4069話
槍で開けた宝箱は、レイの予想通り特に何か罠がある訳でもなく、そして鍵が掛けられている訳でもなかった。
「セト、問題ない。普通に開けることが出来たぞ」
「……グルゥ?」
レイの言葉に、セトは少しだけ驚いた様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、もし何か罠が発動したらすぐにでもレイを引っ張って掃除用具の部屋からレイを引き離すつもりだったのだ。
だというのに、レイが言ったように本当に罠も何もなかったというのは、セトにとってそれだけ驚くべきことだったのだろう。
レイはそんなセトの様子から、何を考えているのかを大体理解し、呆れたように言う。
「いざとなったら扉を盾にするし、扉が破壊されそうになってもそっちに逃げるから大丈夫だって」
「グルゥ」
レイの言葉をどこまで信じたのかはともかく、セトは取りあえず分かったといったように喉を鳴らす。
色々と言いたいことはあるのだが、こうして実際に罠がなかったというのを見れば、仕方がないと思ったのだろう。
「さて、中身はなんだろうな」
そう言いつつ、レイは扉を開けて部屋の中に入る。
宝箱の中身に期待していたレイが見たのは……
「これは、短剣? いや、ただの短剣じゃないな。マジックアイテムか?」
短剣に魔力を流すレイ。
すると、微かな……本当に微かな風が吹く。
あれ? 今、風が吹いたような? そんな程度の風が。
ただし、レイは間違いなく風を感じていた。
そんな短剣を見て、ふとレイは気が付く。
「もしかしてこれ、流水の短剣と同系統のマジックアイテムか?」
レイが持つ、流水の短剣。
これは本来なら魔力を流すと短剣の先端から水が流れ、その水を鞭のようにして使う、強力なマジックアイテムだ。
……だが、炎属性に特化しているレイだけに、流水の短剣を使ってもチョロチョロと水が流れるだけで、とてもではないが武器としては使えない。
とはいえ、莫大な魔力を持つレイの出す水というのも関係してるのか、流水の短剣から出た水は、武器としては使えないものの、飲料用としては天上の甘露と呼ぶに相応しい味の水が出るのだが。
そういう意味では、攻撃手段はデスサイズや黄昏の槍、スキル、魔法、他にも様々なマジックアイテムを持っているレイにしてみれば、攻撃手段が一つ増えるよりも、水を好きな時に好きなだけ出せるという流水の短剣は冒険者として生活する上で必須のマジックアイテムになりつつあった。
そんな流水の短剣と同じく、恐らくは風を発して遠距離攻撃をするのか、あるいは見えない刃でもつくるのか、それともそれ以外の何かか。
ともあれ、レイが使っても微風という表現ですら大袈裟な、本当に吹いたかどうか分からないような風が吹くだけ。
「これは……流水の短剣と同系統なのは間違いないが、流水の短剣のように何か他の方法に使うのは難しいだろうし、俺が持っていても意味がないな」
これでもっと強い風が吹くのなら、あるいは暑い時に使ったり、火を熾す時に使ったりも出来るかもしれないが、微風と呼ぶのも難しいような風では、使い道がない。
……いや、あるいは考えれば何らかの使い道はあるかもしれないが、レイとしてはわざわざ何かに使おうとは思えなかった。
「となると、これは武器屋……いや、猫店長の店だな」
リビングメイルの持ってきた武器は、一応マジックアイテムではあったものの、それでもどちらの比重が置かれているかとなると、通常の武器としての方に比重が置かれていた。
その為、レイも武器屋に……防具屋から紹介して貰った武器屋に売ったが、この短剣は違う。
明らかにマジックアイテムとしての性能に比重が置かれている。
「グルルゥ?」
レイの言葉を聞いていたセトが、どうだったの? と部屋の中に入ってくる。
レイが短剣の性能を大雑把にだが調べていたのを外で待っていたのだが、我慢出来なくなったらしい。
何しろ、この宝箱はセトがコロッセオでモンスターを倒して手に入れたのだ。
その中身が気になるのは、当然のことだった。
レイもその気持ちは分かるので、セトに短剣を見せる。
「これだ。どうやら流水の短剣と同系統の武器のようだけど……」
そう言い、短剣に魔力を込める。
「……グルゥ?」
微かに、本当に微かに吹いた風。
セトは何かあった? とそんな風に気が付いたのかどうかも分からない様子で喉を鳴らす。
「少し……微風と呼ぶのも大袈裟なくらい、本当に少しだけ風が吹いたんだよ。もう一度やるぞ?」
そう言い、レイは再度短剣に魔力を流す。
「グ……グルゥ?」
しかし、セトはそんな微かな風に首を傾げるだけだ。
あれ? 風が吹いてる? といったように。
「……まぁ、そんな訳で、俺には使えない。流水の短剣のように、何か別の使い道がある訳でもないし、これは猫店長の店に売ろうと思うんだが、どうだ?」
「グルゥ」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、自分が使えるようなマジックアイテムではないし、レイもまた使えない。
なら、売っても構わないだろうと判断するのは当然のことだった。
「悪いな。……さて、そうなると次は俺の宝箱になる訳だが。セト、部屋から出てくれ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らして部屋から出る。
そしてレイはセトの宝箱をミスティリングに収納し、入れ替わるように自分の宝箱を取り出す。
(俺には使えなかったけど、風の短剣という良い……うん、多分良いマジックアイテムが出た。それなら……あ、でも宝箱か。猫店長に売るんじゃなくて、ビューネのお土産にしてもいいかもしれないな)
レイは以前ギルムに戻った時、宝箱をビューネに土産として渡すつもりだった。
だが、その件についてすっかりと忘れてしまい、結局宝箱はガンダルシアに戻ってきてから、他の冒険者に開けて貰った。
であれば、その代わりにこの短剣をビューネの土産としてもいいのではないか。
ビューネの武器は長針と短剣だ。
そういう意味でも、この短剣……マジックアイテムの短剣はビューネの土産に相応しいようにレイには思えた。
「うん、やっぱりこの短剣を売るのは止めて、ビューネの土産にしよう。……忘れてなかったらだけど」
そう言い、レイは改めて自分の宝箱を……ミノタウロスと称してもいいのかどうか分からないようなミノタウロスとの戦いの賞品として入手した宝箱を見る。
さて、この中には一体何が入っているのか。
そう思いながら、部屋から出る。
先程同様、扉を少しだけ開け、盾代わりにして槍を……使い捨ての槍を手にする。
その槍を扉の隙間からそっと伸ばし……やがて、宝箱の上蓋が開けられた。
当然のように鍵は掛かっていなかったし、罠が発動することもない。
予想はしていたものの、それでもレイは安堵する。
「ふぅ」
安堵の息を吐きつつ、レイは槍をミスティリングに収納すると、扉を開けて部屋の中に入る。
そして宝箱の中を見ると……
「ええ……」
宝箱の中に入っていたのは、戦斧。
それも戦斧を取り出すと、その戦斧はかなりの大きさだった。
本来なら宝箱の中に入ることは出来ないような、そんな大きさ。
具体的には、レイが戦ったミノタウロスが使っていた戦斧と同じ物のように思えた。
レイにしてみれば、戦斧を持っていても意味はない。
いや、使おうと思えば恐らく使えるだろうことは間違いない。
だが、それでも実際にレイがそれを使うかとなると、話は別だろう。
「ぐ……」
ずしり、と。
戦斧を持つレイの手に強い重量が掛かる。
それでも片手で持ち上げることが出来るのは、レイの身体能力によるものだろう。
何しろ、身長五m近いミノタウロスが使う戦斧なのだ。
普通に使うとなると、かなり難しいことは明らかだった。
(これは武器屋に売る? ……いや、これだけ巨大な戦斧だと、武器として使うのはまず無理だろ)
常人とは比べものにならないだけの高い身体能力を持つレイであって、ようやく戦斧を持つことが出来たのだ。
また、こうして持ち上げることは出来たものの、デスサイズや黄昏の槍のように自由自在に使うといったことは難しいだろうとレイには思えた。
レイですら、自由に使えない戦斧だ。
ガンダルシアの冒険者が使うことは難しいだろう。
これがギルムであれば、腕の立つ多くの冒険者が集まっているので、中にはレイよりも強い力を持つ者がいるかもしれないが。
(いやまぁ、ギルムでもそんなのはそういないんだけどな。ともあれ、使い道がないとなると……鍛冶師に持っていって、鋳潰して素材として使うとか、そんな感じか?)
そんな風に思いつつ、また部屋の中で時間を潰しているとセトがやって来そうだったので、部屋を出る。
「グルゥ?」
宝箱の中には一体何が入っていたの?
そう喉を鳴らすセトに、レイは持っていた戦斧を見せる。
「ほら、これだ」
「……グルゥ」
これだけ巨大な戦斧は。セトにとっても十分驚くような内容だったのだろう。
数秒の沈黙の後で、これが? と喉を鳴らす。
「ああ、そうだ。これが俺の宝箱から出て来た戦斧だ。ちなみに、コロッセオで俺が戦ったミノタウロスが使っていた戦斧と同じ物だと思われる。全く同じ物なのかどうかは、ちょっと分からないけど」
レイもよく戦斧を……ミノタウロスの右手が握っていた戦斧を観察した訳ではない。
ただ、何となく……何らかの証拠がある訳ではないが、恐らくはこの戦斧は自分が戦ったミノタウロスが持っていた物なのだろうと、そうレイには思える。
(ん? 待てよ? だとすると)
もしこの宝箱から出て来た戦斧がレイが倒したミノタウロスが使っていた戦斧と同じ物だとした場合、先程の短剣はセトが倒したモンスターが使っていた武器なのではないか。
そう思ったレイは、地面に置いた戦斧を興味深そうに見て、クチバシや前足の爪で軽く突いてみたりしているセトに声を掛ける。
「なぁ、セト」
「グルゥ?」
レイの言葉に、どうしたの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトに対し、真剣な表情で尋ねる。
「この戦斧は、俺が戦ったミノタウロスが持っていた戦斧だ。そうなると、もしかしてこの短剣はセトが戦った敵が持っていた武器だったりしないか?」
「……グルゥ?」
セトはレイの言葉に円らな瞳で首を傾げる。
分からない、と。そう態度で示すセトだったが、その仕草が非常に愛らしい。
レイはそんなセトに目を奪われそうになりながらも、改めて口を開く。
「頼む、思い出してくれ。もしあの短剣がセトの戦ったモンスターが持っていた武器となると、多分……コロッセオは、倒したモンスターの武器を賞品として貰える場所となる」
そんなレイの言葉に、セトは少し思い出すような様子を見せるが……
「グルゥ」
分からない、と。そう喉を鳴らす。
だが、レイはセトの様子からすぐにその言葉の意味を理解する。
今の分からないという鳴き声は、敵がどんな武器を使っているのか思い出せないという意味の分からないではないと。
そこまで考えが及ぶと、レイはふと思い浮かぶことがあった。
「もしかして、敵がどんな武器を使っていたのか思い出せないんじゃなくて、多数の武器を持っていたから、どんな武器を持っていたのか解らないってことか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはその通りと喉を鳴らす。
レイはセトがどのようなモンスターと戦ったのかは分からない。
それだけに、多数の武器を持っていたモンスターと戦ったとセトが主張するのなら、そういうものかと納得するだけだった。
レイが戦ったのも、ミノタウロスという二足歩行で武器を持つタイプのモンスターだったのだから、それを思えばセトが戦ったモンスターも武器を使うモンスターであってもおかしくはない。
レイが戦ったモンスターは巨大な戦斧を使ったが、必ずしも一つの武器を使うのではなく、多種多様な武器を使いこなすモンスターと戦うという可能性も十分にあるのだから。
「そうなると、セトの戦ったモンスターは多数の武器を使うモンスターで、その中に宝箱の中にあった短剣を持っていてもおかしくはない訳か。……だとすると、このコロッセオは倒した敵が持っていた武器……あるいは武器に限らず装備品を賞品として貰える場所なのかもしれないな」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイにしてみれば、何故セトがここまで喜ぶのかが分からない。
……セトは武器を装備出来ないのだから。
いや、正確には剛力の腕輪のようなマジックアイテムを装備しているので、全く何も装備出来ないという訳でもないのだが。
「さて、ともあれ……この場所での探索も終わったし、地図に描かれていない次の場所に進むか」
この場所での探索を終えたと判断すると、レイはそう言うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます