4048話

「うわ……セト、凄いな」


 レイが今の戦闘……という表現が正しいのかどうかは分からないが、とにかくセトのファイアブレスを使った問答無用の殲滅を見て、そう言う。

 セトのファイアブレスの効果によって、袋小路となっている場所は現在猛烈な暑さとなっていた。

 それこそ真夏の日差しとも比べものにならないくらい……いや、日中の砂漠と比べても、こちらの方がまだ暑い……熱いくらいには。

 レイは簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを装備しているのでそんな中にいても全く熱くは感じていなかったが。

 そしてセトは、グリフォンなのでこの程度なら全く問題はない。

 そんな一人と一匹は、そんな周囲の環境を気にした様子もなく、まるで珍しい光景でも眺めるかのように、見ていた。

 数分が経過し……


「セト、いつまでも眺めているのは何だし、魔石を使ってみないか? 最初に出て来た影の騎士の魔石は俺が使ったから、次はセトの番だろ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして魔石が落ちている場所まで行くと、魔石をクチバシで咥え、そのまま飲み込む。


【セトは『地中潜行 Lv.五』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それはレイにとっても、半ば予想出来ていた内容だったこともあってか、レイはそこまで驚かない。


(いやまぁ、翼刃辺りのレベルが上がってもおかしくはなかったと思うけど。それに地中潜行のレベルが影の騎士の魔石で上がるのは……何だか、少し無理矢理すぎないか?)


 そうは思うものの、地中潜行はそれなりに使うスキルである以上、そのレベルが上がったのはレイにとっても嬉しかった。


「グルルルゥ!」


 レベルが上がったセトは、嬉しそうにレイに近付いて喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でる。


「セト、レベル五達成おめでとう。……それで、レベル五になって一気に強化された筈だけど、それがどのくらい強化されたのか分かるか?」

「グルゥ? ……グルルゥ」


 レイの言葉に、セトは実際に試してみないと分からないと喉を鳴らす。


「なら、試してみるか」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、いいの? と喉を鳴らすセト。

 だが、レイは当然のようにセトに向かって頷く。


「今までにもスキルがレベルアップしたり、新しく習得した場合は試してきただろう? なら、ここで試さないという手はない。ただ、地中潜行はどのくらいの時間潜っていられるのかも調べる必要があるし……そうだな。これがあればいいか」


 レイはそう言い、ミスティリングから懐中時計を取り出す。

 マジックアイテムの懐中時計は、日本でよくある腕時計のようにストップウォッチ機能のようなものはないが、それでも大体の時間を確認することは出来る。


「よし、セト。これで限界まで地中にいられる時間を調べてみるから、そのつもりで頼む」

「グルルゥ!」


 セトは任せてと喉を鳴らすと、レイから少し離れ……


「グルルルルルルルゥ!」


 地中潜行のスキルを使い、地面に……この場合は床にだろうが、潜っていく。

 それは床の中に潜るといった行為の筈なのに、まるで水の中に潜っているかのような、そんな行動だった。

 見ているレイにしてみれば、相変わらず地中に潜るとは思えない光景だった。

 そんな風に思いつつ、レイは懐中時計を見る。


(レベル四の時は、地下五mを四分だったな。けど、レベル五になってスキルは一気に強化された訳で……そうなると、もっと深い場所を長時間潜っていられる筈だ)


 そんな風に懐中時計を見ていたレイだったが……ふと、ガシャ、ガシャという音が聞こえてくる。

 聞き覚えのあるその音に、こんな時に来なくてもと眉を顰める。

 とはいえ、近付いてくる敵の存在を察知した以上、それに対処する必要があるのも事実。

 そしてセトが地中に潜っている時間を計っている以上、懐中時計をミスティリングに収納する訳にもいかないのも事実。


(なら、どこかに置くか? いや、けどそうなると戦いの余波が……となると、まだ俺が持っていた方が安全か)


 懐中時計をミスティリングから取り出した布で包み、腰のベルトに結ぶ。

 丁度、ネブラの瞳を付けている反対側に。

 激しく動いても揺れて落ちないようにしっかりと結び……丁度結び終わったタイミングで、袋小路となっている場所に一匹のモンスターが姿を現す。


「あれ?」


 聞こえてきた歩く音、その金属音から、恐らくこの階層で遭遇したことのあるリビングメイルなのだろうと思っていた。

 思っていたのだが、姿を現した敵は予想とは違っていた。

 いや、リビングメイルであるのは間違いない。

 また、その鎧に精緻な飾りが彫られているのも同様だ。

 この神殿に出て来る敵として相応しい……そんな相手。

 しかし、そこまでは同じでも明確に違う場所もある。

 具体的には、腕が四本あるというのが大きな違いだろう。

 また、以前レイが倒したリビングメイルは大剣と柄の長い槍を持っていたが、今こうして姿を現したリビングメイルが持っているのは、金属で出来た鎚。

 金属で出来ている以上。見るからに重量があり、その鎚を振り回され、それに当たった場合は致命的なダメージを負ってもおかしくはない、そんな鎚。


(それに……大剣と槍のことを考えると、多分この鎚もマジックアイテムなんだろうな)


 一歩、また一歩とゆっくり近付いてくるリビングメイル……いや、リビングメイルの上位種か希少と思しき相手を見て、そう思う。

 鎚という武器を持っているからだろう。

 その動きは決して素早くはない。


(まぁ、今はジリジリと間合いを詰めようとしてるんだろうし、そう考えればおかしくはないか?)


 そう思いつつ、レイはデスサイズと黄昏の槍を構える。

 四本腕のリビングメイルは、そんなレイの動きを見てピタリと動きを止めた。

 だが、それも一瞬。

 再び動き始める。

 ただ、その動きは先程までと比べても明らかに遅い。

 ……いや、この場合は慎重になっていると表現する方が正しいだろう。

 そんな様子で一歩、二歩と動き……最初に攻撃をしたのは、レイ。

 鎚も柄がかなり長いものの、それでもデスサイズや黄昏の槍と比べると間合いは短い。

 その為、攻撃の範囲はレイの方が有利だった。

 ましてや、レイが放ったのは黄昏の槍による突き。

 ただし、その一撃の速度は敢えて防がれるように……鎚による防御を行わせるようにという一撃。

 四本の腕で鎚を持っている為だろう。

 リビングメイルは、重い鎚を持っているとは思えない程に鎚を振るい、その一撃によって黄昏の槍の一撃は防がれる……が、それはレイの狙い通り。

 ただ、鎚の扱いが予想以上に素早いのがレイにとっては少し厄介だった。


「その首寄越せ!」


 それはそれとして、最初の一撃を防いだことによってリビングメイルは次の行動に出るのが一瞬遅れる。

 実際には槍の突きが防がれるかどうかといったところで、既にレイはデスサイズを振るっていたのだが。

 レイが狙うのは、当然のように首。

 正確には首を切断し、首のあった場所から魔石を取り出すこと。

 リビングメイル……その上位種が希少種である以上、この鎧は当然のように強力な鎧として使えるのは間違いないのだから。

 もっとも、このリビングメイルは腕が四本あるので、鎧として使う際にはその部分をどうにかする必要があるが。

 ともあれ、デスサイズの刃は真っ直ぐにリビングメイルの首に向かい……


「っ!?」


 その進路上に、四本の腕の一本が現れる。

 鎚を四本の腕で持っていたリビングメイルが、その中の一本を盾代わりにと、首を守る為に突き出したのだ。

 このままでは腕を切断する。

 それでもレイはデスサイズの一撃なら腕を切断した後でも、そのままリビングメイルの首を切断出来るだろうとは思っていた。

 思っていたが、どうせならリビングメイルは完品のまま欲しい。

 一瞬でそう考え、デスサイズを持っている右手の手首を返す。

 これがデスサイズ本来の重量……とまではいかずとも、相応の重量があった場合は手首に大きな負担が掛かるだろう。

 だが、レイにとっては幸いなことに、デスサイズはレイに重量を感じさせない。

 その為、本来なら百kgの重量があっても手を動かすのに何の問題もなかった。

 結果として、デスサイズの刃は上に向けられ、リビングメイルの腕を回避し、それが終わったところで再び手首を返し、刃は下に向き……リビングメイルの首に掛かった瞬間、レイは手早く引く。


「あ」


 レイの狙い通り、デスサイズの刃は見事にリビングメイルの首を切断した。

 切断したのだが、手前に引く動きをした結果、リビングメイルの持つ二本の腕を肘の辺りで纏めて切断してしまう形となる。

 これは、レイにとっても予想外……いや、大いなる失態と言ってもいいだろう。

 ましてや、魔力を込められたデスサイズは、殆ど抵抗らしい抵抗もないままにリビングメイルの腕を切断してしまっていた。

 とはいえ、自分の失態に思わず声を出してしまったレイだったが、それでもまだ戦闘中だ。

 リビングメイルというモンスターの構造上、頭部を切断されても死にはしないのだから。

 そのまま床を蹴ってリビングメイルとの間合いを詰めるレイ。

 既にこの時、邪魔になるデスサイズと黄昏の槍はミスティリングに収納されており、レイは何も持っていない状態だ。

 リビングメイルは一体どうやってレイの存在の察知しているのか、残った二本の腕……盾にしたが刃に切断されなかった腕と、元々鎚の柄を握っていた腕。その二本の腕でレイに向かって鎚を振るう。

 だが、本来なら四本の腕で振るう鎚だ。

 二本の腕となると、振るうことは出来るものの、鎚の速度は本来の一撃と比べればどうしても遅くなる。

 結果として、レイはそんな鎚の一撃を掻い潜って跳躍し、リビングメイルの肩に立つ。

 とはいえ、リビングメイルは鎚を振るっている状態なので、その上に立つのはかなり難しい。

 難しいのだが、その辺はレイの持つ驚異的ななバランス感覚で耐えており……そのまま頭部を切断され、胴体に続く穴に手を伸ばし、魔石を握ると素早くリビングメイルの身体から離れる。

 ガシャ、ガラガラガラガラ……

 そんな音を立てながら、レイが離れた瞬間にリビングメイルの身体が崩れる。

 魔石を抜かれたことで、リビングメイルとしての身体を保つことが出来なくなったのだろう。


「とはいえ……腕を二本切断してしまったのは、失敗だったな」


 魔石を眺めつつ、レイは残念そうに……本当に心の底から残念そうに呟く。

 もっとも、元々四本腕の鎧だったことを考えれば、この鎧を売った防具屋で調整して、ある程度はどうにかなるのではないかと、そうレイは思い直す。

 実際にそれが出来るのかどうかは分からない。

 分からないが、それでもリビングメイルの上位種か希少種である以上、防具屋としても強力な鎧として売りに出す為にその辺はどうにかするだろうと、そうレイには思えた。


「ああ、それと……」


 魔石を手にしたまま、開いている方の手で左腰の部分を探る。

 そこにはリビングメイルとの戦闘の前に布で包んだ懐中時計があり……


「よし、無事だな」


 レイが懐中時計を調べてみるが、特に壊れた様子もない。

 また、懐中時計の時間を確認してみると、セトが潜ってからまだ五分程しか経っていない。

 それはつまり、レイが今のリビングメイルと戦ったのは五分にも満たない時間だったということになる。


「後は、セトが戻ってくるまで待つだけか。魔石は……セトが戻ってきてからだな」


 セトが地中潜行を使っている今、ここで魔石を使ってしまえばセトにアナウンスメッセージは届く。

 そうなると、一体何があったのかということで、まだ限界でもないのに地中から戻ってくるかもしれない。

 その為、レイは魔石と懐中時計を持ったまま、倒したリビングメイルの鎧をミスティリングに収納していく。

 デスサイズで切断した腕の部分や、鎚も同じく収納する。

 そうして作業をしていると……


「グルゥ!」


 やがて限界となったのか、セトが地中から姿を現す。

 そんなセトの様子を見つつ、懐中時計を確認すると……


「十分か。一気に倍になったな」


 レベル四の時は四分だった。

 それがレベル五になって十分となったのだから、それはレイにとって驚くべきことだった。

 もっとも、レベル五に達したことを思えば、そうおかしくはないのかもしれないが。


「それで、セト。地中潜行でどのくらい下まで潜れるようになった?」

「グルゥ、グルルルルゥ、グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らす。

 レイはセトの言葉を理解出来るが、それでも全てを完璧にという訳ではない。

 だが、それでも何とか意思疎通を行い……


「地下十mって……よく十九階に届かなかったな」


 ダンジョンの出鱈目さに、呆れたようにレイはそう言うのだった。






【セト】

『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.三』『魔法反射 Lv.二』『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』new『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.三』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.一』



地中潜行:その名の通り地中を水の中のように移動出来るようになる。レベル一では地下二mの場所を最大一分、レベル二では地下三mを二分、レベル三では地下四mを三分、レベル四では地下五mを四分、レベル五では地下十mを十分移動出来る。

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