4074話

 レイとセトは十八階から地上に戻ることにし……そしてナルシーナ率いるオルカイの翼であっても、かなりの時間を掛けて移動しなければならない道のりを、セトが空を飛ぶことによってあっさりと踏破し、地上に出た。


「さて、じゃあ俺はギルドに寄ってくる。色々と話をする必要もあるし、セトはいつものようにここで待っていてくれ。……俺が言うまでもないと思うけど」


 そうレイが言ったのは、ギルドの側には見覚えのある顔が幾つも存在していたからだ。

 セト好きの面々の顔が。


(というか、あの連中……いつからいたんだ?)


 空を見る限り、夕方にはまだ少し早い時間……四時少し前といたところか。

 これがもう一時間もすれば、ダンジョンから多くの冒険者が戻ってきて、素材を売ったり、依頼の達成を報告したりと、多くの者が集まるのだが、今はまだそれには早いのでそこまで混んではいない。

 そんな時間にも関わらず、セト好きが集まっているのは……


(毎日ダンジョンに潜るって訳でもないし、今日ダンジョンに潜らないで休日だった連中だったら……いや、それにしても人数が多すぎないか?)


 そんな風に疑問に思う。

 とはいえ、セト好きらしいと言われれば、レイもそうだなとしか反応は出来ないのだが。

 セトが近付くにつれて喜びに沸くセト好きの面々を見ながら、レイはギルドに入っていく。

 すると予想通りギルドの中には一定の人数はいるが、夕方のピーク時と比べると驚く程に人の姿がない。

 そのことを嬉しく思いつつ、レイはアニタのいる場所に向かう。

 アニタは他の冒険者と何らかのやり取りをしていたものの、レイがアニタの前に行く時には丁度そのやり取りも終わり、報酬か素材の売却代金か、ともあれ革袋に入った金を手に、冒険者がアニタの前から立ち去る。

 レイを見てもその冒険者が特に何も反応しなかったのは、レイの実力を見抜く目を持っていなかったのか、それともレイがいたからといって特に驚く必要はないと思ったのか。

 その辺りはレイにも分からなかったが、とにかく派手に騒がれなかったのは、レイにとっても悪くないことだった。


「あら、レイさん。……ステンドグラスの件ですか?」

「それもある。他にも幾つか聞きたいこととか、そういうのがあるんだが……」

「では、二階に行きましょう。今はそこまで忙しくないですし。じゃあ、お願いね」


 アニタが他の受付嬢やギルド職員に声を掛けると、レイを案内して二階に向かう。

 レイにとっても既にそれなりに何度か通った場所なので、緊張も何もなく階段を上がり、二階の個室に向かう。

 そんなアニタとレイの姿を、他の受付嬢やギルドにいた冒険者達が意味ありげな視線で見ていた。

 ……レイは当然のようにそんな視線には気が付いていたものの、特に敵意の類がある訳でもない視線だったので、気にしないことにする。

 そうして、以前も使った部屋に入り、そこにあった椅子に座ると……レイの向かいに座ったアニタが、口を開く。


「まず、ステンドグラスについてですが……正直、値段を付けるのは難しいです。ああ、それは安くてではなく、その希少さからですが」

「それは……まぁ、それなら」


 値段を付けるのが難しいと言われたところで反応したレイだったが、その理由が希少だから安値を付ける訳にはいかないと言われ、納得する。

 実際、レイはこのエルジィンで色々な場所に行ったことがあるが、ステンドグラスのような物を見たことはない。

 ……あるいは単純に、レイが見ても忘れているだけか、あるいはレイの行ってない場所にステンドグラスがある可能性は否定出来なかったが。

 とにかく、高値が付くのならそれはそれで構わないとレイは思う。


「それで、ですが。……いっそ、オークションに出してみるのはどうでしょう? 代金がレイさんに渡るのは少し時間が必要になりますし、そもそもオークションが開かれるまである程度の時間が必要になるとは思いますが、それでも高額で売れるのは間違いないと思いますが」


 アニタにしてみれば、レイには出来ればこの提案を受け入れて欲しいと思う。

 何しろ、レイが持ってきたステンドグラス……そこまで大きくはないそれでも、どのくらいの値段で買い取っていいのか分からないのだから。

 ここで下手に安く買い叩くようなことをすれば、レイとギルドの関係が悪化する。

 それはギルドとしても、どうしても避けたいところだった。

 何しろ、レイからギルドにもたらされる素材はどれも非常に希少だ。

 それに今はまだレイ以外に同じ階層を攻略している冒険者も、少数とはいえ存在する。

 だが、ギルドが把握しているレイの実力からすると、現在最深部を探索している久遠の牙を追い抜き、レイこそが最深部を探索する冒険者となるのは、そう遠くないことではない筈だった。

 つまり、このガンダルシアにおいてレイだけが持ってくることが出来る素材が、ギルドとレイの関係が悪くなれば買い取り出来なくなってもおかしくはないのだ。

 だからこそ、ギルドとしてはレイに最大限配慮する必要があった

 ……それがなくても、異名持ちのランクA冒険者と敵対したいと思う者はいないだろうが。

 いや、中にはギルドの権力を自分の力といったように馬鹿なことを考え、勘違いしたギルドマスターがレイを自分の手駒に……といったことを考える者もいるかもしれないが、今のところレイはそのような相手と遭遇したことはない。

 遭遇したら、それはそれで酷いことになるのは決まった未来だろうが。

 レイは敵として認識すれば、貴族を相手にしても力を振るうのを躊躇しない。

 その対象が、貴族からギルドマスターになったところで、レイの行動が変わる筈がなかった。


「ステンドグラスはオークション……オークションがいいのか……うーん、悩みどころだな」

「その、何ででしょう? レイさんにとっては、売却代金が入るのが遅くなるのは不満かもしれませんが、レイさんはお金に困ったりはしてませんよね?」


 受付嬢として、レイから何度も素材を買い取っているだけに、アニタもある程度はレイの懐事情を承知している。

 実際にはそれ以外にも盗賊狩りだったり、ギルド以外の場所で武器や防具を売ったりしているので、アニタが想像している以上にレイは儲けているのだが。

 ともあれ、レイに懐の余裕があるのはアニタも理解しているだけに、金が手元に届くのは少し遅くなってもいいのでは? と思ったらしい。


「まぁ、色々と買い物をしたりはしてるけど、資金的に困っているってことはない。ただ……オークションに出すと、それもすぐに開かれるのならともかく、いつ開かれるか分からないとなると、俺がそのことをすっかり忘れてしまいそうなんだよな」

「あー……」


 レイの言葉に、アニタは困った様子でそう言う。

 レイなら十分に有り得ると、そう思ったらしい。

 アニタもレイとはそれなりに付き合いがある。……それでもまだ数ヶ月程度だが。

 そんなアニタから見ても、レイは微妙なところで抜けていたりするのも事実。

 これで金に困っているのなら、金が手に入るオークションについて忘れるといったことはないかもしれないが、下手に金に余裕があるだけに、レイならオークションにステンドグラスを出した件を忘れていてもおかしくはないと思ってしまったらしい。


「ですが、ギルドとしては値段を決めるのは難しいのですが。その、落札代金の件はレイさんがガンダルシアにいるうちに入ってきたら、こちらですぐにお知らせしますし、レイさんがギルムに帰った後ならギルムのギルドに代金を送るといったことも出来ますけど」

「まぁ、そうだな。ならそうするか」


 結局レイが選んだのは、オークションに出すということだった。

 オークションの件を忘れても、ギルドの方で何とか対処してくれるというのだから、それなら任せてもいいだろうと判断したのだ。


「ありがとうございます」


 レイがオークションを受け入れたことに、アニタが感謝の言葉を口にする。

 これで、ギルドがステンドグラスの値段について考えなくてもいいと、そう思ったのだろう。


「では、オークションに出すステンドグラスはどうしましょう?」


 ギルドが受け取っているステンドグラスは、小さめの物が一個だけだ。

 オークションに出すのなら、出来ればもっと多い方がいい。

 そう暗に言ってくるアニタの言葉に、レイは席を立つと、次々にステンドグラスをミスティリングから出して、壁に立てかけていく。

 昨日の分もあるが、今日もまたステンドグラスのあるホールまで行き、そこでステンドグラスを確保してきている。

 そして昨日と今日のことを考えれば、明日にはまたステンドグラスが復活している可能性が高かった。

 ……もっとも、レイの予定では明日には十九階に行き、そのまま可能な限り素早く二十階まで行くので、ステンドグラスを確保出来るのは明日が最後……という訳ではないが、それでも余程のことがない限り、十八階でステンドグラスを確保することはない筈だった。

 ただ、それはあくまでもレイは確保しないというだけで、オルカイの翼を率いるナルシーナにはステンドグラスのことを話してあるので、オルカイの翼がステンドグラスをどうにかするかもしれないが。


「取りあえずこれくらいでいいか?」


 出したステンドグラスの数は、収納されていた物のうち七割。

 三割は、まだレイのミスティリングに収納されたままだ。


「こんなに……えっと、あ、はい。これだけあれば十分です。というか、十分すぎるというか……凄いですね」


 しみじみと言うアニタ。

 そう言いながらも、その視線はステンドグラスに向けられていた。

 日の光を受けてこそ、ステンドグラスはその美しさを最大限に発揮する。

 だが、こうして日の光のない場所で眺めても、その美しさは目を奪うのに十分だったらしい。


「ギルドの方で冒険者を雇って専門に採取……採取? まぁ、とにかく確保するというのはありかもしれないな」

「……もっと浅い階層なら、それでもいいんですけど。十八階まで行ける冒険者だと、ギルドでそのような依頼を受けるよりも、自分達で確保して売った方が儲かるでしょうし」

「まぁ、そうだよな。ギルドとしては惜しいと思えたんじゃないか?」

「それは否定しません」


 アニタにとっても、ギルドが儲けられるのならそれに越したことはないと思う。

 勿論、無理に……冒険者に皺寄せがいくようなことをしてまでは、金儲けをしたいとは思わないが、それでもギルドも相応の利益が必要となるのは間違いない。

 ……もしギルドの利益が少なくなれば、その分だけ領主や貴族、商人からの寄付に頼らざるをえない。

 そして寄付を受ければ当然だが、そのような者達がギルドでの影響力が高くなり……最悪の場合、ギルドがそのような者達の私兵となってしまう可能性が否定は出来なかった。


「ステンドグラスの件はこれでいいとして……私の方からは以上ですが、レイさんからの報告があるんですよね?」

「そうだな。幾つかある。まず……これを知ってるかどうかは分からないが、十八階にはコロッセオがあった」


 そうレイが言うと、アニタの表情が微かに動く。

 それがコロッセオについて知っていたからなのか、それとも知らなかったからなのか、それはレイには分からなかったが。


「で、そのコロッセオに入ると、モンスターと戦うことになる」


 観客がいないのに歓声が聞こえてくるといったことについては、話した方がいいのかどうか迷った、この件については黙っておく。


「ちなみに注意が必要なのは、コロッセオに入るのは一人だけだ。誰か一人が入ると、コロッセオに続く扉が閉まって開かなくなる。……俺の場合、セトがかなり心配していたな」

「……でしょうね」


 アニタもセトがレイを慕っているのは十分に分かる。

 それだけに、もしレイが言ったようにレイがコロッセオに入ったところで扉が閉まり、開かなくなるとセトが一体どれだけ焦るのか、アニタにも十分に予想出来た。


「あかげで、コロッセオから出た時にセトに突っ込まれたよ。……まぁ、その件はともかくとして。コロッセオでモンスターを倒すと、そのモンスターは消える。素材の剥ぎ取りとかは出来ない。その代わり、宝箱が出てくる。ちなみに宝箱の中身は戦ったモンスターが持っていた武器だ。俺とセトの二回しか試してないから、もしかしたら偶然そうなったのかもしれないけどな」


 そう言い、レイはミスティリングから戦斧を……ミノタウロスが持っていた巨大な戦斧を取り出し、アニタに見せる。

 それを見たアニタは、口を大きく開けて固まるのだった。

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