4057話

「さて、それで親っさんから俺の店を紹介されたって話だったな。十八階の武器だって?」

「ああ。十八階で倒したリビングメイルが持っていた武器だ。武器の質そのものも悪くはないし、簡単なマジックアイテムになっている」


 レイの言葉に、男の表情は驚きに変わる。


「マジックアイテムだと? それはつまり、魔剣とかか?」

「そうだな。魔剣……正確には大剣の魔剣と、魔槍、あとは鎚。……この場合は魔鎚とでも呼べばいいのか?」

「……魔鎚ってのは、ちょっと慣れないな。まぁ、その件は後で話すとして、その武器を見せてくれ。どこにある?」

「これだよ」


 そう言い、レイはミスティリングから大剣と槍、鎚をそれぞれ一つずつ取り出す。

「……ああ、なるほど。親っさんが俺の店を紹介したってことで問題はないと思っていたが……あんたが深紅のレイか」

「気が付いてなかったのか?」

「そう言えば、離れた場所にグリフォンがいたような。まぁ、いい。とにかく今はこの武器だな。もっとしっかりと見せてくれ」

「ああ、いいぞ。売る為にここに来たんだし、思う存分見てくれ。そして妥当な値段で買い取ってくれると助かる」

「……妥当な値段?」


 まずは見やすい物からということで槍に手を伸ばそうと思った男だったが、レイの言葉にその手を止め、レイに視線を向け、口を開く。


「珍しいな。こういう時は普通、出来るだけ高く買い取ってくれといったように言うんだがな」

「別に金には困ってないし」

「……まぁ、深紅のレイなら、確かに金に困ったりはしてないんだろうな。なら、何でこれを売ろう何て思ったんだ? マジックアイテム云々を抜きにしても、どの武器もかなりの品質だぞ?」

「俺が持っていても意味がないしな。俺の噂を知ってるのなら、俺がどういう武器を使ってるのかは分かるだろう?」


 そう言うと、男はすぐに納得した。

 レイがデスサイズという大鎌を使っているのは、噂で知っている。

 また、レイがガンダルシアに来たことによって、大鎌だけではなく黄昏の槍という武器を使っていることについても十分以上に知られていた。

 その為、レイが出した三種類の武器をいらないと言っても、その言葉には十分に納得出来た。


「なるほど、話は分かった。けど、それなら別にこのまま持っていてもいいんじゃないか? 噂が本当なら……というか、目の前で見せて貰ったが、アイテムボックスがあるんだろう?」


 レイが持っているアイテムボックスは、制限のある簡易版ではない。

 なら、わざわざこうして売る必要があるとは男には思えなかった。

 いつか……それが本当にいつになるのかは男にも分からないが、とにかくこれらの武器が必要になる可能性は十分にある。

 であれば、その時の為に売らずに持っておいてもいいのではないかと、そう思ったのだ。

 しかし、レイはそんな男の言葉に対し、首を横に振る。


「俺がこれを持っていても、多分使うようなことはない。それに……この店でこの武器を売れば、ガンダルシアで冒険者をやってる連中が買えるだろう? それを使いこなせるかどうかは、別として」

「……いいのか、それ? いやまぁ、ガンダルシアの冒険者としては間違いなく助かるけどよ」

「問題ない。さっきも言ったように金には困ってないし、これについては売れてガンダルシアの冒険者が少しでも強くなってくれれば、こっちとしては何の問題もないんだしな。だから、高値で買い取ってくれとは言わない。けど、その分売る時も安くして欲しい。ただ、明らかに実力が足りない、この武器を使いこなせそうにないような相手には売らないで欲しいとは思うけど」


 レイが持ってきたのは、大剣、柄が通常の二倍はある槍、そして鎚だ。

 どれもすぐに使いこなせるような武器ではない。

 だからこそ、この武器を使うとなると相応の実力が必要になる。

 例えば、冒険者育成校に入学したばかりの者がこれらの武器を購入しても、武器を使いこなすことは出来ず、武器に振り回されるだけだろう。

 その場合、強力な武器を持っていても武器に振り回され、それが理由でダンジョンで死ぬということになってもおかしくはない。

 冒険者育成校の教官は、レイにとってはあくまでも臨時の仕事でしかない。

 それは間違いなかったが、だからといって自分の売った武器によって生徒達が死ぬという未来は可能な限り避けたかった。

 そう説明するレイの言葉に、男はなるほどと頷く。

 レイの気持ちは、男にも分かる。

 ……いや、あくまでも臨時の教官でしかないレイと違い、男はこの地でそれなりに長い間、商売をしてきたのだ。

 それだけ、ガンダルシアにいる冒険者に対する思いは強い。


「分かった、それでいい。……ただ、条件というか、頼みが一つある」

「何だ?」

「レイの武器……デスサイズを見せて欲しい。武器屋として、レイの持つ武器には興味があったんだ」


 男の言葉に、以前も似たようなことがあったような? と思ったレイだったが、デスサイズを見せるのはレイにとって避けたい訳ではない。


「それは構わないぞ。ただ、デスサイズは俺が持ってないとかなりの重量になるから、俺が持ったまま見せる形になるけど」

「……そうなのか?」

「ああ。俺が売ろうとしている武器と同じく、デスサイズもマジックアイテムだからな。それもその辺のマジックアイテムじゃない。アーティファクト級と言ってもいいかもしれないな」

「……アーティファクト級……? 本当なのか、それは」

「ああ、間違いなく本当だ。それだけ強力なマジックアイテムだから、見るのには十分に注意してくれ」


 そう言い、レイはデスサイズを取り出す。

 このデスサイズは、魔獣術によってレイが作った……いや、生みだした物だ。

 その特性として、セトのように魔石を消費することによってスキルを習得したり、強化したり出来る。

 つまり、デスサイズを持っているだけで多種多様なスキルを使えるのだ。

 そういう意味では、レイが口にしたアーティファクト級というのは決して大袈裟なことではない。

 勿論、その辺りについて説明をする気はレイには一切なかったが。


「これが……デスサイズ、か。なるほど、見ているだけで身震いする程の何かを感じるな。……とはいえ、レイは特に重そうな様子がないけど、本当にこれは重いのか?」

「ああ。……持ってみるか?」


 これが普通の相手なら、レイもこんなことは口にしなかっただろう。

 例えば防具屋の店員……息子の方にであれば、絶対にそんなことは言わなかった。

 もしデスサイズを持たせたら、潰れてしまうのが半ば確定していたのだから。

 それに対して、レイの目の前でじっとデスサイズを見ている男は、筋骨隆々で髭が長いのもあって、大きくなったドワーフといった印象だ。

 そんな男なら、デスサイズを自由自在に振り回すことは無理でも、手にしてしっかりと見るくらいのことは出来るのではないかと思ったのだが……


「いや、止めておく」


 レイにとっては予想外なことに、男はそう言い、レイの提案を断る。


「いいのか?」


 男の言葉に意外な思いを抱きながら、レイがそう尋ねる。

 だが、男はレイの言葉に当然といった様子で頷く。


「この武器……デスサイズだったか。これを見る限り、俺が気軽に持つようなことは出来そうにない」

「そうか? いやまぁ、お前がそう言うのなら、それはそれで構わないけど」


 レイとしても、別にどうしても男にデスサイズを持たせたいと思った訳ではない。

 男が持たなくてもいいと言うのなら、無理に持たせたいとは思わなかった。


「ああ。……自分で持たなくても、こうして見ただけで凄い……それこそ、俺の手には負えないようなマジックアイテムだというのは分かる。俺もガンダルシアでそれなりに長い間冒険者として活動してきた。そんな俺の目から見ても、このデスサイズはとんでもないマジックアイテムなのだろうとは思う」


 見る目があるな。

 男の説明に、レイはそのように思う。

 とはいえ、デスサイズを使っているレイであっても、デスサイズがとんでもない性能を持つマジックアイテムなのは十分に理解している。

 だからこそ、男の言葉にレイも納得出来たのだ。


「そうか。なら、もうミスティリングに収納するけど、構わないか?」

「ああ」


 レイの言葉に頷く男だったが、その表情には残念そうな色がある。

 自分にはまだ早いといったように口にはしたが、それでもデスサイズという武器はもっと見たいと思ってしまうのだろう。

 レイも男の様子から何となくその辺りについては理解出来たが、だからといっていつまでも出している訳にはいかない。

 デスサイズをミスティリングに収納する。


「ああ……」


 多量の筋肉を持つ男の口から出たとは思えない程の、弱々しい声。

 その声にレイは微妙な表情になるものの、その件については気にしないことにする。


「デスサイズの件はこれでいいとして、そっちの武器の件を頼む」

「分かった」


 まだ残念そうではあったが、それでも男は自分の仕事については理解しているのか、レイが売るという武器を改めて調べ始める。

 そうなると、レイは特にやるべきことはなくなってしまう。

 暇潰しに店の中を見て回ると、防具屋で紹介されただけあって質の良い武器が幾つも置かれていた。

 レイが持っているデスサイズや黄昏の槍とは比べものにならないものの、それでも普通にダンジョンで使うには問題ないような、そんな武器が多数並んでいた。


(やっぱり多いのは長剣と槍か。……まぁ、使いやすさを考えれば当然だけどな。それに長剣は、武器と言われて真っ先に思い浮かぶ者も多い武器だし)


 つまり、それだけ長剣というのは武器の代名詞になっていることを意味していた。

 勿論、レイにとってもそれに違いはない。


(もし俺の魔獣術で、デスサイズじゃなくて長剣……魔剣とかが生み出されていたら、どうなっていただろうな)


 店の中を見つつ、レイはふとそんなことを思う。

 長剣は非常に一般的な武器だ。

 だからこそ、大鎌のデスサイズと比べると扱いやすい武器なのは間違いない。

 とはいえ……それはつまり、一般的な武器であるが故に、戦う方にとっても戦い慣れた武器ということになる。

 そんな長剣と比べると、デスサイズは大鎌という非常にマイナーな武器だ。

 扱いに慣れるのにレイは少し苦労したが、レイと戦う方にしてみれば、初めて戦う武器なのは間違いなかった。

 そういう意味では、デスサイズというのは決して悪い武器ではなかったのだろう。

 戦闘スタイルを独自に作らないといけないのは、レイにとってもそれなり以上に厄介なことではあったのだが。


(けど、デスサイズを使っていたお陰で黄昏の槍も使うようになって、それでデスサイズと黄昏の槍なんていう、普通だととても考えられない戦闘スタイルになったんだから、それは悪くないよな)


 デスサイズだけでも厄介なのに、それにプラスして黄昏の槍を使うのだから、戦う方にしてみれば初見殺しどころの話ではないだろう。

 ましてや、レイの場合はそれにプラスして魔法……それこそ無詠唱魔法も使えるのだから。


(うん、やっぱりデスサイズで良かったんだろうな。……というか、魔獣術の性質上、俺と相性が良いからデスサイズが出たんだろうし)


 そうして店の中を見て回るレイ。

 すると、ふと気になる物があった。


「これは……結構良い武器じゃないか?」


 飾られているハルバードを見て、呟くレイ。

 レイも冒険者として活動している以上、武器を見る目はそれなりにある。

 勿論本職の武器屋には敵わないが、視線の先にあるのはレイから見てもかなり良い武器であろう、ハルバード。

 そんなレイの声が聞こえたのか、レイの出した武器を確認していた男がレイの方を見て、納得した表情を浮かべる。


「ああ、そのハルバードか。それはダンジョンの宝箱から出た武器だな。……レイが言うように良い武器なのは間違いないんだが、不思議なことに売れないんだよな」

「……売れないのか? これが?」


 もしレイがハルバードを使っていたのなら、恐らく……いや、間違いなく購入するだろう。

 なのに、そんなハルバードが売れ残っているという事実に、レイは素直に驚く。

 男はレイのそんな様子に、分かってくれるかといったように頷く。


「そうなんだよな。何でか売れない。……まぁ、待っていればそのうち売れるだろうとは思うんだが、それでも売れなかったりするのが、こういう時によくあることなんだよな」


 そこまで言った男は、ふと思いついたようにレイを見て口を開く。


「どうだ? いっそ、レイがそのハルバードを買ってみないか?


 そう、男はレイに言うのだった。

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