4073話
何故か石化ブレスのレベルアップをしたセト。
猫科のリビングメイルの魔石を使って石化ブレスのレベルが上がったのを不思議に思ったレイだったが、恐らくは猫科のリビングメイルが石化ブレスを使えたのだろうと判断し、真っ先に頭部を切断した自分の判断を褒めたくなった。
……何故リビングメイルが石化ブレスを使えるのかは、レイにも分からなかったが。
ともあれ、セトの石化ブレスのレベルが上がったのは、セトにとっても……そしてレイにとっても嬉しいことだったのは間違いない。
もっとも、石化ブレスのレベルは二で、試してみたところ石化をさせるという効果がレベル一の時よりも少し厚くなっているといった程度の強化だったが。
それでも強化されたのは間違いない。
また、今は効果が低くても、レベル五になれば一気に強化されるのを知っている以上、そこまで残念に思わなくてもよかった。
(石化ブレスを使うモンスターというのが希少だろうし、レベルが上がるのがかなり遅くなるだろうというのは予想出来るけど)
攻撃方法としても非常に希少なだけに、同じような攻撃を使うモンスターは当然ながらそう多くはない。
これで同じモンスターの魔石を何度でも使えるのなら、すぐにでもレベル九を目指すことが出来るのだが、魔獣術のルールによって同じモンスターの魔石は一度しか使えない。
もっとも、同じようなモンスターでも違う特徴を持っていれば別の種類のモンスターとして認識される辺り、魔獣術の判定も意外と緩かったりするのだが。
(あの館のような場所があれば、スキルのレベル上げには丁度いいんだけどな)
レイが思い浮かべたのは、妖精達がトレントの森に来る前に立ち寄ったという、館。
そこは何らかの研究施設の跡地で、建物の中には多数のモンスターがおり、その研究の影響か、その館に出てきたモンスターの魔石は何度でも魔獣術に使うことが出来たのだ。
まさにレイにしてみれば、ラッキーこの上ない……同じような場所があったら、絶対に行きたいと思える場所だった。
「さて、猫科のリビングメイルの件はこれでいいとして……左側の通路には何があるかだな。セトは何があると思う?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは困ったように喉を鳴らす。
何しろ、右の通路では子供のゴーストと思しき存在と遭遇し、その先の行き止まりにあった棚にあった本のうち、絵本を読んだことでその子供は消えたのだ。
レイにとってせめてもの救いは、その子供が苦しがる様子もなく……寧ろ、気持ちよさそうに消えたことだろう。
(ああいうのを、成仏っていうのかもしれないな)
そんな風に思うレイだったが、とにかくセトと共に通路を進む。
この通路の探索が終われば、最後に正面が残るのみだ。
もっともコロッセオも正面の扉が繋がっていたことを考えると、正面がどのような場所に繋がっているのかも分からない。
そんな風に思いつつ、歩いていたのだが……
「行き止まり?」
そう、左の通路の先は行き止まりだった。
右の通路のように棚か何かがあるのでは? と思わないでもなかったが、周囲の様子を見ても特に何もない。
「……これは予想外だな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
これまでの経験から、行き止まりであってもそこには何かがあるではないかと、そう思っていたのだ。
だが、この行き止まりには何もない。
「戻るか」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らすのだった。
「さて、気を取り直して……正面だな」
十字路のある場所まで戻ってきたレイは、最後の道……正面の道を見て、そう言う。
レイの隣ではセトもやる気満々といった様子でそこにいた。
行き止まりで一度気が抜けたものの、それでも正面の道に何があるか分からない以上、気合いを入れているのだろう。
……コロッセオの件が多少なりとも関係しているのは間違いないだろうが。
レイとセトは何があっても対処出来るように……そして驚かないようにしながら、正面の道を進む。
途中、特にモンスターと遭遇するようなこともなく歩き続け……
「え?」
そこにある存在に、レイの口から間の抜けた声が出る。
だが、レイはそれに気が付いた様子もなく、目の前にある物……階段を眺めていた。
それも下に、十九階に続く階段ではなく、上に、十七階に続く階段だ。
また、当然ながらこの場所はレイとセトが十七階から下りてきた場所という訳でもない。
それはつまり、十八階には十七階に続く階段が最低でも二つあるということを意味していた。
「……セト、どうする?」
「グルゥ? グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは聞くまでもないと喉を鳴らして一歩前に出る。
そんなセトの様子を見て、レイもそうだなと納得した。
「何があるのかは分からないけど。……出来れば十七階に到着した途端に海水に濡れるというのは避けたいところだな」
「グルルルゥ」
今の状態で海水に濡れるのを嫌うレイとは裏腹に、セトは海水で遊ぶのを想像してるのか、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
そんなセトの様子を見ると、レイもやっぱり行くのを止めようとは言えない。
元々そのようなことを言うつもりはなかったが。
何しろ、上に行く階段の先に何があるのか気になるのはレイも同じなのだから。
「じゃあ、行くか」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは行こうと喉を鳴らし、そうしてレイとセトは階段を上がっていく。
何があるのか。
そのように思って進んでいたのだが……
「あれ? 波の音が聞こえない? セト、何か聞こえるか?」
「グルゥ」
階段の途中でレイが波の音が聞こえないことに気が付き、セトに尋ねる。
だが、セトもそんなレイの言葉に首を横に振る。
それはつまり、レイよりも鋭い五感を持つセトですら、波の音が聞こえていないということを意味していた。
「十七階は海の階層なんだし……ここまで来て波の音が聞こえないなんてことがあるのか?」
「グルルルゥ」
疑問を口にするレイだったが、当然ながらセトも一体何がどうなっているのかは分からない。
結局のところ、実際に上まで……十七階まで行ってみるしかないだろうと判断し、レイはセトと共に残りの階段を上がっていく。
ただし、波の音が聞こえてこないという異常事態だ。
何が起きるのか分からない以上、レイもセトも相応に警戒をしながら階段を上り続け……そして、階段の一番上まで到着する。
だが、そこに広がっていたのは、海……ではなく部屋。
それも堂々と部屋の真ん中に宝箱だけがある……つまり、宝箱以外には何もない、そんな部屋だった。
部屋の大きさも六畳くらいと、そこまで広い訳ではない。
いや、日本で暮らしていた感覚からすると、それなりの広さではあるのだが。
「宝箱……だよな?」
「グルゥ」
一応といった様子でレイが呟くと、それを聞いたセトはその通りだよと喉を鳴らす。
セトのそんな様子に、レイは自分の見ている光景は幻でも何でもないと理解する。
ただ、それでも目の前にある宝箱を前にして、疑問を抱く。
「この部屋って十七階……でいいんだよな? なのに、海はどこだ?」
「グルルゥ? グルゥ」
レイの言葉にセトはどうなんだろうねと、喉を鳴らす。
階段を上がってきた以上、ここが十七階であるのは間違いない。
だが、十七階の上空をセトに乗って飛んだ時、この部屋のような場所を見つけることは出来なかった。
勿論、レイもセトも十七階の全てを見た訳ではない。
もしかしたら、十七階をしっかりと探索すれば、現在レイ達のいる場所のような部屋がある可能性も否定は出来ない。
……否定は出来ないが、だからといって本当にあるかどうかというのは微妙なところだったが。
(可能性としては、ここは十七階じゃなくて十八階の別の空間とか、そんな可能性はないか? あるいは、十七階と十八階の間とか……いや、これはないな)
そうレイが判断したのは、十八階から階段を上った時の長さを考えれば、十七階と十八階の間、つまり半分くらいしか上っていないとは思えなかったからだ。
「ともあれ、ここに宝箱がある以上、この宝箱は収納しておくか。……何かいい物が入っていればいいんだけどな」
それなりに宝箱を見つけてはいるものの、その中身は決してレイにとって嬉しい物だけという訳ではない。
他の冒険者がダンジョンの宝箱から見つけ、猫店長に売った使い捨ての魔法発動体の指輪はレイにとって是非とも欲しかったので嬉しかったが、結局使い捨てである以上は、使えば壊れてしまう。
出来れば使い捨てではない……それも杖ではなく指輪のような魔法発動体が欲しいとは思うのだが。
もしくは、レイが好むようなマジックアイテムがあっても嬉しい。
「グルルルゥ」
レイの言葉には、セトもまた同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、宝箱を開けるのは何が出てくるのか分からないので楽しみにしている。
それだけに、こうして一つの部屋を占領する形で……それも部屋のあった場所を思えば、宝箱の中身が特殊な物であってもおかしくはない。
「十字路の中で正面が正解だったということか。……まぁ、あの子供の一件もあるから、あの子供を解放出来たと考えると、向こうが正解だったのかもしれないが」
「グルルゥ、グルゥ」
子供の一件を思い浮かべたレイの言葉にセトが喉を鳴らす。
「ともあれ、行くべき場所はもう大体行ったし……今日はこれ以上の探索は無理だな。この宝箱を開けたり、コロッセオの件をアニタに聞いたりとかする必要もあるから、今日はもう帰るか? ……地図の様子を見る限りだと、明後日……いや、上手くいけば明日には描かれていない場所の地図は完成しそうだし」
「グルルゥ?」
地図を埋め終わったらどうするの? と喉を鳴らすセトに、レイは地図の一ヶ所を指さす。
「この神殿の階層の中央にある、大広間? そこに向かう。十九階に下りる階段もここにあるみたいだしな。それで特に何もなければ、普通に十九階に下りればいい。……とはいえ、十九階をどうするかが問題だよな」
十五階から十九階に行くのと、二十階から十九階に行くのでは、当然ながら後者の方が手っ取り早い。
実際、十五階の転移水晶に登録する時にも、レイは十三階と十四階の探索を後回しにし、十五階の溶岩の階層にある転移水晶に登録するのを優先し、それから十四階と十三階を探索した。
レイとセトだから出来たことなのは間違いないが、非常に効率的だったのは間違いない。
なら、十九階の探索も二十階の転移水晶に登録してから行った方が効率的なのは間違いなかった。
「うん、十八階の探索が終わったら、十九階の探索は後回しにして、二十階に向かって転移水晶に登録しよう。そうなれば、俺達も久遠の牙に追いついたことになるし」
結局レイが選んだのは、そういう方向性だった。
もっとも、十九階の情報がない以上、その考えが上手くいくかどうかは微妙なところではあったが。
ただ、それでも久遠の牙に追いつくということの話題性は大きい。
レイとしてはそこまで噂は気にしていないのだが、レイが既にガンダルシアに来てから半年……は経っていないが、それでも相応の時間が経過している。
だというのに、レイはまだ久遠の牙に追いついていない。
異名持ちのランクA冒険者にしては、おかしいのでは?
そのように噂をする者がいるのを、レイは知っていた。
……もっとも、それはあくまでも事情を知らない者達がする噂だ。
事情を知っている者達にしてみれば、寧ろレイの現在の状況で既に十八階まで進んだのが異常だと、そう認識していたのだが。
具体的には、専業の冒険者と違ってレイは冒険者育成校の教官をやっている。
しかもガンダルシアに来てから暫くの間は、教官の仕事に慣れる為にそちらに専念していた。
その上で、レイは他の教官達とは違い、滅多に教官の仕事を休んでダンジョンの攻略を行わない。
それはつまり、午前中は冒険者育成校で教官の仕事をし、午後だけしかダンジョンの攻略に使えないということを意味していた。
また、翌日も冒険者育成校で教官の仕事がある以上、ダンジョンに泊まり込むといったことも出来ない。
更には、少し前にレイはギルムに帰省すらしていたのだ。
当然ながら、帰省をしている間はダンジョンの攻略は出来ない。
……もっとも、ガンダルシアのダンジョンの攻略は出来ないが、ギルムの側にあるトレントの森のダンジョンは攻略したが。
そのように限られた時間しかダンジョンの攻略には使えないのに……また、パーティを組まず、ソロで既に十八階まで来たのだから、ダンジョンという存在を理解している者達にしてみれば、レイの攻略速度は驚異的だった。
それを、何も知らない者達が遅いと言うのだから、その噂を聞いた者達が浮かべるのは、嘲笑、失笑、冷笑……そんな笑みだった。
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