4077話
オリーブが宝箱から取り出した魔剣は、レイが見ても一級品なのだと分かるくらいには迫力があった。
実際に店で買うとなると、白金貨どころか光金貨が必要なのではないかと思えるくらいに立派な魔剣。
そういう意味では、そのような魔剣を手に入れたレイは周囲から羨ましそうな視線を向けられるのだが……
(魔剣かぁ……)
そのような視線を向けられているレイは、そこまで喜んではいなかった。
もしそんなレイの気持ちを知れば、周囲にいる者達は、ならその魔剣を譲ってくれと言ってもおかしくはない。
当然ながら、レイもその魔剣をそう簡単に売るつもりはなかったが。
ただ、レイの場合はデスサイズと黄昏の槍があるので、魔剣を使う予定はない。
一応、最近では冒険者育成校の模擬戦において、槍ではなく長剣を使ったりもしているし、生徒達程度であればレイも長剣で勝利出来る。
だが……使っているレイが自分で一番分かっているのだが、レイの適性は大鎌や槍……もしくはハルバードやポールアックスのような長柄の武器にあるのだ。
長剣も使えない訳ではないが、それでもやはり長柄の武器には劣る。
レイもそれが分かっているので、魔剣が……それも間違いなく高性能な魔剣が入手出来たのは嬉しいものの、それでも手放しで喜べる程ではなかった。
「それで、レイ。私が依頼を受けた条件は、宝箱の中身によって報酬の割合が変わるというものだったけど……どうするの?」
魔剣をレイに渡しながら、オリーブがそう尋ねる。
その件も、レイにとっては頭の痛いところだった。
もっとも報酬についてはレイが決めたことである以上、今更それを勝手に変える訳にはいかない、
「そうだな。この魔剣を売ったら幾らになるかを調べて、その三割ってところでどうだ?」
「……え? 本当に三割でいいの?」
オリーブは売却した時の値段なら、それこそ一割くらいになるのではないかと思っていた。
だが、実際には三割だと聞かされ、素直に驚く。
「オリーブがそれでいいのなら構わない。……出来れば酒のように何本か魔剣が入っていれば、その魔剣を一本報酬として渡すということも考えたんだけどな」
「それは私にとっても嬉しいけど……残念ながら、魔剣は一本だけだったのよね。……あ、そうそう。もしあれだったら、今回の報酬はレイが以前宝箱から入手したお酒でもいいわよ?」
「え?」
オリーブのその提案は、レイにとってかなり意外だった。
何しろレイにとって、酒というのは料理に使うか、あるいは誰かにプレゼントするかといった程度の使い道しかないのだから。
その酒を報酬として欲しているのなら、レイとしては寧ろ歓迎だった。
「いいのか?」
「え?」
レイの言葉に、今度は驚きの声を上げたのは、オリーブ。
自分で言っておいてなんだが、まさかレイがその提案を……それこそ駄目元で、半ば冗談のような感じで口にした言葉を受け入れるとは思わなかったのだ。
「いや、だから酒。今回の報酬が酒でいいのなら、俺は構わないぞ。勿論、全部とはいかないから……そうだな、三本でどうだ?」
「え?」
これもまた、オリーブの口から出る言葉。
唖然としているその表情は、普段の美人さが一体どこにいったのかと思えるような、そんな顔だった。
「ん? 駄目か?」
「じゃなくて、本当にいいの!? あのお酒……幻って言われているお酒とか、貴族でもそう簡単に飲めないような高級酒とか、そういうのなのよ!?」
「……まぁ、オリーブがそれでいいのなら構わないけど」
「じゃあ、お酒でお願い」
レイの言葉に即座にそう答えるオリーブ。
そしてレイの気が変わらないうちに酒を貰おうと、レイに手を出す。
オリーブの前のめりの行動にレイは驚きつつも、それでオリーブがいいのならと、ミスティリングから酒を三本出す。
どれも宝箱から出て来た酒だ。
レイには特に酒の種類を気にした様子はなく、その三本の酒瓶をオリーブに渡す。
「これでいいか?」
「ええ、勿論。ありがとう。じゃあ、私はこの辺で失礼するわね」
少しでも早くこの酒を飲みたい。
あるいは、レイの気が変わって酒ではなく金で報酬を支払うといったように思うよりも前に、この場から立ち去りたいと思ったのだろう。
レイはそんなオリーブの様子に首を傾げる。
とはいえ、人によっては酒は非常に高価な品だと思うかもしれないが、レイにしてみれば特に使う予定がない物なので、特に問題はないと思う。
「報酬の件は向こうがあれでいいと認識したんだから、問題はないよな」
そう呟きつつ、レイは手にした魔剣に視線を向ける。
「グルルゥ?」
その魔剣、どうするの? とセトは喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見つつ、レイはどうするべきかと改めて魔剣に視線を向ける。
魔剣は武器としても間違いなく一級品……いわゆる逸品なのは間違いない。
ただ、だからといってレイが魔剣を使う機会は少ない。
(となると……うーん、ビューネに短剣をやるのを考えると、この魔剣はエレーナにやるのか? けど、エレーナのミラージュを考えると、他の武器を持つとは思えないんだよな)
エレーナの持つ魔剣ミラージュ。
連接剣として使える魔剣で、鞭状になった刀身を使用者であるエレーナの思い通りに動かすことが出来る。
使いこなすのは非常に難しいミラージュだが、使いこなせるのなら非常に強力な武器なのは間違いない。
そんなエレーナの使うミラージュのことを考えると、宝箱から出て来た魔剣をエレーナが使うとレイには思えなかった。
(もっとも、この魔剣の効果にもよるかもしれないけどな)
そう思い、レイは周辺の様子を見る。
先程まではオリーブが宝箱の罠を解除するのを見学する者達が多かったが、そのオリーブも既にいない。
その為、オリーブ目当てだった者達の多くは既に訓練場を去っているのだが、中にはまだ残っている者もいる。
宝箱から出た魔剣が、一体どのような能力なのか……それをレイが確認するのなら、見ておきたいと思った者達。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、その魔剣をレイとの取引で入手出来るかもしれないと考えている者もいるのだろう。
レイも当然ながら自分に……より正確には自分の持つ魔剣に注意が向けられているのを理解したが、その視線は特に気にしない。
もしレイが弱ければ、魔剣を奪われるかもしれないと注意が必要だったが、レイはこのガンダルシアにおいて現在最強の冒険者なのだから。
ましてや、レイが敵に容赦しないというのは、これまでのレイの行動から広く知られており、レイから魔剣を奪おうなどと考える者は……いない訳ではないが、本当に少数だ。
なので、今はその心配をしなくてもいい。
「さて、どういう効果を持つ? ……セト、念の為に少し離れていてくれ。多分大丈夫だとは思うけど、もしかしたら何かあるかもしれないから」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らして離れる。
それを確認してから、レイは魔剣に魔力を流す。
どんな効果を発揮するのか。
それを楽しみにしていると……
「うん? あー……そういうタイプか」
魔剣の刀身が氷に包まれる。
ただし、その氷は薄らとした氷で、それこそ指で触れるとその熱だけで氷が溶けてしまいそうな、そんな程度の氷だ。
「氷の魔剣か。……まぁ、俺とは相性悪いよな」
炎属性に特化しているレイだけに、流水の短剣を使っても水を鞭状にしたり、刃状にしたりといったことは出来ない。
そしてこれが氷の魔剣である以上、流水の短剣と同じく刀身を氷で覆ったり、氷を生み出したりといったことは出来なかった。
……いや、正確には一応薄らと刀身が氷で覆われてはいるものの、その程度では何の意味もないのは明らかだった。
「外れだな」
レイの呟きが聞こえたのだろう。
魔剣がどのような効果を持っているのか見ていた者達は、がっかりして訓練場から出ていく。
……もしこの時、もっとしっかりと魔剣を見ていたり、あるいはレイと交渉して魔剣を試しに使わせて貰っていれば、氷の魔剣の効果に驚いただろう。
今の効果は、レイが炎属性に特化している為にこの程度の氷しか生み出されなかったのであって、もしレイ以外が使っていれば、この魔剣の本当の能力をその目で見ることが出来た筈だった。
もっとも、まさかレイの体質――という表現がこの場合相応しいのかどうかは微妙だが――によって、ここまで魔剣の効果が落ちるとは、普通思わないだろうから、仕方がないのかもしれないが。
「とはいえ……この魔剣をどうするかだな」
レイは魔剣の発動を止めてから、そう呟く。
取りあえず、レイの中ではエレーナに渡すという考えはなくなっていた。
この氷の魔剣は炎属性に特化しているレイが使っても薄らと氷が出るくらいなのだから、相応に強力なのは間違いない。
だからといって、エレーナの愛剣ミラージュと比べて強力かと言われれば、レイは首を横に振る。
……もっとも、レイからのプレゼントとなると、恐らくエレーナは使う使わないに限らず喜んで受け取っていただろうが。
そのことに気が付かないレイは、この魔剣をどうするべきなのかとしみじみと悩む。
これで流水の短剣のように、天上の甘露の如く美味い水……この魔剣の性質を考えれば、そのような氷を生み出すのなら、あるいはレイも夏用に、もしくは冷蔵庫代わりに使う為の道具として有効活用しようと思っただろう。
だが、レイが見たところでは生み出された氷は薄いので食べるのには向いておらず、冷蔵庫代わりにするには威力が弱すぎる。
(でもそうだな。魔力を大量に流せば……いや、それだと魔剣が俺の魔力に耐えられなくて壊れそうだな)
結局どうするべきか分からなかったので、ミスティリングに収納して訓練場を出る。
「じゃあ、武器屋に行く……あー、でもどうだろうな。買い取って貰えるか?」
レイが武器屋に行くかと考えた理由は、当然ながらコロッセオで入手した、ミノタウロスが使っていた巨大な戦斧の件だ。
この戦斧を買い取って貰えるのなら、レイとしても嬉しい。
ミスティリングに入れておけば邪魔にならないとはいえ、それでもどうせ使えるのなら使ってしまった方がいいだろうと、そのように思った為だ。
ただし、あのような巨大な戦斧を、一体誰が使うのか。
そう思えば、やはり買い取ってくれないだろうと思う。
「それに買い取って貰えないとなると、ユニコーンと猫科のリビングメイルの鎧もだよな。……いや、あるいはユニコーンのリビングメイルなら買い取って貰えるか?」
ユニコーンのリビングメイルもかなりの大きさではあったが、それでもユニコーンはユニコーンだ。
具体的には、馬の鎧として使える可能性は十分にあった。
……もっとも、迷宮都市にある防具屋で、馬を持っている者がいったいどれくらいいるのかといった疑問がそこにはあったが。
これが迷宮都市ではなく普通の都市なら、普通に騎士が乗る馬の為に鎧を装備するといったこともあったかもしれないが。
「よし、まずは防具屋からだな。甲殻の鎧が出来ている可能性もあるし。……日数的にはまだ早いけど」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは早く行こうと喉を鳴らすのだった。
「それで? これをどうしろって?」
防具屋の店員……正確には店長の息子が、ミスティリングから出された防具を見て呆れたように言う。
その防具は、ユニコーンと猫科のリビングメイルの鎧だった。
普通の鎧と違うのもあってか、かなり場所を取っている。
「出来れば買い取って欲しいんだけど、駄目か?」
「あのなぁ、一応言っておくけどここは防具屋だぞ? 当然、うちの店で扱っているのは、それを欲しがる者がいるからだ。……で? もう一度改めて聞くけど、この防具をどうしろって?」
「買い取ってくれ」
「買えるかっ! 何度も繰り返すが、客が欲しがらない商品を置いておいても、邪魔なだけだ! まぁ、それでもどうしても買い取れって言うのなら、銅貨数枚ってところになるぞ」
「さすがにそれはないだろう」
「買い取っても、売れないんだ。それなら鋳潰して素材にした方がいい」
それでもいいなら買い取るが?
そう言われたレイは、何とかその言葉に反論しようとする。
「そっちの猫科のリビングメイルはともかく、ユニコーンのリビングメイルの方は騎士とかが乗る馬に使えないか?」
「……使えるかどうかと言われれば使えるが、それを欲しがる物がいるかどうかが問題だろう。装備出来るからといって欲しがるとは限らないんだからな。特にガンダルシアの騎士の場合、わざわざ馬用の鎧を装備する必要がない。騎士が戦う相手となると、せいぜいが盗賊だし」
ミレアーナ王国の保護国であることを思えば、騎士同士の戦いというのはそう起こらない。
勿論、貴族同士の争いがあったり、ミレアーナ王国からの援軍要請といったものがあれば、話は別だったが。
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