4049話

「まぁ、ダンジョンについてこれ以上考えるのはどうかと思うし、ダンジョンだからということで納得するしかないか」


 セトがレベルアップした地中潜行は、十mもの深さを潜ることが出来るようになっていた。

 十mもの深さをセトが潜れば、本来ならこの十八階よりも下、十九階に届いてもおかしくはないのではないかと思ったのだが、セトは十九階に行くようなことはなかった。

 それはつまり、ダンジョンがそれだけ不思議な場所であるということを意味していた。

 レイもダンジョンは色々な意味で特別な場所であると知っているので、だからこそセトの今回の行動についてはそういうものだと思うことしか出来なかった。


「グルルゥ?」


 レイの言葉を聞いていたセトだったが、セトはレイの持っている魔石に気が付き、それはどうしたの? と喉を鳴らす。


「ん? ああ、この魔石か。セトのスキルを調べる為にここで待っていたら、リビングメイル……それも四本腕の上位種か希少種と思われる敵が現れてな。それを倒した時に入手した魔石だ」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトはそういうことがあったんだと驚く。


「それでこの魔石だけど、デスサイズに使ってもいいか?」

「グルゥ!」


 セトは勿論! と喉を鳴らす。

 セトが四本腕のリビングメイルと戦っていれば、もしかしたらその魔石を自分が使ってみたいと言ったかもしれない。

 だが、今回は違う。

 完全にレイだけで戦って倒したモンスターの持っている魔石であったのだから、その魔石をデスサイズが使うというのに反対するつもりはなかった。


「悪いな、セト」


 レイはそんなセトを軽く撫でると、早速魔石を使うことにする。

 セトから少し離れ、デスサイズを手にし、魔石を放り投げると……

 斬、と。

 デスサイズの一撃によって、容易に切断される。


【デスサイズは『ペインバースト Lv.七』のスキルを習得した】


 脳裏に響く、アナウンスメッセージ。

 それはレイにとって少し意外なスキル。


(鎚を持っていたし、パワースラッシュのレベルが上がるかと思ったんだけどな。……そうなれば、レベル十になっていたのに)


 残念に思いつつも、四本腕のリビングメイルが持っていた鎚を思えば、ペインバーストのレベルが上がったのも納得は出来る。

 納得は出来るのだが……


「さて、そうなるとどうやってこのスキルを検証するかだよな」


 ペインバーストは見て分かる程の威力がある訳ではない。

 例えばこれが、レイが上がって欲しかったと思うパワースラッシュであれば、その一撃がどれだけの威力を持つのかは、使ってみれば一目で理解出来る。

 ペインバーストの場合は対象がいないのもあって確認のしようがないのだ。

 ……本当に最後の手段として考えれば、自分に使ってみるといったものもない訳ではない。

 だが、もしそのようなことをすればどうなるか。

 今よりもっとレベルが低い時、他の相手にペインバーストを使ったことがあるが、その時の相手の痛がりよう……いや、寧ろ発狂してるのではないかと思えるようなそんな様子を見れば、自分で自分に使ってみたいとは到底思えなかった。


(いや、でもそこまで痛くないように……そう、例えばデスサイズの切っ先でちょっと、本当にちょっと指先を突いてみる程度のことなら、どうだ?)


 ふとそんなことを考えるレイだったが、そうした場合でも一体何を基準にして何倍の痛みになるのかということが分からない。

 ペインバーストを使わずに一度指先を突いてみて、それからペインバーストを使うという方法も考えたが、痛みが増幅したからといってそれが具体的に何倍なのかというのも分からない。


(そう考えてみると、ペインバーストの痛みを増す倍率ってのは、一体何を基準にしてるんだ?)


 ペインバーストについての疑問を抱くレイだったが、改めて考えてみればそもそも魔法やスキルといった未知の存在によるものである以上、何がどうなのかといったように疑問を抱いても、それは意味がないと思い直す。


「自分に使うから怖い訳で、そうなると後で誰か別の相手に使ってみるしかないか」

「グルゥ?」


 結論を――結局以前レベルが上がった時と同じものだったが――口にするレイに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに何でもないと首を横に振る。


「取りあえず、ナルシーナから貰った地図にはそれなりに新しい場所を描くことが出来た。宝箱も二つ入手したし、そろそろ戻るか? 素材……というか、入手した鎧とか、武器の件もあるし」

「グルルゥ……グルゥ」


 レイの言葉に、セトは少し残念だけど仕方がないねと、そう喉を鳴らすのだった。






「え? ちょ……レイ? どうしたの、何か私に用事があった?」


 十八階の神殿の階層から戻ることにしたレイはセトに乗って移動し、溶岩の階層にある転移水晶に到着したのだが……丁度そのタイミングで、ナルシーナ率いるオルカイの翼の面々に追いついてしまった。

 ナルシーナにしてみれば、ちょうどこのタイミングでレイ達がやって来たのだ。

 もしかして自分がレイ達と別れた後で何かあって追ってきたのではないかと思ったのだが……レイはそんなナルシーナの言葉に首を横に振る。


「いや、別にそういうつもりじゃない。ただ、それなりに収穫もあったし、十八階の探索は今日が初めてだったから、そろそろ地上に戻ろうとしただけだよ」

「……え? じゃあ、探索をして、それから追ってきて……私達に追いついたの? 嘘でしょ……」


 レイの言葉を聞いたナルシーナが信じられないといった様子で呟き、オルカイの翼の面々もそんなナルシーナの言葉に同意するように唖然とした表情を浮かべている。


「あー……うん。何かごめん?」


 今まで不思議とこういうことはなかったので、ナルシーナの言葉にレイも微妙にどう反応していいのか分からない。

 そう思っていたレイだったが……


「そう言えば、情報交換するって話があったよな?」

「……え?」


 ナルシーナにしてみれば、まさかこのような場でそんなことを言われるとは思っていなかったのか、戸惑いの声を上げる。

 ナルシーナにしてみれば、情報交換をしようということで、自分達が十八階で別れた時に地図を――正確には試し書きの地図だが――渡してきたのだ。

 それは言ってみれば、レイ達に恩を売るという一面もあっただろう。

 十八階の情報を殆ど知らないだろうレイ達だけに、試し書きの地図であっても十分役に立つだろうと。

 だが、それからまだそんなに時間が経っていないのに、こうしたことを口にするということは、何らかの情報を持っている筈であり、そんなレイに対してナルシーナ達はこうして地上に戻ろうとしていた以上、何か話せるような情報はない。


「ほら、地図。……俺とセトが探索した部分はこうして描き足しておいた。さっきも言ったけど、今日が初めての十八階だから、あまり無理はしなかったが」


 そう言い、レイは地図をナルシーナに見せる。

 その地図を見たナルシーナは、確かに自分の渡した地図に描き足されているのを見て取る。

 レイはまだ地図を描く作業には慣れていないらしく、言ってみれば粗雑な地図だ。


「これは……凄いわね。この短時間でここまで探索を進めたの?」

「短時間? まぁ、そうだな。考えようによっては短時間と言ってもいいかもしれないな」


 レイにしてみれば、それなりに長時間探索を続けたつもりだった。

 だが、ナルシーナにしてみれば自分達と別れてから、こうして転移水晶のある場所で追いつかれたのだから、短時間だとそのように思っても仕方がない。


「ナルシーナ、レイ。話をするのなら、ダンジョンから出てからにしようぜ。このままここで話をしても、無駄に体力を消耗するだけだ」


 ナルシーナの仲間の一人がそう言う。

 口にしたのはその一人だけだったが、他の仲間もその言葉に同意するように頷いている。

 レイはドラゴンローブの簡易エアコンの効果で、セトはグリフォンという種族上、この溶岩の階層であっても暑さを感じるようなことはない。

 だが、それはあくまでもレイとセトだからだ。

 ナルシーナやその仲間達にしてみれば、サウナの中で動いている……あるいはサウナよりも暑い場所で動いているようなもので、こうして話しているだけでも絶え間なく汗が流れていた。

 この階層でなければ出来ないことをするのならともかく、レイとナルシーナがやっているのは、ただ話をしているだけだ。

 ……もっとも、その話の内容はダンジョンを攻略する上で非常に重要な内容も含まれているので、迂闊に他の者に聞かせてもいいようなものではないのだが。

 とはいえ、ナルシーナもまた十五階で話を続けるのは厳しいのも事実。


「じゃあ、レイ。地上に戻ったら、十八階についての話をしない? ……もっとも、レイ達と別れてから私達はこうして真っ直ぐここに向かっていたんだから、情報を一方的に貰うだけになってしまいそうだけど」

「それは別に構わない。この地図を貰っただけで、俺にとっては十分な利益があったし」


 もし地図がなければ、それこそ行き当たりばったりといったように移動をするしかなかった。

 これが例えばこの溶岩の階層であったり、ジャングルの階層、海の階層といったような場所であれば、セトが空を飛んで移動することによって、自由に……好き勝手に移動出来る。

 だが、神殿の階層や以前攻略した洞窟の階層のような場所となれば話は違う。

 迷路型のダンジョンであるが故に、その階層を攻略するにはその迷路に沿って移動する必要がある。

 レイやセトにとっては、非常にやりにくい……苦手と言ってもいいような、そんな階層だった。

 そんな中でナルシーナから渡された地図があれば、ダンジョンを攻略する際にかなり楽になる。

 ナルシーナからの地図には既に十九階に下りる階段のある場所も描かれているのも大きい。

 今は未知のモンスターとの遭遇や宝箱の発見といったようなことをする必要があるので、まだ地図で埋まっていない部分を埋めているが、それが終わればレイはすぐにでも十九階に下りるつもりだった。

 ……もしレイがダンジョンに挑む冒険者であっても、その日暮らせるだけの金を稼げればいいのなら、わざわざそんな危険な事はしないだろう。

 実際、ガンダルシアの冒険者の中にはそうやって暮らしていけるだけの金を稼げればいいと考える者は決して少なくはない。

 そういう者達にしてみれば、安全に稼げる場所ではなくダンジョンのもっと深い場所に向かうのは、馬鹿のやることだと思ってもおかしくはない。


「そう言って貰えると助かるわ。じゃあ……ダンジョンの酒場で話をしましょう」

「俺はいいけど、そっちは構わないのか?」


 そうレイが聞いたのは、ダンジョンの攻略が終わったら打ち上げをするのは珍しいことではないと理解していた為だ。

 レイはソロで行動しているので、そういうことはしていない。

 せいぜいがダンジョンを出たら家に戻るまでの場所にある屋台で何かを買い食いするだけだろう。

 ……もっとも、その代わりに家で待っているメイドのジャニスにダンジョンで入手したモンスターの肉を渡し、料理して貰っているが。

 レイが潜っている階層を考えると、レイが持ってくる肉は間違いなく高級品で、普通の冒険者達が打ち上げで使う金額よりもその肉の値段は高い。……それこそ数倍、場合によっては打ち上げで使う金額の十倍近い値段の肉というのも珍しくはない。

 それを料理するジャニスは、当然ながらレイのメイドとして働いている以上、レイが持ってくる肉の値段については正確には分からないまでも、非常に高価な肉であるというのは理解していた。

 日本人に分かりやすく表現するのなら、毎回最高級、しかも誰でも知っているようなブランド牛の……それも一際値段の高い部位を纏めて持ってくるようなものだろう。

 実際にはそれ以上の値段差があったりするのだが。


(あ、そう言えば今日は肉らしい肉はないな。……ああ、いや。青い虎の肉があったか)


 神殿の階層で遭遇したのは、リビングメイルと影の騎士、そして青い虎だ。

 前者二つはどちらも肉を残すようなモンスターではない。

 そんな中で唯一の肉は、青い虎の肉だった。


「別に構わないわよ。ダンジョンの攻略についての情報の方が重要でしょう? ねぇ?」


 ナルシーナの言葉に、他のパーティメンバー達は特に不満そうな様子もなく頷く。

 レイに地図を渡した時は色々と言いたげだったものの、実際にこうしてレイが情報を持ってくる以上、それに対する不満はないのだろう。


「なら、それで頼む。……ああ、けどその前にギルドに素材を売ったり、宝箱を開けられる者を募集したりするから、俺がそっちに行くには少し時間が掛かると思う」


 そうレイが言うと、宝箱を見つけたのかと、ナルシーナ達は驚くのだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.七』new『ペネトレイト Lv.八』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.七』『地中転移斬 Lv.五』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.三』『緑生斬Lv.一』



ペインバースト:スキルを発動してデスサイズで斬りつけた際、敵に与える痛みが大きくなる。レベル二で四倍、レベル三で八倍、レベル四で十六倍、レベル五で五十倍、レベル六で六十倍、レベル七で七十倍。

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