4055話

 レイが防具屋の中を見て待っていると、やがて店の奥から男が戻ってくる。

 男の側には男の父親にして、この店で売られている防具を作っている男……店員の男の父親がいる。


「鎧を持ってきたと聞いたが?」

「ああ、十八階に飾られていた鎧一つと、リビングメイルを綺麗に倒して入手した鎧が四つだな。……セトが倒す時にかなり酷く破壊した鎧も合わせれば、リビングメイルの鎧は五つになるが」

「見せてみろ」


 いかにも職人といった様子で、言葉短く言う男。

 レイはその言葉に頷くと、まずは十八階に飾られていた鎧を取り出す。


「これは十八階の通路に飾られていた鎧だ。十八階については知ってるか?」

「ああ、大体はな」


 そう言い、父親は鎧を確認していくが……


「まぁ、こんなものだろうな」


 数分もしないうちに調べていた鎧から離れ、そう言う。


「あまり良い鎧じゃなかったか?」

「まぁ、悪くはないといったところか。一応、実戦でも使える鎧だ。もっとも、この鎧は飾る為に作られた鎧だから、あまり過信は出来んだろうが」



 実際に十八階の通路に飾られていたのを思えば、その評価にはレイも納得するしかない。

 ……寧ろ実戦で使えるレベルであるという評価にレイは驚いたが。

 父親の性格を知っているだけに、てっきり飾りとしてはともかく、実際に使うのは無理だと言われるのではないかと、そう思っていたのだ。

 だが、実際にはある程度は使えるといった評価。


「そうか。……なら、次は本命だ」


 そう言い、レイは飾られていた鎧の横に、リビングメイルの鎧を一つだけ取り出す。


「お……これは……」


 息子の方が、レイがミスティリングから出した鎧を見て感嘆の声を上げる。


「リビングメイルって聞いてたから、そこまで期待はしてなかったんだが……これはまた。寧ろこっちの鎧の方が飾られていてもおかしくないんじゃないか?」


 鎧の各所に精緻な飾りが施されているその様子は、この鎧こそが飾られている方が相応しいのではないかという、息子の言葉に強い説得力を与えていた。

 だが、そんな息子の言葉に父親は呆れたように息を吐く。


「何だよ、親父」

「お前も防具屋をやってるのなら、しっかりと見ろ。この鎧は明らかに実戦で使う為に作られた物だ。……一体誰が作ったのかは分からんがな」


 父親の言葉に、息子は難しい表情を浮かべて鎧を確認する。


「……そうなのか?」

「はぁ。まぁ、もっと勉強が必要だな」


 そう言う父親の言葉に、息子は反論出来なくなる。


「それで、この鎧についてはどう思う?」


 レイの問いに、父親は鎧に触れてから口を開く。


「高い能力を持つ鎧なのは間違いない。ただ、これだけの鎧となると、使いこなすのは難しいだろう。それに詳細に調べてみないと分からんが、何らかの魔法も掛かっているようだし」

「ガンダルシアの冒険者だと使いこなすのが難しいと?」

「それなりに多くの者は使いこなせるだろう。とはいえ、これだけの鎧を売るとなると、かなりの金額になるぞ。甲殻で作られていた鎧のように、安く売るといったことはまず不可能だ。ましてや、マジックアイテムともなれば尚更にな」

「安く売るのは?」

「駄目だ」


 レイの思いつきに対し、父親は即座に否定する。


「これだけの鎧を安く売ろうとした場合、他の防具屋に不満を抱かれる。他にも、ガンダルシアに来ている商人が安く買い取って、それを他の場所に持っていって売るといったことをしかねない。それだと、レイの目的とは大きく違うだろう?」

「そうだな」


 レイがやりたいのは、ガンダルシアにいる冒険者の強化だ。

 だというのに、それを商人に買われて他の場所で売られるといったことになるのなら、レイにしてみれば本末転倒でしかない。

 また、高性能な鎧を安く売った場合、他の防具屋が不満を抱く。

 もしガンダルシアにある防具屋がこの店だけならそういうことも出来るだろうが、ガンダルシアにはこの店以外にも複数の防具屋がある以上、そのようなことは出来なかった。


「となると、普通に稼いでいる冒険者が買うような鎧ってことで売るのか」

「そうなるだろうな。どうする?」


 父親の言葉にレイは悩む。

 実際、この鎧はレイが持っていても意味がない。

 レイはドラゴンローブがあるので、鎧らしい鎧は必要ないのだから。

 ……いや、実際にはドラゴンローブの下に皮鎧か、あるいは金属の鎧でも全てではなくある程度の部分だけを装備するといったことをすれば、今よりも防御力が上がるのは間違いない。

 ただし、防御力が上がると引き換えに動きにくくなり、慣れるまでは戦いがやりにくくなるだろうが。

 レイとしては、そのような面倒を経験するくらいなら、今のままで全く問題はなかった。

 そもそもこれまで数え切れない程の戦いを繰り広げ、その中では強者と呼ぶに相応しい相手とも戦ってきたものの、それでも防具はドラゴンローブだけで問題はなかったのだ。

 ドラゴンローブの上からでも打撲を負ったりといったことはあったが、多少の怪我であればミスティリングにポーションが大量に……それこそ、数え切れないくらいにはいっていたりもするので、それを使えばすぐに回復出来る。


「分かった。売る。そっちで相応しい値段で他の冒険者に売ってくれ」

「よし、じゃあ俺の出番だな」


 レイの言葉に、息子が前に出る。


「親父はこの手の値付けが苦手だしな。防具を作る腕や見る目はあるんだが、それとこれとは話が別だ」

「……やってみろ」


 息子の言葉に、父親はそう言う。

 父親は自分が職人としては相応の技量を持っているものの、商人としては決して優秀ではないと理解していた。

 だからこそ、店については息子に任せることも多い。

 今回の一件も、そのような理由からの行動となる。

 父親の言葉に、息子は早速鎧を調べ始める。


「あ、レイ。他にもまだこれと同じ鎧があるって話だったよな? どうせならそれも出しておいてくれるか?」

「壊れた鎧はどうする?」

「……一応、そっちも頼む。それも見ておきたいし。それに……もしかしたら、セトが壊した鎧ということで欲しがる奴もいるかもしれないしな」


 いないだろう。

 そう言いたくなったレイだったが、セト好きの面々について考えると、必ずしもそう言えないことに気が付く。

 とはいえ、それでも本当に売れるのか? と思ってはいたが。

 ともあれ、レイとしては壊れた鎧など持っていても意味はない。

 せいぜいが何らかの時に鋳潰すか、もしくは火災旋風を使った時により威力を高める為に使うか。

 鋳潰すのなら、他にも色々と材料はある。火災旋風に使うにしても、それこそ石であっても十分に威力を発揮する。

 であれば、壊れた鎧についてはここで売ってしまってもいいだろうと判断する。


「分かった」


 レイはあっさりと頷くと、ミスティリングからセトが破壊した鎧を取り出す。


「うわ……ここまで鎧を破壊するのかよ。さすがグリフォンだな」


 防具屋とはいえ、商品の防具以外に空いている場所に次々と鎧を出したのだ。

 五つの鎧に、壊れた鎧が一つ。

 こうして六つもの鎧を出すと、当然ながら狭くなる。

 ……そんな狭苦しい中であっても、息子は器用に動いて鎧を調べていく。

 とはいえ、父親と違って鎧の質を詳細に分かる訳ではないので、息子が調べているのはどのくらいの値段で売るのかの為なのだが。

 普段ならそこまで熱心に見たりはしないのだが、今は父親がいるということもあってか、真剣に鎧の査定を行っていた。

 他にもレイの出した鎧が見るからに豪華な品だというのもあったのだろうが。

 これだけの鎧を売りに出せば、当然ながら相応の金額となる。

 また、店の格にも影響してくるだろう。

 これだけの鎧を、複数売りに出すとは……と。

 レイはそんな息子の様子を見ていたが、ふとこの鎧の持ち主……リビングメイルをそう呼称してもいいのかどうかは微妙だが、とにかくリビングメイルが持っていた武器についても思い浮かべる。


「なぁ、ちょっといいか?」

「……何だ?」


 息子が鎧に妙なことをしないか見ていた父親だったが、レイが声を掛けるとすぐに返事をする。

 息子の行動に取りあえず問題がないと判断したのか、それともお得意様のレイだからこそなのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、返事をしてくれたのならということで話を続ける。


「このリビングメイルが使っていた大剣と槍、鎚があるんだが、それはどうすればいいと思う? ちなみに鎧と同じく、どれもマジックアイテムだ」

「……うちは武器屋じゃねえ。防具屋だぞ」


 そう断言をする父親に、レイもだろうなと頷く。

 レイもこの店で武器を買い取って貰えるとは思っていない。

 ……あるいはこの店で武器を扱っているのなら、今日宝箱の中に入っていた鉄球を持ってきてもよかったかも? と思わないでもなかったが。


「別にこの店で買い取ってくれとは言わない。どこかお勧めの店を教えて欲しいと思っただけだ」


 最初、レイは鎧はともかく武器は猫店長の店に売ってもいいのでは? と思わないでもなかった。

 だが、武器はどれもマジックアイテムなのは間違いなかったが、そこまで強力な効果を持つ訳ではない。

 それこそ大剣は斬れ味を、槍は貫通力を、鎚は一撃の威力をそれぞれ少し上げる程度の効果しかないのだ。

 であれば、猫店長の店で買い取って貰えるかとなると……微妙なところだろう。

 その為、レイは本職である武器屋を父親から紹介して貰いたかった。

 マジックアイテムではなく、あくまでも武器として見れば、鎧と同様にそこそこの性能はある武器なのだから。

 もっとも、大剣は冒険者の中でも使っている者は少ない。

 大鎌のようなロマン武器……とまではいかないが、それでもダンジョンの中では使いにくい武器なのも間違いないのだ。

 ダンジョンの中を移動するとなると、草原、森、砂漠、墓場、崖……他にも色々な場所がある。

 そのような場所を、大剣のように重量のある武器を手にして移動するとなると、どうしても体力的に厳しくなる。

 だからこそ、一般的な冒険者にとって大剣はあまり好まれない。

 勿論、それはあくまでもあまりであって、それでも大剣は武器として使う場合は非常に強力なのも間違いないこともあり、大剣を使っている者もそれなりにいるが。

 また、槍も普通の槍ではなく柄の長さが一般的な槍の二倍もあるとなれば、使い慣れない限りは難しい。

 特に狭い場所を移動する際には、非常に邪魔になってしまう。

 もっとも槍の場合は大剣と違って最悪柄を切断して短くするといった手段もあるのだが。

 ただし、当然ながら魔槍の柄を切断するのだから、魔槍としての効果がなくなる可能性は十分にあった。

 そして、鎚。

 一撃の威力が強力なのは間違いないが、大剣よりも重量がある。

 また、大剣は刃全体が重くなっているので、持っていてもすぐに重いといったようなことは感じないが、鎚は敵に叩き付ける部位が金属の塊になっているので、持っただけですぐに重く感じられる。

 相応の力がなければ、ダンジョンで持ち歩くのは難しいだろう。

 そうした武器の性能を、レイは父親にする。


「ふむ……じゃあ、ちょっと大剣を見せてみろ。大剣ならそこまで場所を取らねえだろう」


 既に複数の鎧が出され、店の中はかなり狭くなっている。

 それでも大剣を出せという父親の言葉に、レイは少し考え、父親が出すように言ったのだから、ここで出しても構わないだろうと判断し、ミスティリングから大剣を……魔剣を取り出す。


「ほう」


 大剣を見た父親の口から、感嘆の声が漏れる。

 父親の専門は防具だ。

 だが、それでも武器について何の知識がない訳でもない。

 レイの説明に多少の興味を抱き……そしてこうして実際に見て、大剣がなかなかの物であることに気が付いたらしい。


「って、親父、何で武器なんか見てるんだよ!?」


 鎧を見ていた息子は、気が付けば父親が何故かこの店では取り扱っていない武器を見ているのに気が付き、不満そうに言う。

 だが、父親はそんな息子の言葉を聞き流し、大剣を見る。


「……はぁ」


 父親の様子に不満そうに息を吐く息子だったが、今この状況では父親に何を言っても意味がないと判断したのだろう。

 それ以上は何も言わず、再び鎧を見始める。


(親子だよな)


 二人の様子を見ながら、レイはそのように思う。

 とはいえ、実際にそれを口に出せば父親はともかく息子は反発するだろうと理解していたので、それに対して何かを言うようなことはなかったが。

 レイに出来るのは、鎧の鑑定が終わるまで店の中を見て時間を潰すだけだ。

 あるいは、ミスティリングに収納してある何かを出して暇潰しにするか。

 ともあれ、今のレイは待つことしか出来ないのだった。

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