4059話
「また、何か仕入れたら来てくれ」
「そうだな。また何かあったらな」
そう言い、レイは武器屋を出る。
十八階で入手した武器は、結局そこそこの値段で売れた。
レイが当初予想していたよりも高額で。
レイとしては、この武器がそれなりの冒険者の手に渡るのなら、そこまで高くなくてもいいと思っていたのだが、男にも武器屋の店主としてのプライドがあり、結果として相応の値段になったらしい。
……もっとも、それでも魔剣や魔槍、マジックアイテムの鎚といった武器を売る値段としては、少し安かったのも事実だが。
とはいえ、その金額はあくまでもマジックアイテムを売るにしては安かったのであって、例えばその辺の屋台で売っている料理を買い占めるといったことをするのなら、ガンダルシアにある屋台全て……とまではいかないが、数軒の屋台の料理を買い占めるくらいなら全く何の問題もない程度の金額ではあった。
「ん?」
店を出たレイが最初に気が付いたのは、レイが店に入る直前に中から吹き飛んできた男……気絶して、地面に寝転がっていた男の姿がどこにもなかったことだ。
どうやらレイが店の中にいる間に意識を取り戻し、そのまま去ったらしい。
(ちょっと意外だったな)
武器屋にイチャモンをつけ、恐らくは金でも脅し取ろうとしたのだろう相手。
そんな相手だけに、気絶から復活したらまた店の中に来て、殴られた分も含めて金を奪おうとするのではないかと、そうレイは思ったのだが……
「あ、レイ。そこで気絶してた奴なら、私達の方で処分しておいたから、安心してちょうだい」
そうレイに声を掛けてきたのは、セトを愛でていた女の一人。
レイが防具屋から武器屋に来たからか、セトの姿も武器屋の近くに移動していた。
そしてそんなセトを愛でている者達……レイが武器屋に入る前と比べても、明らかにその人数は増えていた。
セトの人気を考えれば、そこまで不思議なことではなかったが。
「そうなのか?」
「ええ。レイの入った店に突っ込もうとしてたから」
どうやら、面倒なことになる前にセトを可愛がっている者達が対処してくれたらしい。
……処分、という言葉に背筋が冷たくなる思いがあったが。
それでもレイは別にあの男に何かを思い入れがある訳でもないので、そういう意味では男が処理をされたのは助かったのは間違いない。
「そうか、悪いな。助かった」
「いいのよ、セトちゃんが望んだことだもの」
その言葉からすると、セトが男の対処をしようとしているのを見て、セトを愛でている者達がセトが動くよりも前に動いたということなのだろう。
つまり、セトがあの男をどうにかしようとしなければ、この女達も動こうとはしなかったのだろう。
そういう意味で、レイは女達に対してもそうだが、実際に動こうとしてくれたセトにも感謝の気持ちを抱く。
「それでも感謝はしておくよ。……さて、感謝しておいてなんだけど、そろそろ俺とセトは家に帰らせて貰うよ」
「えー……まぁ、セトちゃんがそうするのなら、仕方がないけど」
レイの言葉に不満そうな様子を見せつつも、女は仕方がないといった様子でそう言う。
勿論、セトがまだ帰りたくないのなら、女もまだここにいてもいいんじゃないの? と思うのだが、セトの様子を見るとレイが帰ると言った時にはもう立ち上がっていたので、それ以上は何も言えない。
レイと話していた女だけではなく、他の女達もセトが帰ると言えば、それは否定するようなことは出来なかった。
「悪いな。また機会があったらセトと遊んでくれ。……セト、行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
セトを愛でていた女達は残念そうにしていたが、それでもセトが帰ろうとしてるのなら、反対は出来なかった。
「グルルルルゥ!」
セトは女達に向かい、感謝を込めて喉を鳴らす。
女達はそんなセトの鳴き声を聞いて、嬉しそうにするのだった。
「お帰りなさい、レイさん。今日はどうでしたか?」
家に帰ると、メイドのジャニスが出迎え、そう聞いてくる。
レイはそんなジャニスに、ミスティリングから取り出した酒を数本渡す。
「今日の宝箱も、以前と同じように酒が出た。前にも言ったと思うが、俺は酒は好まない。ただ、かなり上物の酒のようだし、ジャニスが飲むか、料理に使うなりなんなりしてくれ」
「えっと、その……ありがとうございます」
レイが渡してきた酒を、恐る恐る受け取るジャニス。
その手が少し震えているのは、レイの持ってきた酒がそこまで詳しい訳ではないジャニスであっても知っているような高級酒だった為だろう。
あるいは、その酒を手に入れたレイが飲むというのなら、ジャニスも緊張はするものの、それでもここまで緊張はしなかっただろう。
だが、自分が飲む……あるいは料理に使うとなると、レイの渡した酒を受け取ったジャニスは非常に緊張してしまう。
何しろレイが渡してきた酒は、日本で……いや、地球では高級酒の代名詞とされているロマネ・コンティといった酒、それこそ一本五百万前後するような酒に近いか、あるいはそれ以上の高級酒なのだ。
そんな酒をメイドに飲ませたり、あるいは料理に使えと言われても、ジャニスとしてはどのようにすればいいのか分からない。
「その……レイさんはやっぱり飲まないんですよね?」
念の為、本当に念の為にレイに聞いてみるものの……
「ああ、俺は飲まない。俺の味覚的に……あるいは趣味的に? とにかく、酒は美味いと思えないしな。せっかくの高級酒なんだから、飲んでも美味いとは思わない俺じゃなくて、きちんと飲んで美味いと思えるような者が飲んだ方がいいだろう?」
そう言ったレイは、ふと気が付く。
もしかして……と。
「あれ? 一応聞いておくけど、ジャニスも酒は駄目だったり、美味いと思わなかったりするのか?」
「え? あ、いえ。お酒は大好きという訳ではありませんけど、飲んで美味しいと思います」
これがちょっと高目の酒……自分へのご褒美として買うような酒であれば、ジャニスも喜んで飲むだろう。
だが、これ程の高級酒となれば、まさか普段から飲む訳にもいかない。
(何かの記念の時とかに飲むとしましょう)
そう考え、ジャニスは酒を保存しておくことにする。
レイはそんなジャニスの考えなど分からず、部屋に戻る。
とはいえ、部屋に戻ってきたからといって特になにかやることがある訳でもない。
今のレイが出来るのは、それこそ適当に寝転がって食事が出来るのを待つだけだ。
時間的には夕方で、夕食を食べるにはいい頃合いだった。
そんな中……だが、レイはベッドの上で横になっていると、やがて睡魔に襲われ、抵抗することもなく眠りに落ちるのだった。
コンコン、コンコン、と。
眠っていたレイは、そんな音を聞くと同時に急速に目が覚めていく。
「んん……? 何だ……?」
『レイさん、夕食の準備が出来ました』
扉の向こうから聞こえてきたジャニスの声に、レイは自分が昼寝――既に昼ではなかったが――をしていたことに気が付く。
「ああ、分かった。すぐに食べる」
『では、お待ちしてますね』
そんな言葉と共に、ジャニスの気配が扉の前から消える。
レイは少しベッドの上で寝起きの感覚に浸っていたものの、ぐぅ、と腹が強烈な自己主張をしたのを聞いて、起き上がる。
「腹、減ったな」
呟き、レイは一階に向かったのだが……
「おい、何でお前がいる?」
何故かテーブルでフランシスが食事をしているのを見て、呆れたように言う。
学園長のフランシスが、何故自分の家で食事をしているのか……それがレイには全く分からなかった。
そんなフランシスは、パンを千切りながら口を開く。
「レイに少し用事があってね。それに……久しぶりにセトちゃんとゆっくりしたかったし」
どう考えてもセトが目当てだろう。
そう思いながらも、レイはそれ以上フランシスを責めるようなことはしない。
別にレイはフランシスを嫌っている訳ではない。
ここで食事をしたいのなら、たまになら構わないと、そう思っていた。
無詠唱魔法の件であったり、それ以外にも色々と助けて貰っているというのが、レイのこの態度の理由だった。
……もし勝手に食事をしてるのがアルカイデであれば、レイは問答無用で家から放り出すといったようなことをしただろうが。
「まぁ、そのくらいは構わないけどな」
そう言い、レイも自分の席に座って料理を食べ始める。
レイが食事をする時は、メイドのジャニスも一緒だ。
今日はフランシスがいるが、ジャニスも一緒に食事をするのは変わらない。
人によっては、メイドと一緒に食事をするとは何事かと、怒り狂うような者がいてもおかしくはないが、フランシスにしてみればメイドと一緒に食事をするのは特に不愉快ではなかった。
勿論、そのメイドが無作法なことをするのなら話は別だが、ジャニスはメイドとしても一流で、一緒に食事をしているフランシスに不愉快な思いをさせてはいない。
香草とレイが渡したギルム土産の香辛料を使って焼いた肉は、不思議な味でレイの舌を楽しませる。
「美味いな、この肉」
「ありがとうございます。レイさんが持ってきたお酒を少し……香り付け程度に使ったのが良かったのかもしれませんね」
「んぐっ!」
ジャニスの言葉を聞いたフランシスは、口の中に入れたパンを吹き出しそうになりながらも、何とか我慢し、飲み込む。
「レイが持ってきた酒というのは……もしかして、今日ギルドで開けた宝箱の中身かしら?」
「……随分と情報が早いな」
そう言うレイだったが、ギルドで宝箱を開けてから防具屋と武器屋に寄って、それが終わってから家に帰ってきて昼寝をしていたのだ。
レイが宝箱を開けてからそれなりに時間が経っている以上、フランシスがその件について知っていてもおかしくはなかった。
……ましてや、以前レイの宝箱から出て来た酒がとんでもなく美味かったというのは、宝箱を開けた人物が吹聴していたし、中にはその酒を実際に飲ませて貰った者もおり、それなりに有名な話だ。
そんな中で、再びレイがダンジョンから持ってきた宝箱の中から酒が出たとなると、好事家達の間で情報が広まるのは早く、フランシスもその好事家の一人だったのだろう。
……なお、実際にレイの宝箱を開けた女にはその酒を売って欲しいという要望が既に何人もからあり、最終的には相応に高値で売り払い、その結果として宝箱を開けるのに使ったマジックアイテムの損失を補って余りある程の収入が女やそのパーティに入ったのだが……生憎とレイはそのことを知らない。
「当然でしょう。前回はもう手遅れだったんだから」
「いや、手遅れってなんだよ」
「レイが入手した酒を売って貰いたいと思ってきたのよ」
「……フランシスなら、それこそ俺から酒を買わなくても、普通に酒を買ったり出来るんじゃないか?」
「普通の酒ならそうでしょうけど、ダンジョンの宝箱から出た酒となると、話が違ってくるわ。金があっても、商品となる酒がないんだから、そう簡単に買えるような物じゃないのよ」
「それで俺が丁度よく酒を入手したから買おうと?」
「そうね。……どう?」
「どうと言われても……俺は酒を好まないけど、料理に使ったり、それに高級な酒だからこそ贈答用に持っておきたいと思ってはいるんだが」
実際、レイにとってはそこまで貴重品といったような酒ではなくても、これを贈ることで喜んで貰い、面倒なことがない……そんなことになるのなら、レイは使うのを躊躇するつもりはなかった。
「……何で、あの酒の価値が分からないレイに、酒が集まるのかしらね」
呆れと羨ましさが入り交じった様子で、フランシスが言う。
フランシスにしてみれば、何故かレイに酒が……それもちょっとやそっとのことでは購入出来ないような高級酒が集まるのが、納得出来ないのだろう。
「何でと言われても……そうだな。物欲センサーって知ってるか?」
「何よ、それ」
「何かを欲しい欲しい欲しい欲しいと思っていると、それを入手出来なくなるということだ」
「何よ、それ。そんなの聞いたことないわよ。……とはいえ、何となく思い当たることがあるような、ないような……」
物欲センサーというレイの言葉には聞き覚えがなかったものの、冒険者をしていた時もそうだが今もまた、何かを欲しいと思ってもそれを入手出来ないといった経験があったらしい。
「そういう……何て言えばいいんだろうな。運命? とにかくそういうのがあるから、フランシスが酒を欲しても、そう簡単に入手できる訳ではないってことだ」
レイの言葉に、フランシスは納得出来ないといった様子を見せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます