4050話

 ダンジョンから出たレイはナルシーナ達と共にギルドに入る。

 ナルシーナ率いるオルカイの翼は、ガンダルシアでも腕利きのパーティとして知られている。

 それは、十八階以降の階層を探索しているのが五つのパーティしかないというのを見れば明らかだろう。

 もっとも、今日からはそこにレイ達も入ったので、六つのパーティということになったのだが。

 ……ただし、レイはあくまでもソロで活動しているので、パーティという括りに入れてもいいかどうかは微妙なところだったが。

 ともあれ、そんなレイとオルカイの翼の面々が一緒に転移水晶から出てギルドに入ってきたのだから、目敏い者は当然のようにそれに気が付く。

 時間的に午後四時くらいだというのもあって、次第に人が増えてくる時間帯ではあるものの、それでもまだそこまで多くはない。

 もしもっと遅い時間であれば、より多くの者達の注目を集めていただろう。


「じゃあ、私達は担当の受付嬢のところに行くから」

「ああ、俺も同じ感じだ。それが終わったら酒場で会おう」


 そう言葉を交わし、レイとナルシーナ率いるオルカイの翼は別行動となる。


(というか、俺以外にも担当の受付嬢っているんだな。……オルカイの翼はガンダルシアの上位に位置するパーティだし、それも当然か)


 そんな風に思いながら、レイはアニタのカウンターに向かう。

 アニタの前にはレイ以外に二人が並んでいたのだが、レイが来たと判断するとすぐに場所を譲る。

 これがアニタのファンであれば、レイが来ても場所を譲るといったことはしなかっただろう。

 だが、幸いなことにアニタの前にいる者達の中にはアニタのファンはいなかった。


「お帰りなさい、レイさん。今日も無事に戻ってきたようで何よりです」

「ああ、今日は十八階まで行ったよ」

「そのようですね。ナルシーナさんと一緒に戻ってきたようですし、そうだとは思っていました。それで、今日はどのような用件でしょう?」

「素材の売却……と言いたいところだけど、残念ながら売れる素材は殆どない。十八階で遭遇したモンスターはリビングメイルと影の騎士だ。倒したところ、前者は鎧と武器、後者は魔石だけしか残さなかった。売れるとすれば青い虎の素材くらいか」

「……えっと、ではその青い虎の素材を売る為に私のところに?」


 アニタにしてみれば、こうしてレイが来たのだから、何か素材を売りにきたのではないかと、そう思っていたのだが。


「素材は青い虎以外の物はなかったけど……十八階でこういうのを入手してな」


 そう言うと、レイはミスティリングからステンドグラスを取り出す。

 入手したステンドグラスの中でも、小さな物だ。


「……これは?」

「十八階にある……ステンドグラスと言って分かるか?」

「あ、はい。見たことはありませんが、どういう物なのかは知っています。……これが……」

「十八階にはこういうステンドグラスが高い場所にある。セトがいるから、ステンドグラスの周囲を切断して回収してきた訳だが、これは買い取れるか?」

「その、申し訳ありませんが、分かりません。今までこのような物が持ち込まれたことはありませんでしたから」


 困った様子を見せるアニタに、レイはだろうなと頷く。


「ギルドで買い取ってくれるのなら、後でその値段を教えてくれ。他にも幾つもあるし、ダンジョンの修復機能を考えれば、これからもっと大量に入手出来ると思う」

「……ちょっと待って下さい。それ、本当に大丈夫なんですか?」

「十八階……神殿の階層のステンドグラスのある場所だけの一部を切り取ってるから、ダンジョンの修復機能で問題ないと思う」


 そうレイが言うと、アニタは難しい表情を浮かべる。

 レイが言う通り、ダンジョンの修復機能を考えれば問題がないように思える。

 また、このステンドグラスは非常に美しく、もし売るとなれば欲する者は多いだろう。

 オークションを行うにしろ、あるいは普通に売るにしろ、それがギルドにもたらす利益は大きい。

 だが同時に、ダンジョンの修復機能に本当に問題がないのかという疑問もそこにはあった。

 本当に問題がないのならいい。

 しかし、もしダンジョンの修復が間に合わなかったら……


(大丈夫よね? 今の話を聞いてる限りだと、レイさんしか手に入れられないみたいだったし)


 アニタは心配するも、この件は受付嬢ではどうしようもないと、口を開く。


「その、この件については私では判断出来ないので、上に決めて貰う必要があります」

「それは別に構わないけど、そうなると決まるまではステンドグラスは溜まる一方になりそうだな」


 ギルドの方針がいつ決まるのかは、レイも分からない。

 だが前例のないことである以上、どうしても時間が掛かるのは間違いなかった。

 だからこそ、レイにとっては時間が掛かれば掛かる程、ステンドグラスが溜まるということを意味していた。

 ……十八階を探索してる間は毎日のようにステンドグラスを確保出来るだろうし、十八階の探索が終わって十九階の探索を行うにしても、十九階に行く途中に十八階のホールに寄ってステンドグラスを回収出来る。

 二十階に到達しても、転移水晶を見つけるまでは十八階を通る必要があり……


(あ、でもそう考えると、実はそこまで大量に入手出来ないのか?)


 今日、レイ達がナルシーナ達にあっさりと追いついたのを見れば分かるように、レイとセトのダンジョンの探索速度は非常に速い。

 だからこそ、十八階の地図にない場所を埋めて、十九階を攻略し、二十階に到達し、転移水晶を見つけるというのは、そこまで時間は掛からない。

 だからこそ、ステンドグラスを入手する機会そのものはそこまで多くはなかった。

 ……この場合、もしギルドがステンドグラスを欲しい場合、レイに依頼をするしかない。

 十八階で行動出来る冒険者達はそれなりにいるが、ステンドグラスがあるのはホールの天井だ。

 そこまで移動し、それもステンドグラスを割らないようにして天井を斬り裂いて持ってくる……それも運ぶ時もステンドグラスを割らないようにするというのは、セトがいて、ミスティリングを持つレイだからこそ出来ることだった。


(ナルシーナ達は簡易版のアイテムボックスを持っているから、どうにかステンドグラスを確保出来れば、運べるだろうけど。もしギルドからステンドグラスの採取……採取? まぁ、とにかくそういうのを依頼されたら、ナルシーナ達に任せてもいいかもしれないな。どうやってステンドグラスを確保するのかはナルシーナ達に考えて貰うとして)


 そんな風に思いつつ、レイはアニタとの会話を続ける。


「ステンドグラスの件については任せた、後は宝箱が二個……あ、いや。違う。三個あるから、いつものように頼む」


 三個のうちの一個は、実はお土産として持ち帰る筈だった……いや、持ち帰った筈だった物。

 本来ならビューネに渡そうと思っていたのだが、ギルムに戻ってからはそれどころではなく、本当に忘れてしまっていた。

 それをふと思い出したので、この機会に開けておこうと思ったのだ。


「十八階の宝箱が三つですか。そうなると、かなり難しいですね。いっそ、一人一個という風にして三人に頼んでみては?」

「ん? ああ、いや、違う。十八階で入手したのは二つだけで、一つは……あれ、何階だったか。取りあえず俺がギルムに帰る前に入手して忘れていた宝箱だから、十五階よりも上の階層で入手した宝箱になる」

「え? そうなんですか? ……ちなみに、本当にちなみにの話ですが、その宝箱はしっかりとそれだと分かるんですよね? そうでないと、場合によっては十五階よりも上の宝箱なら自信があると思って挑戦した冒険者が、実は十八階の宝箱に挑戦するといったことになりますが」


 真剣な表情で尋ねるアニタ。

 受付嬢として、その辺りについては絶対に間違ったことを、あるいはいい加減な内容で依頼を受理することが出来ないのだろう。

 ……当然ではあったが。

 もしレイが同じような目に遭ったら、ふざけるなと、そう依頼を出した相手を怒鳴りつけるだろう。

 そうならないようにする為に、レイはアニタの言葉に頷く。


「ああ、その辺は問題ないから安心してくれ」


 自信満々な様子で言うレイ。

 そんなレイに、アニタは確認するように言う。


「本当に、本当に大丈夫なんですね?」

「心配するな。……とはいえ、それでも結構深い階層の宝箱なのは間違いないし、開けるのは難しいかもしれない」

「……分かりました、取りあえず十五階よりも上の階層の宝箱が一個と、十八階の宝箱が二つですね。その、十五階よりも上の宝箱は十六階以降の宝箱よりも報酬が安かったと思いますが、どうします?」

「報酬? 面倒だし、全部一緒でいいよ。金貨六枚か、宝箱の中身の割合によってだ」

「え? その……いいんですか? そうなると多分、十五階よりも上で見つかった宝箱は金貨の方を選ぶと思いますけど」

「それでいいのなら、別に構わない」


 レイにしてみれば、金貨二枚と金貨六枚では、感覚的にそう違いはない。

 それこそ金が足りなくなったら素材を売るなり、あるいは盗賊狩りでもすればいいだけなのだから。

 また、今日はナルシーナとの情報交換が終わった後は、最近何度か行ってる防具屋に行って十六階で入手した鎧を売ってみようかと思っている。

 他に魔剣や魔槍、あるいはマジックアイテムの鎚といった諸々もミスティリングに入っているので、売ってもいい。

 ……もっとも、魔槍だけは投擲用に残しておきたいとレイは思っていたが。


「……分かりました。レイさんがそれで構わないのでしたら」


 アニタはあっさりと報酬を決めるレイに対し、微妙に何かを言いたそうにしている。

 とはいえ、報酬を安くしようとした訳ではなく、高くしたのだ。

 それも信じられない程に高くした訳ではなく、かなり高いが……まぁ、納得出来るかも? といったくらいの額。

 だからこそ、アニタはレイの言葉を素直に受け入れた。


「では、それ以外はいつも通りで?」

「そうだな。ただ、これから酒場でナルシーナと十八階の情報交換をする予定だ。だから依頼を受けたら酒場に来るように言ってくれ」

「酒場に? ……はい、分かりました。ただ、酒場はこれから混む時間帯になるので、依頼を受けた人がレイさんを見つけることが出来るかどうかは分かりませんが。それに、十五階よりも上の宝箱は別口であるので、依頼を受ける人が二人……いえ、十八階の宝箱が二つとなると、もしかしたら三人になると思いますが、その時はどうします?」

「どうするとは?」

「全員が揃ってから依頼を受けるか、それとも一人でも依頼を受ける人がいたらレイさんに会いに行かせるかということですが」

「ああ、なるほど。それなら決まったらどんどん人を寄越してくれ。下手に全員が集まるのを待つとなると、待ってる方は面倒だろうし。……出来れば、宝箱を三個全部開けるという形で依頼を受けてくれると助かるけど」

「全部一緒になると……少し難しいかと」

「ああ、別に絶対って訳じゃない。あくまでも出来ればでいいから。……それで、ステンドグラスの件についてはどうすればいいんだ?」

「ステンドグラスについては、こちらを預かっても構わないでしょうか? 上に説明するにも、現物があった方がいいでしょうし」

「別にいいぞ」


 ステンドグラスはこのガンダルシアにおいては非常に貴重なのだが、レイはあっさりと頷く。

 レイにしてみれば、十八階に行けば容易に入手出来る物なのだから。

 同時に現時点においてはレイしか入手出来ない物である以上、もし渡したステンドグラスを誰かが盗むなり奪うなりした場合、レイはもうその相手にステンドグラスを売らないという選択も出来る。

 また、レイの物を奪ったということで敵対したということになり、レイがその相手を攻撃する大義名分も手に入る。

 ……アニタもレイの考えを全て理解している訳ではないだろうが、それでも渡されたステンドグラスをなくするようなことは絶対にしないようにすると思うし、上司にステンドグラスを見せた時も、そうならないように注意しておこうと思う。


「ありがとうございます。では、そのようにさせて貰いますね」


 アニタが頭を下げ、レイの用事はこれで終わる。


「さて、ナルシーナ達は……あ」


 ナルシーナ達の姿を捜したレイは、まだ受付嬢と交渉しているその姿を発見する。

 レイの場合は結局素材を売るようなことはせず、ステンドグラスの取り扱いについてと、宝箱を開ける募集をするだけだったので、そんな時間が掛からずに終わったのだが……ナルシーナ達は簡易版のアイテムボックスの中に素材を入れていた為か、その素材を取り出したり、説明するのに時間が掛かっているらしい。


(なら、先に酒場で待ってるか)


 そう考え、レイは先に酒場に向かうのだった。

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