4066話
セトと共に十八階を探索していたところ、行き止まりとなっている場所があった。
ただし、それは通路としては行き止まりという意味で、行き止まりの正面と左右にはそれぞれ扉があり……左の扉の先には、何故か台所。それもホテルの台所かと思う程に広い台所。
何故ダンジョンに台所? と疑問に思ったレイだったが、その台所は多数の調理器具や食器があり、どれも一度も使われた形跡がない、新品同様の物が並んでいた。
レイはそれらを丸ごとミスティリングに収納し、次に開ける扉は右の扉。
その扉を開けたレイの目に入ってきたのは……
「何でここは狭いんだ?」
目の前に広がる光景に、レイはそんな風に呟く。
もっとも、レイは狭いと口にしたものの、それでも六畳くらいの広さはある。
そんな広さだったが左側の扉の向こう側にあった台所と比べると、どうしてもかなり小さく、狭く感じる。
また、そんな部屋にあったのは箒を始めとした掃除道具。
「さすがにこれは……いらないな」
調理器具や食器であれば、レイもそれなりに使い道があるだろうと、あるいはレイが使ったり、誰か使う者がいなかったら、どっかに売るといったことも出来るだろうと思えた。
しかし、箒を始めとした掃除道具となれば、わざわざ持ち帰る必要があるとも思えない。
不幸中の幸いなのは、この部屋に用意されている掃除道具も新品で使われた様子がないということだろう。
……だからといって、箒とかがわざわざ欲しいとは思えないが。
ガチャリ、と。
扉を閉める。
「グルゥ?」
そんなレイの様子に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
「えっと、この扉の向こうはそんなに広くない部屋で、掃除道具とかが入っている部屋だった。……見てみるか?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは見てみると喉を鳴らす。
そんなセトに、レイは右の扉を開けてやる。
すると、その先にはレイが口にした通り掃除道具が収納されている部屋がある。
「……グルルルゥ」
レイの言葉に部屋の中を見てみたセトだったが、そこにあるのが本当にレイが言うように掃除道具だけなのを見ると、残念そうに喉を鳴らす。
セトにとっても、出来ればここはもっと好奇心を刺激するような何かがあって欲しかったのだろう。
「さて、そうなると残る扉は一つか。……そうなると、問題はこの正面の扉の先に何があるかだな。台所、掃除道具保管庫と来たのなら……うーん、これは一体どういう場所なんだと思う?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分からないと喉を鳴らす。
何しろ、台所と掃除用具の保管庫と、一体どのような関係なのかが分からないのだから。
そうなると、最後の扉の先にどのような部屋が待ってるのか、予想しろという方が無理だった。
「そうだな。取りあえず開けてみないと何とも言えないか。……中に何があるか。どんな存在が待ってるのか……よし、開けてみるぞ」
そうレイが言い、覚悟を決めて扉を開ける。
すると……
「え?」
「グルゥ?」
正面から吹いた風に、レイはこの行き止まりに来てから何度目かになるような、意表を突かれた声を出す。
ダンジョンの中で風? と思ったのもある。
勿論、草原の階層を始めとしてダンジョンの中なのに外という、矛楯したような場所なら、風が吹いても不思議ではない。
だが、ここは神殿の階層、つまり外ではなく中だ。
そして風を感じると同時に、目の前に広がっている光景に改めて目を向ける。
「闘技場?」
そう、レイが呟いたようにレイの視線の先に存在する……正面の扉の向こうにあったのは、闘技場と呼ぶべき光景だった。
それもレイが知ってる闘技場……具体的にはベスティア帝国にあったような闘技場ではなく、日本にいる時に旅行番組か何かで見た、ローマのコロッセオのような、そんな感じの光景。
ベスティア帝国の闘技場との一番大きな違いは、戦う為の舞台……石材の類で作られた場所がなく、一面に地面がそのまま広がっているということだろう。
その光景を珍しく思い、一歩踏み出そうとしたところで……
「グ……」
バタン、と。そんな音を立てて扉が閉まる。
「は?」
セトの鳴き声が聞こえた。
正確にはセトが鳴き声を上げた瞬間に扉がしまったのであり、それによってセトの鳴き声は途中で遮られた形になったのだ。
「おい?」
目の前の扉にそっと手を伸ばすレイだったが、その扉はびくともしない。
「罠……か?」
ダンジョンには、罠がつきものだ。
実際、今まで宝箱に罠が仕掛けられていることは何度もあったし、ダンジョンに罠があることも珍しくはなかった。
そう考えれば、この十八階に罠があってもおかしくはない。
……それが、台所と掃除道具用の部屋の間にある扉の先にあったのは、レイにも疑問だったが。
コンコン、とレイはノックするように扉を叩いてみる。
扉の向こう側にはセトがいる筈で、そうなるとレイの行動に呼応して何らかの反応があってもおかしくはないだろうと、そう思えたのだが……
「駄目か」
扉の向こうから何の反応も返ってこないことに、レイは残念そうにしながらも、何となく予想は出来ていたといった様子で呟く。
(考えられる可能性としては、俺がこの部屋……部屋? まぁ、部屋でいいか。とにかくこの部屋に閉じ込められたことでセトが焦ってどこかに行ってしまったのか、それとも扉そのものが向こうに音や衝撃を通さないように出来ているのか、もしくは……この闘技場……いや、コロッセオが別空間にあるのか)
とにかく現状においてセトと意思疎通をすることは出来ないのは間違いのない事実だ。
そう認識すると、レイは自分のいる先……コロッセオに視線を向ける。
その先に行くしかないと、この状況ではどうしようもないと知り、レイはコロッセオに向かって歩き出したのだが……
「歓声?」
そう、レイが数歩歩いたところ、ワーワーといった歓声が聞こえてきたのだ。
それはつまり、歓声を上げる何者かがいるということになる。
それが具体的にどのような者達なのかはレイにも分からなかったが。
ただ、歓声が聞こえてきた場所から一歩後ろに下がる。
すると、一瞬前まで聞こえていた歓声が一切聞こえなくなった。
つまり一定以上近付くことによって、その歓声がくることが確認出来た。
「これは一体……これも罠の一種か?」
一定以上コロッセオに近付くと、歓声が聞こえてくる。
その一定のラインから一歩でも外に出ると、歓声は聞こえてこない。
歓声について不思議に思いながら、レイとしてもこのままずっとここにいる訳にはいかないので、前に進む。
あるいは扉の前にいればセトがどうにかしてくれるかもしれないし、もしかしたらレイが扉を破壊することによって元の場所に戻れるかもしれない。
……しれないが、これが罠の一種である以上、下手に扉を壊すことはレイにとって大きなマイナスになる可能性もあった。
それこそ罠が暴発し、どこともしれない空間に転移させられる……などといったことも予想出来る以上、レイとしてはそれは避けたい。
(何しろ、ここがそもそもダンジョンの中なのかどうか分からないしな)
いわゆる、転移トラップなのではないか。
そう思うも、レイとしては実際に確かめることは出来ない。
それこそ確かめようとして失敗し、結果として手に負えない事態になったりしたら、洒落にならないのだから。
(それにコロッセオで、俺がいる場所はコロッセオに続く場所。となると、恐らくコロッセオで何者かと戦うことになる訳で、そうなると未知のモンスターと戦える可能性は十分にある)
そう判断し、レイは一歩前に出る。
すると先程同様、コロッセオの方から歓声が聞こえてくる。
その声を聞きつつ、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しつつ、通路を進む。
(そう言えば、この空間が罠用に作られた空間だとしたら、ミスティリングが……マジックアイテムを使えるのは助かったな)
ここが罠用に作られた空間である以上、そこに入ってきた相手にマジックアイテムを使わせないといったような条件を付けることが出来ても、おかしくはないのだ。
そんな訳で、レイは真っ直ぐに通路を進み続け……やがて選手――という表現がこの場合正しいのかどうかは微妙だが――の入ってくる場所を抜け、本当の意味でコロッセオの中に入っていく。
歓声が聞こえてくるものの、周囲を見回してもそこには当然のように観客の姿はない。
観客がいないのに歓声が聞こえてくるという奇妙な状況の中で、レイはコロッセオの中心部分まで移動し、そこに立つ。
「で? これからどうなるんだ?」
てっきりコロッセオの中央部分まで移動すれば、そこで何かが起きるとは思っていた。
思っていたのだが、残念ながらレイがコロッセオの中央部分に来ても特に何かが起きる様子はない。
(てっきりモンスターが出て来て戦闘になるのかと思ってたんだが。……というか、今のこの状況を考えると一体どうやってこの空間から出ろと?)
モンスターを倒したらこの空間から出られるのだろうと思っていたのだが、そのモンスターが特に出てくる様子がないことから、レイはどうすればいいのか分からず、困る。
いっそ他の場所も調べた方がいいのか? とも思わないではなかったが、何となく……そう、本当に何となくここにいた方がいいような気がして、動くことはしない。
何か理由があってのことではない。
周囲から歓声が……それこそ大歓声といったような歓声が聞こえるものの、客席には誰一人いない。
そんな不気味な……異様としか言いようのない状況の中、レイはコロッセオの中心部分で待つ。
待つ、待つ、待つ……そうして歓声の中で待ち続けること、十分程。
不意にレイの前方、丁度レイが出て来た通路の反対側から、ズシン、ズシンといった音……恐らくは足音だろう音が聞こえてくる。
「やっと来たか」
未知の存在を前に、レイの口から出た言葉は恐怖よりも安堵の色が強い。
このままずっとコロッセオの中心部分で待ち続けなければならなかったのかと、そのように思っていたところに、ようやくの敵の登場なのだから、レイにしてみれば恐怖よりも安堵するのは当然だった。
そして姿を現した敵を見たレイは……眉を顰める。
「何だ? ミノタウロス……か?」
牛の頭部を持つ二足歩行の、身長五m程の敵。
手には巨大な斧を持っており……それだけを見れば、ミノタウロスというレイの言葉は間違っていない。
ただし、レイの視線の先にいるのはミノタウロスのように見えるが、明らかに違う場所もある。
具体的には、背中から生えている翼だ。
レイの知っているミノタウロスには、翼などというものは一切生えていない。
また、腰の部分からは尻尾……ではなく、蛇が生えている。
(キメラ? いや、その場合山羊とか獅子とかそっち系だろ? そもそもキメラは二足歩行の人型のモンスターじゃないし。となると……ミノタウロスの上位種か希少種?)
レイは自分の考えが間違っているとは思えない。
思えないのだが、視線の先に存在するモンスターを見て、ミノタウロスの上位種や希少種であるとは思えなかった。
「ブルルルルルルルルゥ!」
そんなレイの視線に何かを感じたのか、ミノタウロス――レイの認識ではやはりそのように判断した方が分かりやすい――はレイに向かって雄叫びを上げる。
だが、レイはそんなミノタウロスの雄叫びを聞いても特に怯えたりするようなことはせず、前に出る。
「ブルルルルルゥ!」
そんなレイの様子に、ミノタウロスは斧を振るう。
身長五m程もあるミノタウロスが持つ斧……戦斧だ。
空気そのものが破壊されるかのような、そんな轟音。
雄叫びの効果がなかったことから、戦斧を振るったのだろう。
しかし、こちらにもレイは特に気にした様子もなく……じっとミノタウロスを確認する。
(というか、これはもう戦闘を始めてもいいのか? 何かアナウンスの類とかあってくれると助かるんだが)
このミノタウロスと戦う必要があるというのはレイにも分かるが、それをいつ始めればいいのかが分からない。
ここでレイから攻撃を仕掛けた結果、それが何らかの違反……このコロッセオにおけるルール違反になり、何らかのペナルティとなるのではないか。
そう思えたレイにとっては、ここで即座に攻撃することは出来なかった。
もっとも、ミノタウロスから攻撃をしてきたのなら、反撃をしても構わないだろうとは思っているが。
「さて、これからどうするべきか……まぁ、戦わないといけないのは間違いない以上、戦うしかないんだろうけど。……お前はどう思う?」
尋ねるレイに、ミノタウロスは馬鹿にされたとでも思ったのか、レイに向けて戦斧を振るうのだった。
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