4070話
コロッセオでの探索を終えたレイとセトは、ナルシーナから貰った地図に描かれた……いや、まだ描かれていない場所の探索を続ける。
「それにしても、台所と掃除用具の部屋はともかくとして、あのコロッセオはいい場所だったよな。難点としては一人一回しか使えないということだけど。……出来れば一日に一人一回であって欲しいな」
もしそうなら、レイは毎日のようにあのコロッセオに通うつもりだった。
本当にそのようなことになるのかは、明日以降にまた来て試さなければならないが。
(もし明日が無理なら、二日に一回、三日に一回、もしくは五日に一回、十日に一回……といった具合に調べる必要があるだろうな。とはいえ、そんなに毎回来るのは、それはそれで面倒だけど。……というか。十八階にあるってのがな。十九階、二十階、もしくは十六階とかの転移水晶から近い場所にあればやりやすいんだけど)
そんな風に思いながら、十八階を……神殿の階層を進むレイ。
既に地図ではそろそろナルシーナが描いている場所から出ようとしているところだ。
……もっとも、地図は地図でもしっかりと描かれた地図ではなく、あくまでも下書きとして描かれた地図なので、そういう意味ではそこまで正確という訳ではないし、目印になるようなものがしっかりと書き込まれていなかったりもする。
「ん? ……道が三つに分かれてるか。俺達が来た道も合わせると、十字路だな。セト、どっちに行ってみたい?」
レイは隣を歩くセトに聞く。
レイにしてみれば。正面でも左右でもどちらに向かっても構わない。
なので、セトの行きたい方に進もうと思って尋ねたのだが……
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの隣を歩くセトは、右側の道に視線を向ける。
先程のコロッセオのあった場所では最初に左側の部屋に……台所に入った。
もっとも、台所というよりは調理場と称する方が正しいような場所だったが。
ともあれ、先程は最初に左側だったので、今度は右側とセトは選んだのだろう。
もしくは、レイには分からない何らかの理由によって、右側に何かがあると判断したのかもしれないが。
ともあれ、レイにしてみればどちらに向かうのであっても構わない。
なので、素直にセトの選んだ方に向かう。
通路そのものは、神殿の階層らしく、かなり広めだ。
壁にも精緻な飾りが施されており、目を楽しませる。
……もっとも、それでもずっと同じ光景を見続けていれば飽きてしまうのだが。
「グルゥ」
そうした通路を歩いていると、不意にセトが喉を鳴らす。
特に警戒をしている様子でもないので、危険が迫っている訳でないのは明らかだ。
……なら、具体的に何があるのかとなると、それはレイにも分からなかったが。
セトが見ているのは、レイ達が進もうとする方向。
なら、そちらに何かがあるのだろうと、レイはセトと共に通路を進み……
「え?」
子供……それも五歳になるかどうかといったような子供が、不意に通路に姿を現す。
ただし、それがただの子供ではないのは明らかだった。
……そもそも、ただの子供が十八階にいる筈もないのだから。
そして何より、子供はそこにいるが、その向こう側が透けて見える以上、とてもではないが普通の子供だとは思えなかった。
「ゴースト?」
半透明な身体を持つ存在ということで、レイが一番に思い浮かべるのはそれだった。
ただし、ゴースト……モンスターだとすれば、レイやセトを見て襲ってきたり、あるいは逃げ出したりしないのが不思議だった。
また、セトが警戒した様子を見せていないのも、あの子供がゴーストであってもレイ達に敵意を持っていないのは間違いなかった。
(まぁ、グリムの件もあるしな)
アンデッドのグリムは、レイに敵対的どころか、友好的に接してくれる。
それこそ、まるで自分の孫のように。
ただ、そのように接するのもレイがゼパイル一門の後継者だからこそなのだろうが。
ともあれ、アンデッドと一口に言っても必ずしも敵対的な訳ではないのは明らかだった。
アンデッド以外にも、それこそテイマーや召喚魔法の使い手であれば、普通のモンスターとの間に友好的な関係を結ぶのは珍しくはない。
そういう意味では、必ずしも敵対的なモンスターしかいないという訳ではない。
ないのだが、それでも警戒しておいた方がいいのも事実。
子供のゴーストは、最初何かを追い掛けるかのように走っていたものの、不意に足を止めるとレイとセトに視線を向けてくる。
だが、その表情に相変わらず敵意の類はない。
ただ、不思議そうな……何でレイとセトがここにいるのか全く分からないといった表情を浮かべていた。
「俺の声が聞こえるか?」
黙って自分を見てくる子供……ゴーストと思しき存在に、レイはそう声を掛けてみる。
だが、そんなレイの言葉を聞いても子供は特に反応を示さない。
(敵かどうかは別としても、何らかの反応くらいはしてもいいと思うんだが)
レイとセトの方を見ているのは間違いないのに、何故か子供がレイの声に反応する様子はない。
「セト、ちょっと鳴き声を頼む」
自分が駄目でも、セトならどうか。
そう思ったレイはセトに声を掛ける。
レイの言葉にセトは分かったと頷き、クチバシを開く。
子供を怯えさせないように……小さな声で喉を鳴らす。
「グルルルゥ」
その鳴き声は、もしセト好きが聞いたらうっとりとしてもおかしくはない、そんな鳴き声。
だが、子供はセトの鳴き声を聞いても特に反応はない。
(セト好きのような反応を示さなくても何かもっとこう……どういうのでもいいから、反応してもおかしくはないと思うんだが。やっぱりこっちが見えていない?)
子供のゴーストの反応からそう思うレイだったが、実際に子供はレイとセトをきちんと認識している。
……念の為ということで少し横に動いてみるレイだったが、不思議そうにセトを見ていた子供の視線がレイに向けられ、レイが動いた分の距離だけその子供の視線も動く。
それを見れば、子供がレイとセトを認識しているということは明らかだった。
(これを、どうしろと?)
敵ではないが、当然ながら味方でもない。
それでいながら、じっと自分とセトを見てくる子供に、レイはどう反応したらいいのか、迷う。
「グルルゥ」
レイと同様、セトもまた困った様子で喉を鳴らす。
十字路を右に向かうと決めたのはセトなので、セトも出来ればこの状況をどうにかしたいとは思っている。
レイもそれは分かるが、だからといってどうするべきかと考えると……どうしようもないというのが正直なところだった。
「……よし」
攻撃をするのも、相手が子供ということで躊躇らわれる。
これが例えばレイやセトに攻撃をしてきたのなら、レイも容赦なく武器を振るうだろう。
だが、この子供のゴーストはレイやセトに敵対的な行動を取ってはいない。
それはつまり、敵ではない……可能性が十分にあるということだった。
そうである以上、攻撃するのもどうかと思い、レイはゆっくりとだが子供に近付く。
敵意を見せないように、笑みを浮かべ……手にも武器を持たずに。
子供のゴーストは、レイが敵意を見せていないからか、それとも何かがあってもどうにかなると思っているのか、動かずその場に留まっていた。
そうしてレイと子供の距離が縮まり……それでも子供が逃げる様子はない。
レイもまた、子供から悪意や害意のようなものは感じず、そっと手を伸ばす。
すると子供も手を伸ばしてくる。
(そう言えば、映画でこういうのがあったよな)
日本にいた時に見た映画のことを思い出しながら、レイは子供が手を伸ばしてくるのを待つ。
「って、何でだよ!」
レイが伸ばした手に子供も手を伸ばして触れたのだが、触れたのは何故か子供の小指とレイの小指。
「こういう時は人差し指だろ!?」
思わずといった様子で叫ぶレイだったが、子供はそれをスルーしているのか、それとも単純に聞こえていないのか、反応はない。
「……ん? 反応がない? ……触れてる感触はあるのに? ゴーストなのに?」
レイの右手の小指と、子供の右手の小指が触れている。
その感触がレイにはきちんとあった。
レイはそのことに驚く。
だが、驚いたのはどうやら子供も同じだったらしい。
子供の顔には驚きの表情が浮かび、再びレイに手を……より正確には指を伸ばしてくる。
今度こそ人差し指を伸ばしてきた子供に、レイもまた指を伸ばし……人差し指同士が触れた。
そう、間違いなくレイにはその感触があった。
「これ……本当にどうなってるんだ?」
子供と触れ合っている右手ではなく、左手で子供の頭を撫でようとする。
だが、スカッと。
まるでそこに何もないかのように、子供の頭部を通り抜ける。
子供はその感触が面白かったのか、笑みを浮かべていた。
普通に考えれば、触れないとはいえ自分の頭部を通りすぎるというのは怖いと思ってもおかしくはない。
なのに、子供は嬉しそうに笑っているのだ。
……もっとも、レイにしてみれば泣き喚かれるよりはマシだったが。
幸か不幸か、子供の声はレイには全く聞こえていないので、もし子供が泣き叫んでも、あるいは笑い転げても、それがレイに聞こえるということはなかっただろうが。
「何で指だけ? ……左手の指はどうだ?」
右手を引っ込め、次にレイは左手を出す。
すると子供も、レイが何を求めているのかを理解し、左手を……正確には左手の指を出してくる。
何でまた小指?
そうレイは疑問に思ったが、それでも左手の小指には子供の小指と触れている感覚がある。
「指と指なら触れるのか? なら……これはどうだ?」
レイが次に行ったのは、右手の掌を子供に向けるという行為。
子供もまた、レイの様子から何をしたいのかがすぐに分かったらしく、掌を出してくる。
右手に対して右手なので、お互いに斜めにずれている感じではあったが。
そんな子供の掌がレイと掌と接触し……すうっと通り抜ける。
「あれ?」
レイが何故? と疑問を口にするのと、子供が不思議そうに首を傾げるのは同時だった。
レイにしてみれば、指でならお互いに触れることが出来たのだから、掌でも普通に触れることが出来ると思っていたのだが。
「グルゥ……」
レイと子供の様子を見ていたセトが、こちらも不思議そうに喉を鳴らす。
セトにとっても、この子供が一体どのような存在なのか、今は全く分からないのだろう。
「取りあえず……うーん、この子供はどうすればいいんだ? 一応、こうして触れることは出来る訳だけど、だからといってどうにか出来るとも思えないんだが。……なぁ、お前はどうしたい?」
レイはそう子供に尋ねるが、子供は首を傾げるだけだ。
そんな子供の扱いにどうするべきかと悩み……
「よし、気にしないことにしよう」
最終的にレイが出した結論は、スルーするというものだった。
子供を相手にその態度はどうなんだ?
そうレイも思わないではなかったが、実際に今のこの状況でどうすればいいのか、理解出来ないのも事実。
そうなると、いつまでもここにいるのはどうかと思い、ダンジョンの探索を続けたいとレイが思うのは当然のことだった。
「グルルゥ?」
じゃあ、この子供はどうするの?
そう喉を鳴らすセトだったが、レイは少し考えてから口を開く。
「今までもここにいて問題がなかったんだし、そう考えればこの子供がここにいても問題はないだろう?」
心情的にはレイもどうかと思わないでもない。
ただ、だからといって今の自分の状況で子供をどうにか出来るかと言われれば、それは否なのだ。
それでも無理に何かどうにかするとなると、魔法を使って子供のゴーストを浄化するくらいしかない。
だが、敵という訳でもないゴーストを……それも触れることが出来るというのは普通ではない以上、この子供のゴーストも普通のゴーストではないのは事実だ。
また、敵対した相手でもない以上、ゴーストを浄化するのはどうかと、思わないでもなかった。
だからこそ今は子供のゴーストには妙なちょっかいを掛けるようなことはなく、放っておくのが最善だと判断したのだ。
「俺達はこの先に行く。お前はどこか好きな場所に行け。一体何の為に俺の前に出て来たのかは分からないが、俺と一緒に来る必要はないだろう?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトも子供のゴーストを見ながら同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、この子供は自分の敵という訳ではない。
敵ではない以上、子供を攻撃しようとは思わなかった。
そんな一人と一匹の様子に、子供は首を傾げる。
そもそも声が聞こえてないのか、それとも声が聞こえても何を言ってるのか分からないのか。
子供の様子を見て、レイは困るのだった。
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