4065話

 ユニコーンのリビングメイルの魔石でセトのビームブレスがレベルアップした。

 これはレイにとっても決して悪くはない……どころか、非常に嬉しいことだった。

 ……もっとも、ユニコーンのリビングメイルの魔石でビームブレスのレベルが上がったということは、恐らくユニコーンのリビングメイルは何かビーム系のスキルを使う可能性が高く、そういう意味ではこれから十八階の探索を続ける上で、決して好ましいことではなかったが。


「セトのビームブレスがレベルアップしたのは、これからのことを考えると悪くないな。……それにユニコーンのリビングメイルが普通のリビングメイルと違う種類のモンスターだと魔獣術が認識してるのも、これではっきりしたし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトはそうだねと喉を鳴らす。

 セトが嬉しそうなのは、自分のスキルがレベルアップしたからというのもあるが、同時にデスサイズもユニコーンのリビングメイルの魔石を使えば魔獣術が使えるということが判明したからというのが大きい。


「さて、じゃあ探索を続けるか。……出来ればユニコーンのリビングメイルにはもう一匹出て来て欲しいけどな。というか、ユニコーンのリビングメイルがいたということは、もっと他の形態のリビングメイルもいて、それぞれに別のモンスターという扱いになるのか?」

「グルルゥ?」


 レイの言葉に、セトはそうなの? といった様子で喉を鳴らす。

 セトにとっても、そうだといいなとは思っているのだろう。

 何しろ魔獣術を使う機会は、多ければ多い程にいいのだから。


「だといいなと思ってるだけだ。それに……大剣と槍のリビングメイルは同じモンスター……あ、いや。試してなかったな。ちょっと試してみるか?」


 セトに説明を続けている中で、レイはふと大剣と槍、鎚を武器にしたリビングメイルは違う種類ではなく、全てリビングメイルという同一の個体なのだろうと思えた。

 勿論それは、あくまでもレイの予想でしかない。

 その上で、こうしてユニコーンのリビングメイルが別のモンスターと魔獣術に判断されたということは、もしかしたら他のリビングメイルもそれぞれ別のモンスターとして認識されるのではないかと、そうレイには思えた。

 それが正しいのかどうかは分からない。あくまでも思いつきである以上、間違っている可能性もあるだろう。

 だが、レイにしてみれば魔石は余っている。

 一応、魔石を集める趣味を持っているということにしてある以上、ある程度の魔石はストックしておく必要はあるが、この階層のリビングメイルの魔石は絶対に集めておかなければならない物ではない。


「セト、ちょっといいか?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、どうしたの? とセトが喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに鎚を使っていたリビングメイルの魔石を取り出す。


「ユニコーンのリビングメイルが普通のリビングメイルと別のモンスターと認識されていたのなら、大剣、槍、鎚を使うリビングメイルもそれぞれ別のモンスターと認識されるかもしれないだろう? なら、この鎚を使っていたリビングメイルの魔石を使ってみる価値はあると思わないか?」

「……グルゥ」


 レイの言葉に、セトはなるほどと喉を鳴らす。

 レイやセトにしてみれば、魔石の一個や二個、無駄に使ったところでそこまで痛手ではない。

 そんな訳で、もしこの魔石を使っても新しいスキルの習得やスキルのレベルアップがなくても、構わなかった。

 リビングメイルについて、ユニコーンのリビングメイルと普通のリビングメイルは別の種類ではあるが、使用している武器が違うリビングメイルも別のリビングメイルと認識されるのかどうか。

 それを確認するのに、リビングメイルの魔石を一個使うだけなのだから。

 ……これが、あるいはランクAモンスターの魔石、あるいはランクSモンスターの魔石を消費するというのであれば、レイもまた魔石を使うのを躊躇しただろう。


「よし、じゃあ……ほら」

「グルゥ!」


 レイが声を掛けると共に魔石を放り投げると、セトはそれをクチバシで咥え、飲み込む。


「……」


 セトが魔石を飲み込んだのを見たレイはいつものように頭の中にアナウンスメッセージが流れるのを期待するが…


「駄目か」


 三十秒程待ってはみたが、アナウンスメッセージが流れることはなかった。

 それはつまり、鎚を使っていたリビングメイルの魔石は、他の……大剣、もしくは槍を使っていたリビングメイルの魔石と同じモンスターの魔石だと魔獣術に認識されていることを意味していた。


「グルゥ」


 レイの呟きを聞いたセトが、ごめんなさいと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイをがっかりさせたのは自分のミスのようにも思えたのだろう。

 そんなセトに気が付いたレイは、慌てて口を開く。


「あー、ほら。別にこれはセトのせいって訳じゃないだろ? 最初から駄目元、上手くいけばラッキー程度の気持ちだったんだから、セトが謝る必要はないって」


 励ましながら、セトの身体を撫でる。

 レイの手の感触に、嬉しそうに目を細めるセト。

 数秒前に申し訳なさそうにしていたのをすっかりと忘れ去ったかのような、そんな嬉しそうな様子にレイも笑みを浮かべる。


(普通のリビングメイル……やっぱり外見が似ていると、使っている武器が違っても同じモンスターと認定されるのか? ユニコーンのリビングメイルのように、外見が違いすぎれば、別のモンスターと認識されるのかもしれないけど)


 セトを撫でながら考えを纏めると、レイは口を開く。


「じゃあ、行くか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に撫でられていたセトはやる気満々といった様子で喉を鳴らし、そしてレイとセトは通路を進み始める。

 ナルシーナに貰った地図には描かれていない場所を進んでいるので、レイはその地図に進んだ道を描き足していく。

 とはいえ、今のところは一本道だけが続いているので、自分のいる場所を地図上で把握するのも難しい話ではなかったが。

 そのまま二十分程進み続けると……


「扉か。しかも、三つ」


 通路は行き止まりだったが、その行き止まりとなっている場所には正面と左右にそれぞれ扉があった。


「グルゥ?」


 どうするの? と扉を見て喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの鳴き声に迷う。

 この場合、どうするのが正解なのかと。

 とはいえ、この扉についての何らかの手掛かりがある訳でもない以上、レイとしてもどの扉が正解なのか、あるいは間違いなのか、もしくはそもそも正解も間違いもないのかと思う。


「じゃあ……左の扉から開けるか」


 レイが左の扉を選んだのは、特に何か根拠があってのことではない。

 ただ、何となく……本当に何となく選んだだけだ。


「グルゥ」


 レイの言葉に、セトも特に異論はないらしく、分かったと喉を鳴らす。

 そしてレイは扉を開け……


「えっと……ここは何だ? 台所か?」


 鍋や包丁、フライパン、お玉、皿、コップ、フォーク、ナイフ、スプーン……それ以外にも様々な調理器具や食器が置かれている。


「何で台所?」


 そんな光景を見ながら、レイは戸惑ったように言う。


「グルゥ?」


 レイの疑問に、セトもまた首を傾げる。

 この神殿の階層に台所。

 とてもではないが似合わない部屋だった。


「あ、いや……でも、十八階が神殿の階層なら、この神殿で働いている者の料理を作る為の台所と考えればおかしくはないのか? ……けど、この階層にいるのはリビングメイルとか、影の騎士とか、そういう連中で、食事をするようには思えないんだよな。となると……あくまでもインテリアというか、形だけの台所なのか?」


 そう思って見てみれば、実際台所にある料理器具は汚れていない。

 また、床も非常に綺麗なままだ。

 台所では、どうしても床に食材の欠片が落ちたり、それを踏んだり、あるいは油汚れがあったりと、普通に掃除しただけでは綺麗にならない汚れも多い。

 そういう意味では、この台所は非常に綺麗で、そのような汚れは全くない。

 いや、より正確には使われた形跡すらないといったところか。

 そのような台所を、レイは興味深く眺める。


「あ」


 そうして、ふと気が付く。

 この台所にある食器や調理器具の類は、貰っていってもいいのでは? と。

 ダンジョンの中にある調理器具が普通に使えるかは分からない。

 分からないが、それでも使えるのならラッキーと思いつつ、レイは台所にある調理器具や食器といった物を軒並み持っていくことにする。


「セト、俺はちょっとこの台所にある調理器具や食器……他にも色々と手当たり次第にミスティリングに収納していくから、少し待っていて貰えるか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして台所から出る。

 セトは自分が台所にいると、レイの邪魔になると思ったのだろう。

 そんなセトの心遣いに感謝をしながら、レイは早速行動を起こす。

 セトを外で待たせている以上、レイは出来るだけ早く台所にある調理器具や食器を収納しようと思ってのことだ。


(包丁……使えるのか?)


 調理器具として、包丁は何本もある。

 レイの目から見ると、包丁の違いは殆どあるようには思えない。

 だが、料理に詳しい者にしてみれば、この包丁にも細かな違いがあるのだろう。

 切る食材によって、あるいは食材の大小によって……使う包丁がそれぞれ違うのだろう。

 そんな包丁の一本を手にし、レイはミスティリングから取り出した果実を切ってみる。

 すると、綺麗に果実が切れる。

 それを見れば、この包丁はただのインテリアの類ではなく、普通に調理器具として使えることがはっきりとした。

 そのことを嬉しく思いながらも、二十本近くある包丁を収納していく。

 他にもザルや鍋、フライパン……これらも用途によって違うのか、大小様々な調理器具を収納していく。

 そうして次々と収納していくと、やがて三十分程で調理器具や食器の収納を完了する。


(とはいえ、ミキサーとかそういうのがなかったのは残念だったな。マジックアイテムとかで、そういう調理器具があってもおかしくはないと思うんだが)


 レイは鉄板のマジックアイテムを持っている。

 他にもマジックアイテムの窯もある。

 それらを使うことがあるだけに、マジックアイテムの調理器具がこの台所にあってもおかしくはない。

 だが、それらがなかった以上、仕方がないと判断し、最後に広い台所を見て回る。

 何か忘れていないかと思っての行動だったが……やはり、そこには何もない。


(とはいえ、この調理器具とか食器……ミスティリングに収納はしたけど、どう使えばいいんだろうな? 家で使うか? いや、ジャニスが使っている調理器具は、使い慣れているから使っている訳で、そこに新しい調理機具を渡しても、それを喜ぶかどうかは微妙なところだけど)


 これ以上考えても意味はないだろうと判断し、使わないのなら使わないでミスティリングに収納しておいたままにしておけば、場所も取らないし、経年劣化の類もしない。

 そういう意味では、特に問題ないだろうと判断する。

 そうして台所から出ると……


「グルルゥ!」


 台所の外でレイを待っていたセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でつつ、残り二つの扉に目を向ける。


「左の扉が台所だった訳だから、残り二つの扉の先がどうなっているのか……セトも気になるよな?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、勿論と喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子にレイは少し考え……右の扉に手を向ける。


「さて、この扉の先は何だ? ……こっちも実は台所でしたとか、そういうことはないよな?」


 最初の台所からは、かなりの量の調理器具や食器を入手した。

 ここは地図には描かれていない場所だったので、ナルシーナ率いるオルカイの翼の面々は、ここに台所があるとは知らなかっただろう。

 だが、それ以外……十八階より下の階層を探索しているという、他の四つのパーティは、ここに台所があるというのを知らなかったのかどうか。


(いや、もし知っていても調理器具とか食器とか、わざわざ持っていこうとは思わないか)


 ナルシーナ達のように、簡易版とはいえアイテムボックスを持っているのなら……とも思ったレイだったが、すぐにそれを否定する。

 簡易版のアイテムボックスは、一応アイテムボックスとして使うことが出来るが、その容量は決まっている。

 レイのミスティリングのように、限界がない訳ではないのだ。

 そんな中で、モンスターの魔石や素材、討伐証明部位といった物ならともかく、調理器具や食器を持っていくとはレイには思えなかった。

 ……あるいは、台所にあった調理器具や食器が高額で売れるのなら、話は別だったが。

 そんな風に思いつつ、レイは右の扉を開けるのだった。 

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