4063話
「さて、全部収納はしたな」
レイは周囲の様子を確認する。
大剣を持ったリビングメイルとの戦いは、レイが予想していた以上にあっさりと片付いた。
とはいえ、結局セトはリビングメイルを倒す――あくまでも鎧や大剣は無傷でだが――ことは出来ず、最終的にレイが倒したが。
レイにしてみれば、既に何度か戦っているだけに、リビングメイルとの戦いは既に慣れたものだった。
頭部を首から切断し、胴体部分に入っている魔石を引き抜けば、それで戦いは終わるのだから。
そんな訳で、レイは要領よく自分が戦ったリビングメイルを倒し、続けてセトが戦っているリビングメイルも倒し、魔石や武器、鎧をミスティリングに収納したところだ。
「グルゥ……」
レイに対し、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。
結局リビングメイルの相手をレイに任せてしまったからだろう。
「気にするな。セトにとっては相性の悪い敵だってだけなんだから。それに……もしダメージを気にせずに倒してもいいのなら、セトにとっても何の問題もなかっただろう?」
「……グルゥ」
レイの言葉に、セトが数秒の沈黙の後で喉を鳴らす。
実際、セトがこうして落ち込んでいるのは、リビングメイルを無傷で倒すことが出来ない自分が情けなかった為だ。
普通に倒すだけなら何の問題もないのは、それこそセトも十分に理解している。
「なら、別にそこまで落ち込むことはないだろ。普通に倒すだけなら何とでもなる。そういう意味では、リビングメイルは敵じゃないんだから」
「グルゥ、グルルルルゥ?」
本当にそう思う? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトをいつもより少し乱暴に撫でる。
「本当にそう思うぞ。セトの実力はセトが一番分かってるのかもしれないが、セトといつも一緒にいる俺も十分に理解してる。セトもそれくらいは分かるだろう?」
「……グルゥ」
レイの言葉に、セトは少し考えた後で喉を鳴らす。
そこには先程のような残念そうな様子はなく、レイの言葉を信じるといった思いがあった。
そんなセトを撫でると、レイはステンドグラスのある場所に向かう。
幸いなことに、特にモンスターと遭遇することはなく、ステンドグラスのあるホールに到着する。
……未知のモンスターと遭遇出来なかったという意味では、決して幸運という訳ではないのかもしれないが。
「……こっちは直ってるのか」
通路よりも天井が高くなっているホールだったが、どこからか降り注ぐ太陽光はステンドグラスによって様々な色の光となっている。
つまり、ステンドグラスは直っているということを意味しており、実際に天井を見たレイは、そこにステンドグラスが嵌まっているのを確認する。
(飾られていた鎧はまだ直ってなかったのにな)
そんな疑問を抱きつつ、それでもステンドグラスが直っているのはレイにとって悪い話ではない。
「セト」
「グルゥ!」
レイが声を掛けると、それを聞いたセトは即座に喉を鳴らす。
レイが何を期待しているのか、十分に理解しているのだろう。
そんなセトの背にレイが跨がると、セトはホールの中で数歩の助走をした後、翼を羽ばたかせ、空に駆け上がっていく。
ホールの天井付近まで来ると、セトは翼を止める。
その場に留まり続けるというのも、昨日の経験がある分、それなりにあっさりと出来るようになったらしい。
セトが空中で留まっていると、レイがミスティリングから取り出したデスサイズでステンドグラスを……正確には、ステンドグラスが嵌まっている天井の部分を切断する。
こちらもセトのホバリングと同様に、昨日の経験もあって容易に天井を切断することに成功していた。
「よっと」
慣れた様子で、天井を切断して結果落ちてきたステンドグラスを受け止め、即座にミスティリングに収納する。
そうしたことを続け……レイとセトの慣れもあり、昨日よりも大分速くステンドグラスの切断は進み……
「さて、そうなるとこれだな」
最後に残った、一番大きなステンドグラスを見て、レイは真剣な様子で言う。
昨日は慎重になりすぎた結果、この一番大きなステンドグラスを自重によって落としてしまった。
咄嗟にレイがセトの背から下りて、スレイプニルの靴を使い、何とか地面にぶつかる前に収納することが出来たものの、今回は無事に……慎重さよりも速度を重視し、天井を斬り裂くことにする。
(ステンドグラスのギリギリの場所を切断するのがいいんだけど、速度を重視するとなると、万が一にもステンドグラスを傷つけないように、天井の部分を多めにする必要があるが)
素早さを重視して切断していき……大きなステンドグラスが自重で残りの壁を破壊して地上に落ちる前に、何とか切り抜くことに成功し、素早く手を伸ばしてミスティリングに収納する。
「ふぅ、これでよし。……ステンドグラスの件はこれでいいとして、次はこの階層の探索だな。……それにしても、ステンドグラス、本当に俺達以外の者達でどうにか出来ると思うか?」
「グルゥ?」
レイの言葉にセトは分からないと喉を鳴らす。
セトにとっては、ステンドグラスのある天井まで移動するのはそう難しいことではない。
一ヶ所に留まり続ける……いわゆるホバリングには少し慣れが必要だったが、それも昨日もやったことなので、もうに出来るようになっていた。
だからこそ、他の人がもしステンドグラスを確保する場合、自分がいないのにどうやってやるのか……そのように思うのは、自然なことだった。
「分からないか。まぁ、セトにも分からないのなら、それはそれで仕方がないか」
レイも別にセトからしっかりとその件で答えがあるとは思っていなかった。
勿論、答えがあれば、それはそれで助かったとは思うものの、ないならないで仕方がないと、そう思う。
「ともあれ、その件は別にステンドグラスを取りに来る者達に任せればいいだろうし、そこまで俺達が気にすることでもないしな。なら、今はまずこの階層の探索を続けるか。……とはいえ、昨日の宝箱はどっちも外れだったしな」
もし酒好きの者達が今のレイの言葉を聞けば、ふざけるなと怒鳴ってもおかしくはない。
それだけ、昨日レイが地上に持っていった宝箱から出て来た酒は、どれもが高級酒……それもちょっとやそっとの高級酒ではなく、場合によっては貴族が購入しようとしても、そう簡単に購入が出来ない、それだけの価値を持つ酒なのだから。
また、棘の生えた鎖付き鉄球も、レイは好ではないし、使い道もなかったので、宝箱を開けた女に渡した。
レイにとっては興味がないような武器であっても、使いこなせる者が使えば間違いなく強いだろうし、あるいは武器屋に売っても相応の値段が付くのは間違いない。
そんな……人によっては大当たりと呼ぶに相応しい宝箱の中身だったが、酒に興味はなく、武器についてもデスサイズと黄昏の槍を持つレイにしてみれば、どちらもそこまで必要な物ではない。
だからこそ、レイにとっては外れだったのだ。
(そういう意味では、ビューネに渡し忘れたお土産の宝箱の中身に入っていたポーションの方がありがたかったな)
ポーションは使い道が多い。
何かあった時は使えるポーションというのは、あればある程にありがたい。
「宝箱……この階層や十九階、二十階辺りからは、貴重な宝箱を入手出来るとは思うけど……もしかしたら、あの宝箱は別のパーティが入手した後、ダンジョンの修復機能で再配置されたものなのかもしれないな」
「グルゥ……」
レイの言葉に、残念そうに喉を鳴らすセト。
セトにとっても、宝箱はそれなりに楽しみだったのだろう。
「あー、ほら。落ち込むなって。あくまでもそういう可能性があるというだけだから。ナルシーナから貰った地図に描かれていない場所は、オルカイの翼が行った場所じゃないのは明らかなんだし」
もっとも、それはオルカイの翼以外の四つのパーティがナルシーナの地図に描かれていない場所に行っている可能性を否定出来ることではなかったのだが。
ただ、それでもオルカイの翼が行ったことのない場所ということで、このダンジョンが出来てから初めての宝箱をレイ達が見つけられるといった可能性も否定は出来なかったのだが。
「グルルゥ?」
本当? とセトが喉を鳴らす。
セトにとって、レイの言葉は希望でもあった。
……出来れば、未知のモンスターを見つける方が、セトにとっては嬉しかったのだが。
「恐らくだけどな。……それにナルシーナから話を聞いた時、他のパーティはこの階層を完全に探索しないで、すぐに十九階に行ったって言ってただろう?」
「グルゥ!」
言ってた! と、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイの言葉で、昨日のナルシーナ達との会話を思い出したのだろう。
「それに、俺達と違ってナルシーナは毎日のようにダンジョンに潜るといったことはしない。一度ダンジョンに潜れば、数日は休みを取る筈だ。そういう意味でも、俺達がこの十八階をしっかりと探索するのには有利な訳だ」
それはセトを励ます為に口にした言葉だったが、実際に間違っていない内容だろうとも思う。
それがセトにも分かったのだろう。
嬉しそうにレイを見て、分かった! と喉を鳴らす。
「グルゥ!」
そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべて身体を撫でると、地図を広げる。
「さて、じゃあセトがやる気になったところで、まだ地図に描かれていない場所の探索を始めるか。セトはどの方向に向かえばいいと思う?」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に地図を見たセトはその中の一部分にクチバシを向ける。
「こっちか。じゃあ……俺達が今いるホールがここだから……よし、じゃあ行くか。出来れば未知のモンスターと遭遇したいところだけど」
「グルゥ!」
レイの言葉に同意するようにセトは喉を鳴らすのだった。
「さて、ここからが地図にも描かれていない場所だな。セト、分かってるとは思うけど、注意しろよ」
「グルゥ!」
セトがクチバシで示した場所に到着すると、レイはセトに向かってそう言う。
セトはそんなレイの言葉に、分かったと喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイは頼もしいものを感じる。
こうしてセトがやる気になってれば、恐らくは何があっても大丈夫だろうと、そう思えたのだ。
そしてセトに負けずと、レイもやる気を見せながら、レイとセトは地図に描かれていない通路を進む。
(出来れば、ステンドグラスのあるホールのような場所が他にもあって欲しいところだけど……それはそれで難しいか?)
まだ、ステンドグラスが具体的にどのくらいの値段になるのかは、生憎とレイにも分からない。
だが、それでも相応の値段になるだろうというのは予想出来たし、もし安ければその時は売らずに残しておいて、それこそマリーナ達に対する土産とすればいいだけだった。
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に通路を進み……
「グルゥ」
「またか」
セトが喉を鳴らしたのを聞いたレイの口から、そんな声が漏れる。
何故なら、その声を発したセトの様子から、おそらくはリビングメイルなのだろうと、そう思ったからだ。だが……
「あれ?」
ガシャ、ガシャ、ガシャと、レイにとっても既に聞き慣れたリビングメイルの足音。
しかし、足音の聞こえてくるタイミングが妙だった。
今まで戦っていたリビングメイルとは、明らかに違い……デスサイズと黄昏の槍を手にしたレイが次の瞬間に見たのは……
「リビングメイル……あれもリビングメイルと呼んでいいのか?」
視線の先に存在するリビングメイルを見て、そう呟く。
リビングメイルと口にはしているものの、レイの視線の先にいるのは見慣れたリビングメイルの姿ではない。
それは……馬だった。
正確には、馬の形をしたリビングメイル。
レイは本当にそれをリビングメイルと呼んでもいいのかどうか、分からない。
ただし、馬の形をした鎧がそこにいるのは、間違いのない事実だった。
その鎧の中身があるのかどうか、レイには分からなかったが。
ただし、その馬の形をした鎧が歩いているのは間違いのない事実。
「こういうリビングメイルがいるのか……」
「グルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、不意に喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイはどうしたのかと改めて馬のリビングメイルに視線を向けると……
「あ、角がある。じゃあ、あれは馬じゃなくてユニコーンのリビングメイルなのか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは恐らくそうだよと喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見つつ、レイは速度を緩めることなく……自分達の存在に気が付いているにも関わらず、まだ攻撃をする様子のないユニコーンのリビングメイルを警戒するのだった。
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