4052話
今日から3日間、連休なのでいつものように1日2話の更新となります。
直接この話に来た方は前話からどうぞ。
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宝箱があったという話を聞き、ナルシーナは……そしてレイとの会話はナルシーナに任せ、自分達は酒を飲み、料理を食べていた他のオルカイの翼のメンバーも、羨ましそうな表情を浮かべる。
宝箱は開けるのに失敗すると大きな損害を被ることになるが、上手くいけばとんでもないお宝が入手出来たりもする。
それこそ、例えば売れば大金となるようなマジックアイテムが中に入っているのも、珍しいことではない。
あるいはポーションのように普段から使う物……それも高品質なポーションが入っていれば、いざという時に助かるかもしれない。
そんな訳で、宝箱というのは冒険者にとって大きな意味を持つ。
特に今回レイが見つけたのは十八階の宝箱だ。
深い階層の宝箱程、中身は良い物となる傾向がある。
……その分、罠の解除をしたり、鍵を開けたりといったことが難しくなるのだが。
「羨ましいわね。……やっぱり、もう少しダンジョンで粘るべきだったかしら」
「ナルシーナ、無理を言うな。あのままもっといたら、無事に地上に帰って来られたのかどうか、分からないぞ?」
宝箱を羨むナルシーナに、話を聞いていたパーティメンバーの一人がそう言う。
その言葉にナルシーナは不満そうな様子を見せ、何かを口にしようとしたところで……
「あの、ちょっといいですか? レイさんというのは貴方でいいんですよね?」
そんなナルシーナの言葉を遮るようなタイミングで、不意にそう声を掛けられる。
不満を口にしようとしたナルシーナだったが、レイの客だろうということで、今は黙る。
レイは声を掛けてきた相手……二十代の女に対して頷いてから口を開く。
「ああ、そうだ。それで俺に声を掛けてきたってことは、宝箱の一件か?」
「はい。三個全部開けさせて貰おうと思いまして」
「……本気か?」
レイはギルドに宝箱三個を開ける依頼を出していた。
しかし、そのうちの一個はレイがすっかり忘れていた宝箱で、何階で入手したのかも憶えていないが、それでも十五階よりも上の階層の宝箱ということで、それなりに開けられる者は多いだろう。
だが……残り二つの宝箱は、十八階の宝箱なのだ。
そうなると、当然ながら宝箱の罠も上の階層の宝箱と比べると難しくなるだろうし、開錠についても同様だった。
だからこそ、レイの想定としては一人一個という風に思っていたのだが……目の前の女は自分だけで三個の宝箱を開けると、そう言っていた。
「ええ、勿論。失敗はないと思いますよ」
「随分と自信があるようね」
レイと女の会話に割り込んだのは、ナルシーナ。
その言葉には若干の……いや、明らかに棘がある。
「ナルシーナ?」
棘のあるナルシーナの言葉に、レイは驚く。
レイが知っている――今日会ったばかりだが――ナルシーナの性格を考えれば、そのようなことを言わないと思っていたのだが。
「あ、口を挟んでしまったわね。ごめんなさい」
レイの視線に気が付いたのだろう。
ナルシーナは自分の言動にそう謝罪する。
ナルシーナにしてみれば、十八階まで辿り着くのは並大抵のことではなかった。
それこそ、文字通りの意味で命懸けでダンジョンを攻略し、それでようやく到着出来た階層なのだ。
そんな階層にあった宝箱を、自分なら開けられると自信満々に言うのだから、ナルシーナにとって納得出来なかったのだろう。
あるいはこれで、目の前にいる女がナルシーナ達と同じく十八階よりも下の階層を探索している五つのパーティ――レイの件もあって今は六つになったが――のパーティメンバーであれば、また話は違っただろうが、その全てのパーティを知っているナルシーナも目の前の女を見たことはない。
つまり、ナルシーナの目の前にいる女はまだ十八階に到着していないにも関わらず、自信満々で宝箱二つを開けると、そう言ってるのだ。
ナルシーナにしてみれば、面白くないのも当然だった。
そんなナルシーナの反応を見て、女も自分の言葉がナルシーナを不愉快にしてしまったというのは分かった。
それが今の自分の言動からだというのも。
だからこそ、女は少し慌てたように口を開く。
「あ、そのですね。私が自分の力に過剰なまでの自信を持ってるとかそういうのではなくて、実は数日前に開けた宝箱から、宝箱を開けるのに便利なマジックアイテムを入手したんですよ」
「……へえ。そういうのもあるのか」
慌てた様子で弁明する女だったが、レイはその内容に驚く。
レイも色々と変わった物……それこそ酒とかを宝箱から見つけてきたが、宝箱の中から宝箱を開けるマジックアイテムが出てくるというのは、驚きだった。
「はい、そうなんですよ。ただ、使い捨ての奴が五個だけなので、それでどうせならもっと深い階層の宝箱を開けるのに使った方がいいと思っていたところで、今回の依頼を見つけたんです」
「……なるほど。どうせ宝箱を開けるのなら、俺の依頼を受けて報酬を貰った方がいいと」
レイが続けると、女は頷く。
レイにしてみれば、女の考えも理解出来ないではなかったが、勿体ないとも思える。
「ちなみに、本当にちなみにの話だが、その宝箱を開けるマジックアイテムを俺に売るつもりはないか? 金貨……いや、白金貨……光金貨五枚出そう」
「ひか……えっと、いえ、その……気持ちは嬉しい、本当に嬉しいんですが、これは自分達の為に使うとパーティで決めてますので」
光金貨五枚という金額に焦った女だったが、それでもレイの言葉に頷かず、断る。
レイにしてみれば、自分の宝箱を開ける依頼を受けてそのマジックアイテムを使うのと、それを自分に高額で売るのとでは、そう違いがあるようには思えない。
とはいえ、それはあくまでもレイにとってはそう思えるだけで、女やその仲間にしてみれば大きな違いがあるのだろう。
そうである以上、レイもその辺については特に指摘しない。
……本当に惜しいとは思ったが。
「分かった。じゃあ、早速行くか。ちなみに報酬については?」
「中身の割合でお願いします」
女は即座にそう言うのだった。
「で? 何でナルシーナも来てるんだ?」
訓練場にやって来たレイが、セトを撫でながら自分の隣にいるナルシーナにそう声を掛ける。
声を掛けられたナルシーナは、さも当然といった様子で口を開く。
「だって、十八階の宝箱よ? なら、何が入っているのか気になるのは当然でしょう? ……まぁ、うちから来たのは私だけだけど」
ナルシーナが言うように、ここにいるのはナルシーナだけで、オルカイの翼の他のメンバーは未だに酒場で飲み食いをしていた。
もっとも、元々オルカイの翼の面々はナルシーナ以外はレイとそこまで親しくしたいとは思っていないので、交渉についてはナルシーナに一任……というか、任せきりにしている。
実際、先程までいたギルドに併設された酒場でも、レイはオルカイの翼のメンバーではナルシーナ以外とはろくに話をしていない。
そういう意味では、ここにいるのがナルシーナだけでも結果としては特に違いはなかった。
「まぁ、ナルシーナがそれでいいのなら、別に見てても構わないけどな。……じゃあ、やってくれ」
ナルシーナとの会話を切り上げ、レイは女の側に寄り、ミスティリングから宝箱を取り出す。
「分かりました。まずは、最初の一個目……十五階よりも上の階層で見つかった宝箱ですね」
女は気軽にそう言い、腰の革袋から指先程の大きさの何かを取り出し、放り投げる。
一体何をやっている?
周囲で様子を見ている者達は、女の行動の意味が分からない。
だが、次の瞬間には見ていた者の多く――女が使ったのが何かを知っている者を除いて――が驚きの声を上げる。
女の投げた何かが宝箱に触れると、次の瞬間に透明な何かに姿を変え、急激にその体積を増やしながら宝箱を覆う。
(ゼリーみたいだな)
その光景を見たレイの感想がそれだった。
日本にいた時に食べたことがある、果実が中に入っているゼリー。
その果実が宝箱になった以外、レイが思い浮かべた光景との違いはない。……大きさは随分と違うが。
透明な何かが宝箱を包み込み……やがて、カチッという音が周囲に響く。
宝箱はゼリー状の物質に包み込まれているのに、その音は何故かはっきりと聞こえた。
そして音がすると同時に、ゼリー状の物質は空中に溶けていく。
(色々と突っ込みどころが多いな。ゼリー状の物質なんだから、最終的には水になって地面に染みこんでいくとか、そういうのでもいいんじゃないか?)
そんな疑問を抱くレイだったが、そんなレイをよそに依頼を受けた女は宝箱に近づき、開ける。
罠の有無や解除、鍵の解錠といったことはせずに。
「ちょっ、おい!?」
周囲で様子を見ていた者の一人が、そんな女の様子を見て思わず叫ぶ。
だが、女はその声を聞き流し……そして、ガチャリと宝箱を開ける。
当然のように罠が発動したりということはなく、鍵も開いていた。
「あら」
宝箱の中身を見た女の口から出たのは、微妙な表情。
それが気になったレイはセトをナルシーナの側に残してから宝箱に近付き、中身を確認する。
「ポーションか」
そう、宝箱の中にあったのは、ポーション。
数は十個。
レイがぱっと見たところ、高品質な物もあれば、低品質な物もある。
「はい。……まあ、ポーションはあって困る物じゃないですけど。それで分配はどうします」
「ちょっと待ってくれ。……なるほど、ざっと見た感じ、高品質と低品質なのが半分ずつか。なら、俺は高品質の奴を四つ。残り六つはそっちで貰ってくれ」
「え? ……その、いいんですか? いえ、私としては嬉しいんですが」
女にしてみれば、これだけの数のポーションを貰えるとは思っていなかったらしい。
勿論、貰った六個のうちの五個は低品質なポーションだったが、低品質だからといって使い道がない訳ではない。
いや、寧ろ下手に高価なポーションを持っていた場合、その高価なポーションをここで使うのは勿体ないと思うことも多かった。
だが、低品質なポーションであれば、使うのに躊躇する必要はない。
そういう意味では、下手な高品質なポーションよりも、こうした低品質なポーションの方が使い勝手は良かったりする。
「別に構わないぞ。……まぁ、ポーションだったら、この宝箱は当たりだったな」
この宝箱は、本来ならビューネに渡すつもりだった宝箱だ。
もし渡していれば、中にこれだけのポーションが入っていたので、開けたビューネは恐らく喜んでいただろう。
……もっとも、ビューネの表情は基本的に変わらないので、親しい相手でもなければ、その表情の変化には気がつけなかっただろうが。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑みを浮かべる女は自分の分のポーションを確保する。
それを見ながら、レイは中身が何もなくなった宝箱をミスティリングに収納し、次の宝箱……十八階で見つけた宝箱の一つを取り出す。
「さて、次はこれだ。これからが本番だから、よろしく頼むぞ」
「任せて下さい」
女の言葉に頷くと、レイはその場から離れる。
先程の宝箱を開ける様子をみていたので、レイは女が宝箱を開けるのを失敗するとは思えない。
なので、安心して宝箱を開けてくれるだろうと思ったのだ。
……もっとも、レイにとっては安全に、そして確実に宝箱を開けられるので不満はないが、周囲に集まっている者達……宝箱を開けるノウハウを知りたい者達にしてみれば、マジックアイテムで開けるのでは見ている意味がないと、不満そうな様子ではあったが。
「驚いたわね」
レイがセトとナルシーナの側まで戻ってくると、ナルシーナが本当に驚いた様子でそう言う。
「まあな。……あのマジックアイテムがあるのを見れば、酒場での大口も納得出来たと思わないか?」
「そうね。あんなマジックアイテムがあれば、あれだけ大口を叩けるのは納得出来るわね」
ナルシーナは最初こそ宝箱を開ける依頼を受けた女に不満を抱いていたが、今のように宝箱を開けた光景を見れば、その理由も納得出来た。
(あのマジックアイテム……やっぱり欲しいよな)
光金貨での購入を申し出たものの、それについては断られた。
だが、断られはしたものの、それでもやはりレイとしてはあのマジックアイテムが欲しいと、心の底から思える。
(それこそ、宝箱の中からそういうマジックアイテムが出て来てくれれば、俺としては嬉しいんだけどな。……そう好都合にはいかないか)
出来れば残り二個の宝箱の中から出て来て欲しいと思うが、その期待は薄いだろうと、そうレイは思いながら、女が先程と同じようなマジックアイテムを取り出すのを眺めるのだった。
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