4062話

「さて、今日も一日頑張るか。……もう午後だけど」


 そうレイが口にしたのは、ダンジョンの十八階。神殿の階層。

 生徒達との模擬戦については、当然ながらレイとセトの圧勝だった。

 そうして模擬戦が終わった後は食堂で昼食を食べ、そしていつものようにダンジョンに。

 十五階の転移水晶からは、セトに乗って移動し……そして特に戦闘らしい戦闘もないまま、こうして十八階までやって来たのだ。

 ナルシーナ辺りがレイの行動について聞いたら、顔を真っ赤にして納得出来ないと叫ぶだろう。

 実際、昨日レイがこの十八階でナルシーナと会った時、レイはこれから十八階を探索するという時で、ナルシーナがパーティリーダーを務めるオルカイの翼は地上に戻るところだった。

 そんな中で、レイは十八階を探索し、地上に戻ろうとした時に十五階の転移水晶でナルシーナに追いついてしまったのだ。

 地上を……海中だったり、ジャングルの中だったりを歩いて移動するのと違い、セトに乗って空を飛べるというのは、それだけダンジョンの難易度に違いが出ることの証だった。

 だからこそ、午前中に冒険者育成校で教官の仕事を終えたレイが、こうしてそこまで時間を掛けずにここまで来ているというのは、ナルシーナにしてみれば納得出来ない……もっと言えば、ずるいと思ってもおかしくはない。

 もっとも、そのようにずるいと思うのは何もナルシーナだけではない。

 それこそレイと同じく冒険者育成校の教官をしている冒険者達にしても……いや、そのような者達の方が余程レイを羨ましいと思うだろう。

 何しろ教官をやっている冒険者達の場合、ダンジョンの攻略を進める時はそちらを優先させる為に冒険者育成校の仕事を休んでダンジョンに挑むのだから。

 冒険者育成校の教官として働いている者はレイと同じく午後から仕事はないものの、だからといって午後からの半日だけでダンジョンの攻略を行うことはまず不可能だ。

 ダンジョンを攻略する為の準備として道具を買い揃えたり、戦闘訓練を行ったりといったことをする。

 だというのに、自分達と同じく午前中は教官として働いたレイが、午後になるともうこうして十八階にいるのだから、同じ場所で働いているだけに、レイを羨ましい、ずるいと、そう思ってもおかしくはなかった。

 ……だからといって、実際にそれを口にする者がいるかどうかは、別の話だったが。


「まずは……こっちに行くか。見た限りだと、こっちの方も途中で探索が止まっているようだし」

「グルゥ!」


 ナルシーナから貰った地図を見ながら、レイはセトにそう言うと、セトは分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、ダンジョンの探索をする……それもレイと一緒にそのようなことが出来るのだから、どこを探索するのかというのは全く問題がなかった。

 これが十階の墓場の階層のように、悪臭に悩まされるような場所であれば、また話は違っただろうが。

 そんな訳で、レイはセトと共にダンジョンの探索を開始する。

 向かう先は、まだ見ていない場所……そう思っていたレイだったが、不意に足を止める。


「ちょっと待った。ステンドグラスの件を忘れてた。……というか、アニタにも会ってくるのを忘れたな」


 ステンドグラスの件は、アニタが上司に話を持っていき、それでどう取り扱うのかを決めている筈だった。

 レイにしてみれば、それなりの値段で買い取ってくれれば、それで満足なのだが。

 もっとも、これであまりに安くギルドに売るといったことをした場合、レイ以外の者達がステンドグラスを取ってきた時も安く買い叩かれてしまうだろうから、レイにしてみればあまりに安いのなら売るつもりはなかったが。

 とはいえ、ガンダルシアのギルドは基本的に冒険者から搾取するといったことは考えておらず、冷静に自分達の仕事をしている。

 ……勿論、それはレイが幸運にもそのようなギルド職員と会ったことがないだけという可能性もあるのだが。


「グルゥ? グルルルルルゥ、グルルゥ?」


 それならどうするの? 一度地上に戻る? と喉を鳴らすセト。

 だが、レイはそんなセトに対して首を横に振る。


「ここまで来るのにそんなに時間は掛かってないとはいえ、それでもある程度は時間が掛かってる。それに、戻る途中に何らかの面倒に巻き込まれる可能性もあるしな」


 レイは自分のトラブル誘引体質について甘く見たりはしていない。

 それこそ何があってもおかしくはないだろうと……場合によっては、十階にリッチが出た時のように、また何らかのイレギュラーモンスターが現れたりするかもしれないと思う。

 もっとも、レイにしてみれば、未知のモンスターが出てくれるのなら寧ろ歓迎するのだが。

 しかし、未知のモンスターでも何でもないトラブルが起きる可能性も否定は出来ない。

 だからこそ、レイとしてはあまりそういうトラブルに遭遇はしたくなかった。


「今日もステンドグラスを確保して……まぁ、修復されていればの話だけど。地上に戻ったら、そのステンドグラスを持ってギルドに行けば、アニタに幾らで買い取って貰えるのかとか、そういう詳細な話を聞けるから、今は戻らないよ」

「グルゥ」


 レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。

 セトにとっても、今この場で一度地上に戻るよりは、十八階の探索を続けたいと思っていたので、嬉しそうな様子で喉を鳴らしていた。


「じゃあ、まずはステンドグラスのある場所に行くか。……その前に、飾られている鎧が復活していたら、回収していきたいところだけど」


 そう言いながら、レイはセトと共に神殿の階層を進む。

 当然の話だが、昨日と同じく通路は広く、高い。

 デスサイズや黄昏の槍といった長柄の武器を使うレイにとって、そして四m近い体長のセトにとっても、非常に戦いやすい場所だった。


「草原とかそういう場所もいいけど、通路とかがある場所なら、このくらいの広さや高さは欲しいよな。セトもそう思わないか?」

「グルルゥ」


 レイの言葉にそうだねと全力で同意するセト。

 セトにとってもやはり狭い場所よりもこうして自由に動ける場所の方が行動はしやすいのだろう。


(一応、サイズ変更のスキルがあるし……レベルが高くなった今なら、それこそ手乗りセトとか出来るけど、手乗りセトは破壊力が強すぎるんだよな)


 もしセト好きの者達が手乗りセトを見たら、どうなるか。

 それは考えるまでもなく明らかだろう。

 レイにしてみれば、出来れば避けたい事態が待っているのは間違いなかった。

 そういう意味では、十八階層よりも下の階層に行けるパーティは、今のところレイを除いて五組しかないというのは幸運なのかもしれない。

 ただし、その中でも現在最下層を進んでいる久遠の牙の中には、セト好きのエミリーがいるので、完全に安心は出来ないのだが。


「あれ? 確かこの辺りだったと思うけど……」


 神殿の階層を歩きつつ、レイは周囲を見る。

 レイの記憶が間違いないのなら、この辺りに鎧が飾られていた筈だった。

 ダンジョンの修復機能によって、飾られていた鎧を再度確保したいと思っていたのだが。


「セト、この辺りでよかったよな?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉にセトは周囲を見てみるものの、神殿の階層は広い通路があるものの、特に目印らしい何かがある訳ではない。

 いや、あるいはレイが昨日この辺りで入手した鎧が目印的な物だった可能性もあるが。


(え? あれ……ちょっと待った。そうなると、じゃあ……俺が昨日ここから鎧を持っていったのは、実は他のパーティの邪魔をしてるとか、そういう感じだったりするのか?)


 もし他のパーティが、あの鎧を何らかの目印にしていたら。

 それはつまり、レイがその目印となる鎧を勝手に奪ったということになってもおかしくはない。


(いや、けど……もしそうなら、ナルシーナ達に忠告されていてもおかしくはないよな?)


 だが、ナルシーナからそのような忠告はされなかった。

 勿論、ナルシーナが知っていて忠告をしなかった、あるいは単純に忠告するのを忘れていたという可能性も否定は出来ない。

 出来ないが、レイにしてみれば恐らく違うと、レイが昨日入手した鎧を目印として使ってはいなかったのだろうと、そう思う。


「グルルゥ?」


 迷っているレイに、どうするの? とセトが喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの様子に少し考え……


「そうだな。鎧については取りあえずダンジョンの修復機能がまだ働かなかったってことにしておいて、今はステンドグラスの方に行くか」


 飾られていた鎧を回収するつもりだったが、その鎧がない以上、いつまでもここにいる訳にはいかないのも事実。

 であれば、やはりレイとしてはさっさと次の場所に……ステンドグラスのある場所に向かおうと、そう考える。


「グルゥ!」


 セトもまた、レイの意見に異論はないのか、分かったと喉を鳴らす。

 そうしてレイとセトは神殿の階層を進んでいくのだが……


「グルゥ」


 不意にセトが足を止め、喉を鳴らす。

 その鳴き声は、警戒の鳴き声。

 レイはセトの鳴き声を聞くと同時に、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 それから少しして、進行方向……レイが向かおうとしていた方からガシャリ、ガシャリといった金属音が聞こえてくる。

 その金属音を聞いただけで、レイは一体どのような敵が近付いてきたのかを理解する。


「リビングメイルか。……もう魔石はいらないんだけどな。いやまぁ、武器も鎧も売れるから悪くない相手ではあるんだが」


 武器や鎧に傷をつけないで倒すことが出来れば、この神殿の階層のリビングメイルというのは、非常に美味しい相手なのは間違いない。

 とはいえ、それはあくまでも普通の冒険者にとっての話だ。

 レイやセトにとっては、魔石……未知のモンスターの魔石こそが重要な意味を持つ。

 何しろ金儲けというだけなら、それこそ盗賊狩りでもすれば幾らでも儲けられるのだから。


(それでも、リビングメイルの鎧や武器を売れば、それによってガンダルシアの冒険者が強化されるんだし……そう考えれば、まだマシか)


 半ば無理矢理自分に言い聞かせるように、レイはそう考える。

 そのような事を考えていると、やがて通路の先から予想通りリビングメイルが姿を現す。

 その数は二匹。


「大剣と槍持ちはコンビかと思ってたんだけど、違うんだな」


 姿を現した二匹のリビングメイルは、双方共に大剣を手にしていた。

 レイが言うように槍を持ったリビングメイルの姿はない。

 レイにしてみれば、大剣よりも槍の方が戦う上では厄介な相手だ。

 何しろ、この階層のリビングメイルが使う槍は柄の長さが普通の二倍くらいはあるのだから、

 柄の長い……つまり、それだけ射程の長い槍は、戦う上で厄介な相手だ。

 ましてや、そこまで強力な効果を持つ訳ではないとはいえ、その槍はただの槍ではなく魔槍なのだから。


「セト、一匹ずつな。……出来ればダメージを与えないで倒したいけど、出来るか? 無理なら、俺が二匹とも相手にしても構わないけど」

「グルゥ!」


 やってみる! と喉を鳴らすセト。

 レイは近付いてくるリビングメイルを見つつ、そんなセトの鳴き声を信じてもいいのか? と少しだけ不安に思う。

 何故なら、昨日セトに任せたリビングメイルは、結局鎧もかなりの損傷を負ったのだ。

 ……不幸中の幸いと言うべきか、あるいは物好きがいるからか、セトが壊した鎧も防具屋で買い取って貰えはしたが。

 ただ、当然ながらセトが壊した鎧は他の鎧……レイが無傷で倒した鎧とは違い、かなり安めの買い取り価格になった。

 鎧として使えないのだから、それは仕方がないだろうとレイにも思えたが。

 ともあれ、そんな訳でレイはセトにリビングメイルの相手を本当に任せてもいいのか? と疑問に思ってしまう。

 ……とはいえ、セトがいるのに自分だけで二匹のリビングメイルを相手にするのもどうかと思わないでもなかったが。


「分かった。じゃあ一匹はセトに任せる。ただ、鎧を壊しそうになったら攻撃するのを我慢して、俺がもう一匹のリビングメイルを倒すまで待っててくれよ?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは少しだけ残念そうにしながらも喉を鳴らす。

 完全に任せて貰えないことを残念に思うと同時に、実際に昨日の戦いでは鎧を壊してしまった以上、仕方がないという思いもそこにはあるのだろう。


「落ち込むなって。セトにとって相性の悪い敵だってだけだろう? 他のモンスターとの戦い時は、十分セトに任せることも出来るんだから」

「グルルゥ?」


 本当? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトに勿論と頷き……そしてレイとセトの姿を確認したのだろうリビングメイルが、二匹揃って大剣を手に走り出したのを見て、レイもまた武器を手に前に出るのだった。

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