4061話

 レイの前には、何人かの教官達が座り込んでいた。

 中には座り込むのではなく、大の字になって地面に寝転んでいる者も何人かいる。


「うわ……レイ教官の強さは分かっていたけど、こうして改めて見ると……凄いな」


 その光景を見ていた生徒の一人が、しみじみといった様子で呟く。

 自分達の模擬戦が終わった直後は、生徒達も疲れ、激しい呼吸をしていた。

 それでもある程度の時間が経つと、生徒達の呼吸も落ち着き、疲れも癒やされてきた。

 そんな中、レイと教官達が模擬戦を行うようになり、それを見ている中で生徒達の体力も完全に回復した形だ。

 そして見取り稽古という言葉があるように、自分よりも強い相手の戦いを見るというのは、十分な稽古となる。

 そういう意味では、こうしてレイと教官達の模擬戦を見るのは生徒達にとって十分に勉強になることなのは間違いなかった。

 ……もっとも、レイと教官達では実力差がありすぎて、それを見ている者達にとっても一方的に蹂躙するかのようなレイの行動を見ることしか出来なかったのだが。

 それでもレイは生徒達が見ている……そして何より、これが教官を相手にしての模擬戦である以上、教官達も何があったのか分からないままで負けてしまっては意味がない。

 そんな訳で、レイはある程度手加減をして模擬戦を行っていた。

 それでも生徒達の目からは、レイが苦戦するようなことはなく……それどころか、本気を出すようなこともせず、勝利をしたという光景には唖然とするしかなかった。

 生徒達……このクラスは冒険者育成校全体で見た場合、中の上といったレベルのクラスだ。

 一組、二組、三組といったような、冒険者育成校を卒業間近の者達に比べれば劣るものの、平均的に見れば優秀なのは間違いないと判断出来るだろうクラス。

 しかし、そんなクラスの生徒達ですら、レイ以外の教官には勝利するのは非常に難しい。

 ……アルカイデのような、冒険者ではなく貴族出身の教官を相手にした場合にはそれなりに勝てたりもするのだが、マティソンやニラシスを始めとした冒険者がやっている教官を相手にした場合、幸運に幸運が重なって偶然……本当に偶然何とか勝利することが出来るといったくらいの勝率だ。

 そんな教官達を相手に、レイは圧倒的な勝利を収めたのだ。

 それを見れば、レイがどれだけの実力を持っているのか容易に理解出来てしまう。

 いつか、自分もレイのように。そう思う者がいるのと同時に……


「あんなに強い教官達でもレイ教官に勝てないなんて……これから、冒険者としてやっていく自信が……」


 下を見て、小さく呟いた女のように、レイの強さを間近で見たことによって心を折られる者もいる。

 勿論、そのようなことを口にする女も、相応の実力があったからこのクラスまで上がってきたのは間違いない。

 しかし、精神的に弱い……もしくは精神的に打たれ弱い者というのもいる。

 そのような者は、他の冒険者なら乗り越えられるようなことであっても、乗り越えることは難しかったりする。

 もっとも、本人にそのような自覚があるかどうかは分からないが。

 ただ、レイにしてみればそのような精神的に弱い者は冒険者としてやっていくのは難しいだろうと思っている。

 とはいえ、それはレイが決めることではない。

 冒険者になりたくて、そしてこのガンダルシアのダンジョンの攻略を目指して、冒険者育成校に入ったのだ。

 そうである以上、他人にお前はもう冒険者としてやっていくのは無理だというようなことを言われても、それを素直に聞くといったことは難しいだろう。

 その為、冒険者としてやっていくのを止めるかどうかというのは自分で決める必要があった。


「さて、どうする? もう少し模擬戦を……あ、いや。もう終わりか」


 もう少し模擬戦をやるか?

 そう教官達に言おうとしたレイだったが、その前に授業の終わりのチャイムが鳴る。


「……取りあえず、次の授業までに体力を回復させてくれ」


 地面に座り込んでいたニラシスが、何とかそれだけを言う。

 ニラシスはダンジョンで怪我をしたことによって、治療とリハビリを兼ねてギルムに行った。

 その結果、レイの知らない幾つかのトラブルだったり、あるいはレイと一緒にダンジョンを攻略したり、レイとの模擬戦だったりで、相応に強くなってはいる。

 実際、ギルムからガンダルシアに戻ってきてパーティと共に行動した時、間違いなく怪我をする前よりも強くなっているということで、パーティメンバーに一体何があったと突っ込まれたくらいなのだ。

 そんなニラシスであっても、レイに手も足も出ず、一方的にやられてしまった。

 とはいえ、それでも冒険者組を纏めているマティソンと同じくらいには持ち堪えたのだが。


「分かった。まぁ、ここで無理をして次の模擬戦の授業をする時に体力が残ってないとかなったら最悪だしな」

「そうだな。……けど、休憩時間で体力が回復するかどうかは微妙なところだが」

「取りあえず、黙って体力を回復していろ。もしどうしても体力が回復していないようなら、俺とセト対生徒達といった感じで模擬戦をやるから」


 そうレイが言うと、限界を迎えて地面に座り、倒れ込んでいた教官達が感謝の言葉を口にする。

 ……そんな様子に、アルカイデの取り巻きの一人が何かを言いたそうにするものの、アルカイデがそれを止める。

 アルカイデも、取り巻きが何を言いたいのかは分かっていた。

 生徒ならともかく、教官がこうして体力の限界を迎えるというのはどうなんだと。

 アルカイデも、その意見には決して反対ではないし、同じようにも思う。

 だが……ここでそのようなことを言うのは、下手をすると再びレイと揉めることににもなりかねなかった。

 レイがギルムに行っている間に、ある程度レイに対する恐怖心は消えた。

 消えたが、だからといってレイを相手に再び喧嘩を売るようなことが出来るかと言われれば、それは当然ながら否だ。

 一時期よりは大分マシになったものの、それでもやはりアルカイデやその取り巻きにとってレイは侮っていいような存在ではない……出来るだけ関わらない方がいい相手なのは間違いないのだから。

 そんな訳で、アルカイデは取り巻きの行動を諫め、取り巻き達も多少の不満はあれど、素直に従う。

 ここでアルカイデの指示に従うことが出来ないような者達は、既に以前レイと揉めた結果、冒険者育成校から去っている。

 ……それが自分の意思でか、あるいは他の者の意思でかは、去った者によって違ったが。

 ともあれ、アルカイデが抑えた影響で特に騒動らしい騒動が起こることもない。

 ただし、アルカイデには少し……本当に少しだけ不安なところもある。


(冒険者組がレイと模擬戦をした。そうなると、次の授業で生徒達との模擬戦が終わった後は、私達が模擬戦をやる羽目になるのではないか?)


 そういうことだった。

 レイとの模擬戦が、強くなるのに有効だというのは分かる。

 だが、アルカイデ率いる貴族派は、自分達が冒険者としてダンジョンに潜る訳ではない。

 教官として生徒達と模擬戦を行い、それに勝てるだけの力があれば十分なのだ。

 ……勿論、強ければ強い方がいいのは事実。

 それは間違いないが、だからといってそれでもレイと模擬戦をやりたいかと言われれば、アルカイデは……その取り巻き達も即座に首を横に振るだろう。

 レイという存在は、それだけアルカイデ達にとってトラウマに近いものになっているのだから。

 ある程度はそのトラウマを克服はしているものの、だからといって好んで自分からレイと関わりたいかと言われれば、それは否、断じて否なのだが。


「じゃあ、これで解散とする。……悪いが、模擬戦の後片付けを頼む」

『はい』


 生徒達はレイの言葉に頷くと、すぐに後片付けをする。

 教官達が使った模擬戦用の武器を片付けたりといったように。

 生徒達にしてみれば、レイの模擬戦を間近で見ることが出来たのだから、このくらいのことは何でもないことだった。

 ……片付ける武器の数もそこまで多くはないので、そこまで苦労はないのだが。


「あー……レイってやっぱり強いよな」


 ニラシスが疲れたといった様子を見せながら、そう声を上げる。

 そんなニラシスの言葉に、他の教官達もそれぞれ頷く。


「そうよね。私なんか攻撃が命中するどころか、触れることすら出来なかったわよ」

「いや、それは殆どの者がそうだろう? 攻撃を掠らせることが出来たのは……マティソンの一撃だけか?」

「私の攻撃も、本当に掠っただけだけどね」


 教官達のそんな話を聞いていたレイだったが、自分がこのまま話を聞くのは止めておいた方がいいだろうと考え、教官達から離れる。


「グルルゥ」


 レイが向かったのは、セトのいる場所。

 レイが近付いてきたことに、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトを撫でつつ、レイは口を開く。


「セトは今日の模擬戦はどうだった?」

「グルゥ? ……グルルルルゥ」


 セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイが見た限り、セトはそこまで大きな動きを見せてはいなかった。

 それでもセトにしてみれば、レイと一緒に模擬戦に参加していることがそれだけ嬉しかったのだろう。


「セトが喜んでくれて、俺も嬉しかったよ。……それにしても、今日の模擬戦は教官達がやる気満々だったな」

「グルゥ」


 同意するように喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを撫でながら、やっぱり朝の職員室での一件が大きかったのか? と思う。

 レイにしてみれば、多少励ます……もしくは刺激をする程度の気持ちだった。

 だが、それを聞いた教官達にしてみれば、多少どころの騒ぎではなかったのだろう。

 ……あるいは、それだけダンジョンから出た酒に強い興味を抱いていたのかもしれないが。


「ニラシス達の様子を見ると、次の授業の時の模擬戦は万全の状態でやるのは難しいと思う。その時は俺とセトで生徒達を相手に模擬戦をやろうと思うけど、それで構わないか?」

「グルゥ、グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に、やる気満々といった様子で喉を鳴らすセト。

 セトにとってはレイと一緒にいるだけで嬉しいのは間違いない。

 だが、それでもレイと一緒に行動出来れば、それは余計に嬉しいと思えるのも事実。


「あくまでも、他の教官達の体力が回復してなかったらの話だぞ?」


 セトのやる気を見たレイは、一応ということでその辺についてはしっかりと言っておく。

 こうしてやる気になっている中で、実際に模擬戦をやるとなった時、ニラシス達が体力を回復させて生徒達と模擬戦をやると言った場合、恐らく……いや、間違いなくセトは残念に思うだろう。

 その為、いざという時の為に、前もって言っておく必要があった。


(まぁ、セトがやりたいと態度で示せば、教官達もあっさりと譲ってくれると思うけど)


 学園長のフランシスがセト好きなのは、既に広く知られた事実だ。

 他にも生徒の中にもセト好きはかなりいる。

 そのような状況である以上、当然ながら教官達の中にもセト好きは一定数いた。

 ……あるいはそこまで明確にセト好きといった者達ではなくても、セトを可愛いと思う者は相応にいるだろう。

 そのような者達が、セトが模擬戦をやりたがっているのを見れば……そして自分達の体力がある程度回復しているとはいえ、それでも全快という訳でもなければ、生徒達の模擬戦の相手を譲るくらいのことは普通にしてもおかしくはなかった。


「グルゥ?」


 レイの様子に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそれに何でもないと首を横に振り……そして次の授業が始まるまで、セトと一緒に遊ぶのだった。






「さて、今日の模擬戦は俺とセトがお前達全員の相手をする」


 模擬戦の授業が始まり、生徒達が模擬戦用の武器を手に並んだところで、レイがそう言う。

 そんなレイの言葉に、ざわめく生徒達。

 別にこれがレイとセトを相手に初めてやる模擬戦という訳でもないのだが、それでもやはりレイとセトの両方を相手にするというのは、模擬戦として厳しいものがあるのだろう。

 ただ、だからといってレイは模擬戦の内容を変えるつもりはない。

 教官達の体力が完全に回復してないからというのもあるが、ダンジョンの中で本来ならその階層にいないような強力なイレギュラーモンスターと遭遇することもある。

 また、未知の階層に行った際に、その階層にいる強力なモンスターと戦うこともある。

 だからこそ、強力な相手との戦いにも慣れておく必要があった。

 ……もっとも、それを聞けば生徒達はレイやセトのような存在と戦うような階層にはとてもではないけど行けないと主張するだろうが。

 ともあれ、こうして模擬戦が始まり……そして終わるのだった。

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