4068話

「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルゥ!」


 コロッセオの扉から出たレイ……入った直後はどうやっても開かなかったが、ミノタウロスとの戦いが終わり、宝箱を収納した後でなら扉はあっさりと開いた。

 そうして扉から出たレイに、セトが大きく鳴き声を……いや、泣き声を上げながら、突進してくる。


「おう!」


 勿論、セトもレイに本気で体当たりをしたい訳ではない。

 それはレイも分かっているのだが、それでもセトは先程戦ったミノタウロス程ではないにしろ、四m近い体長を持つ。

 そんなセトの身体を受け止めるのだから、レイとしても気軽には出来ない。

 これで先程のミノタウロスのように倒してもいいのなら話は別だが、セトをそのような扱いにする訳にもいかない。

 勿論、セトも本気でレイに体当たりをしようとは思っていないので、レイが受ける衝撃もそこまでのものではなかったが。


「ほら、落ち着け。大丈夫だって。心配かけてごめんな?」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながら顔を擦りつける。

 そんなセトを撫で続けるレイ。

 そのまま五分程が経過し、そこでようやくセトは落ち着いたらしい。


「グルゥ」


 もう大丈夫と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを撫でる手を止めることなく、扉の向こう側であった出来事を話す。

 観客がいないのに歓声が聞こえてきたり、モンスターと戦って勝利しても死体は残らず、消えたこと。

 そして消えた後には宝箱が残っていたこと。

 その後は扉が開き、外に出てこられたこと。


「そんな訳で……セトには悪いけど、もう一度俺が挑戦してみてもいいか? もし俺の予想が当たっていたら、宝箱を取り放題になるし」

「……グルゥ」


 渋々といった様子でセトが分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみても、レイの言葉が正しければ多くの宝箱を入手出来るという意味で、嬉しいのだ。

 それに最初は何があったのか分からなかったから自分が扉の中に入れなくて残念に思ったが、こうして話を聞けば、既に不安はない。


「悪いな」


 レイはそんなセトを一撫ですると、コロッセオに続く扉を開ける。

 あっさりと開いた扉に入り、そのままコロッセオに続く通路を進むが……


「あれ?」


 歓声……観客のいない歓声の声が聞こえてこないことに気が付き、そんな声を上げる。

 レイの記憶が確かなら、この距離では既に歓声が聞こえてきていてもおかしくはない筈なのだが。

 そのことに疑問を抱きながらも、そのまま通路を進む。

 先程見たばかりのコロッセオに入るが、やはり観客のいない歓声は聞こえてこない。

 先程と違うのは、レイが一度部屋から出たことによるものか、ミノタウロスとの戦いでついた足跡が地面に多数あったのだが、それもなくなっている。


「つまり、リセットされた訳だ。……で、ミノタウロスは? あるいはミノタウロスじゃなくても、他のモンスターは?」


 そう呟くも、コロッセオの真ん中にいるレイの前にモンスターが出てくる様子はない。

 

「……駄目か」


 そう上手くいくとは思えなかったが、それでももしかしたら……そう思っていたのだが、残念ながら好き放題に宝箱を入手出来るといったことは無理なようだった。


「問題なのは、一日一回なのか、それともある程度の期間が必要なのか……それとも一生に一回なのか。どうなんだろうな」


 そう疑問に思いながら、レイはコロッセオから出る。


「グルゥ?」


 レイが出てくるのが、先程よりも大分早かったからだろう。

 セトは不思議そうに、どうしたの? と喉を鳴らす。


「いや、中に入ってみたけど、モンスターが出てくるようなことはなかった。どうやら今日はもう駄目らしい。あるいは明日も駄目かもしれないけど」

「グルゥ? ……グルルルゥ、グルゥ」


 レイの言葉を聞いたセトは、じゃあ自分が入ると喉を鳴らす。


「えっと……セトが入るのか? いや、けどな。危険じゃないか?」

「グルゥ! グルルゥ、グルルルルルルゥ!」


 レイの言葉に自分なら大丈夫だから、試させてと喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子に、レイはどうするべきか考え……


「分かった。じゃあ、任せる。もしかしたら、コロッセオの反応は特定の誰かに対するものじゃなくて、中に入った全員に対するものでもあるかもしれないしな」


 レイにとっては、最初はコロッセオの対応は自分に対してのものではないかと思ってはいたが、もしかしたら個人の区別はなく、全員に対してのものなのではないかと、そう思ったのだが。


「グルゥ!」


 レイが許可を出すと、セトは扉の中に入る。

 すると……不意に扉が閉まった。


「あれ?」


 もしかしたら。

 そう思いながら手を伸ばすレイだったが、扉はやはり開かない。

 力を込めて扉を開けようとするものの、やはりびくともしない。


「……コロッセオの判断の基準は、個人か」


 レイにとって、それは喜ぶべきことかどうかは分からない。

 分からないが、それでも扉の向こうでは現在セトがミノタウロスと……あるいは違うモンスターと戦っている筈だった。


(そもそも、あのミノタウロスはどうやって出て来たんだろうな。ああいうミノタウロスの希少種か上位種がいたりするのか?)


 背中からは翼が、そして蛇の尾を持つ、五m近い身長のミノタウロス。

 そのようなミノタウロスを見れば、そのミノタウロスが普通のモンスターなのかどうかすら分からない。

 あるいは何らかの手段で特別に作られたミノタウロスといった可能性も否定は出来ない。

 そうしてレイが考えていると、いつの間にか二十分程が経過し……不意に扉が開く。


「グルゥ!」


 そして姿を現したのは、セト。

 そのセトの側には宝箱があるのもレイの目にはしっかりと見えた。


「セト、無事だったか!」


 扉から出て来たセトにレイは抱きつく。


「グルゥ」


 レイの様子に、セトは大丈夫と喉を鳴らす。

 そんなセトに抱きつきながら、レイは本当にどこにも問題がないのかを確認していく。

 そしてセトの言うように特に怪我らしい怪我をしていないことに、心の底から安堵する。


「ふぅ……セトが無事でよかった」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトは自分の気持ちが分かったかと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、自分もレイが扉の中に入った時、これだけ寂しく思ったのだと、そう言いたいらしい。

 ……実際、レイがコロッセオの中に閉じ込められた時は、何も情報がない状態だったのだ。

 それを思えば、セトがレイのことを心配するのはそうおかしなことではない。

 中がどのようになっているのか……どうすればコロッセオから出られるのかを知っているレイですら、今セトが出てくるまでは心配だったのだ。

 セトがどれだけ自分のことを心配したのかは、レイにも十分に理解出来た。


「えっと……まぁ、その。……ほら、セトはコロッセオの中でどんなモンスターと戦ったんだ?」

「グルゥ? グルルルルゥ、グルゥ、グルルルゥ、グルゥ」

「うん、分かった。……いや、分からないってのが分かった」


 レイとセトは意思疎通が出来る。

 セトはレイの言葉をしっかりと認識しているし、レイもセトの鳴き声から何となくその意図は読み取れる。

 だが……意図は読み取れるものの、具体的に何を言いたいのかをはっきりと分かる訳ではない。

 例えば、はいかいいえ。好きか嫌い。受け入れてもいいか駄目か。

 そのようなものであればニュアンス的にレイにも理解出来るのだが、今回のように具体的にどのようなモンスターが出たのかといったことをセトの鳴き声だけで判断するのは非常に難しかった。


「グルゥ……」


 レイの言葉に、残念そうに喉を鳴らすセト。


「えっと、じゃあこれに答えてくれ。コロッセオで出て来たモンスターは、今まで戦ったことがあるモンスターだったか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に首を横に振るセト。


「じゃあ……今まで戦ったモンスターの上位種か希少種といったようなモンスターだったか?」

「グルゥ」


 今度は頷くセト。


「……なるほど」


 そんなセトの様子で、コロッセオの中の様子が大体理解出来た。


「なるほど。まぁ、このコロッセオの……質? 性能? ルール? とにかくそれについて考えると、このコロッセオに出て来た敵を倒しても、その死体はすぐに消える以上、俺達にとっては残念だよな。出来れば、素材……最低でも魔石くらいは欲しかったのに」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。

 セトもそれだけレイの言葉に同意したかったのだろう。

 実際、レイが倒したミノタウロスも普通のミノタウロスではなく、希少種か上位種だった。

 つまり、魔石を使えば間違いなく何らかのスキルのレベルが上がるか、もしくは新しいスキルを習得出来ていた筈なのだ。

 セトがどのようなモンスターと戦ったのかレイにも分からなかったが、セトの様子を見る限りではセトもレイと同じように強力なモンスターと思しき相手と戦ったのは間違いないのだろう。


「ともあれ、宝箱は収納しておくか」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトも任せたと喉を鳴らす。

 それを見たレイは、セトが頑張ってここまで持ってきた宝箱をミスティリングに収納しようとし……ふと気が付く。


「あれ? もしかしてこれって……ギルドで誰かに頼む必要はないんじゃないか?」

「……グルゥ?」


 レイの言葉に、そうなの? とセトは喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに頷く。


「多分だけどな。……この宝箱は、敵を倒した報酬というか、賞品というか、そんな感じで出た宝箱だろう? なら、罠とか鍵はないんじゃないか?」


 それは、レイがコロッセオのシステムを日本にいた時に遊んでいたゲームで似たようなことがあったからこそ思い浮かんだ内容。

 ゲーム的にこの世界のことを考えるのは決してよくないだろうとはレイも思う。

 思うのだが、それでもコロッセオのシステムがあまりにゲーム的だったのも、間違いのない事実。

 であれば、何となく……本当に何となくだが、恐らくは大丈夫だろうと、そう思えたのだ。


「グルゥ……」


 本当にそれで大丈夫? と喉を鳴らすセト。

 レイの説明は理解出来るものの、セトにとってもそこまで気楽に考えてもいいのか? と思わないでもない。

 セトのそんな様子に、レイは心配する気持ちも分かるので、悩む。

 とはいえ、今の時点でも七割……いや、八割は多分大丈夫だろうという思いがレイにはあったのだが。


「取りあえず、俺かセトの宝箱。そのどちらか片方だけでも試してみないか?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、どうやって? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトに、少し考え……その視線が一点に向けられる。

 コロッセオに続いている扉ではなく、掃除用具が置かれていた部屋。

 その部屋は決して広くはない。

 そして扉があるのも、この場合は大きな利点だ。


「掃除用具の部屋の扉の側に宝箱を置いて、扉を盾代わりにして槍か何かで宝箱を開ける。……どうだ? これなら、もし罠があっても直撃は避けられるだろうし」


 そう言いつつも、十八階の罠ともなれば、かなり凶悪であってもおかしくはないだろうから、もし罠があった場合、本当に扉で防げるのかといった疑問はあったが。

 ただ、それでも何もない状態で宝箱を開けるよりは数段マシな筈だった。


「グルゥ……グルルゥ!」


 レイの言葉に少し迷ったセトだったが、部屋の中で開けるなら問題はないだろうと判断し、何よりもセトも出来るだけ早く宝箱の中を見てみたいという思いがあり、レイの言葉に分かったと喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に笑みを浮かべたレイは、セトの気が変わらないうちにと、早速準備に取り掛かる。


「セトの宝箱と俺の宝箱、どっちからにする?」

「グルルゥ……グルゥ」


 レイの問いに、セトは少し迷った後で、自分のからがいいと喉を鳴らす。

 レイにしてみれば、どちらからやっても構わないと思っていた。

 そういう意味では、こうしてセトが自分の宝箱からと主張してくるのにも反対はせずに頷く。


「じゃあ、セトの宝箱からだな。……一応大丈夫だとは思うけど、セトはちょっと下がっていてくれ」


 部屋の中に宝箱を置き、扉を少しだけ開け、そこから槍を……使い捨ての槍を使い、宝箱を開けるのだ。

 扉が三つある行き止まりのこの場所では、四m近いセトの体長はレイが細かな動きをするのに邪魔になる。

 セトもそれを理解したのか、特に不満そうな様子もなく後ろに下がった。

 ……それでいながら、もし万が一にも宝箱を開けた時に何らかの罠があった場合、即座にレイを助けられるように準備を進めてはいたが。

 レイは当然ながらそんなセトの様子に気が付いてはいたが、大丈夫だろうと思って特に何もいわない。


(いっそ、マジックシールドでも使っておけば安心なのかもしれないけど……まぁ、大丈夫だろ)


 そう思いながらレイは槍を扉の隙間から入れ、宝箱を開けるのだった。

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