4046話

 三匹目の青い虎を倒し、レイとセトは神殿の中を進む。

 既にレイとセトがいるのは、ナルシーナから貰った地図には描かれていない場所になる。

 レイは慣れないながらも地図に通路を描いていく。

 ……もっとも、ナルシーナから貰った地図と比べると、レイの描いた部分は見れば即座に分かるような、そんな拙さだったが。

 それでもレイにしてみれば、地図を見れば自分のいる場所は分かるので、取りあえず問題はないだろうと……いや、こうして初めて地図を描くにしてはそれなりの技量だろうと、しみじみと思う。

 そうして歩いていると……


「グルゥ? ……グルルルゥッ!」


 レイの隣を歩くセトが、一瞬不思議そうに周囲の様子を確認すると、急に警戒するような鳴き声を上げる。

 そんなセトの警戒の声を聞いた瞬間、レイは地図をミスティリングに収納し、デスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 こうしてセトが警戒の鳴き声を上げたことから、恐らく敵が……モンスターが姿を現したのだろうことは間違いない。


(また、青い虎じゃないだろうな)


 三匹目を倒したことを思い出し、もしかしたら……そう思ったのだが、そんなレイの予想とは違い、姿を現した……いや、レイの視線の先にある影からまるで実体化したのをそう表現してもいいのかどうかは微妙だったが、とにかく影から姿を現したのは騎士だった。

 それもただの騎士ではなく、馬に乗った騎士、いわゆる騎兵だ。

 レイやセトが狭いと思うことなく自由に戦闘が出来るだけの広さを持つ神殿の通路だけに、騎兵がいても全く狭苦しくは感じない。

 ……それでも、レイにしてみればダンジョンとはいえ、神殿の中で影の騎兵と向き合っているという今の状況に、とんでもない違和感があったが。


(ダンジョンだからと言われれば、それまでだしな)


 気を取り直し、レイは影の騎兵を観察する。

 向こうもレイとセトを観察しているのか、それとも騎士道か何かでレイとセトの戦闘準備が整うのを待っているのか、とにかく攻撃してくる様子はない。

 それこそ馬……これも影で出来た馬だが、そんな馬であっても特に何か動いたりする様子はない。


「グルルゥ?」


 どうするの? と喉を鳴らすセト。

 レイは影の騎士……いや、影の騎兵の持つ槍を見つつ、セトの背に跨がる。

 目には目を、騎兵には騎兵を。

 向こうが騎兵なら、こちらも騎兵……もっともセトはグリフォンであって、馬ではないが。

 とにかくレイはそんなつもりで、セトの背に跨がる。

 そんなレイの様子を見た影の騎兵は、槍を手に馬を走らせた。

 影の馬と騎士。どちらがメインとなるモンスターなのか、それとも馬と騎士で一匹のモンスターなのか、それとも騎士と馬という二種類のモンスターなのか。

 それはレイにも分からなかったが、とにかく敵なのは間違いない。


「セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは即座に走り出す。

 影の騎兵も神殿の通路を進んでいたものの、レイを乗せたセトが走り出したのを見て、走り出す。

 双方共にお互いに向かって走っている以上、当然ながら相手の姿は急速に近付いてくる。


「すぅ……ふぅ……」


 急速に流れていく神殿の景色を視界の隅に捉えながら、レイは手にしたデスサイズと黄昏の槍の柄をしっかりと握る。


「グルルルルルゥ!」


 先手を打ったのは、影の騎士でもなく、レイでもなく……セト。

 衝撃の魔眼が使われ、その一撃によって影の馬がバランスを崩す。

 影の馬に乗っている影の騎士は、それでも何とか馬が倒れないようにコントロールする。

 だが……そのコントロールをするというのは、影の騎士が高い技量を持つ証拠ではあったが、同時にレイとセトを敵対するのに対して、大きな……大きすぎる隙だった。

 影の騎兵との距離を詰めるセト。

 そのセトの背に乗っているレイは、影の騎士に向けて左手に持つ黄昏の槍を突き出す。

 影の騎士はレイの一撃をなんとか自分の槍を振るって弾く。

 しかし……それはレイにとって、意図的なものでしかない。

 影の騎士に槍を使った攻撃をさせるのを前提とした一撃であり、影の騎士はレイの策に嵌まってしまった形だ。

 槍の一撃を放った影の騎士は、黄昏の槍の一撃から一瞬遅れて放たれたデスサイズの一撃を回避出来る筈もなく……影の馬の首を切断し、デスサイズの刃はそれでも全く勢いを衰えることもなく、影の騎士の胴体を切断する。

 そうしてすれ違い、進んだレイとセトは足を止め……セトは振り返る。

 セトの背の上にいるレイの視線の先で、影の騎兵は馬の首と影の騎士の胴体が切断され、床に落ちる。


(それで、これからどうなる?)


 影の騎士と影の馬。

 その両方を倒したのは間違いない。

 間違いないが、だからといって今のこの状況で向こうがどのように動くのか……いや、動けるのか、それとも本当にこれで死んだのか。

 それを疑問に思いつつ、レイはじっと見る。

 何しろ相手は影から出て来た騎士と馬だ。

 切断されたということは実体があったのは間違いないし、実際に黄昏の槍と影の騎士の槍がぶつかった時、そしてデスサイズで影の馬の首と影の騎士の胴体を切断した時もきちんと手応えがあった。


(つまり、影の騎兵ではあるけど、それは実際に肉体を持っているということでもある訳だ。なら……)


 期待を込めて、そしてもし期待が外れたら、その時はその時でまた何か別の手段で攻撃すればいいだろうと思っているレイの視線の先で、二つに……いや、騎士と馬のことを考えると四つにという表現の方が相応しいのかもしれないが、とにかく切断された影の騎兵の身体に異変が起きる。

 その身体が崩れていくのだ。

 それを見ていたレイは、何となく……本当に何となくだが、デスサイズのスキルであるマジックシールドで生み出された光の盾を思い浮かべる。

 光の盾は攻撃を一度防ぐと、光の粒となって崩壊していく。

 現在レイの視線の先で崩れていく影の騎士と影の馬の身体も、それと同じように思えたのだ。


「というか、勝手に崩壊していくってなんだ? 素材とか、そういうのはどうなるんだ?」


 いつもであれば、ドワイトナイフを使って一瞬で解体する。

 ドワイトナイフがなかった時は、ミスリルナイフ等を使って解体していた。

 だが……倒した時に、いきなりこうして自分から崩れていくというのは、レイにも記憶にない。

 いや、もしかしたら同じような光景を見たことがあったかもしれないが、それでも今すぐに思い出すことは出来なかった。

 もしかしたら、影の騎兵はモンスターではなかったのでは?

 そう思いながら、レイは崩れていく影の騎兵に近付く。


(もしこれでモンスターじゃなかったら、最悪だな。……いや、最悪って程じゃないけど、骨折り損のくたびれもうけって奴か。けど、モンスターじゃないなら一体何なんだ? 考えられるのは……この神殿の防衛機構とかそういうので生み出された存在とか?)


 可能性は恐ろしく低いだろうとは思うが、神殿という場所柄、そういうことがあってもおかしくないようにレイには思えた。

 勿論これはあくまでも予想でしかなく、実際には全く違う可能性も否定は出来ない。

 そう思いながら、慎重に……何が起きてもすぐ対応出来るようにしながら近付いていくと……


「魔石? あれ? じゃあ、やっぱりあの影の騎兵はモンスターだったのか?」


 影の騎兵の身体が崩れた場所にあったのは、魔石。

 レイにしてみれば、少し……いや、かなり予想外の結果だった。

 勿論、こうして魔石を入手出来たのだから、何も入手出来ないよりは大分マシだったのだが。


「魔石がある以上はモンスターだったんだろうけど……倒されると自動的に解体までしてくれるモンスターか。便利と言えばいいのか?」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトもまた迷った様子で喉を鳴らす。

 セトにとっても、こうして自分から魔石を出して消滅するモンスターというのは、意味不明なのだろう。


「倒してすぐにドワイトナイフを使えば、もしかしたら素材とかも入手出来たのか? ……というか、魔石が一個だけということは、影の騎士と影の馬の両方で一匹のモンスターだった訳か」


 そのことを疑問に……いや、残念に思いながらも、レイは魔石を拾う。


「グルルゥ?」


 その魔石、どっちが使うの? と喉を鳴らすセト。

 レイは少し考え……どうするべきか悩みつつ、口を開く。


「影から出てきた騎兵だったし、その身体も影だったことを考えると、影関係のスキルを持ってる方が魔石を使えばいいんだろうけど……俺もセトも、明確に影関係のスキルは持っていないんだよな」

「グルゥ」


 レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。

 セトもまた、レイと同じように思っていたのだろう。


「敢えて……本当に敢えて、無理矢理影に関係するかもしれないスキルとなると……セトの場合は地中潜行、デスサイズの場合は……地中転移斬、幻影斬、黒連、隠密……か? 明確に影に関係あるんじゃなくて、イメージというか、予想というか、そんな感じだけど」

「グルルゥ、グルゥ」


 レイの言葉にセトがじゃあデスサイズに使ったらと、喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに、いいのか? と視線を向ける。


「デスサイズに使ってもいいのなら嬉しいけど、でも本当にいいのか? そもそも、影というのはあくまでさっきのモンスターの一面でしかないんだぞ? 騎兵だったことを考えると、そっち関係のスキルを習得出来る可能性もあるし」


 レイはセトのスキルの中で影の騎兵の魔石を使ったらどのスキルのレベルが上がるかもしれないのかと考える。

 それこそパワークラッシュやパワーアタック、あるいは翼刃。他にも騎士という括りの中では色々なスキルが候補になり、どんなスキルのレベルが上がってもおかしくはないと思えた。

 ……もっとも、それを言うのならデスサイズも少しでも影に関係しないスキルで、騎士系のスキルと考えれば、ペネトレイトを始めとして候補になるスキルは他にもそれなりにあったが。


「グルルゥ、グルゥ」


 レイに向かい、セトはそれでもデスサイズが使ってもいいよと、喉を鳴らす。


「……分かった。セトがそこまで言うのなら、きちんと俺が使わせて貰うよ」


 レイとしても、セトがこういう風に言ってくるのなら、デスサイズに使おうと考える。

 レイとしては、本来なら自分はスキル以外に魔法を始めとして攻撃手段は幾らでもあるので、スキルが主な攻撃手段であるセトに魔石を使わせたいと思っていたのだが。

 ただ、ここまでセトが勧めてくるのなら、レイとしてもそれを受け入れるつもりになった。


「じゃあ、やるぞ」


 そうセトに声を掛けると、レイは少し離れてからデスサイズを握り、もう片方の手に魔石を持つ。

 その魔石を空中に放り投げ、デスサイズを一閃する。

 斬、と。

 デスサイズの刃によって魔石が切断され……


【デスサイズは『地中転移斬 Lv.五』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それを聞いても、レイは特に驚かない。

 影の騎兵ということで、恐らく影関係のスキルが強化されるか、あるいは新たに取得するだろうと思っていた為だ。

 勿論、地中転移斬はそれなりに使い勝手のいいスキルなので、それがレベルアップした……それもスキルが別物のように強化されるレベル五になったことは、レイにとっても十分に嬉しかったが。


「グルゥ!」


 レイの側にやって来たセトが、おめでとうと喉を鳴らす。


「ありがとうな、セト。これもセトが魔石を譲ってくれたお陰だ。レベル五になったのも嬉しいし」

「グルルゥ、グルゥ、グルルルルゥ!」


 じゃあ、早速スキルを試してみたらどう? と喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの言葉に頷く。


「そうだな。レベル五になって強化されたことで、どこまでスキルの性能が上がったのか……これは是非とも試してみたいしな。よし、セト。ちょっと離れていてくれ」


 そうセトに声を掛けると、セトはレイの言葉に従って離れる。

 それを確認してから、レイは早速スキルを発動する。


「地中転移斬!」


 スキルを発動し、床に向かって掬い上げるようにデスサイズの一撃を放つ。

 本来なら、デスサイズの刃は床を斬り裂くような軌道の一撃。

 だが、デスサイズの刃は地面に触れた瞬間、何事もなかったかのように……それこそ一切の抵抗をレイに感じさせずに床に潜る。

 そして……デスサイズの刃は、レイから丁度三十m程離れた場所に姿を現す。


「おお……レベル四の時は十五……いや、十四mだったのを思えば、一気に倍以上に伸びたのか……さすがレベル五」


 レイはしみじみと、レベル五になった地中転移斬の凄さを感じるのだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.八』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.七』『地中転移斬 Lv.五』new『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.三』『緑生斬Lv.一』



地中転移斬:デスサイズの刃を地面に触れさせることで、刃を転移させて相手を攻撃出来る。転移出来る距離はレベル一で最大五m、レベル二で最大八m、レベル三で十一m、レベル四で十四m、レベル五で三十m。

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