4054話

今日は連休なので、2話同時更新です。

直接こちらに来た方は前話からどうぞ。


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「じゃあ、そういうことで」

「ああ、今回は助かった。また次に機会があったら頼む」

「マジックアイテムがまだ残っていたらですけどね。それに……こう言うのは何ですけど、今回の一件では総合的に見てマイナスですし。せめて、この鉄球が高額で売れるといいんですけど」


 そう言い、女が視線を向けたのはギルドから借りた荷車に載せられている鉄球だ。

 二個目の宝箱……十八階の宝箱という意味では一個目の宝箱に入っていた鉄球だ。

 この鉄球をどうするのかでは、レイと女の間で色々と交渉があったのだが……結局、女がこの鉄球を貰うことにした。

 最初は渋っていた女だったが、それでも鉄球を貰うことにした理由は、宝箱を開けるのを見ていた見物人の中にドワーフがいて、そのドワーフの目から見て、かなり高純度の鉄を使っていると太鼓判を押した為だ。

 武器として売れれば、それで良し。

 もし武器として売れなくても、鋳潰せば高純度の鉄として使えるというのがはっきりした為、相応の値段になるのは保証されたからというのが大きい。

 結果として、女は今回の依頼で受け取った報酬は、低品質のポーションが五本に高品質のポーションが一本、棘付きの鉄球が一つ、最後の宝箱から出て来た酒が何本かとなった。

 これらの価値が具体的にどのくらいあるのかは、レイにも分からない。

 だが、それでもそこそこの値段になるだろうことは間違いないだろう。

 ……ただし、女が言うように宝箱を開けるマジックアイテムの価値を考えれば、総合的に見ると赤字になるだろう。

 そういう意味では、今回の依頼は女にとって決して良いものではなかった。

 ……もっとも、だからといって悪いものだったのかと言われると、それはそれで微妙なところなのだが。


「次も恐らく十八階……もしくは十九階、二十階、あるいは二十一階の宝箱があるかもしれないから、そのマジックアイテムは使わないで残しておいて欲しいんだがな」

「私達のパーティで宝箱を発見出来なかったら、そうします」


 そう言う女を見て、素直に俺に売っていれば、かなり稼ぐことが出来たのにと思う。

 実際、レイは女に光金貨を払ってでも、宝箱を開けるマジックアイテムを売って欲しいと提案はしたのだから。

 それを断ったのが女の方である以上、この結果は黙って受け入れるしかなかった。


「じゃあ、そんな訳で……解散だ」


 レイの言葉に、周囲にいた見物人達も散っていく。

 最後の宝箱を開けた時点で既にもうここにいる必要はないと去っていた者がいたので、残っていたのはどういう風に中身を分けるのか気になっていた者達だけだろう。

 特に酒は、レイも女もそこまで興味がなかったので半ば適当に分けたのだが、知識のある者にしてみればレイと交渉するのは難しくても、女と交渉して酒を売って貰えるかもと考えてのものだった。

 実際、荷車に鉄球や酒、ポーションを載せて運んでる女には、多くの者が声を掛けている。

 ……中には、鉄球と一緒に酒が載せられていることで、酒瓶が割れないかと戦々恐々としている者もいたが。

 そんな光景を見ていると、セトとナルシーナがレイに近付いてくる。


「それで、レイはこれからどうするの?」

「防具屋に行って、十八階で入手した鎧を売ってみる。後は一応魔剣とか魔槍とかマジックアイテムの鎚とかもあるから、武器屋に行ってみるかと思ってるけど」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは屋台にも寄りたいと喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの鳴き声に、そうだなと頷きながら身体を撫でてやる。

 そんな一人と一匹とは違い、ナルシーナはレイの言葉に固まっていた。

 十八階を探索している以上、レイの言葉が何を意味してるのか理解していた為だ。


「それって、リビングメイルよね? 売れるように倒せたの?」

「頭部を切断……いや、この場合は吹き飛ばしてか? とにかく頭部をなくしてから、頭部のあった場所から手を突っ込んで魔石を引き抜いた」


 こともなげな様子で言うレイだったが、まさに言うは易く行うは難しの典型例だろう。

 ナルシーナ達が同じようなことをやろうとすれば、間違いなく仲間に大きな被害が出る筈だ。


「よくそんなことが出来たわね」

「これでも異名持ちのランクA冒険者だしな」


 そんなレイの言葉には強い説得力があり、ナルシーナを納得させるには十分だった。


「凄いわね」

「ナルシーナ達も、慣れれば多分出来るようになると思うぞ。それが出来れば、ステンドグラスの件を抜きにしても結構な稼ぎになるだろうし」


 十八階の神殿の階層に出てくるリビングメイルは、その鎧に精緻な飾りが施されており、実用品の鎧としては勿論、飾りとしても使えるような鎧だ。

 当然ながら、実用品としても美術品としても高く買い取って貰える筈だった。

 ……もっとも、後者の美術品としてとなると、鎧に大きな傷が付いていれば、買い取って貰えないだろうが。

 実用品としての鎧であっても、擦り傷の類ならまだしも、鎧が大きくへこむような傷があった場合は、当然ながら買い取って貰えないか、あるいは買い取って貰えても安くなる。

 ましてや。戦いの中で大きな傷を付けずに戦う必要があるということを考えると、レイが言うようにリビングメイルの魔石だけを取り出して倒すといったことはそう簡単なことではない。


「実際にやるのは難しそうね」

「その辺は慣れだろ。それにナルシーナ達は簡易版とはいえアイテムボックスを持ってるんだし、それがあればリビングメイルの鎧を持ち帰るのも楽だろう?」


 もしアイテムボックスを持っていない者達なら、それこそポーターがリュックや荷車を使って運ぶ必要がある。

 ……もっとも、十七階が海の階層である以上、荷車を使うのは難しいだろうが。

 あるいは足首の辺りまでの深さなら、海中でも荷車を使えるかもしれないが、遠浅とはいえ膝や太股くらいの深さはあるし、何より海底は岩ではなく砂というのも大きい。

 そんな訳で、リュックでなら何とかなるかもしれないが、それはそれでリュックに入る荷物が大分減ることになる。

 もしくは、二十階の転移水晶に登録していれば、海の階層を通らずに十八階に来られるかもしれないが。


「……仲間と相談してみましょう。では、私はそろそろ行きますね。リビングメイルの件も話す必要がありますし。もしまた何か新しい情報があったら、交換しましょう。次はこちらも何らかの情報を用意しておくので」

「そうしてくれ」


 今回レイは幾つかの情報をナルシーナに話したが、それは地図を貰った代価という点が大きい。

 次からは情報交換には応じるつもりだが、一方的に情報を話すつもりはなかった。

 ナルシーナが去り、訓練場にはレイとセト、後はは少数だが夕方の今でも何らかの訓練をしている者達だけが残っていた。


「じゃあ……セト、俺達も行くか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。






「いらっしゃい。……何だ、レイか。来るのが早いけど、まだ鎧は出来てないぞ」


 行きつけ――という程には来ていないが――の防具屋に入ると、店員の息子がレイを見てそう言う。

 ジャングルの階層である十六階で入手した甲殻を鎧にするように頼んでいたのだが、それが完成するまでの期日にはまだ数日ある。

 そんな中でこうしてレイが来たのだから、店員としてはまだ出来ていないと言うのはそうおかしなことではなかった。


「分かってる。今日はその件で来た訳じゃない。ただ……こうして見ると、この店は本当に大丈夫なのか?」


 そうレイが疑問を口にしたのは、店の中に自分達以外に客の姿がなかった為だ。

 しかし店員としてレイのその言葉は面白くなかったらしい。

 不満そうにしながら、口を開く。


「お前に心配して貰わなくても、それなりにやっていけてるよ。店に客がいないのは偶然だ。実際今日の売り上げはそこそこなんだからな」


 自慢げに言う店員の男。

 店員の男にしてみれば、店に来た相手に上手く防具を勧め、いわゆるセールストークで商品を売ることが出来たと、そう言いたいのだろう。

 ……レイにしてみれば、この店の商品が売れたのは店員の父親、鍛冶師で防具を作っている父親の腕がいいからではないかと、そう思うのだが。

 もっとも、それを言えば男の機嫌を悪くするだけなので、口にはしなかったが。


「そうか。店が順調ならいい。実は今日来たのは、ダンジョンで鎧を見つけたんでな。それを売ろうかと思ったんだが」

「ダンジョンで? 宝箱か?」


 店員がそうレイに聞くのは、一般的にダンジョンで鎧を入手する方法としては、宝箱が一番多いからだろう。

 他にもダンジョンで死んでいる冒険者の鎧を剥ぎ取ったり、あるいはモンスターの中には鎧を装備している個体もいるので、それを入手したりというのもある。

 レイの場合も、飾られていた鎧はともかく、リビングメイルの鎧はモンスターから奪ったという中に入るだろう。

 ……もっとも、レイの場合はリビングメイルの鎧なので、モンスターが鎧を着ていたのではなく、鎧そのものがモンスターだったというのが正しいのだが。


「いや、違う。……宝箱は見つけてきたんだが、中身は鎖付きの棘付き鉄球と酒だった」

「それはまた、何と言っていいのか分からないな」


 その言葉通り、男は微妙な表情を浮かべる。

 男は今までのやり取りから、決してレイを好ましく思っている訳ではない。

 だが、それでも宝箱の中身がレイが使いそうにない武器と酒となると、悲惨だとは思う。

 ……実際にはもう一個の十五階よりも上の階層から入手した宝箱の中からはポーションが出て、その中でも高品質のポーション四個をレイは自分の物にしたのだが、それについては話さないでおく。


「ちなみに、その宝箱は何階の宝箱なんだ?」


 男がそう聞いたのは、ちょっとした興味からだ。

 レイが十六階まで到達してるのは、持ってきたモンスターの甲殻から明らかだ。

 それなら、その宝箱も十六階で見つけた物なのだろうと思っていたのだが……


「十八階だな」

「……は?」


 レイの言葉に、男は一瞬自分の聞き間違えかと思った。

 ガンダルシアという迷宮都市で、防具を……それも相応の腕利きがよく利用する防具屋で働いているだけに、男もダンジョンについては相応の知識を持っている。

 だが、だからこそレイがこの短期間で十八階まで到達としたと言われ、素直に信じることは出来なかったのだ。


「十八階だ。神殿の階層……って言って分かるか?」

「いやまぁ……話には聞いてるけど……本当にもう十八階に行ったのか? 俺が聞いた話だと、十七階はかなり難易度の高い階層だって話だったんだが」

「そうだな。それは間違っていない」


 十七階の海の階層は、普通なら海中を歩いて進む必要があり、海底は砂なので歩きにくい。その上、海の中にいるモンスターが襲い掛かってくる。

 普通のパーティにしてみれば、非常に厄介な階層なのは間違いないだろう。

 事実、十八階でナルシーナ達と別れたレイとセトが十八階をある程度探索してから地上に戻ろうとした時、十五階の転移水晶でナルシーナ達に追いついたのだから。

 このガンダルシアでもトップクラスのパーティであるナルシーナ達ですらそうなのだから、十七階がどれだけ厄介な階層なのかは想像するのも難しくはないだろう。

 もっとも、海の階層だけではなくジャングルの階層でも苦戦した可能性は十分にあったが。


「けど、それはあくまでも普通のパーティの場合だ。俺の場合はセトがいるからな。セトに乗って飛べば、海に入ることなく階段に到着出来る」


 もっとも、その場合は海に棲息する未知のモンスターと戦えず、海底にある宝箱を確保することも出来ないのだが。

 それはそれで仕方がないと……本当に残念だが仕方がないと、レイは思っていた。


「あー……そうか。レイにはセトがいるんだな。まぁ、いい。レイの話を聞いてると、それだけで俺の常識が壊れる。それで? 入手した鎧を見せてくれ。……あ、いや。ちょっと待った。親父を連れてくる。レイが持ってきた鎧だ。俺が見るよりも、親父が見た方が確実だろうし」


 そう言うと、男は店の奥……鍛冶場となってる場所に向かう。

 レイはそんな男に何も言わなかったが、防具屋を任されている者として、それでいいのか? とも思ってしまう。


(いや、その件については別に俺がどうこうと言う必要はないのか? それに実際、親父の方が腕も目も確かだから、鎧を見せるにはそっちの方がいいのは間違いないだろうし)


 息子の方は普通の店員でしかない。

 それはつまり、見る目がない……とまではいかないが、それでも父親には及ばないのは間違いないのだ。

 そういう意味では、どうでもいい鎧ならともかく、今回のようなそれなりに価値があるだろう鎧を見せるのなら、父親の方が好都合だとレイには思えるのだった。

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