4064話
「ブルルルル」
レイとセトに対し、十分に距離を詰めたところで、ユニコーンのリビングメイルはそんな鳴き声を上げる。
それが、レイにとっては予想外だった。
今までこの階層でもそれなりにリビングメイルと戦った経験を持つレイだったが、リビングメイルが鳴き声を上げるということはなかった。
これはユニコーンのリビングメイルだからなのか、それともまた違った理由があるからなのか。
その辺はレイにも分からなかったが、それでも分かることがある。
それは、敵の戦意が非常に高いということだった。
「セト」
「グルゥ!」
レイが名前を呼ぶと、それだけでセトはレイが何を言いたいのかを理解し、前に出る。
……ユニコーンのリビングメイルもそれなりに大きいのだが、それでも体長四m近いセトと比べると、どうしても劣る。
だが、自分より大きなセトを前にしても、リビングメイルは特に怯えた様子もない。
リビングメイルにしてみれば、モンスターとしてそういう作りになっているのかもしれなかった。
「グルルルルゥ!」
「ヒヒヒヒィィィン!」
セトが雄叫びを上げると、ユニコーンのリビングメイルもそれに負けじと雄叫びを上げる。
そうした結果、ユニコーンのリビングメイルはセトだけを自分の敵と判断したらしい。
レイはユニコーンのリビングメイルから自分に向けられている意識がなくなったのを確認すると、気配を消してそっと移動する。
ユニコーンのリビングメイルがどうやって相手の脅威度を測っているのかは、レイにも分からない。
だがユニコーンのリビングメイルの気持ちも分からないではない。
デスサイズと黄昏の槍を持つレイの脅威度が高いのは間違いないだろう。
だが、ユニコーンのリビングメイルよりも身体の大きなセトが、やる気満々といった様子で立ち塞がっているのだ。
そちらに全力を削ぐべきだと、ユニコーンのリビングメイルの本能が判断しても、レイは不思議には思わなかった。
(だからといって、俺がその戦いをじっと見ているとは限らない訳だけど)
二匹のモンスターが向き合い、威嚇し合っているのを見ながら、レイは気配を消し、少しずつ、少しずつだが移動する。
(他のリビングメイルのことを考えると、恐らくあのユニコーンのリビングメイルも中身はなくて、胴体に魔石がある筈だ。……実は、リビングメイルに見せ掛けて、中身があるモンスターってことはないよな?)
もしその場合は、別の方法を考える必要がある。
だが、取りあえずレイは目の前の敵をリビングメイルなのだろうと思うことにする。
この階層で遭遇したのは、今のところリビングメイルと影の騎士、青い虎。
馬……ユニコーンだが、とにかくそういう共通点からすると、セトと向き合っているモンスターは影の騎士に近い存在なのかもしれないとは思う。
しかし、それでも鎧を身につけているのを見れば、影の騎士とは違うだろうという思いもあった。
(とにかくリビングメイルだと判断して……そうなれば、体内にある魔石を奪うだけだ。そして敵はセトだけに意識を集中している)
レイが見ている今も、お互いに相手を牽制や威嚇をしている。
それでもすぐ戦闘にならないのは、一体何故なのかレイには分からなかったが。
セトから攻撃を仕掛けないのは、こうしてレイが動いているのをセトも理解しており、だからこそレイが何らかの行動を起こすのをセトも待っているのだろう。
だが、ユニコーンのリビングメイルの方は何故まだ行動を起こしていないのか。
それが、レイには疑問だった
(とはいえ、こっちにラッキーな状況なのは間違いないけど)
ユニコーンのリビングメイルが何を考えているのか、レイには分からない。
だが、相手の不意を打つには、その方が都合がいいのは間違いない。間違いないのだが……
(それで、やっぱり狙うのは首、か?)
普通のリビングメイルの時は、首を切断し、そこから胴体にある魔石を抜き取った。
ならば、ユニコーンのリビングメイルも同じように出来るのか。
リビングメイルというモンスターの特性を思えば恐らくそれは間違っていないだろう。
間違ってはいないだろうが、問題なのはユニコーンがセト程ではないにしろ、かなりの大きさを持っているということだった
(あれ? でも……そこまで気にしなくてもいいのか?)
レイが普通のリビングメイルを倒す時、その鎧を出来るだけ傷つけない形で倒すようにしている……首の部分を切断し、胴体から魔石を奪うといった対処法で戦ってきたレイだったが、ユニコーンのリビングメイルの場合は、別にその鎧を完全な状態で入手する必要はないのではないかと、そう思える。
勿論、騎兵の中にも馬に鎧を装備させる、重騎士や重装騎士といった存在もいる。
そういう意味では、ユニコーンの鎧も使い道はあるのではないかと思うが、そもそもユニコーンのリビングメイルはかなりの大きさだ。
そうなると、馬用の鎧としてリビングメイルを使うのは難しいのではないかと思う。
思うのだが……それでも、一応確保しておきたいという気持ちがレイの中にはあった。
もしこれでユニコーンのリビングメイルがかなりの強さを持ち、セトであっても対処が難しい相手なら、レイとしてはその鎧を手に入れるのを諦める必要がある。
だが、レイから見た場合、セトがユニコーンのリビングメイルを相手に苦戦するようには思えなかった。
そうなると、やはり少しは無理をしてでもユニコーンのリビングメイルは無傷で……そこまでいかなくても出来るだけ与える傷を小さくして倒す必要があった。
「グルルルルルゥ!」
レイが動きを止め、何かあったら即座に反応出来るように準備を整えたのを見てとったのか、セトは雄叫びを上げつつ、スキルを発動する。
発動したスキルは、王の威圧。
王の威圧を間近で受けたユニコーンのリビングメイルは、その動きを止める。
「よし!」
セトもレイが何を狙っているのかを理解した上での王の威圧だったのだろう。
そんなセトに対し、レイはそう声を掛けながら前に出る。
生き物ではなくリビングメイルであっても、王の威圧は効くのかということを意外に思いつつ、レイはユニコーンのリビングメイルの首の部分を狙ってデスサイズを振るう。
斬、と。
一切の抵抗がないまま、ユニコーンのリビングメイルの首が切断され……
(よし!)
切断部分から血が流れず、そして胴体の部分ががらんどうなのを見て取ると、レイはやはり目の前のモンスターは生身のある敵ではなく、ユニコーンのリビングメイルだったのだと確信する。
恐らくはユニコーンのリビングメイルなのだろうとレイは思っていたし、半ば確信もあった。
だが、もしかしたら……本当にもしかしたら、中身のある別のモンスターである可能性も否定は出来なかった。
だからこそ、こうしてユニコーンのリビングメイルであると判断出来たのは、レイにとっては助かることなのだ。
首の部分が切断され、空いた穴。
胴体の鎧の中に手を突っ込むレイだったが……
(これ、本当に大丈夫なのか?)
伸ばした手が、魔石に触れることはない。
元々、レイは小柄だ。
それはつまり、手の長さがそこまでではないことを意味してもいた。
だからこそ、ユニコーンのリビングメイルの胴体に手を突っ込んでも、そこにあるだろう魔石に触れることが出来なかった。
とはいえ、それでもリビングメイルを倒す上でこれが一番最善の選択なのは間違いなく、だからこそレイは必死に手を伸ばし続け……
「グルルゥ!」
不意にセトが警告の意味を込めて喉を鳴らす。
また、レイもセトが何故そのように喉を鳴らしたのかを理解する。
何故なら、レイが手を突っ込んでいるユニコーンのリビングメイルの身体の部分が、微妙に動いているのが分かったからだ。
王の威圧は抵抗に失敗した相手の動きを止めるという効果を持つが、その動きを止めるというのも決して永遠に止めるという訳ではない。
個体差があるので一概には言えないが、それでもある程度の時間がすぎれば動くことが出来るようになる。
このユニコーンのリビングメイルもまた、その限界時間が近づいているのだろう。
(早いな)
手を突っ込み、魔石を探しながらレイはそう思う。
今までセトが王の威圧を使うのを多く見てきたが、ユニコーンのリビングメイルが王の威圧の効果から復帰する時間は、明らかに他のモンスターよりも早い。
それがリビングメイルという種族からなのか、それとも王の威圧に対する抵抗力が強かったのか……それはレイにも分からない。
分からないが、危険なのは間違いなく……そう思ったところで、指に何かが触れる。
「あった!」
その言葉と共に、勢いよく手をユニコーンのリビングメイルの胴体から引き抜く。
その魔石を奪われると同時に、ユニコーンのリビングメイルは動きを止め、床に崩れ落ちる。
「グルゥ」
ユニコーンのリビングメイルが動かなくなったのを見たセトは、おめでとうといった様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、このユニコーンのリビングメイルもそうだが、普通のリビングメイルも倒そうと思えば楽に倒せる相手なのは間違いない。
間違いないが、同時に乱暴に倒せば鎧に大きな傷を付けてしまう。
そうなると、買い取って貰えないか、買い取って貰えるとしても大分安くなる筈だった。
……実際にはセトが壊した鎧ということで、セト好きが買うかもしれないと判断した防具屋の店員……息子によって、そこそこの値段で買い取って貰えたのだが。
とはいえ、それでも完品の状態と比べると相応に安くなっているのは間違いなかったが。
「さて……まぁ、この鎧については防具屋に売るとして……売れるよな? まぁ、売れなかったら俺が持っておけばいいし、最悪火災旋風の時に投げ込んで威力を強化すればいいだけだし」
金属で出来ているし、ユニコーンらしく額から角も生えているので、もしこの鎧を火災旋風の中に入れたら、間違いなく凶悪な威力を発揮するだろう。
それこそ、触れた者は問答無用で死んでもおかしくはないくらいに。
だからこそ、最悪の場合はそうして使えばいいだろうと思ったのだ。
また、レイの場合はミスティリングがあるので、置き場所に困らないというのもある。
「……で、これだ」
鎧をミスティリングに収納したレイが手に持っているのは、ユニコーンのリビングメイルの魔石。
「ユニコーンのリビングメイルと普通のリビングメイルは違うのか。……まぁ、これについては実際に試してみるしかないか。セト、使うか?」
「グルゥ?」
いいの? と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、ユニコーンのリビングメイルの身体から魔石を抜き取ったのはレイだ。
なら、レイが……デスサイズが使うべきなのではないかと、そう思ったのだろう。
だが、レイはそんなセトに対して首を横に振る。
「俺が魔石を抜き取ったのは間違いないが、そうさせたのは……王の威圧を使って動けなくしてくれたのはセトだろう? なら、この魔石はセトが使うべきだ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの様子に笑みを浮かべたレイは、魔石を手にセトを見る。
「じゃあ、いいな? 行くぞ? ……多分、本当に多分普通のリビングメイルとは別のモンスターと認識される筈だが、それも絶対じゃない。違っていても残念に思うなよ。寧ろ、そうなったらラッキー程度の思いでいた方がいい」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かった! と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトの様子に頷いてから、魔石を放り投げる。
セトは放り投げられた魔石をクチバシで咥え、飲み込み……
【セトは『ビームブレス Lv.四』のスキルを習得した】
脳裏にお馴染みのアナウンスメッセージが響く。
響くのだが……
「え?」
その内容に、レイは思わずそんな声を出す。
当然だろう。何故か……本当に何故か、ビームブレスのレベルがあがったのだから。
「もしかして、あのユニコーンのリビングメイルはビームブレス……いや、ブレスじゃなくても、何らかのスキルでビーム系の攻撃を使うことが出来たのか? だとすれば、可能性は高いのは角の部分とか?」
ユニコーンの象徴たる角。
その角からビームを放つのではないか。
そうレイは予想……いや、妄想する。
実際にそれが正しいのかどうかはレイにも分からない。
ただ、ビームブレスのレベルが上がった以上、恐らく何らかのビーム系の攻撃が出来るのは間違いないのだろうとは、予想出来た。
「セト、ちょっと使って見てくれるか? どのくらい強化されたか知りたいし」
「グルルルルルゥ!」
レイから離れた場所でビームブレスを放つセト。
そのビームは、レベルアップ前のビームブレスと比べても明らかにビームが太くなっていた。
【セト】
『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.三』『魔法反射 Lv.二』『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』new『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.一』
ビームブレス:ビームのブレスを吐く。レベル一では指一本分、レベル二では握り拳くらい、レベル三では握り拳二つ分、レベル四では握り拳三つ分くらいの太さで岩を破壊するくらいの威力。
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