4056話

今日は連休なので、2話同時更新です。

直接こちらに飛んできた人は、前話からどうぞ。


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「この金額でどうだ?」

「……いいのか?」


 鎧を調べていた息子が提示してきた金額は、レイの予想よりもかなり高額だった。

 具体的には、予想していた金額の倍……とはいかないが、六割から七割程は高い。

 息子の性格からして、この鎧は安く買い叩こうとしてくるだろうと、そうレイは思っていた。

 だが、そんなレイの予想とは裏腹に、出してきた金額がかなり高額だったのだから、それを見たレイが驚くなという方が無理だろう。


「構わない。この値段で買っても、この鎧なら結構な金額で売れるのは間違いないしな」


 自信満々にそう言う息子。

 買い取った鎧をどうするのか……それはレイにも分からなかったが、こうして利益が出ると確信して言ってるのだから、相応に自信があるのだろう。

 であれば、レイがここでわざわざどうするのかとしつこく聞く必要はない。


「分かった。なら、その値段でいい。……それで、武器はどうすればいい?」


 前者は息子に、後者は父親に声を掛けるレイ。

 息子はレイの言葉に金を取りに行き、父親は少し考えてから口を開く。


「この店から五軒隣に武器屋がある。そこでなら買い取ってくれるだろう」

「分かった。なら、そっちの店に行かせて貰うよ。勿論、値段によっては売らないだろうけど」

「その辺は好きにしろ。お前が考えることだ」

「ちなみに、この店で武器は扱わないのか?」

「防具屋だぞ」


 短く反論してくるが、そう言う父親の表情には少しだけ残念そうな色がある。

 防具屋であるのは間違いないが、レイが持ってきた武器にもそれなりに興味はあるのだろう。

 とはいえ、それでもこの店は防具屋である以上、武器は扱わないというポリシーが父親にはあった。

 レイにしてみれば、そんなポリシーに意味はあるのか? と思わないでもなかったが、その辺についてはあくまでも個人の考えなので、それを否定も出来ない。

 レイのやっていることでも、他人から見ればそれに何の意味があるんだ? と言いたくなるようなことがあってもおかしくはないのだから。


「ほら、金額を確認してくれ。……親父もその辺にして、仕事に戻ってくれよ」


 レイが父親と話していると、息子が戻ってきて鎧の売却代金をレイに渡す。

 その金額は先程息子が口にしていたものと同じで、誤魔化しの類はない。

 レイにしてみれば、少し……本当に少しだけだが、意外だった。

 息子の性格からすると、幾らか金額を誤魔化すといったようなことをしてもおかしくはないと思っていたのだから。

 もっとも、父親の前でそのようなことをすれば、鍛冶師として鍛えられた力で殴られる可能性が高いから、そのようなことはしなかった……というのが正しいのかもしれないが。


「間違いない」

「毎度あり」


 そうして短く言葉を交わすと、父親が奥の鍛冶場に向かうのを見送り、レイは店から出ようとする。


「また鎧を見つけたら、持ってきてくれ。今日と同じ値段……はちょっと難しいかもしれないが、喜んで買い取らせて貰うから」


 後ろから聞こえてきた声に軽く手を振り、店を出ると……


「グルルルルゥ」

「あははは、セトちゃん可愛い」


 店の外に出ると、そこでは何人かがセトを愛でていた。

 ギルドの前であればそこまで珍しい光景でもないのだが、それ以外の場所でとなると、少し珍しい。

 横になり、撫でられていたセトは、店から出てきたレイの姿に気が付くと、立ち上がる。


「グルルルゥ」


 遊んでくれていた者達にありがとうと喉を鳴らすと、レイの方に近付いてくる。


「グルルゥ?」


 鎧は売ったの? と喉を鳴らすセトに、レイはその通りだと頷く。


「ああ。予想していたよりもいい値段で売れた」

「グルゥ」


 よかったねと喉を鳴らすセトだったが、セトを愛でていた者達は今のレイの言葉……いい値段で売れたという言葉に驚く。

 この店は優良店として有名な店ではあるが、同時に店応対をする店員は安く買い叩こうとすることでも知られている。

 そんな相手にいい値段で売れたというのだから、驚くのは当然だった。


「えっと、その……レイさん、本当にいい値段で売れたんですか?」


 セトを可愛がっていた者の一人……二十代の女が、恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。

 レイにしてみれば、何故そのようなことを聞かれるのか分からない……訳ではない。

 息子の性格や、そのやり取りを思えばこういう風に言われてもおかしくはないだろうと、そう思えた。

 とはいえ、それでも実際にレイが予想したよりも高値で鎧を買い取ってくれたのは事実。

 それが実は態度とは裏腹に商売に関してはしっかりと考えているのか、それとも父親がいたからか。

 その辺りはレイにも分からなかったが、それでもレイにとって悪くない結果だったのは間違いない。


「ああ、俺が予想していたよりも高値で売れたのは間違いない」

「……そう、ですか」


 レイの言葉に、女は納得出来ないといった様子を見せつつも、実際にそうして売れたのなら、それに対して何も言うことは出来ない。

 そんな女の様子を一瞥してから、レイはセトに声を掛ける。


「それで、セト。悪いけど武器屋にも寄ることになった。この店の五軒隣ということだから、すぐ近くだけど……どうする? もう少しここで遊んでいるか?」

「グルゥ……グルルルルゥ!」


 レイの言葉に少し迷った様子を見せたセトだったが、五軒隣ということはすぐ近くなので、わざわざその店の近くまでいかなくても、ここでもう少し自分を可愛がってくれる相手と遊んでいると、喉を鳴らす。


「分かった。じゃあ、俺はちょっと武器屋に行ってくるから、セトはここで待っていてくれ。……悪いけど、もう少しセトの相手を頼む」

「え? あ、はい。それは全く問題はないですけど」


 レイに声を掛けてきた女は、セトを頼むと言われて慌てたように言う。

 女にしてみれば、もう少しセトと一緒に遊べるのだ。

 願ってもないことであり、レイからの頼みを断るつもりは全くない。


「そうか。じゃあ、頼んだ。セトももう少し待っていてくれ」


 そう声を掛け、レイは武器屋に向かって歩き出す。

 そうして防具屋から五軒隣の店までやって来ると、足を止める。


「ここか」


 店構えそのものは、特にどうということはない普通の店だ。

 そんな店ではあるが、それでも防具屋から教えて貰った店である以上、悪い店ではない筈だった。

 店の中に入ろうとしたレイだったが、不意に足を止める。

 すると次の瞬間、扉を破壊するようにして、何かが吹き飛んできた。

 それが何なのかは、レイにはすぐに理解出来た。

 レイの目の良さがあれば、それを見逃すようなことは有り得ない。

 それは……人だった。

 そして吹き飛んだ男を追うように再び扉を突き破るように、店の中から誰かが出て来る。


「ぶち殺してやる!」


 ぶっそうなことを叫ぶ男。

 その男の手には、金属の棒が握られている。

 それだけに、ぶち殺すという言葉も決して冗談だとは思えない。

 どうするか。

 一瞬迷ったレイだったが、ここで放っておくと吹き飛んだ男が本当に殺されかねない。

 ……見ず知らずの相手なのだから、そのような相手をレイが助ける必要はない。

 だが、このまま放っておいて本当に殺してしまった場合、警備兵が来たりしてレイが武器を売ることは出来なくなる。

 別にレイとしては絶対にこの店で売らなければならないという訳ではない。

 訳ではないが、先程の店で紹介して貰った以上は面倒なことになるのを止めた方がいいだろうと判断し、前に出る。


「その辺にしておけ」

「ああっ! てめえもこいつの仲間か!? だったら、てめえも……」

「落ち着け。俺はそいつの仲間じゃないあそこの防具屋から紹介された、武器を売りに来ただけだ」

「……お。おお。……ちっ、そういうことかよ」


 レイの言葉に男は何かを言いたそうにしていたものの、やがて落ち着いたのか、急速に落ち着いていく。


「それで? こいつは何をしたんだ?」


 男……背そのものはレイより少し高い程度だが、その身体は密度の高い筋肉で覆われている。

 胸元まで髭があるのもあってか、大きくなったドワーフといった印象を受ける男だった。


「うちの武器にイチャモンを付けてきたんだよ」

「……イチャモン?」

「ああ。自分の使い方が悪かったってのに、それを武器のせいにして弁償しろと言ってきやがったんだ」


 そう言うと、男は地面に倒れて気絶している男を忌々しげに睨み付け、再び口を開く。


「俺の武器は別に伝説の武器だとか、あるいは一流の冒険者が満足に使えるような武器じゃないのは間違いねえ。だが……だからといって、五階で行動している冒険者が不良品だと言うような武器じゃねえのも事実だ」

「五階ということは、オークのいる森か。……そうなると、武器を使う時に周囲に生えている木々にぶつけたとか、そういうことだったりするのかもしれないな」

「お、分かってるじゃねえか。……まぁ、親っさんの店から紹介されたってんなら、そのくらいは予想出来て当然だろうが」


 男の言う親っさんというのは、恐らく防具屋の父親の方だろうと予想しつつ、レイは口を開く。


「事情は分かったが、それでもこれ以上はやりすぎだ。これで本当に殺してしまったら、お前が警備兵に捕まることになるかもしれないぞ?」

「ぐ……それは……」


 レイの言葉に、男は反論出来ない。

 冷静になって今の状況を見れば、レイが言うようなことになってもおかしくはないのだから。

 ましてや、筋肉で覆われた身体を持つ男が金属の棒を持っているのだから、見た目だけなら間違いなくこの男の方が凶悪犯に見えるだろう。

 ……もっとも、気絶している男も決して善良な顔という訳ではなく、悪人顔という表現が相応しいものだったが。


「納得したのなら、店の中に戻ってくれないか? 俺はここにダンジョンの十八階で手に入れた武器を売りに来たんだ。その対応をしてくれると助かる」

「十八階!? ……分かった、中に入ってくれ」


 十八階の武器というのが効果的だったのか、男はすぐに態度を改める。

 ……もっとも店に入る前に、気絶している男を睨み付け……


「てめえは俺の店に出入り禁止だ」


 吐き捨てるように、そう言うのだった。






「おう、入ってくれ。親っさんからの紹介とあっちゃ、話を聞かねえ訳にはいかねえしな」

「そうさせて貰うよ。……とはいえ、まずは掃除した方がいいんじゃないか?」


 店の中に入ったレイだったが、店の中はかなり散らかっている。

 床には商品と思しき武器や、武器を飾っている木の棚の破片が落ちており、足の踏み場もない……とまではいかないが、それでかなり散らかっているのは間違いなかった。


「あー……悪いな。さっきの馬鹿との一件で」

「まぁ、ここはお前の店だし、それをどうするのかってのは、別に俺が考えることじゃないから、その件で特に責めたりとかはするつもりはないけど。……ただ、店に客が来た時、これだと面倒じゃないか?」


 言外に自分もそう思っていると告げると、男はレイの言葉を理解したのだろう。

 頭を掻きながら、口を開く。


「ちょっと待っててくれ。大雑把にだが片付けるから」


 そう言い、男は床に散らばっている武器をカウンターや近くの棚の上に置き、壊れた木の棚は一纏めにして店の隅に運ぶ。

 それはいいのか? と思ったレイだったが、男の様子を見る限り、木の棚の残骸を店の隅に運ぶ動きは慣れている。

 それはつまり、この行動はいつもやってることなのだろうというのは、見れば分かった。


(そういう意味では、さっきの防具屋の方が綺麗に掃除されていて、清潔感があったよな)


 防具屋で店員をしていた男は、セトと遊んでいた者達からの話では、決して冒険者から好まれているという訳ではないのだろう。

 だが、それでも店の掃除をきちんと行い、店舗内を清潔にしているというのは、レイから見ても褒められるべきことだった。

 ……これが日本であれば、商売をやっていて店を掃除しない、あるいは掃除をしてもゴミを店内の片隅に集めるだけともなれば、その店を利用する客は不愉快になるだろうが。


(あ、でも……ラーメン店とかで……古き良きラーメン店的な? そんな感じのラーメン店では、店が汚かったりするのも味があるとか、そういう風に評されることもあったな。……俺としてはあまり好んでそういう店を使いたいとは思わなかったけど)


 そんな風にレイが考えている間にも、男は店の中を片付けていく。

 少しくらい手伝った方がいいのか? と思ったレイだったが、この店に来たばかりのレイがそういうことをするのもどうかと考え、レイは店内の掃除については手を出さず、商品を見ながら時間を潰すのだった。

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