムボックスを持っていない限りは、巨大なリュックか、もしくは荷車を必要とする。

 だが、巨大なリュックはともかく、荷車の類だと階段を移動するのは難しいし、崖の階層のような場所では最悪狭くて荷車を移動出来ない可能性もあるだろう。

 もしくは、海の階層のような場所であっても荷車を使うのは難しいだろう。

 しかし、地面から浮かんでいる板があれば、ポーター用の道具として十分に使えるだろう。

 板はサーフボードに近い形をしているので、このままではポーター用の荷車として使うのは難しい。

 だが、板の上に荷台を設置すればいいのではないか。

 そんな風に思いながら、レイは板に興味を抱きながら暫く遊んでいたのだった。

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