4047話

 影の騎士の魔石を使った後、レイは再びセトと共に十八階の探索を続けていた。


「出来ればセトの為にも、もう一匹さっきの影の騎士が現れてくれればいいんだけどな」

「グルゥ」


 レイの隣で、セトはレイの言葉に同意するように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、先程の魔石はレイに……より正確にはデスサイズに譲ったものの、だからといって自分が未知のモンスターの魔石を使いたくないという訳ではない。


「とはいえ、地上に戻ったら色々とやるべきことはあるし……もう少し探索を続けたら、地上に戻るか?」


 レイの場合はセトに乗って空を飛んで移動出来るので、十七階の海の階層のような場所は勿論、十六階のジャングルの階層、十五階の溶岩の階層といった場所でも、かなりの速度で移動出来る。

 そういう意味では、寧ろこの神殿の階層の方がセトが自由に飛べないという意味で、厄介な場所だった。

 それでもセトに乗って移動出来るので、他の一般的な冒険者と比べても、移動速度という点では間違いなく上ではあったのだが。

 実際、もし今からレイとセトが戻っても、レイ達がこの階層に下りた時に遭遇した、ナルシーナ率いるオルカイの翼というパーティに追いつき、追い越し、十五階にある転移水晶まではレイ達の方が早く到着するだろう。

 そういう意味で、移動速度が非常に速いレイとセトはダンジョンを探索する上で非常に有利だった。


「ん? 分かれ道か。……セト、どっちに行きたい?」

「グルゥ……」


 レイの言葉にセトは悩むように喉を鳴らす。

 既にナルシーナから貰った地図の範囲外に出ているので、地図は当てにならない。

 そうなると、それこそレイとセトが勘であったり、第六感であったり、何となくであったりといった方法で道を選ぶ必要がある。

 レイもそれなりにその手の感覚には自信があるが、やはりセトの方がその手のことには鋭いのではないかと思えるので、セトに任せてみる。

 セトもレイに期待されているのは分かるので、やる気になって少し考え……


「グルゥ!」


 右の道を見て、喉を鳴らすセト。

 具体的に何があってそちらを選んだという訳ではない。

 それこそセトが勘で選んだ方向だったが、レイとしても何か根拠があってどちらの道の方がいいといったことは選べない。

 そんな訳で、レイはセトが選んだ通路に特に何も思わず、そちらに進む。

 ナルシーナから貰った地図には、当然ながらこの分岐についてもきちんと描いておく。


(とはいえ、やっぱり俺はこういうのに向いてないし……そもそも、ナルシーナが描いた地図も詳細については分からないんだよな。……まぁ、この辺については次にナルシーナに会った時、見せればいいか)


 地図にはレイが普通に自分の通った道を描いているが、実は現在レイ達のいる場所はナルシーナの描いた地図のどこかかもしれない……そんな可能性も十分にあった。

 ……いや、そう思っていたと、過去形で言うのが正しい。

 何故なら……


「よし、宝箱だ! セト、ナイス!」

「グルゥ!」


 セトの選んだ道を進んだ先は行き止まりで、その行き止まりには宝箱がポツンと置かれている。

 もしナルシーナが描いた地図の場所にいるのなら、そこに宝箱はない筈だった。

 ……いや、ナルシーナから貰った地図は今日だけで描いた訳ではなく、何日も掛けて描いたのであれば、もしかしたらナルシーナ達が宝箱を開けた後で、再びダンジョンがここに宝箱を設置したという可能性は十分にあったが。

 ともあれ、レイにしてみれば十八階で宝箱を……それも一度の探索で二個目の宝箱を見つけることが出来たのは、非常に嬉しいことだった。

 セトも自分の選んだ道で宝箱があったのが嬉しかったのだろう。

 凄いでしょと、自慢げに喉を鳴らしていた。


「セトのお陰で見つけることが出来たのは間違いないし、本当にありがとな。……さて、そうなるとこの宝箱はさっさと収納してしまうか」


 もしかしたら宝箱には罠が仕掛けられている可能性がある。

 だが、それはレイ達には関係がなかった。

 何しろ、レイの場合はこの場で自分で宝箱を開ける訳ではなく、宝箱をミスティリングに収納して地上まで持っていき、ギルドで宝箱を開ける技能を持つ者を募集するのだから。

 とはいえ、問題もある。

 それは、この階層が十八階ということだった。

 レイがナルシーナから聞いた話によれば、十八階よりも下の階層を潜っているのは、ナルシーナ達オルカイの翼以外に四つ。

 合計で五つのパーティのみとなる。

 勿論、もっと上の階層を探索している者の中にも、開錠や罠の発見や解除といった技能を高いレベルで持っている者がおり、そのような者であればもっと上の階層を探索している者達であっても、十八階の宝箱を開けられる可能性はある。

 そういう者がいれば、十八階の宝箱でも開けられるが……今はそれでいい。

 だが、このままレイがダンジョンを攻略して、それによって現在最深部を探索している久遠の牙を追い抜き、大きく引き離し……このダンジョンが何階まであるのかは分からないが、それこそ五十階といった階層までレイ達だけが到着した場合、その階層にある宝箱を開けられるのか。

 まず無理だろう。

 そして腕利きの冒険者が続けて失敗した場合……それも五十階の宝箱となると、当然ながら罠の類も凶悪となり、最悪死ぬ可能性も否定は出来ない。

 そんなのが何度か続けば、宝箱を開ける人員を募集しても受ける者がいなくなるだろう。


(となると、自力で宝箱を開ける方法をどうにかしないといけない訳だが……いっそ、一度ギルムに戻ってビューネ辺りを連れてくるか?)


 そうも思ったが、レイはその意見を否定する。

 ビューネを連れてくるとなると、当然ながら通訳としてヴィヘラも連れてくる必要がある。

 だが、ついこの前ギルムに帰った時に聞いた話によると、ヴィヘラは警備兵の協力者として見回りで大きな役目を担っているということだった。

 ……その踊り子や娼婦の如き服装やヴィヘラの美貌に目を奪われ、それで騒動が起きることも珍しくないと、そう警備兵からは聞いていたが。

 ただしそんな騒動を込みでもヴィヘラは現在の増築工事で仕事を求めて大勢が集まっているギルムにおいて、治安維持で大きな役目を果たしているという。

 ビューネを連れてくるとなるとヴィヘラも連れてくる必要があり、そうなるとギルムの治安維持も……それだけで破綻する訳ではないだろうが、警備兵達が今以上に忙しくなるのは間違いない。


(うん、ビューネを連れてくるのは止めた方がいいな。もっと何か別の手段で罠の解除と開錠についてどうにかする方法を考える必要があるか)


 そう思いながら、レイは宝箱をミスティリングに収納する。


(俺が罠の発見と解除、鍵の開錠の技術を習得する? いや、けど……どうだろうな。まさかセトにそれを任せる訳にもいかないだろうし)


 レイは自分がその点と技術を習得するべきか? と思うも、自分にその手の技術が向いていないのは明らかだ。

 そうなると、だからといってセトに任せる訳にもいかず……


「ゴーレム……か?」


 そんな中でレイが思いついたのは、ゴーレムだった。

 現在レイは、防御用のゴーレムを持っている。

 他にも清掃用のゴーレムがいるのだが、それはギルムにあるマリーナの家で今も元気に働いている筈だった。

 防御用や清掃用といった、機能を限定した……だからこそ、それに特化した能力を持つゴーレム。

 そんなゴーレムがあるのなら、宝箱の罠を発見し、解除し、鍵を開けるゴーレムというのがあってもいいのではないか。

 そうレイは思ったが、ゴーレムというのはそう簡単には作れない。

 例えばレイがそういうゴーレムを欲しいと思っても、ガンダルシアにいる錬金術師がそのようなゴーレムを作れるかと言えば、それは微妙なところ……いや、まず無理だろう。


「まぁ、今はそういうのを考えなくてもいいか。どうしても宝箱がどうにもならなくなったら、それこそ俺がどうにかすればいいし」

「グルゥ? ……グルルゥ!」


 レイの呟きを聞いたセトは、いきなりのレイの言葉に驚き、そして止めてと喉を鳴らす。

 レイが何をやろうとしているのか、分かったのだろう。

 だが、レイは落ち着かせるようにセトを撫でる。


「ほら、そこまで心配そうにするなって。そういうことをするのは、もっと深い階層に行ってからのことだし。それに……もしそういうことをやる場合でも、マジックシールドを使うつもりだし、防御用のゴーレムは……その性質上、宝箱を開けるのには向いてないだろうけど」


 防御用のゴーレムの障壁はかなり強力だ。

 それは間違いないが、欠点がない訳でもない。

 敵の攻撃を防ぐ障壁を生み出すことが出来るが、それは同時に障壁の内部にいる者も障壁の外にいる相手に攻撃をするといったことは出来ないのだ。

 防御用のゴーレムとしては何も問題のない……何かあった時は護衛対象を守るのを最優先にしている。

 だが、宝箱を開けるという行為をする際には、障壁の外に影響を与えることが出来ない以上、防御用のゴーレムは使えないだろう。


「とにかく、こっちの道は行き止まりだった。後はさっきの分岐で左に向かってみるか。今日はそっちを確認してみて、それが終わったらダンジョンを脱出しよう」

「グルルゥ」


 レイの言葉にセトは同意するように喉を鳴らし、宝箱のあった行き止まりを改めて眺め……他にも何もないのを確認すると、セトはレイと共に通路を戻る。

 特に何もないまま、レイとセトは先程の分岐路まで到着した。


「さて、じゃあ左だな。……セト、何があっても対処出来るようにしていこう」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らす。

 レイとセトはやる気満々といった様子で、分岐路を左に向かう。

 その先にあるのは一体何なのか。

 そう思いながら進んでいると……


「あれ? 何もない?」


 先程の宝箱のあった行き止まりと同じような場所だった。

 ただし、先程の行き止まりとは違って、宝箱も何もない。

 宝箱というのは、このような場合ないのが当然なのだが……それでも、先程の宝箱の一件があって、同じような場所なら宝箱はあってもおかしくないのではないのかと思える。


「何もない、か。戻る……」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが不意に喉を鳴らす。


「セト? ……ああ、なるほど」


 レイはセトの様子に一瞬訝しげな様子を見せたものの、行き止まりとなった場所を見、すぐにその理由を納得し、ミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 セトもまた、大きくクチバシを開け……影の騎士と影の馬が生み出された瞬間、スキルを発動する。


「グルルルルルルルルゥ!」


 使用されたのはファイアブレス。

 開いたクチバシから、強烈な炎が吐き出される。

 レベル七のファイアブレスの威力を存分に発揮したその攻撃は、影から姿を現した影の騎士と影の馬を即座に飲み込んだ。

 これがもし普通の……素材を持つモンスターであれば。セトも素材を黒焦げにしかねない、ファイアブレスを全力で使うといったことはしなかっただろう。

 しかし、先程影の騎士を倒した時……ドワイトナイフを使った訳でもないのに、影の騎士は影の馬と共にその身体を崩壊させ、魔石だけを残していた。

 であれば、セトはここでファイアブレスを使っても問題はないと判断したのだろう。

 そんなセトの攻撃は、非常に効果的だった。

 影の騎士にしてみれば、相手の不意を突こうと物質化した瞬間、相棒の……あるいはもう一匹の自分と呼ぶべき影の馬に乗ろうとした瞬間、いきなり攻撃をされたのだ。

 それも、普通の……例えば長剣による攻撃の類であれば、影の騎士が持つ武器でその攻撃を防ぐなり、あるいは受け流すなりといったことも出来たのだろうが、ファイアブレスとなれば話は違う。

 ファイアブレスは範囲攻撃である以上、影の騎士が持っている武器で防ぐことは出来ない。

 ……あるいは騎士は騎士でも、いわゆる重騎士の類でザイードが持つような盾を持っていれば、ファイアブレスを防ぐことも出来たのかもしれないが、影の騎士が持っているのは槍だけだ。

 影の馬にいたっては、防ぐことも反撃することも、そして逃げることも出来ず……ただ、一方的にファイアブレスを食らう。

 また、場所も悪かった。

 影の騎士が出て来たのが、行き止まり……袋小路になっている場所。

 これが普通の……最初に影の騎士がレイ達と戦ったような場所なら、あるいは逃げ出すことも出来たかもしれない。

 だが、袋小路で出て来た為に、逃げる場所もなく……結果として、セトのファイアブレスが終わった時、そこに残っていたのは魔石が一個だけだった。

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