4071話

「グルゥ」


 通路を進むレイ。

 そんなレイの横で、後ろを見ながらセトが喉を鳴らす。


「やっぱりついてきてるか」


 セトの鳴き声に後ろを向いたレイが見たのは、子供のゴーストだった。

 レイはセトと共にその不思議な……自分に敵意を持たないゴーストには攻撃しないようにしており、ダンジョンの探索を続けることにしたのだが……子供は何を思ったのか、レイとセトの後をついてきたのだ。

 一体何を考えてそのようなことをしているのか、レイには分からない。

 分からないが、レイは敵意を持っていない以上、子供のゴーストに対して何かをしようとは思わない。

 ただ、自分達と一緒に来るとなると、この階層にいるモンスターと戦闘になった時、その戦いに巻き込まれることになるかもしれないと、心配する。

 とはいえ、何故か指でならお互いに触れることは出来るものの、それ以外の部位……それこそ掌でも触れることが出来ない以上、レイが出来るのは自分達と一緒に来ないように言うだけだ。

 言うだけなのだが、問題なのは子供がそれを聞かないことだった。


「ナルシーナや、この階層よりも下を攻略しているパーティは、この子供に会ったのか?」

「グルゥ?」


 独り言として口にしたレイだったが、それを聞いたセトは、どうなんだろうねと喉を鳴らす。

 そんなセトの鳴き声を聞きつつも、恐らく子供が今のように人前に出てくることはなかったのだろうと、そうレイは思う。

 もしナルシーナ達の前にこの子供が出ていたら、レイ達と情報交換をした時にその辺りについて話してくれてもよかったのだから。

 だが、そのようなことはなかった。

 それはつまり、ナルシーナ達がこの子供と遭遇していないことを意味しているのではないかと、レイには思えた。

 勿論これは、あくまでもレイがそのように思っているだけで、実際にナルシーナに確認した訳ではない。

 単純にナルシーナがレイに話すのを忘れていたり、もしくはどのように説明すればいいのか分からず、黙っていただけという可能性もあるのだから。


「取りあえず、今の状況では何も出来ない以上、あの子供には悪いが無視するしかないか。俺達と一緒にいても何も面白くないと分かれば、自分から離れていくかもしれないしな」


 本当にそのような展開になるのかどうかは、生憎とレイにも分からない。

 分からないが、それでも他に出来ることがない以上、そうするしかないのも事実だった。

 ……魔法を使って、浄化してやるといった方法はあるのだが、レイも自分に敵対していない相手にそのようなことをするつもりはない。


(とはいえ、このまま一緒に行くのもな。……あるいは、この階層だけならそれでもいいけど、この階層以外の階層に行くとか、もしくは地上に戻る時とか、そういう時にも一緒に来られると、どう対応したらいいのか分からないな。……いや、でも意外といけるか?)


 レイはただでさえセトという高ランクモンスターをテイムしている。

 そんなレイだけに、セト以外にゴーストを一緒に連れていても、テイムしたのかとしか思われないだろう。

 ……そう思ったレイだったが、このゴーストが本当にレイと一緒に地上まで来るのなら、それこそ他の冒険者達が同じようなことになっていてもおかしくはないし、そうなれば何らかの噂になっていてもおかしくはない。

 だが、レイはそんな噂を聞いたことはなかった。

 それはつまり、このゴーストは地上まで来られないか……あるいは、レイ達以外の前には出ていないかということになるだろう。


(まぁ、俺が何を言ってもいなくなる様子はないし……そもそも、声が聞こえているのかすらはっきりとは分からないし。そう考えると、俺がここで何を言っても意味はないんだろうから、これ以上は放っておくか。……それにもしかしたらこの子供がこの階層の何か重要な要素となってる可能性もあるし)


 これがゲームであれば、そのようなことは珍しくはない。

 そのようにレイが思ったのは、コロッセオの件があったからというのも大きいだろう。

 コロッセオではモンスターを倒すと、賞品として宝箱が貰える。

 罠もなく、鍵も掛かっていない宝箱は、今のところという注釈はつくが、倒したモンスターの武器が入っている。

 ……レイが入手した、ミノタウロスの使っていた巨大な戦斧はレイにとっては使い道がないし、セトが倒したモンスターが使っていたと思しき風を発生させる短剣は、レイの属性が炎に特化している為に使えなかったが。

 前者はともかく、後者はレイが集めているマジックアイテムではあるのだが、レイが集めているのはあくまでも実戦で使えたり、あるいはあれば便利なマジックアイテムだ。

 例えば前者なら、それこそ黄昏の槍であったり、鏃を作り出すネブラの瞳であったり、障壁を作れる防御用のゴーレムであったり。

 後者なら、それこそ天上の甘露と呼ぶに相応しい水を生み出す流水の短剣やマジックテント、窯や鉄板なんかもそうだろう。

 それらのマジックアイテムと違い、風を生み出す短剣はレイが使っても微風と呼ぶのも大袈裟な微かな……本当に吹いたかどうか分からないような風を生み出すことが出来る程度の効果しか出せない。

 その為、風を生み出す短剣はビューネのお土産にすることにした。

 ……ともあれ、コロッセオではそのようなことがあったこともあり、この十八階はレイにとってどこかゲームっぽい感じの場所のように思えてしまうのも事実。

 だからこそ、この子供も何らかのファクター……要因なのではないかと、そう思えてしまうのだ。


「まぁ、何があろうともその時はその時でこっちも相応に対処すればいいだけなんだろうが」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはセトに何でもないと首を横に振り……


「あ」


 進んでいた道が行き止まりになっていたことに気が付き、足を止める。

 ただし、レイの視線はじっと行き止まりとなってる場所……そこにある、棚に向けられている。

 その棚には数冊の本が置かれていた。


「ラッキー」


 日本にいた時は漫画や小説を楽しんでいたレイにとって、このエルジィンにおいて本というのは非常に高価な物だ。

 それは図書館に入るのに保証金が必要で、もし本を汚した場合はその保証金を使い……それでも足りなければ、本を汚した者が別途金を使って本を修復する必要があるというのが、示していた。

 また、本屋も日本にあった本屋と違い、非常に高価な物となっている。

 もっとも、レイは金に余裕があるので、買おうと思えば相応に本を買えるのだが……その辺りの文化もエルジィンでは進んでおらず、レイの興味を惹くような本はそう多くはない。

 モンスター辞典のような実用書の類はそれなりに満足出来るものだったが。

 ともあれ、わざわざ自分で買いたいと思うような本というのは滅多にない。

 ないのだが、それでも無料で入手出来るのなら話は別だった。


「さて、何の本だ?」

「グルゥ?」


 レイの横でこちらも少し気になるといった様子のセト。

 セトは本を読むことは出来ないものの、それでもレイがそこまで気になるのなら一体どんな本なのだろうと、そのように思ってしまうらしい。

 

「うーん……こっちはいわゆる武芸書っていうのか? 神殿騎士の訓練の仕方が書いてあるな。……俺的にはいまいち。こっちは……」


 一冊目は興味のない方に置いておく。

 そして二冊目に手を伸ばしたレイは……


「集会とかの手順書? ……これもいらないな」


 そのようなものを知りたいとは、レイには思えなかった。

 とはいえ、それでも本として残っている以上は、何らかの意味があってのものなのだろう。

 レイには興味はないが、これを見て価値を見出す者がいてもおかしくはなかった。


「三冊目は……お、これはちょっと面白そうだな」


 三冊目にしてようやくレイの興味を惹いたのは、いわゆる自伝書だ。

 この手の類の本は、人によっては読んでいても面白くない……それこそ自分の自慢だけを延々と書き連ねているようなものもあるのだが、最初の数ページを読んだ感じでは、この本はその手のものではない。

 独り善がりで書いたのではなく、この自伝書を読んだ者が楽しめるようにきちんと考えられて書かれていた。

 その為、レイはこの自伝書は前の二冊と違って興味のある方に置く。

 そして最後の一冊は……


「絵本?」


 そう、それは絵本だった。

 今までの本に交ざって、何故絵本がここにあるのかレイは分からなかった。

 明らかにこの場にある本としては不自然なように思える。

 勿論、それはあくまでもレイがそう思っているだけで、実際には絵本がここにあってもおかしくはないかもしれない。

 しれないが、それでもこうしてここに本があるのは間違いのない事実。

 そうなると、やはりここにはこの絵本がある何らかの理由があるのかもしれない。

 そう思い、絵本を読み進めていく。

 その内容は、よくあると言えばよくあるものだった。

 好奇心の強い子供が入ってはいけないと言われている森に探検に向かい、その結果そこに秘められていた秘密の神殿を見つけ、その神殿の中に入ると幽霊達に追い掛けられ……


「え?」


 絵本を読み進めていたレイの口から、不意にそんな声が上がる。

 その理由は、絵本の中に小柄な人物とグリフォンが姿を現した為だ。

 冒険をして幽霊に追われていた子供は、グリフォンを連れた冒険者に助けられ……無事にお宝を手に、神殿を脱出するのだった。

 ……最後にそう締めくくられている絵本。

 その絵本に描かれている冒険者の方はローブを着ているだけで誰なのかとははっきりと分からないものの、グリフォンは右前足の剛力の腕輪らしき物がある。

 それを見れば、これがセトなのだろうというのはレイにも容易に理解出来た。


「えっと……?」


 理解は出来たが、一体何がどうなってこんなことになってるのかは分からず、レイは後ろを……子供のゴーストに視線を向ける。


(いや、ゴーストって訳じゃないのか? まぁ、この絵本を信じればの話だけど)


 そもそもゴーストというのも、子供の向こう側が透けて見えるので、レイがそのように認識していただけでしかない。

 この絵本の内容が事実なら、あるいはこの子供はゴーストとはまた違う何かなのではないか。

 そうレイが思っても、おかしくはなかった。

 レイに視線を向けられた子供は、しかし何故自分が見られているのか分からず、首を傾げる。


(この様子だと、自分の状況が分かっていないのか? いっそ、この絵本を見せてみるのも……いや、それは取り返しの付かないことになりそうな感じがするし、止めた方がいいか)


 ただ、この絵本の内容が偶然だとはレイには思えない。

 幾ら何でも、ここまで自分やセトにそっくりな登場人物が出てくるのはおかしいだろうと。

 ……とはいえ、だからといってこれが具体的に何がどうなっているのか分からないのは、どうかと思わないでもないが。


(というか、絵本がこの子供と関係があるとすれば、他の本も実はこの子供と何か関係があったりしないよな?)


 この子供が大人になって自伝を書いたのがここにある自伝書だったり、あるいは将来的に神殿騎士になった時の訓練に使う本や、集会とか任された時に使う本。

 そういった本がここにあるのではないか。

 そうレイは思ったのだが、すぐにまさかなとそれを否定する。

 いや、実際にどうなのかはレイにも分からないが、こうして見ている限りだともしかしたら……といったように思えてしまうのも事実。


(この子供をどうにかする……解放する? 為には、この絵本が何らかの要因になるのは間違いないと思うんだが)


 絵本と子供を見比べながらレイがそのように思っていると、そんなレイの仕草が子供の気を惹いたのか、子供は不意にレイに近付いてくる。


「あ……えっと……」


 どうすればいいのか。

 そうして迷っていたレイだったが、子供が真っ直ぐな視線を自分に向けているのに気が付くと、仕方がないと覚悟を決めて、絵本を子供に見せる。

 最初の1ページ目から、ページをめくっていく。

 そうして最後のページ……レイやセトの力によって神殿から解放したラストになると……


「あ」


 不意に子供の身体が光の粒になって消えていく。


「おい、ちょ……大丈夫なのか!?」

「グルゥ!?」


 突然の光景にセトも驚いて喉を鳴らす。

 だが、光の粒となって消える子供の顔に、苦しそうな色はない。

 それどころか、嬉しそうに笑っており……そのまま、子供は全てが光の粒となって、消えていく。


『ありがとう』


 どこからともなく、そんな声がレイの耳に聞こえるのだった。

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