4058話
ハルバードを見ていたレイに、男が口にした、レイがそのハルバードを買わないかという提案。
レイは十秒程考えたところで、首を横に振る。
「止めておくよ。そもそもこのハルバードが幾ら良い武器だとしても、俺がこれを買っても使うようなことはないだろうし」
ハルバードは質の良い武器なのは間違いない。
ダンジョンの宝箱で出た武器だという話だったが、かなりの当たりだろう。
それはレイも認める。認めるが……だからといって、レイにしてみればこの武器を使う理由がない。
ハルバードは良い武器だ。だが、レイが使っているデスサイズは勿論、黄昏の槍と比べてしまえば、明らかに劣る。
であれば、ハルバードをわざわざ使う必要がない。
あるいはこれで槍なら、もしかしたら投擲用であったり、もしくは戦闘訓練をやる時に黄昏の槍の代わりに使ったりといったこともあったかもしれないが、ハルバードだとそれが出来ない。
つまり、どんなに良い武器であっても、レイがそれを使う機会はない。
……いや、無理矢理作ればあるかもしれないが、レイとしてもさすがにそこまでやろうとは思えなかった。
つまり、レイがこのハルバードを購入する必要はどこにもない。
もしレイが、マジックアイテムではなく、武器を集める趣味を持っていたらこのハルバードを購入したかもしれないが、レイにそのような趣味はない。
「長柄の武器ということでちょっと興味はあるが、デスサイズと黄昏の槍があるから、それを使うのを止めてまで、ハルバードを使ったりはしないと思う。ハルバードは色々と使い勝手の良い武器だというのは知ってたけどな」
ハルバードは斧槍とも称されることがあるように、斧や槍といった武器の特性も持つ。
そういう意味ではレイ好みの武器でもあるのだが、それでもデスサイズや黄昏の槍を使うのを止めてまで、ハルバードを使おうとは思わない。
「そんな訳で、使う予定がない俺がこういう良い武器を購入しても、宝の持ち腐れにしかならない。なら、きちんとこの武器を使う者が購入するのが最善だろう?」
「……まぁ、そりゃそうなんだがな。実際にそんな良い武器が売れ残ってるのも事実なんだよ」
「その辺は、気長に待てとしか言えないな」
レイの言葉に、男は微妙な表情を浮かべる。
男にしてみれば、ハルバードが良い武器なのは間違いないものの、それがいつまでも店にあるのは困るのだ。
ハルバードは長柄の武器らしく、場所を取るというのも大きい。
これがもし短剣の類であれば、場所も殆ど取らないので、問題はなかっただろう。
だが、ハルバードである以上、場所を取るのはどうしようもない。
「もしかしたら、この武器を持った誰かがダンジョンで何らかの偉業を達成するかもしれないぞ?」
「……それを信じろと?」
レイの言葉に、男は微妙な表情を浮かべつつ、そう言う。
もっとも、レイもまたこの件については自分の言葉が正しいとは思っていない。
それこそ、そうなればいいなといった程度のものでしかない。
そうである以上、男の言葉にレイが自信をもって頷くことは出来なかった。
「さぁ、その辺は人それぞれだろ。俺はそうなるかもしれないと思っただけだが、お前がそうなると信じれば、それが力になって実際にそういうことになってもおかしくはないと思う」
「何だよ、それは」
呆れたように言う男だったが、何故かその口調にはそこまで怒りや不満はない。
レイが言うのならそうかもしれないなと、そんな風にすら思っているようだった。
そしてこれ以上レイとのやり取りをするよりも、レイが売るという武器の品質を調べる作業に戻る。
レイはそんな男の姿を見ると、再び店の中の見学を始める。
とはいえ、先程のハルバードのようにレイの目を惹くような武器は他にはなく……
「大体見終わったな」
元々がそこまで広い店という訳ではない。
それなりに多数の武器が置かれてはいるが、それでも限度がある。
その為、レイとしてはハルバード以外に特に何かを見つけるようなことはなく、店に置かれている武器は大体見終わった。
勿論、店にある武器の全てを完全に見たという訳ではなく、展示されている商品をざっと見たといった程度でしかない。
もしどこかに何らかの武器が隠されていたりした場合は、それは見逃しているだろう。
それでもある程度満足したところで……
「レイ、こっちの作業は終わったぞ」
丁度そのタイミングで男が武器の鑑定を終わり、そうレイに声を掛けてくる。
「タイミングがいいな。……それで、どんな感じだ?」
「正直なところ、かなりの上物だな。うちで扱う武器としては最高の武器……とまではいかないが、最高峰の武器なのは間違いない。レイがこの武器を売って冒険者を強くするって話してたが、下手な奴にこの武器を売ると、それこそ武器に振り回されるか。武器を使えても武器の力を自分の力と思うかもしれないぞ?」
「それはちょっと困るな。……けど、だからこそこの武器はこの店に置いてお前が相応しいと思う相手に売って欲しい」
レイの言葉に、男は難しそうな表情を浮かべながら口を開く。
「そう言われてもな、どういう奴がこの武器を売ってもいい相手なのかは、俺にもちょっと分からないぞ? 俺に任せたら、それこそ妙な相手に売るということになるかもしれないし」
「そうなったらそうなったでも構わないよ。お前に売る相手は任せると言ったけど、それも絶対って訳じゃない。この武器は今は強力かもしれないが、ダンジョンの攻略が進めばいずれはそれなりに強力な武器といったくらいになるだろうし」
現状において、十八階で入手した武器となると、非常に強力なのは間違いないだろう。
だが、今よりもダンジョンの攻略が進めば、十八階よりも深い階層で行動する者が今よりも増えるといった可能性は十分にあった。
そうなると、十八階で入手出来る武器や防具は標準的な装備になるといった可能性も十分にある。
……それどころか、より下の階層が冒険者にとっての平均的な到達階層となる可能性もあり、そうなればより深い階層の武器が普通に使われてもおかしくはない。
もっとも、これはあくまでもレイの希望的な予想でしかない。
それもちょっとやそっとの希望ではなく、最大限に甘く見積もっても、まだ厳しい。そんな意味で希望的な予想だったが。
「つまり、この武器は俺が好きに売ってもいいのか?」
「それで構わない。ただ、現時点においてかなり強力な武器なのは間違いないから、悪人……冒険者狩りや初心者狩りをするような奴には売らないで欲しいけどな」
「当然だ! 誰がそんな冒険者の恥晒しに武器を売るかってんだ」
武器屋に限らず、商売をしている者の中には金を積まれれば、どんな相手かは気にしないで商品を売るという者もいる。
だが、この武器屋はどうやら違うらしいと知り、レイは頷く。
「そうか。なら、問題ない」
もしそのような武器屋であったのなら、もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、武器を売るのを止めていたかもしれない。
そのようなことがなかったので、レイにとっては悪くない結果だった。
「ふん」
レイが満足そうな様子を見せているのとは裏腹に、男は微妙に不機嫌そうな様子で鼻を鳴らす。
レイから見て、自分が金さえ貰えば誰にでも武器を売るように見えていたのが、それだけ面白くなかったのだろう。
「今のやり取りで、お前になら安心して武器を預けても問題ないと判断した」
「……ふん」
数秒前と同じように鼻を鳴らす男だったが、そこには数秒前とは違って嬉しそうな色がある。
そんな男を見ていたレイだったが、男はすぐにレイが自分を見ていることに気が付き……
「取りあえず武器についてはもうすぐ調べ終わるから、待っててくれ」
自分が照れたのを誤魔化すように、そう言う。
レイはそんな男の様子に気が付いてはいたものの、このまま見続けていると男を不愉快にさせてしまいそうだったので、男から視線を逸らし、改めて店の中を見る。
既に大体は見て回ったので、もう特にレイの目を惹くような何かはない。
だが……それでも、取りあえず暇潰しにと周囲の様子を眺めていたレイだったが……それから十分も経たないうちに、男がレイを呼ぶ。
「レイ、武器の査定が終わったから来てくれ」
その言葉に、レイはカウンターの前に向かう。
「それで、どうだった?」
「どれもマジックアイテムなのは間違いなかった。そういう意味では、この武器は掘り出し物だな。ただ……大剣はともかく、槍は柄が長すぎてダンジョンの中では使いにくいし、鎚も重量を考えるとその辺の奴が普通に装備出来る物じゃない」
「つまり、普通に扱えるのは大剣だけってことか?」
「そうなるな。とはいえ、鎚程じゃないが、この大剣も相応の重量があるのは間違いない。体力のない冒険者だと、とてもじゃないがこの大剣を自由に持ち運ぶことは出来ないだろうな。それこそ大剣を持ち歩くだけで体力を消耗してしまう」
「そういう冒険者は、大剣を持っていようがいまいが、どのみち早死にすると思うけどな」
それはレイが今まで冒険者として活動してきた上での感想だった。
冒険者というのは、体力が非常に重要だ。
少し歩いたくらいで体力がなくなるような者は、冒険者としてやっていくのは非常に難しいだろう。
体力のなさを上回る、何らかの特技でもあれば話は別だが。
例えば体力はないが、非常に強力な魔法を何度か使うことが出来るのなら、その人物は冒険者として重宝されるだろう。
ただし、当然ながらそのような何かを持っている者というのはそう多い訳ではないのだが。
「だろうな。俺もレイの意見には賛成するよ」
男もレイの言葉に同意する。
自分が武器を売った相手が、体力がなくてダンジョンで死んだというのは、男も聞きたくはない。
基本的に体力というのは、よほどの例外もない限り、鍛えればそれだけ多くなる。
そういう意味でも、冒険者で体力がない者というのは、訓練を嫌うような者と男には思える。
……その見事な筋肉を持っていることからも分かるように、男は毎日のように鍛えていた。
それこそ、その辺の冒険者よりも、余程。
武器屋をやる上で、実際にその武器を使ってみる必要があることも珍しくはない。
それこそ武器を振るうことによって、その武器の重心であったり、ちょっとした癖であったりを把握することも武器屋として大事だろうというのが、男の信念でもあった。
「何度も言うようだが、どういう奴に武器を売るのかというのは、お前が決めてくれればいい。お前がこの武器を扱うのに早いと思ったら売らなくてもいいし、今は無理でも素質があると判断したのなら売ってもいい。ただ、何度も言うようで悪いけど……」
「分かっている。冒険者狩りや初心者狩りをするような連中には売るなって言うんだろ? こっちもそのつもりだから、安心しろ」
「分かった。なら、俺からはこれ以上何も言わない。……追加の武器だ」
そう言い、レイは大剣と槍の追加分を出す。
査定をして貰っていたのは、あくまでも大剣、槍、鎚がそれぞれ一個ずつだ。
ミスティリングの中には、大剣と槍はまだある。
……鎚を持ったリビングメイルは、一匹しか遭遇しなかったが。
「あー……うん。取りあえずレイの持ってきた武器だし、武器の質については同じだと思ってもいいのか?」
「リビングメイルが使っていた武器だから、多分同じだと思う」
「分かった。なら、簡単に調べさせて貰うよ」
そう言い、男は追加された大剣と槍を調べる。
簡単にと言ったように、実際に調べる時間は最初に比べると圧倒的に短かった。
それこそ五分も掛からずに査定を終える。
「それで?」
「問題ない、最初に渡された武器と同じ値段で買い取る。……けど、本当に高額じゃなくていいんだな? もし高く売る気なら、この武器はどれも結構な値段で買い取ることになるんだが」
「構わない。あくまでもこれはダンジョンに挑戦する冒険者達を少しでも強くする為のものだしな」
レイの言葉に、男は呆れつつ……それでいながら、感心した様子でレイを見る。
「分かった。レイが言うなら、その言葉に甘えさせて貰おう、……じゃあ、ちょっと待っててくれ。金を持ってくる。幾ら安く売ってくれるとはいえ、それでもマジックアイテムとなると、相応の金額になるしな」
そう言い、男は店の奥に向かう。
……レイだけをその場に残して。
「いや、防犯意識的にそれはどうなんだ?」
そんな風に言いつつ、それでもレイは男が戻ってくるのを黙って待つのだった。
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