4051話

 情報交換をする予定のナルシーナがまだカウンターで素材を売っていたので、レイは先にギルドに併設されている酒場に来た。

 まだ夕方の一番忙しい時間にはなっていないこともあり、酒場にいる人数は少ない。

 ……ただし、これがもう少し時間が経って、多くの冒険者がダンジョンから出てくるようになれば、この酒場もすぐ満員になるだろう。


(というか。ナルシーナはともかく、他のパーティメンバー全員が一緒に受付嬢と話をする必要ってあるのか? ……まぁ、それがオルカイの翼の流儀だと言われれば、反論はできないけど)


 そんな風に思いつつ、レイは注文した果実水を飲む。

 酒場で果実水を頼むというのは、普通なら馬鹿にされてもおかしくはない。

 それこそ絡むのに丁度いい相手だと思って絡む者が出てきてもおかしくはないだろう。

 だが、今はまだ酒場にいる客も少ないのもあって、仲間同士で大人しく飲んでいる者達ばかりだ。

 これでもっと時間が経てば、それこそレイをレイだと認識出来ず、絡む者も出て来てもおかしくはないのだが。

 レイとしては、面倒なことになる前にナルシーナ達に来て欲しいと思う。

 ドラゴンローブの隠蔽の効果でレイをレイだと認識出来ない者であっても、顔を隠してる訳ではないナルシーナ達を見れば、絡もうと思う者は少ないだろう。

 ……それでもゼロではなく少ないという表現なのは、酔っ払ってその辺についての判断が出来なくなるような者がいるから、という理由からだ。


「まぁ、ナルシーナ達を知らないってのは……いや、以前揉めたあの貴族出身の冒険者とかなら、そういうのは知らないとか、それでも自分が偉いのだから自分に従えだとか、普通に言いそうだよな。……そう思わないか?」


 そう言いながらレイが視線を向けたのは、剣士の男。

 まさか自分が近づいているのに気が付かれているとは思っていなかったのか、その表情には驚きの色がある。

 だが、すぐにその表情から驚きは消えて口を開く。


「同席してもいいか?」

「……一応聞いておくけど、空いてる席がないからって理由じゃないよな?」


 そう言いつつ、レイは周囲を見る。

 それなりに客は入っているが、まだピークではないので、幾つか空いているテーブルもあった。

 だというのに、わざわざこうして自分と同じ席に座りたいと言ってくるのだから、そこには何らかの意図があってのものなのは間違いなかった。

 ……具体的に、それがどういう意味を持ってのことなのかはレイにも分からなかったが。


「ああ。……安心してくれ。別に喧嘩を売りに来たとか、そういう訳じゃない。ただ、ちょっとお前と……レイと話をしてみたかったんだよ。うちのパーティメンバーが迷惑を掛けていることを謝りたいというのもあったしな」

「何のことだ?」

「……そう言えば、まずは自己紹介からか。俺は久遠の牙に所属するドラッシュだ」


 久遠の牙というパーティ名を口にするドラッシュ。

 そんなドラッシュの姿に、レイはすぐに思い出す。

 以前何度か遠くからだったり、セトと遊んでいるエミリーを連れていくような光景を見たことがあったと。


「そう言えば見たことがあったかもしれないな。……こうしてちゃんと話をするのは初めてだけど」

「そうだな。ともあれ、そんな訳で少し話したい。座って構わないか?」

「ああ、構わない。ただ、ナルシーナが……オルカイの翼の面々が来るまでになるが」

「……オルカイの翼とは一体どういう関係なんだ? ダンジョンの攻略で手を組んだのか?」


 レイに許可を貰い、椅子に座りながら尋ねるドラッシュ。

 近付いて来たウェイトレスに酒を注文するのを忘れない辺り、冒険者らしいのだろう。

 そうして一段落したところで、レイは口を開く。


「別に手を組んだって訳じゃない。ただ、今日十八階に下りたところで偶然ナルシーナ達と遭遇して、少し話す機会があったんだよ。それで十八階の地図……丁寧な物じゃなくて、思いついたことが書かれている下書きの奴だが、それを貰ったから、今日の探索で描かれている地図の範囲外についての情報を話そうと思ってな」

「ふーん。……それにしても、もう十八階か。俺達は必死にダンジョンを攻略して、やっと二十階なのに、教官をやったり、ギルムに帰ったりしながら、それでも……素直に凄いな」

「俺達は特別だしな」


 レイの言葉は決して間違ってはいない。

 何しろ、崖の階層しかり、海の階層しかり、普通なら移動するだけでも苦労するような階層を、セトのお陰で完全にスルー出来るのだから。

 ……もっとも、代わりにその階層にいる未知のモンスターであったり、宝箱であったりを見つけるのは難しくなるのだが。

 とはいえ、ドラッシュにしてみればそれでも十分に羨ましいと思うが。


「だろうな。心の底から羨ましいよ。……俺達は二十階の攻略で戸惑っているし、間違いなく追いつかれるだろうな」


 悔しそうに……だが同時に、何故か笑みすら浮かべてドラッシュはそう言う。

 何故笑う? と疑問に思うレイだったが、恐らくダンジョン攻略の最先端にいる身として、レイの行動に思うところがあるのだろう。

 それに対して何かを言おうとしたレイだったが……


「え? ドラッシュさん……?」


 そんな声が聞こえ、そちらに視線をむけると、そこにはようやく素材の売却を終えたのか、ナルシーナやその仲間達の姿があった。


「待ち合わせの相手が来たか。じゃあ、俺は行く。少しだけど話が出来て嬉しかったよ。……それと、うちの馬鹿が迷惑を掛けてすまない」


 最後にセト好きのエミリーの件について謝罪をすると、ドラッシュは座っていた椅子から立ち上がり……ちょうどウェイトレスが酒を持ってきたので、その酒を受け取って代金を支払うと、別のテーブルに向かう。

 そんなドラッシュの姿を見送っていたナルシーナ達だったが、そのドラッシュがいなくなったことで慌てて椅子に座る。


「ちょっ、ちょっと、レイ。何でドラッシュさんがここにいたの?」

「俺を見掛けて声を掛けてきただけだよ。ドラッシュにしてみれば、俺のことが気になっていたんだろう」


 あっさりとそう言ってくるレイ。

 だが実際にレイは自分の言葉は決して間違っているとは思っていなかった。


(多分……エミリーの件が本題だったんだろうな)


 そうとすら思っていた。

 ギルムにおけるセト好きは、ミレイヌとヨハンナの二人が有名だったが、ガンダルシアにおけるセト好きとなると、フランシスとエミリーだ。

 ……他にもイステルがそれに続くが、その二人程にセト好きという訳ではない。


「うーん……本当にそうなの?」


 ナルシーナにしてみれば、ドラッシュが気になったからといってレイに声を掛けるとは思えなかったらしい。

 他の面々にしてみれば、レイのような凄腕がいたら、取りあえず声を掛けるのはそうおかしな話ではないのでは? と思っていたが。


「まぁ、その辺は今はどうでもいいだろ。とにかく、情報交換だ。それと注文だな。待ってるぞ」


 そうレイが言うと、ナルシーナは少し離れた場所にいるウェイトレスを見る。

 レイが言うように、ナルシーナ達が席に着くのを待っているのだろう。

 それに気が付き、ナルシーナやその仲間達は慌てて椅子に座る。

 ……何故かドラッシュの座っていた椅子に座ったナルシーナの頬が薄らと赤くなっていたが、レイはそれを見なかったことにする。

 先程の言葉からしても、ナルシーナがドラッシュを好意的に思っているのは間違いない。

 それが関係しているのだろうなと、そう思っただけだ。

 ナルシーナ達もそれぞれウェイトレスに注文する。

 その頃になると、ナルシーナもようやく落ち着いたらしく、レイを見てくる。

 先程までの自分の様子については、全く気にしていないらしい。


「それで、レイ。情報交換の件だけど……どうだったの?」

「俺が提供出来る情報としては、この地図に描かれている部分についての情報以外だと……他にも、こういうのがあるな」


 そう言い、レイはミスティリングからステンドグラスを取り出す。

 先程アニタに渡したのとは別のステンドグラスをミスティリングから取り出すレイ。

 それを見たナルシーナの口からは、感嘆の声が上がる。


「うわぁ……綺麗ね。……これって、十八階の天井にある奴よね?」

「そうだ。見ての通り、ステンドグラスの周囲の天井部分を切断して回収してきた。……これがギルドで売れるかどうか分からないから、現在ギルドにどうなるのか頼んでいる。もし売れるようになったら、結構な収入源になると思う」

「……これだけ綺麗だし、高く売れるのも分かるわよね。それに、ステンドグラスはもっと大きなのもあったでしょ? あれも持ってきたの?」

「そうなるな。一番大きなステンドグラスは、天井を切断するのにかなり苦労したけど」


 レイは一番大きなステンドグラスを切断した時のことを思い出す。

 とはいえ、最初はかなり苦労したものの、一度成功した以上、次からはもっと楽に切断出来るだろうと思っていたが。


「あれを……羨ましいわね」

「何なら、ナルシーナ達もやったらどうだ? 運ぶのはアイテムボックスがあるんだから問題がないんだし。後は天井を切断をする手段があればどうにかなるだろ?」


 そのタイミングでウェイトレスが酒を持ってくる。

 それを受け取ったナルシーナ達は、酒を飲み……


「その天井を切断する手段が、どうしようもないのよ。一体どうやってあの高さにある天井を切断しろっていうのよ」


 神殿は普通の通路であっても天井はかなりの高さを持つ。

 それに加えて、ホールは通路よりも更に高い場所にステンドグラスが嵌まっている。

 ナルシーナ達にしてみれば、自分達が一体どうやって天井を切断すればいいのか、全く分からなかった。


「レイの場合はセトがいるから、空を飛ぶのに苦労しないと思う。けど、私達にセトはいないのよ。……それともセトを貸してくれる?」

「無理だな」

「なら……」

「別にセトを借りるんじゃなくて、もっと他の方法を考えたらどうだ? アイテムボックスはあるんだから、それを使って天井まで移動する方法を考えてみるとか」

「……例えば?」

「そうだな。崖とかを登る為の道具や、大工とかが高い場所を工事する際に使う道具を使うとか」


 レイが思い浮かべたのは、登山道具。

 日本にいる時にTVで見たような、崖……あるいは崖ではなくも、急斜面を登る時に使っていたような登山道具が。

 それを使えば、ホールの壁を登って天井まで移動出来るのではないかと、そう思えたのだ。

 もっとも、これはあくまでもレイの思いつきであって、実際にそれが出来るかどうかは分からない。

 また、天井まで行ってもどうやってステンドグラスが嵌まっている周囲の天井部分を切断するのかといった問題もあった。

 レイの場合はデスサイズがあったから何の問題もなかったが、ナルシーナ達がデスサイズを……あるいはデスサイズに匹敵するような武器やマジックアイテムを持っている筈がない。

 そういう意味では、天井に登ることは出来ても、それで終わってしまう。

 また、何らかの手段で壁を壊したとしても、デスサイズのように綺麗に切断が出来なければ、壁を壊したとのと同時にステンドグラスも破壊されてしまいかねない。


「無理を言わないでちょうだい、無理を」

「そうか? ナルシーナ達も十八階まで到達したパーティの一つなんだから、それくらいは何とかなりそうな気がするけどな。本当に何とかならないのか?」

「無理よ」


 レイの言葉に断言するナルシーナ。

 そんなナルシーナの様子に少し……本当に少しだけだが、違和感を抱いたレイだったが、それ以上は聞かない。

 それこそ十八階まで行くことが出来るパーティだけに、何らかの奥の手を持っていても不思議ではないし、それが事実であっても、その奥の手をわざわざ他人に教えたりはしないだろう。

 もしレイがナルシーナの仲間で、オルカイの翼の一員であったのなら話は違うが、生憎とレイは違う。

 こうして情報交換をしている以上、それなりに友好的な関係なのは間違いないだろう。

 だが、それはあくまでも友好的な関係でしかなく、仲間ではないのだ。

 そうである以上、奥の手があってもそれを聞ける筈もなかった。


「まぁ、ステンドグラスについては好きにしてくれ。もしお前達が何らかの方法で回収……いや、この場合は採取か? とにかく確保出来るのなら、ギルドとしても嬉しいだろうし」

「いいの? レイが独占した方が高値で売れるでしょう?」

「別に金には困ってないしな。……それで地図についてだが、ここから先が未知の領域だった場所だな。ただし分岐路があってどっちも行き止まりだったけど、そこには宝箱があった」


 そう言うレイの言葉に、ナルシーナは驚きの表情を浮かべるのだった。

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