4053話

 女は先程の宝箱に使った時と同じく、指先程のマジックアイテムを宝箱に投げる。

 そのマジックアイテムが宝箱に接触すると、先程同様にゼリー状の物質が生み出され、宝箱を覆う。

 それを見ていたレイは、やはり先程と同じく日本で見たことがある、果実がゼリーに埋まっているデザートを思い出す。

 そして……再び、カチッという音が周囲に響く。

 音が鳴ると同時に、こちらもまたゼリー状の物質は空中に消えていった。

 依頼を受けた女はゼリー状の物質が消えたのを確認すると、宝箱に近付いていく。

 そしてこれも先程と同じように、あっさりと宝箱を開けた。


「これは……なかなかですね」

「何があった?」


 女の言葉が気になり、レイはそちらに近付く。

 そして近くから箱の中身を見ると……


「なかなか……なかなか、か? いやまぁ、使えるのならいいかもしれないけど」


 若干の呆れと共にレイが言う。

 宝箱の中に入っていたのは、鎖に繋がれた棘突きの鉄球。

 重量はかなりありそうで、それこそこれを振り回して相手に当てれば、かなりのダメージを期待出来るだろう。

 ……ただし、それを使いこなせればだが。

 レイのデスサイズ……大鎌もそうだが、どうしても扱いにくい武器というのはある。

 鎖に繋がれた棘付きの鉄球もそんな武器の一つだろう。

 なにしろ敵に命中させるには鎖を振り回す必要があるのだから、それだけで相手にとっては大きな隙となる。

 また、棘突きの鉄球を振り回してから相手に投げるという攻撃方法は、使われる方にしてみれば相応の技量があれば回避するのも難しくはないだろう。


「……これ、いるか?」

「えっと、その……」


 レイの言葉に女は困った様子で言う。


「さっき、なかなかだって言っただろう?」

「まぁ、そうですけど。……実際、なかなかの武器だとは思えませんか? レイさんなら使えるのでは?」

「使えるかどうかと言われれば使えるだろうけど、だからといって今使っている武器を使わないでこれを使いたいとは思わないな」

「……ですよね」


 女もレイの言葉にはそう言うしかない。


「もしこれを本当にいい武器だと思うのなら、次の宝箱の中身は全て俺に譲って、この鉄球を使うか? ……俺の場合はソロだから鉄球を振り回している時に敵に攻撃されたりすると困るけど、パーティで活動してるのなら、使い道はあるんじゃないか? 威力だけはありそうだし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが抗議するように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、もしレイがこの鉄球を使うのなら、自分が守るんだからと言いたいのだろう。


「そうだな。セトの言う通りだ。けど、俺とセトが一緒に行動する時は、離れて行動することの方が多いだろう?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは確かにと喉を鳴らす。

 空を飛べるセトの能力を考えると、それこそレイと一緒に行動している時は、別々に行動した方が効率のいい戦い方が出来るのは間違いない。

 ……勿論、一緒に戦う機会が多いのも事実だったが。


「えっと……お話中のところ申し訳ありませんが、私としてはこの鉄球は特に欲しくないです。いえ、勿論モンスターに命中した時に威力が高いのは分かります。けど、そもそもそれ以前の話で、これを使うとなると持ち運ぶ必要があって、それだけで体力を消耗しますから」

「あー……言われてみればそうなのか」


 レイの場合はミスティリングがあるので、この鉄球は勿論、どんな重量の物だろうと、普通に持ち運ぶことが出来る。

 だが、それはあくまでもレイだからであって、ミスティリングのようなアイテムボックスを持たない者達にしてみれば、これだけの重量物を運ぶのは難しい。

 冒険者の中には力に自慢のある者もいるので、そのような者がいれば、この鉄球を運ばせるといったことも出来るだろうが……女の様子からして、女のパーティにそのような者はいないのだろう。


「分かった。なら、これの扱いは取りあえず置いておくとして……じゃあ、最後の一個を頼む」


 取りあえず鉄球の入った宝箱はそのままに、レイは宝箱の最後の一個を取り出す。


「はい」


 最後の宝箱に、女はやる気満々といった様子を見せる。


(まぁ、出て来たのがいまいちだったしな)


 女の様子にそう思いながら、セトとナルシーナのいる場所に戻る。

 ポーションは冒険者としてやっていく上で必要な物だが、だからといって宝箱を開けるマジックアイテムを消費してまで欲しい物かと言われると、微妙なところだろう。

 これが例えば、切断された腕でもくっつけたり、あるいは生えてきたり……もしくは九分九厘死んでる状態からでも即座に復活出来るようなポーションなら話は別だが、最初の宝箱に入っていたポーションの中で品質の良い物でもそこまでの効果はない。

 ましてや、女は低品質のポーションを五本に、高品質のポーションを一本というのが取り分だったのだから。

 だからこそ、最後の宝箱に期待を込めていたのだろう。

 とはいえ、だからといって実際にどのような中身が入ってるのかは、開けてみるまでレイにも分からない。


「じゃあ、行きますね。何か良いのが出てよね!」


 そう期待しつつ、女は三度マジックアイテムを使う。

 そこからの流れは、今までと同じだ。

 宝箱がゼリー状の物質に包み込まれ、カチッと音がする。


(今更だけど、これって罠の解除や鍵を開けるのって……どうなってるんだろうな?)


 例えば、罠があったら点滅するとか、赤くそまるとか、そういう見て分かりやすいビジュアルでもあるのならともかく、今のところそのような様子はない。

 それこそ、ただこうして見ているだけしか出来ない以上、罠の有無や解除の成功や失敗をどうやって見分けたらいいのか、レイには分からなかった。

 とはいえ、それでもこれまでの実績――まだこれが三回目だが――から、罠の解除や鍵を開けるのに全く問題がないのは明らかだったが。

 ゼリー状の物質が空気中に消えていくのを見ていると、やがて女が最後の一個ということで、慎重に……そして何より期待をしながら、宝箱に近付いていく。

 そして、宝箱を開け……


「えぇ……」


 そんな微妙な言葉を口にする。


「どうした?」


 女の様子に訝しげに声を掛けるレイ。

 例えばこれが、中に入っているのが貴重な品であれば、女も喜ぶだろう。

 また、十八階の宝箱である以上、その可能性は低いものの、外れであればがっかりとした声を出すだろう。

 だが、女が出したのはそのどちらでもなく、微妙な声。

 しかし女はレイの言葉に反応をしない。

 周囲で様子を見ていた者達も、そんな女の様子に疑問を抱く。

 より正確には、女が見ている宝箱の中身が気になるのだが。

 現在ギルドの訓練場に集まっている者の多くは、宝箱を開ける技術を知りたくて集まった者達だ。

 もっとも、今日はマジックアイテムを使って開けているので、そういう意味では勉強にならないのだが。

 ただ……だからこそ、勉強にならないと知っていてもここに残っている者は、宝箱の中身がなんなのか気になる。

 ましてや、十八階の宝箱ともなれば、とでもではないがここにいる者達が容易に中身を見ることは出来ない。

 一個目の宝箱は棘付きの鉄球に鎖がついている武器だったが、ならば二個目の宝箱の中身はかなり気になっていた。

 そんな中で宝箱の中身を見た女の反応が、絶望でも喜びでもなく微妙なものだったのだから、余計に宝箱の中が気になってしまう。

 レイはそんな女に……より正確には宝箱に近付く。

 そして中身を見ると……


「あー……」


 女と同じような、微妙な声を上げる。

 女に続き、レイまでもがそんな声を上げただけに、周囲にいる者達は余計に宝箱の中身が気になった様子だった。

 レイは宝箱の生身を見て喜べばいいのか、がっかりすればいいのか、とにかく微妙な様子を見せつつも、自分に集まる期待の視線に押されるように、そっと手を伸ばす。

 宝箱の中身を手にし、そのまま持ち上げる。

 周囲に集まっていた者達の視線がレイの持っている物に集まり……


「酒?」


 集まっていた者達の一人が、そう言う。

 ……そう、それは酒だった。

 以前にもレイはダンジョンの宝箱から酒を見つけた時があったが、それと全く同じ展開だった。

 勿論、以前よりも深い階層である十八階の宝箱である以上、中に入っている酒はどれもが一級品で、間違いなく以前よりも高級な酒が複数入っている。

 とはいえ、以前の酒もそうだったが、レイにとって酒は飲めることは飲めるのだが、飲んでも美味いとは思えない。

 だからこそ、このように酒を……見るからに高価そうな瓶に入った酒を見ても、そこまで嬉しくはない。

 レイが酒を使うのは、せいぜいが料理に使うだけ。

 ……もしこの酒の価値を知ってる者がいれば、この宝箱の中に入っている酒は、何が何でも入手したい。それこそ、金が足りなければ財産を、それでも足りなければ家を売ってでも入手したい代物だった。

 酒の価値を理解しているからこそ、そんな酒を料理に使うとは何事かと叫ぶ……いや、絶叫するだろう。

 それだけの価値のある酒。

 ……ただし、それはあくまでも相応の知識がある者にとっての価値であって、その辺りについてそこまで詳しくないレイにしてみれば、ただの酒という認識しかなかったが。

 とはいえ、前回酒が出て来た時にはもの凄く美味い酒だと噂が出回った。

 それを思えば、この酒もただの酒ではないだろうということは、レイにも予想出来たが。


(日本でも……いや、地球でも、酒を投資商品としてるってのを、何かで見た記憶があるしな。そういう意味では、この酒はミスティリングに収納しておけば、いずれ価値が出るかもしれないけど……どうだろうな)


 この世界でそのようなことが出来るかどうかも分からないし、酒についてはあまり詳しくないレイであっても、酒というのはある程度寝かせることによって美味くなるというのは知っている。……料理漫画の知識からだが。

 ともあれ、そんな特性を持つ酒だったが、ミスティリングの中では時間の流れが停まっているのだ。

 つまり、いつまでも酒はそのままの状態を維持するということになる。

 酒を保存するという意味では、これ以上ない方法なのは間違いないが、寝かせる、熟成させるという意味では決して最善の方法ではない。


「レイさん、その……このお酒、どうします?」


 女がどうすればいいのかといった具合で聞いてくる。

 その様子から、女もまた酒に詳しくないのはレイにも理解出来た。

 周囲でざわめいている者達が、口々に『希少な』『滅多にお目に掛かれない』『失われた』……そして中には『伝説の』といったようなことを言ってるのが聞こえてくる。


「どうするかと言われても……どうしたい?」

「……あの鉄球よりはこちらの方がまだ欲しいですが」


 女は酒にはそこまで詳しくはないのだろうが、それでもレイと違って酒を飲んで美味いと感じることが出来るのだろう。

 だからこそ、棘付きの鉄球よりは、この酒の方がいいと、そう思ったらしい。


「あの鉄球も、自分達で使わないのなら、売ればそれなりの金額にはなると思うんだが」


 曲がりなりにも、十八階の宝箱から出て来た武器だ。

 マジックアイテムの類ではなくても、高性能な武器なのは間違いない。


「でも……こういう武器って、使う人がいると思いますか? 私が知る限りだと、こういう武器を使ってる人を見たことはありませんけど」

「……まぁ、使いにくいのは間違いないしな」


 そう言うレイの口調には、少しだけ……本当に少しだけだが、鉄球に対する同情の色があった。

 より正確には、それは鉄球ではなく、鉄球を使うだろう少数の者達に向けられた視線なのだろうが。

 デスサイズという大鎌を使っているレイもそうだが、マイナーな武器というのは、どうしても使う者は多くはない。

 いや、使う者が多くないからこそ、マイナーな武器になってしまうのだろうが。

 大鎌も、そしてこの鉄球も……使う者は少なく、実際に使おうと思っても使いこなすのは難しい。

 とはいえ、大鎌と鉄球ではレイの噂が広まっているのもあって大鎌の方がまだ人気があるのだが。

 ただし、使いこなすのはかなり難しいのも事実。

 実際、冒険者育成校でトップの実力を持つアーヴァインも、レイの噂を聞いて大鎌に憧れ、大鎌を使えるようになろうとしたのだが、無理だったとレイは聞いていた。


「そうだな。武器としては無理でも……十八階の宝箱の入っていた武器なんだし、鋳潰して素材として使うのはどうだ?」


 そう言うレイの言葉に、女は微妙な表情を浮かべる。

 だが、レイとしてはそんなに悪い方法だとは思わなかったのだが。

 ともあれ、どのように分配するのかレイは女と話を続けるのだった。

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