4067話

 身長五m程のミノタウロス……ただし、その背には翼が生え、尻尾は蛇という、とてもではないが普通のミノタウロスとは思えない外見をしていたが。

 実際、頭部が牛ということでミノタウロスとは思えるのだが、それでもレイは素直にミノタウロス……より正確には希少種や上位種とは思えない。

 思えないのだが、それでも外見からして取りあえずレイはミノタウロスとしか表現出来ないので、ミノタウロスと認識しているが、そのミノタウロスが持つ巨大な戦斧がレイに向かって振るわれる。

 ダンジョンの罠と思しき、コロッセオ。

 一人も観客がいないのに、それでも聞こえてくる歓声。

 そんな中で、レイはミノタウロスが攻撃をしてきた以上、コロッセオでの戦いが始まったのだろうと判断し、振るわれた戦斧に対応する。

 数歩後ろに下がり……レイの顔、数cm前を戦斧の刃が通りすぎ……


「ふっ!」


 目の前を通りすぎた戦斧に向けデスサイズを振るうレイ。

 デスサイズの一撃によって、戦斧の速度は急激に増し、ミノタウロスは戦斧の予想外の加速に、微かにだがバランスを崩す。

 レイはその隙を見逃さず、左手に持つ黄昏の槍を放つ。

 だが、ミノタウロスも自分がバランスを崩したことからレイに攻撃されるだろうと判断し、黄昏の槍の一撃を防ぐべく蹴りを放つ。

 バランスを崩した状態のままでの攻撃である以上、ミノタウロスの蹴りも決して万全の状態の一撃という訳ではない。

 だが、それでもレイと相打ちという形に持っていけると……そうミノタウロスは思ったのだろう。


「ブモォッ!?」


 しかし、蹴りが当たる前に黄昏の槍による突きがミノタウロスに突き刺さる。

 とはいえ、それはミノタウロスにしてみれば覚悟の上の行動だった筈だ。

 その一撃を受けながら、蹴りを命中させる……つまり肉を切って骨を断つといったつもりだったのだろう。

 だが、ミノタウロスにとって予想外だったのは、小柄なレイの力が予想よりも遙かに強かったことだろう。

 本来なら槍の突きを受けつつも、これ以上はバランスを崩すことなく蹴りを放つつもりだったのだが……気が付けば蹴りを放ちながらも、ミノタウロスは吹き飛ばされていたのだ。

 ミノタウロスにしてみれば、一体何があったのか全く分からなかっただろう。

 自分の半分にも満たない、小柄なレイの一撃。

 それも、例えば鎚のような吹き飛ばすのに向いている武器を使われたのならともかく、槍の一撃でこうも吹き飛ばされるとは、と。

 それでもミノタウロスは翼を羽ばたかせながら空中で体勢を立て直し、地面に着地する。


「ブモォッ!」


 地面に着地したミノタウロスは、即座に地面を蹴ってレイとの間合いを詰める。

 一見するとそこまで速いようには思えないが、体長五mものミノタウロスだけに、実際には十分な速さを持っていた。

 だが、ミノタウロスは再度驚くことになる。

 何故なら、自分が地面を蹴った時にはレイもまた地面を蹴って、ミノタウロスのいる方に向かって突っ込んでいたのだから。


「隠密!」


 間合いを詰めながら、レイはスキルを発動する。

 その瞬間、レイが右手で持つデスサイズが姿を消す。

 実際には消えた訳ではなく、見えなくなっただけなのだが……初めて見るミノタウロスに、それを認識しろという方が無理だろう。

 ただ、それでも急速に近付いてくるレイの手の中にあったデスサイズがいきなり消えたのだから、ミノタウロスにしてみればそれを警戒するなという方が無理だった。


「はあっ!」


 しかしレイは、デスサイズから意識を逸らさせる為、左手で持つ黄昏の槍を投擲する。

 真っ直ぐに飛んだ黄昏の槍は、ミノタウロスの胴体に向かって真っ直ぐに跳ぶ。

 だが、ミノタウロスは巨大な戦斧を振るい、同時に翼を羽ばたかせることで黄昏の槍が命中する軌道を逸らすことに成功する。

 ……それでも、ミノタウロスの戦斧を握っている方の手、腕、肩の皮膚と肉を裂き……更には、翼の一部を貫きながら。


「ブボボモモゥ!」


 ミノタウロスにしてみれば、手や腕、肩はともかく翼にダメージを負ったのはそこまで問題がなかったのだろうが、翼の一部を貫かれたのは痛かったのか、その口から悲鳴とも苛立ちともと思える鳴き声が上がる。

 ……痛覚的な意味で痛いのか、あるいは今のように咄嗟に翼を使うことによって空中で体勢を整えることが出来なくなるのが痛いのか、その辺は微妙なところではあったが。

 ともあれ、その痛みはミノタウロスにとってそちらに……自分の痛みに意識を向けてしまうのに、十分なものだった。

 ……レイがデスサイズのスキルを使い、その姿を見えなくしているということを、一瞬であるにしろ忘れるくらいには。

 翼にダメージを受け、ただでさえ体勢を崩している状況だったミノタウロスは、そのまま地面に片膝を突くことによって、転倒することを防ぐ。

 そこに襲い掛かる、デスサイズの一撃。

 最初に狙ったのは、首……ではなく、巨大な戦斧を持っている右腕。

 斬、と。

 あっさりと切断されるミノタウロスの右上。

 その右腕は、下から斬り上げるような一撃だったこともあり、戦斧を持ったまま空中を回転しながら飛んでいく。

 レイはミノタウロスの右腕の行く末については全く気にした様子もなく、再び隠蔽状態のデスサイズを振るう。

 次に狙ったのは、首。

 ミノタウロス最強の武器である戦斧を失ったのだから、防ぐ方法はないと判断しての一撃。


「ブモォッ!」


 だが、そこでミノタウロスが取った行動は、レイにとっても予想外。

 片膝を突いたまま、地面に倒れ込んだのだ。

 結果として、デスサイズの刃はミノタウロスの背中の翼の上端を一部斬り裂いただけに終わり、三度……これが最後だと、もうこの状況からでは回避出来ないだろうとデスサイズを振るおうとしたところで……


「シャアアアアアアアッ!」


 ミノタウロスの尻尾となっていた蛇が、牙を露わにレイに向かって突っ込んでくる。

 蛇の牙から何らかの黒い液体が流れているのを見たレイは、それを毒と判断。

 咄嗟の判断でデスサイズを振るい、蛇を首の辺りで切断する。

 同時に、先程までは姿が見えなくなっていたデスサイズが見えるようになる。

 隠密のレベルは三で、その効果は三度デスサイズを振るうまで姿を見えないようにするというもの。

 その三度の攻撃が終わったことにより、隠密の効果が切れたのだ。


「ブモオオオオオオオオオッ!」


 デスサイズの姿が見えたことから、レイの奥の手は失敗に終わったのだろう。

 そう判断したらしいミノタウロスは、頭部を……正確には頭部から伸びている角をレイに向け、突進する。

 だが……その判断は甘かった。

 あるいはミノタウロスがしっかりとレイを見ていれば、その光景を見逃すことはなかったのかもしれない。

 だが、頭部の角で相手を突き刺そうとしている以上、ミノタウロスの視線は下に向けられている。

 それも身長五m近いミノタウロスが、この世界の人類の平均よりも小柄なレイに対して角による一撃を命中させようとするのだから、その姿勢はかなり地面すれすれのものになるに違いない。

 そのような状況でも真っ直ぐレイに向かうのだから、それだけミノタウロスの高い能力を示してした。

 だが……そのような状況だけに、レイが黄昏の槍の能力を使い、先程投擲した黄昏の槍を手元に戻し、更には右手に握るデスサイズを持ち替え、石突きを突っ込んで来るミノタウロスに向けたのにも気が付かなかった。


「ペネトレイト!」


 自分に向かって突っ込んでくるミノタウロスを見据え、デスサイズのスキルを発動する。

 そうして真っ直ぐに放たれた石突きは、ミノタウロスの頭部と……より正確には、頭部に生えた角とぶつかる。

 五mの筋骨隆々のミノタウロスが全速力で突っ込んで来たのだから、その威力はとんでもないものになり、本来ならレイの身体など一瞬にして吹き飛ばされてしまっていただろう。

 だが、レイの身体はただの身体ではない。

 ゼパイル一門が技術の粋を込めて作った身体だ。

 ましてや、レイが持つデスサイズは百kgの重量を持ち……そしてミノタウロスにとって最悪なことは、レイの使ったスキルだ。

 現在のペネトレイトのレベルは八。

 元々は高い威力の突きを放つスキルだったのだが、レベル五を超えてからはペネトレイトを使った時には螺旋の……ドリル状の追加効果が発揮するようになっていた。

 そんなペネトレイトと正面からぶつかったら、どうなるか。

 それは、一瞬にしてミノタウロスの頭部が……また、低い姿勢で突っ込んで来たので、頭部の後ろ、首、上半身、下半身にも致命的なまでの被害を与え……半ば半身が肉片となったのを見ながら、それでもレイは手を止めることなく、先程左手に戻した黄昏の槍をミノタウロスの身体のまだ残っている部分に突き刺す。

 それがミノタウロスに残っていた最後の命の一滴を削りきり……ミノタウロスはそのまま地面に倒れ込んだ。

 ずずん、と。

 そんな音を立てながら地面に倒れるミノタウロス。


「ふぅ……いきなりだったけど、何とかなったな。というか、そもそもこの敵はミノタウロスで間違いないのか? なら魔石も……ん? あれ? おい、ちょ……」


 喋っている最中に、ミノタウロスの死体が消えていくのを見たレイが慌てて手を伸ばす。

 だが、ミノタウロスの身体はまるで一瞬前までそこにあったのが夢か幻だったのではないかと思うように、姿を消す。

 それこそ、マジックシールドで生み出された光の盾のように、塵となって消えていくのではなく、何度か肉体が点滅したと思うと、次の瞬間にその巨体は完全に消えてしまったのだ。

 ミノタウロスの身体から流れていた血も、気が付けば地面に一滴たりとも残っていない。

 戦いの中で吹き飛ばした戦斧……正確には戦斧を握っていた右手も周囲を見回すがどこにもない。

 それだけではなく、先程まで聞こえていた歓声……観客がいないにも関わらず、聞こえていた歓声も今となっては全く聞こえてこない。

 それこそまるでつい先程までここで行われていた戦いそのものが夢だったのではなかと思える程に。

 だが、先程までの戦いが夢ではなかったのは、コロッセオの地面を見れば明らかだ。

 そこにあった筈のミノタウロスの血や肉片はなくなったものの、地面……踏み固められたのだろう土の上には、それでもミノタウロスの足跡が多数残っている。

 それが、先程までの戦いが夢でも幻でもなかったことを意味していた。


「それに……」


 レイはデスサイズと黄昏の槍を握っている手を見る。

 ミノタウロスの死体は跡形もなく消えたが、その巨体を攻撃した感触は手の中にしっかりと残っていた。


「まぁ、それはそれでいいとして、素材を寄越せとは言わないが、せめて魔石だけは残していけよな」


 そうぼやく。

 だが、当然ながらそんなレイの声に反応し、魔石を残したりはしない。

 しかし……その代わりという訳ではないのだろうが、ふと気が付くとコロッセオの中央に宝箱が一つ置かれているのに気が付く。


「……えっと、俺の言葉を聞いて宝箱を出してくれたのか? まさかな」


 誰か……そう、誰なのかは分からないが、レイの不満の声を聞いて、ミノタウロスの魔石の代わりに宝箱を出してくれた。

 さすがにレイもそのようには思えない。

 それでもこうして宝箱が出て来たのだから、レイにとってはありがたかったが。

 出来れば魔石の方が嬉しかったのだが、何もないよりは宝箱があった方がいいのは間違いない。

 そこまで考え、ふと気が付く。


「ゲームでこういうのがあったな」


 レイが日本にいる時に遊んでいたゲーム……特にRPGの類には、決まった部屋の中にいるとそこに敵がいて、それを倒すと宝箱を残すといったシチュエーションがあった。

 これもまた同じではないか?

 そうレイが思っても、おかしくはない。


(それに、もしこのコロッセオに出る敵を倒せば宝箱を入手出来るのなら、それはつまり延々と無限に宝箱を入手出来る……のか? まぁ、その度にモンスターを倒す必要があるけど)


 そんな風に思いながら、レイは宝箱に近寄る。

 そして宝箱に触れると、ミスティリングに収納した。


「この宝箱は本物だったか」


 ミノタウロスが幻影……いや、実体があったのだから幻影という表現は相応しくないのだろうが、とにかく魔石が残るような物ではなかったのは間違いない。

 そう考えれば、もしかしたら……本当にもしかしたら、この宝箱も触れた瞬間に消えるのではないか。もしくは宝箱としてここにはあるものの、触ることは出来ないのではないか。

 そう心配になったのだが、幸いなことにそのようなことはなかったらしいと、レイは安堵するのだった。

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