4075話

「えっと……レイさん、これは……?」


 レイがミスティリングから取りだした巨大な戦斧をみて、アニタが戸惑ったように言う。

 たっぷりと三十秒程は固まっていたのだが、アニタもギルドの受付嬢として働いているのだ。

 ましてや、レイの担当になるくらいには有能でもある。

 それだけに、すぐに我に返ってレイに尋ねる。

 ……なお、戦斧はレイが持ったままだ。

 レイとアニタの間にあるテーブルの上に置くことも考えたのだが、戦斧の重量を考えるとテーブルの上に置けば、それだけでテーブルが壊れるのではないかと、そう思ったのだ。

 その為、レイが戦斧を持っている。

 それだけの重量を持つ戦斧だが、レイならその戦斧を持ち続けることは容易だった。

 この辺も、ゼパイル一門による技術がどれだけ優れていたかの証だろう。

 もし今この部屋に誰かが入ってきたら、レイが手にした戦斧でアニタを襲おうとしているようにしか見えない。

 そう判断したレイは、取りあえず戦斧は一度見せたのだからと、ミスティリングに収納する。


「これが、俺の戦ったミノタウロス……背中からは翼が生えていて、尻尾は蛇だったそれをミノタウロスと表現してもいいのかどうか分からないが、とにかくミノタウロスを倒して入手した戦斧だ。見ての通り、俺が使うには向いていない武器だけど」

「……レイさんだけではなく、誰であってもこのような武器を使うのは難しいと思いますが」


 レイの言葉に、アニタが呆れたように言う。

 実際、身長五m程もあるミノタウロスが持っていても巨大な戦斧と認識出来るような大きさなのだ。

 とてもではないが、そのような武器を使える者がいるとは思えなかった。

 あるいはガンダルシア以外の場所になら、そのような冒険者もいるかもしれない。

 ガンダルシアは迷宮都市ではあっても、所詮はミレアーナ王国の保護国の都市の一つでしかないのだから。

 アニタもその辺りについては分かっていたものの、それでもやはりこれだけ巨大な戦斧を使える者がいるとは思えなかった。


「あ、でもレイさんはさっき持ってましたよね。なら、レイさんなら使えるのでは?」

「武器を持ち上げるのと、それを使いこなせるってのは全然違うぞ。まぁ、ゴブリンとかオークとか、そういう群れる相手なら、あの戦斧を振り回してるだけで圧倒出来るとは思うけど」

「そう、ですか。まぁ、レイさんの場合は他に強い武器がありますから、わざわざ先程の戦斧を使う必要はないでしょうが」

「だろうな。もしくは、相手を驚かせる、怯えさせるという意味でなら、使う機会はあるかもしれないけど」


 レイのような小柄な人物が、五m程のミノタウロスが持っていても巨大と称することが出来る戦斧を持っているのを見れば、大抵の者は驚く。

 ……ただ、相手を驚かせるというのなら戦斧もそうだが、レイが普段から使っているデスサイズで十分にその役割を果たせる。

 そういう意味で、レイが無理に戦斧を使う必要はなかった。


「そうなると……どうします、その戦斧?」

「マジックアイテムでも何でもないし、ギルドで買い取るのなら売ってもいいけど。もしそれが無理か安いようなら、武器屋に売りに行ってみるか。そこでも断られたら……まぁ、そうだな。すぐって訳じゃないが、鍛冶屋に持っていって鋳潰すか」

「申し訳ありませんが、ギルドとしても先程のような巨大な戦斧は買い取るとしてもかなり安値になるかと。……何しろ、それを使える人がいませんので」

「だろうな」


 アニタの言葉にレイはあっさりとそう答える。

 その表情や口調に怒りの色はない。

 ギルドが戦斧を買い取っても、それこそ使い道がない以上は倉庫で埃を被っているか、それこそレイが言うように鋳潰して何か別の物を作る材料にするといったくらいしか出来ないだろうと思ったからだ。


「それで、その……レイさんがミノタウロスと戦ったのなら、セトちゃんはどうしたんでしょう? セトちゃんの性格を考えると、レイさんが戦ったのならセトちゃんも戦うと思うのですが」

「ああ、戦った。ただ、セトが倒したモンスターがどんなモンスターなのかは分からないが、セトの賞品として入手したのは風を操る魔剣だった。長剣じゃなくて短剣の魔剣だけどな」

「それは、凄いのでは?」

「凄いな」


 俺が使うつもりはないけど。……いや、俺には使えないけど。

 そう言いたくなるのを我慢するレイ。

 わざわざこの件について話す必要はないだろうと判断し、レイはその件については口にしなかったが。


「ただ、凄いからこそ魔剣は売るつもりはない。……俺は外れで、セトは当たりだった訳だ」

「日頃の行いでしょうか?」

「……俺も別に日頃の行いが良いとは言わないけど、悪くはないと思うんだが」

「え?」


 レイの言葉の意味が心の底から理解出来ないといった様子でアニタが言う。

 そんなアニタにレイは何かを言いたげだったが、ここで自分が何かを言った時、一体どのような反応が返ってくるのかを思うと、迂闊に反論出来ない。

 反論出来ないので、レイは別の内容を口にする。


「ちなみに、コロッセオに続く扉の左右にも扉があったんだが、右の扉には何故か掃除道具が大量に入っていて、左の扉には巨大な厨房があった。……こんなのとか」


 そう言い、レイが取りだしたのは調理器具や食器の一部。


「……えっと、一応聞きますけど冗談とかそういうことじゃないですよね?」


 テーブルの上に置かれた包丁やフライパン、鍋、お玉、ザル……他にも多数ある調理器具や、スプーン、フォーク、ナイフ、皿といった食器の類を見ながら、アニタはレイにそう尋ねる。

 実際、今までダンジョンの中でこのような調理器具や食器が出たという話は聞かない。

 あるいは酒が宝箱の中から出るくらいなのだから、もしかしたら宝箱から調理器具や食器の類が出てもおかしくはなかったが、アニタは冒険者達からそのような話を聞いたことはない。

 もしかしたら、アニタと話す冒険者の中にも宝箱から調理器具や食器が出てくることがあるのかもししれないが、それが恥ずかしくて黙っているという可能性もあった。


「冗談でも何でもなく、ダンジョンの中で入手した調理器具や食器だ。……ギルドで買い取って貰えるか?」

「……どう、でしょう。ダンジョンで見つかったと考えると、もしかしたら何らかの特殊な効果のある調理器具や食器という可能性も否定は出来ませんし」

「どうだろうな。俺が見た感じだと、普通の……特に何らかの特殊効果があるような調理器具や食器には見えないけど」


 そう言うレイだったが、マジックアイテムにはそれなりに詳しいものの、それはあくまでも趣味の一環でしかない。

 本職の者達と比べると、どうしても見る目は劣ってしまう。


「レイさんがそう考えるのなら、ギルドとしても無理に調べて欲しいとは言いません。ただ……ガンダルシアのダンジョンでこの手の調理器具や食器が見つかったのが初めてである以上、少し気になるんですよね」


 アニタのその言葉は、つまりあの調理場についてはまだ他の冒険者達が見つけていないことを意味していた。

 ナルシーナ率いるオルカイの翼については、貰った地図にあの辺りについては描かれていなかったので、見つけていないのはレイにも予想出来たが。

 ……もっとも、裏を疑えばレイ達にあの調理場やコロッセオを教えたくなかったから、その辺りを地図に描いてなかったといった可能性もあるにはあったのだが。


(いや、ナルシーナの性格を考えると、それはないか?)


 レイもナルシーナの性格を完全に理解している訳ではない。

 だが、話してみた感じではそのようなことをするようには思えなかったのだ。


「まぁ、これはこっちで使うよ。……その前に、一応念の為に専門的な知識を持っている奴に見て貰った方がいいかもしれないけど」

「私の方からは何とも言えませんが、レイさんがそのように判断したのなら、その方がいいかと」


 そうして調理器具や食器の話は終わり……


「その、レイさん。コロッセオと調理場のあった場所には掃除道具用の部屋もあるといったことでしたが、もしかしてそちらも持ってきたのでしょうか?」

「え? あー……いや、そっちは持ってきていない。もしかして、持ってきた方がよかったか?」

「あればあったでいいと思いますけど、どうしてもといった程ではないですね。ただ、少し気になっただけです」

「……何なら、明日ダンジョンに潜った時に掃除道具を持ってくるか? 欲しいのなら、それくらいはいいけど」


 あの行き止まりの場所は十七階の階段からそれなりに離れた場所にあるので、掃除用の道具を回収するだけでそこまで行くのは面倒だ。

 だが、コロッセオがまた使えるのかどうか。

 また、調理器具や食器の類も同じように復活してるのか。

 それらを確認する為に、どのみち明日にはまた行くのだから、そのついでに掃除道具を回収してくる程度なら全く何の問題もない。

 そうレイが説明すると、それでも遠慮していたアニタだったが、やがて頷く。


「分かりました。本当にレイさんにとって迷惑でないのなら、お願いします」

「ああ、問題ない。……とはいえ、掃除道具は所詮掃除道具だ。マジックアイテムだったりするとか、そういうことはないと思うぞ」

「それでも構いません。その掃除道具を調べれば、何かが分かるかもしれませんので」


 何かって何だ?

 そう思ったレイだったが、それを聞いても何となく誤魔化されそうだったので、話題を変える。


「で、他のことだが……実は十八階で子供のゴーストのように思える何かに遭遇した」


 レイの言葉に、それが何か? といった不思議そうな表情を浮かべるアニタ。

 レイの担当をしている以上、当然ながらレイの力は知っている。

 だからこそ、ゴースト程度はレイの敵ではないと、そう理解しているのだろう。

 そんなアニタの様子から、レイもアニタが何を考えているのかは理解出来たので、説明を追加する。


「その子供のゴーストだが、俺達を敵とは認識してなかったらしく、襲ってはこなかった。それどころか、友好的ですらあった」


 まさか日本で見たことがある、宇宙人との接触ごっこをやったというのは口にしなかったが、とにかく子供のゴーストが友好的な存在だったのは間違いない事実。


「ゴーストでも……いえ、ゴーストだからこそ、レイさんやセトちゃんとの力の差を理解したのかもしれませんね」

「どうだろうな。ともあれ、友好的だったから、取りあえず攻撃するようなことはしないで通路を進んだところ、何故か子供のゴーストは一緒についてきた。で、行き止まりに棚があって、そこには何冊かの本があった訳だが……」


 そう言い、レイは武術の指導書と集会の進め方が書かれた本、誰かの自伝、最後に白紙になった絵本をミスティリングから取り出し、机の上に置く。


「これがその本ですか? ……ダンジョンにあるにしては……」


 普通の本ですね。

 そう言いたくなるアニタの言葉は、レイにも理解出来る。

 だが、レイはそんなアニタの言葉に同意しながらも、絵本を指さす。

 レイの行動に、アニタは絵本を手に取り、中を見るのだが……


「え? 何も描かれていない?」


 驚きの声を上げる。

 慌てて他の本を見るアニタだったが、そこにはきちんと内容が描かれている。


「えっと、何でこの絵本だけ?」

「この絵本の内容は、簡単に説明すると子供が森の中に入って、そこで神殿を見つけて、中に入って迷ったところでグリフォンを連れた冒険者に会う……ってものだった」

「それは……」


 説明を聞き、アニタはレイをマジマジと見る。

 普通に考えて、グリフォンを連れた冒険者というのは、アニタはレイしか知らないのだから。


「言いたいことは分かる。実際、俺もそう思ったしな。ともあれ、その絵本を最後まで読んだら、子供のゴーストは光になって消えていった。幸いだったのは、その時に子供が痛がったり苦しがったりする様子はなくて、気持ちよさそうにしていたところか」

「……それはつまり、一体どういうことなんです?」

「分からないな。寧ろその件については俺が聞きたい。……アニタは他の冒険者から、そういう話を聞いた事はないか?」


 そう尋ねるレイだったが、アニタは首を横に振る。

 本当に知らないのか、あるいはギルドの機密として話せないのか。

 レイには分からなかったが、それでもアニタがこうして首を横に振ったのなら、これ以上聞いても無駄なのだろうというのは理解出来たので、それ以上突っ込んで聞いたりはしない。

 本をミスティリングに収納しつつ、レイは口を開く。


「後は……十八階で十七階に続く階段があって、その階段を上がるとそこには宝箱が置かれていた部屋があった。そんな訳で、いつものように宝箱を開けられる人物を募集するから、依頼書を頼む」


 そう、レイはアニタに頼むのだった。

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