4072話

「えっと……いなくなった? 成仏した? それとも脱出した? どれなんだろうな?」

「グルゥ……」


 光となって消えた子供がいた場所を見ながら、レイはどうしたものかといった様子で呟く。

 セトもそんなレイの言葉に、迷った様子で喉を鳴らす。

 レイやセトにとって、子供のゴースト……いや、既にゴーストだったのかどうかは分からないものの、とにかくあの子供は別に敵という訳ではない相手だった。

 かといって味方かと言われると素直に頷くことも出来ないようなところもあったのだが。

 ともあれ、その子供がいなくなったのに対し、どのように反応すればいいのか迷っていた。

 これで子供が苦しみながら消えていったのなら、レイも後悔……とまではいかないものの、色々と思うところはあっただろう。

 だが、絵本を見て光の粒となって消えていった子供は、決して苦しそうな様子ではなかった。

 それどころか、寧ろ嬉しそうに、そして気持ちよさそうに光の粒となって消えていったのだから、取りあえず問題はなかっただろうと、そうレイは思う。

 ……頭の片隅で、日本にいる時にTVで見たか、本で読んだのか、ともあれ動物の中には相手を食べる時に神経を支配したり、あるいはフェロモンを使って食べられるのを気持ちいいと思うようにする、というのを思い浮かべたものの、レイはすぐにそれを却下する。

 ともあれ、このダンジョンに……あるいはこの階層に閉じ込められていたのだろうあの子供が無事に解放されたのだから、よしとしておく。


「……あれ?」


 子供の件はもういいかと考え、レイは改めて行き止まりにあった棚に置かれていた本に視線を向けるのだが、そこにあるのは武芸の指南書と集会の手順書、そして自伝書。

 この三冊についてはそのままだったのだが、最後の絵本……あの子供が解放される要因になった絵本の中身は、真っ白なページが広がっているだけだった。


「あの子供が解放されたから、か? ……取りあえず絵本も含めてミスティリングに収納しておくか。ギルドでアニタに聞けば、何か分かるかもしれないしな。……というか、今まで十八階を攻略した者達は、これをスルーしたのか?」


 その辺についても、アニタに聞いてみようと思うレイ。

 ダンジョンの中でこのような経験をしていた場合、恐らくギルドに報告しているだろう。


(あ、そうなると、もしかしたらコロッセオの件についても知っていたりするのか? それならそれで、俺にとっては悪くない話だけど)


 レイが疑問だったのは、コロッセオはどのくらいの時間を置けば、また利用出来るかだ。

 そしてもし再使用が可能なら、次に出てくるモンスターは最初に出て来たモンスターと違うのか、と。

 レイにしてみれば、もしコロッセオがある程度の時間を置けば再利用出来るとしても、その時にまた出てくるモンスターが同じミノタウロスなら、戦う気をなくす。

 何しろ、倒したところで入手出来るのは、レイが使おうとは思わないような巨大な戦斧だけなのだから。

 ……もしかしたら、二度目は一度目とは違うアイテムが宝箱に入っているという可能性も否定は出来なかったが。


「まぁ、取りあえず右の通路は当たりだったな。……当たり、か?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトも微妙だったといったような感じで喉を鳴らす。

 後味が悪い……とまではいかないが、完全に納得出来るような終わり方でもない。

 お宝としても、残った本は三冊。

 ……それと、白紙になった絵本が一冊。

 総合的に見て、収入という面では微妙なところだったのは間違いない。

 レイとしては、自伝書がなかなか面白そうだったので、そんなに悪くはなかったのだが。

 ただ、純粋に儲けとしてはそうでもないのは事実。

 レイは別にそこまで金に困ってる訳でもないので、その件についてはそこまで問題なかったのだが。


「ともあれ、この辺についても地図に描いておくとして……じゃあ、次は左か正面か、どっちかだな。セト、どっちにする?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 分からないといった様子で殿を鳴らすセト。

 そもそもセトが十字路で右を選んだのも、適当……もしくは勘によるものだ。

 であれば、残り二つのどちらに行くのかという明確な指針の類はない。

 十字路まで戻ったら、そこで改めて勘で選ぶしかないだろう。

 セトの様子からレイもその考えを何となく理解出来たものの、その件について何かを言ったりはしない。

 そもそも、レイもまた十字路で残り二つの道のどちらを選ぶのがいいのかというのは、分からなかったのだから。

 もしレイがセトと同じようにどちらに行くのかを選べと言われても、それこそ適当に選ぶことしか出来ない。

 そういう意味では、レイとセトは似た者同士だった。

 ……もっとも、セトはレイの魔力から生み出されたのだから、それも当然かもしれないが。


「またコロッセオのような場所があって欲しいんだけどな」

「グルゥ……」


 レイの呟きに、セトは微妙な様子で喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、コロッセオにレイが入った時、目の前で扉が閉められ、扉を開けることが出来なかったことに思うところがあるのだろう。

 そんなセトの様子に気が付き、レイは落ち着かせるようにその頭を撫でる。


「セト、あのコロッセオの件については気にするなって。結果として、特に何もなかっただろう?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは分かってるけど……といったように喉を鳴らす。

 そんなことをしながら歩いていたレイとセトだが、不意にセトが足を止め、喉を鳴らす。


「グルルルルゥ」


 それは、先程の消えた子供に対するものとは違い、明確な敵に対する警戒の鳴き声。

 レイはセトの鳴き声を聞くや否や、すぐにミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。


「さて、今度は何のリビングメイルだ?」


 リビングメイルと決めつけるのもどうかとレイも思わないではなかったが、この階層で戦った敵は青い虎と影の騎士を除くと全てリビングメイルだ。

 そうなると、またリビングメイルが現れたのだろうとレイは予想し……そんなレイの予想を裏付けるように、ガシャリ、ガシャリと通路の向こうから足音が聞こえてくる。

 そしてやがて姿を現したのは……


「虎……か? いや、虎というよりも、猫科の肉食獣と表現した方がいいような」


 そのリビングメイルは、明確に虎とは表現出来ない……レイが口にしたように、虎ではなく猫科の肉食獣という表現が相応しい、そんなリビングメイルだった。


(そもそも、リビングメイルってのは鎧に魂が入ったり、あるいは意思を持ったりで動き出したモンスターだろう? さっきのユニコーンのリビングメイルといい、この猫科のリビングメイルといい……一体どうなっている?)


 それはつまり、猫科の鎧があったということを意味している。

 ユニコーンの時もそうだったが、普通の鎧と違い、動物型の鎧が何故あるのか。


(いやまぁ、ユニコーンなら百歩譲って騎士が乗る馬の鎧といった可能性もあるだろうけど……これはないだろ)


 猫型の獣型の鎧。

 一体どのような存在がこの鎧を使うのか。

 勿論、世の中には馬ではなくモンスターに騎乗する者もいる。

 テイマーや召喚魔法使い、あるいは騎士でも調教されたモンスターに乗るといったように。

 また、それを言うのなら、レイもまたセトに乗っている。

 ただ……それでも、鎧を装備するというのは滅多にない。


「ガルルルルルル」


 向こうも当然のようにレイとセトの存在に気が付いてはいたのだろう。

 四本足で床を削るようにしながら、いつでも動ける状態で警戒に喉を鳴らす。


「やる気満々なところ悪いけど……結局のところ、リビングメイルに違いはないんだろう? 四足歩行の敵という意味ではユニコーンのリビングメイルとそう違いはないだろうし……一気に勝負は決めさせて貰う」


 そう言い、レイは一気に前に出る。

 猫科のリビングメイルにとって、そんなレイの行動は予想外だったのだろう。

 動き始めを突かれた行動に、前に出るのを躊躇ってしまう。

 その躊躇いは一秒にも満たない時間だったが……それだけあれば、レイにとって十分だった。

 斬、と。あっさりとレイの振るったデスサイズの一撃が猫科のリビングメイルの頭部を切断し、同時に三角跳びの要領で壁を蹴って上から振ってきたセトが猫科のリビングメイルの身体を押さえ、レイが素早く手を伸ばし、切断された首の部分から胴体に手を突っ込み、魔石を取り出す。

 リビングメイル……いや、モンスターである以上、存在の核は魔石となる。

 その魔石を抜き取られれば、リビングメイルとしての状態の維持は出来ず、あっさりと潰れてしまう。


「ふぅ。……勿体ぶって出て来た割に、呆気なかったな」


 そう言うレイだったが、ここまでスムーズに……それこそ戦いではなく処理といった表現の方が適切な感じでリビングメイルを倒すことが出来るのは、レイの実力が高い為だ。

 その辺の冒険者がこのリビングメイルと戦えば、それこそ生き残るだけで精一杯といったことになってもおかしくはない。

 このリビングメイルは、それだけの強さを持っていたのは間違いない。

 それこそ、十八階を探索出来る冒険者であっても、ここまで猫科のリビングメイルを気軽に倒すというのはそう簡単なことではない。

 倒した猫科のリビングメイルを手慣れた様子で回収し、最後に残っているのは魔石。


「さて、この魔石は……どうする?」


 このどうする? というのは、セトとデスサイズのどちらが使うかといった意味でのどうする? というものだった。


「グルゥ……」


 レイの言葉にセトは悩むように喉を鳴らす。

 セトとしては使えるのなら自分が魔石を使いたいと思う。

 だが同時に、実際に猫科のリビングメイルを倒したのはレイの力が大きい。

 だとすれば、やはりここはレイが……より正確にはデスサイズが使う方がいいのではないか。

 そのように思うのは、おかしな話ではなかった。


「セト?」

「グルゥ……グルルルゥ、グルゥ」


 デスサイズに使ってと、そう喉を鳴らすセト。

 だが、レイはそんなセトの様子に少し考えたところで首を横に振る。


「いや、ここはやっぱりセトが使った方がいい。今まで何度も言ってきたけど、俺にはデスサイズのスキル以外にも多数の攻撃手段があるからな」

「グルゥ?」


 いいの? と喉を鳴らすセト。

 レイが自分の為に言ってくれているとは、セトにも分かる。

 分かるのだが、それでも猫科のリビングメイルを倒したのはレイの力が大きいと考えると、その魔石を譲って貰うのはどうかと、そう思わないでもなかった。

 また、レイの言い分……レイは他に幾らでも攻撃手段を持っているからという、その言葉はセトも今まで何度も聞いてきたし、その度にその言葉に甘えてきたのも事実。

 だからこそ、ここでまたその言葉に甘えてもいいのかと、そのように思ってしまったのだろう。


「いいんだ。セトが強くなるのは、俺にとっても悪くない……それどころか、助かることなんだからな。だから、これは俺にとっても全く問題ない行為な訳だ」

「……グルゥ」


 レイの言い聞かせるような、あるいは説得するような言葉に、セトは少し考えた後で分かったと喉を鳴らす。


(さて、これでセトが魔石を使うことになった訳だけど……一体どんなスキルを習得、もしくはレベルアップ出来るんだろうな)


 レイにとって、セトが強くなってくれるというのは嬉しいことだ。

 だが同時に、一体どのように強化されるのかというのもかなり気になることなのは事実だった。

 特に後者は好奇心や興味本位的な部分があるのも間違いない。

 もっともそれでセトに不利益があるのなら、レイもこのようなことはしないだろう。

 魔獣術は、多かれ少なかれ使った者を強化すると理解しているからこその、言葉だった。


「さて、じゃあ話が決まったところで早速やるか。……この階層は元々来られる者が少ないし、場所が場所だから誰かいるかどうかを見ることが出来るのも大きいな。……セト、準備はいいか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、勿論と喉を鳴らすセト。

 そんなセトに対し、レイは魔石を放り投げ……セトは、その魔石をクチバシで咥え、飲み込む。


【セトは『石化ブレス Lv.二』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それを聞いたレイは、驚きの表情を浮かべる。


「え? あの猫科のリビングメイル……もしかして石化のブレスを使えたのか? ……セーフ。ギリギリセーブ」


 猫科のリビングメイルと戦った時、真っ先に首を切断したことに自分で自分を褒めるレイだった。

 ……リビングメイルなのに、どこをどうやればブレスを出せるのかというのは、ちょっと分からなかったが。




【セト】

『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.三』『魔法反射 Lv.二』『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』new



石化ブレス:石化する灰色の煙を放つブレス。レベル一では表面だけを、レベル二では表面をより頑丈に石化させることが出来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る