4078話

「駄目だったか」

「あのなぁ……売れない装備品を買い取っても、商売にならないんだ。仕方がないだろ」


 店員の言葉に、レイはそうだろうなと頷く。

 元々、レイも本気で鎧が売れるとは思っていなかった。

 ユニコーンのリビングメイルは、もしかしたら……本当にもしかしたら買い取ってくれるかもしれないと思っていたのは間違いないが、駄目元であるのも事実。

 そういう意味では、この結果は予想出来ていたことではあった。

 その為、言葉では残念そうにしていたものの、レイとしては実際にはそこまでショックは受けていない。


「馬用の鎧なら、伝手があれば売れるんじゃないか? 頭部には角もあって見映えがいいんだから、中にはそれを買いたいと思う者がいてもおかしくはないと思うけど」

「そうだな。伝手があれば売れたかもしれないな。……実際、こうして見た感じだと傷も殆どないし」


 そう言い、店員はユニコーンのリビングメイルをじっと見る。


「一応聞いておくけど、これは本当にリビングメイルだったんだよな?」

「ああ、それは間違いない」

「……他のリビングメイルもそうだが、どうやって倒してるんだ? 傷もないように思えるし」

「ああ、その件か。それについては秘密……と言いたいところだけど、別に隠す程のものでもないしな。リビングメイルってのは、ようは意思を持った鎧だ。その動力源は魔石となる。なら、体内にある魔石を引き抜けば、それだけで倒せる」

「……体内にある魔石を引き抜くって、一体どうやってだ?」

「別にそんなに難しいことじゃないぞ? 普通のリビングメイルもそうだが、鎧である以上、首の部分とかは取り外しが出来るようになっている。なら、首の取れるようになっている場所を吹き飛ばすなりなんなりして、首の穴から体内に手を入れて魔石を抜き取ればいい。……な? 簡単だろう?」


 レイの言葉に、店員は呆れの表情で口を開く。


「それを簡単だって言えるのは、多分レイだけだと思うぞ」

「そうか? 最初は難しいかもしれないけど、慣れれば意外とどうとでもなるんだけどな」

「だから、まず無理なのは間違いないっての。……ともあれ、傷がない理由は分かった。ただ、うちで買い取って欲しかったら、こういう鎧じゃなくて、人が装備出来る鎧を持ってきてくれ」

「分かった。次からは気を付ける」


 そう言い、レイは出していた鎧をミスティリングに収納する。

 そんなレイの様子を見ていた店員は、ふと何かを思い出したように口を開く。


「そうそう、親父はちょっと出掛けてるんだが、その親父から伝言がある」

「……伝言?」

「そうだ。甲殻の鎧が幾つか出来たから、それを見て問題ないと思ったら、レイの分を持っていってくれだってよ」

「……え? もう出来たのか? 以前聞いた話だと、もう数日は時間が掛かるってことじゃなかったか?」

「俺もそう聞いてはいたんだけどな。ただ、親父はレイの考えに共感して、予想以上に張り切ったらしい」

「俺の考え? ガンダルシアの冒険者の強化か?」

「それだ。勿論、親父も……そして俺も、その件については前から思うところがあったのは事実だ。けど、レイは自分の利益を減らしてでも、甲殻の鎧を安値で売るようにしただろう?」

「そう言われると、まるで俺が善人のように聞こえるな」


 店員の説明に、レイは微妙な表情を浮かべる。

 実際、ガンダルシアの冒険者の助けになればという思いがあったのも事実だが、レイにしてみれば渡した甲殻……ムカデのモンスターの甲殻は、絶対に自分が必要とした物ではない。いや、寧ろあってもなくてもいいような、そんな程度の物だった。

 そんなレイにしてみれば、ここまで褒められるのはこそばゆい。

 それにレイも何の利益もない訳ではない。

 実際、何かあった時の為に甲殻の鎧を幾つか貰うということになっているのだから。

 当然ながら、この鎧はレイが自分で使う為の鎧ではなく、何かあった時……レイ以外の何者かに鎧を装備させる必要が出た時に使おうと思っている物だ。

 なので、正直なところあればあったでいいが、なければないでいい。

 そんな物だった。

 だからといって、レイとしては貰えるのなら貰っておくつもりだったが。


「善人かどうかはともかく……こっちに来てくれ。鍛冶場の方においてある。ああ、ちなみにもう一つの甲殻の鎧については、もう少し待って欲しいそうだ」

「あー……カブトムシの甲殻は見るからにムカデの甲殻よりも格上だったしな。というか、多分あのカブトムシは本来十六階には出て来ないような特殊なモンスターだろうし、それは仕方がないと思う」


 レイとしても、カブトムシの甲殻を使った鎧についてはそこまで急がせていないし、しっかりとした鎧が出来るのなら、寧ろ時間は使った方がいいと思っていた。

 ……こちらの鎧も、レイにしてみれば自分で使うつもりはなく、何かあった時に誰かに使わせるつもりでの鎧であり、レイは防具に困っていないのだから、急がせる必要はない。


「悪いな」


 レイの言葉にそう言いつつ、店員は鍛冶場にレイを案内する。

 そうして鍛冶場の中に入ったレイが真っ先に目に入ったのは、鍛冶場の壁の側に並んでいる甲殻の鎧だ。

 鎧を作った人物……店員の父親の腕なのか、どの鎧も十分素晴らしい鎧だと言っても間違いではない出来だった。

 勿論、高ランク冒険者が使うような鎧ではないが、ベテランならこの鎧を使っていてもおかしくはないと思えるくらいの品質だった。


「これは凄いな」

「だろう?」


 感嘆の言葉を口にするレイに、店員は自慢げに言う。

 店員にとっても、父親の腕は誇らしいのだろう。

 レイの前で行われる親子のやり取りからは、決してそのようには思えないものだったが。


「じゃあ、これは貰っていく。武器屋にもいかないといけないから、少し急ぐんだよ」

「……そっちでは売れる武器を持ってきたんだろうな?」


 ここで武器を買うのではなく売ると決めつけたのは、店員もレイが使う武器を知っているからだろう。

 そんな店員に、レイは周囲を見て……鍛冶場で広いので問題はないだろうと判断し、ミスティリングの中から戦斧を取り出す。


「おわぁっ!」


 これがただの戦斧なら店員もそこまで驚きはしなかっただろうが、五m近い大きさのミノタウロスが持って、それでも巨大な戦斧と称することが出来る程度には大きな戦斧なのだ。

 そんな戦斧を目の前で見せられたのだから、それに驚くなという方が無理だった。

 それでもレイが戦斧を持ったまま動かさなかったこともあり、店員はすぐに驚きから我に返ると、マジマジと戦斧を見る。


「えっとこれ……戦斧、だよな?」

「見て分からないか?」

「見たから聞いてるに決まってるだろ! 何だ、この武器!?」

「ダンジョンで遭遇したミノタウロス……? うん、ミノタウロスが使っていた武器だ」

「……なんで疑問形なんだ?」

「希少種だったからな」


 背中から翼が生え、腰からは蛇の尻尾が生えたミノタウロスだ。

 普通のミノタウロスではないのは勿論、希少種という表現でも正しいのかどうか、レイは疑問だった。

 ただ、店員はそんなレイの様子に気が付かず、改めてレイが持つ戦斧に視線を向けて眺めていた。


「いや、この戦斧……本当に凄いな。こうしてレイが持ち上げることが出来るってことは、この戦斧を武器として使えるのか?」

「使えるかどうかと言われれば、多分使える。とはいえ、俺には愛用の武器があるからわざわざこれを使うつもりはないけど」

「……まぁ、見た者を驚かせるって意味での衝撃は大きいだろうけど、こんな武器となると使いにくそうだしな」


 改めて戦斧を見れば、店員の目にはとてもではないがこの戦斧は実戦で使えるようには思えなかった。

 むしろ、この戦斧を使っていたというミノタウロスは一体何がどうなってこのような武器を使えるようになったのか、それが素直に疑問ですらあった。

 もっとも、レイの説明を聞く限りでは希少種なので、それでこれだけの武器を使えたのかもしれないとも思ったが。


「それで、この戦斧は売れると思うか?」

「売れる筈がないだろ。一体誰がこんな武器を使うんだ? もしこの戦斧を使えるような奴がいても、この戦斧を持ち歩くだけで周囲の迷惑になるぞ」

「……まぁ、だろうな。それは俺も否定しない」


 レイは自分の持つミスティリングであったり、あるいはナルシーナが持っているアイテムボックスの簡易版のような物を使う必要があるだろうと思う。


「だろう? なら、この戦斧を武器屋で取り扱うとは思えないな。……まぁ、注目を集める為の品として考えれば、もしかしたらとは思うが」

「……それなら、この店でもユニコーンや猫科のリビングメイルを買い取ってもいいんじゃないか?」

「うちはいらないよ」


 そんなやり取りをレイは店員と行うのだった。






「個人的には欲しい。欲しいけど、店として考えるとちょっとな」


 防具屋でのやり取りを終えたレイは、武器屋にやってきていた。

 筋骨隆々の店長は、レイが売りたいと言い、ミスティリングから取り出した戦斧を見てそう言う。


「やっぱり駄目か?」


 防具屋での一件があっただけに、断られるだろうとは思っていたので、レイも特に衝撃を受けた様子はない。

 ただ、出来れば買い取って欲しいとは思っていたので、それが断れたことはやはり残念だったが。


「ああ。……これだけの大きさの戦斧となると、そもそも店に置く場所もない。まぁ、これだけ大きい戦斧なら盗まれるといったことは心配する必要もないだろうから、店の外に置いておいてもいいとは思うが」


 そう言う店長だったが、やはり買い取ろうという様子はなかった。


「分かった。まぁ、この武器については仕方がないと思っていたしな。……これはこっちで処分するよ」

「処分……というと?」

「普通に使うつもりはないから……鍛冶師に頼んで鋳潰してインゴットにするとか、そんな感じだろうな」

「そうか。……これ程の武器をな。勿体ないとは思うが」


 店長の目から見れば、戦斧はかなりの品なのは間違いない。

 ……だからといって自分の店で買い取って売る事を出来るかと言えば、それは否だったが。


「このままミスティリングの中に収納されたままにするよりも、鋳潰して何か他の武器や防具や道具や……そんな風に使った方がいいかと思ってな」

「むぅ……」


 店長はレイの言葉に反論は出来ない。

 実際にこの戦斧をそのまましまいこんでおくことに意味があるのかと言われれば、店長もその通りだろうと思えたのだ。

 とはいえ、それでも武器屋の店長の目として見れば、この戦斧は間違いなく良い品だ。

 ……もしこれが、例えばこの店で戦斧を買い取らなくても、どこか他の武器屋に売るというのであれば、店長も納得出来ただろう。

 しかし、これだけの戦斧が鋳潰されるのかと思えば……


「なら、俺が買う」

「え?」


 押し潰すような……店の経営について考えると、かなり厳しいだろうと……しかも購入しても恐らく売れることはないだろうと理解しつつも、店長は戦斧を買うと、そう口にした。

 それを聞いたレイは、最初自分の聞き間違いではないかと思ったのだが、店長の顔を見ると、本気なのは明らかだった。


「いいのか?」

「これだけの戦斧が鋳潰されると思うとな、勿体ないしな。それに……まぁ、レイが言っていたように、店の前に飾っておけば通行人の注目は集められるだろうし、その連中がうちの店で武器を買ってくれれば、悪くない結果になるだろうしな」


 少し……いや、かなり無理をしてるのは、レイの目から見ても分かる。

 そんな店長の様子に、本当にこの店で売ってもいいのか? と思わないでもなかったが、レイとしても鍛冶師に頼んで鋳潰すよりは、店の目玉商品――この表現は微妙に違うかもしれないが――として有効活用した方がいいのではないかと、そう思った。


「分かった。じゃあ、この戦斧は売る。……のはいいけど、どこに置く?」


 巨大な戦斧だけに、迂闊な場所におくと間違いなく邪魔になる。

 かといって、倉庫のような場所に置いておけば、今度はそこから店の表に運び込むまでが大変となるのは間違いない。

 何しろ、この戦斧はレイだからこそ、こうして気軽に持っていられるのだから。

 力に自信のある店長でも、レイが気軽に持つ戦斧を自分が持てるとは思わなかった。


「ちょっと待っててくれ。すぐ表で準備をしてくるから!」


 そう言い、店長は表に出ていく。

 レイは店長の後ろ姿を見送り、取りあえずこのまま戦斧を持っていても邪魔なだけと判断し、一度ミスティリングに収納してから、店長を追って店を出るのだった。

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