4045話
今日は七夕なので、二話同時更新です。
直接こちらに来た人は、前話からどうぞ。
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切断されたステンドグラスが、床に向かって落ちていく。
それを見たレイは、セトの背中に跨がったまま手を伸ばすが……
「マジか!?」
レイの手がステンドグラスに届くことはない。
これは、不運でしかなかった。
セトがヘリコプターのように同じ場所に、いわゆるホバリングが出来たのなら、レイが伸ばした手はステンドグラスに触れることが出来ただろう。
だが、セトは翼を羽ばたかせながらその場に留まっている関係上、どうしても微かにではあるがセトの身体が動いていてしまう。
その為、タイミングが合わずにレイの手がステンドグラスに届かなかったのだ。
「ちぃっ!」
手が届かないと思った瞬間、レイはセトの背から飛び降りる。
……このホールが床から天井まで二十m以上あったのは、レイにとって幸運だったのだろう。
レイは右手に持つデスサイズのスキルを咄嗟に発動する。
「風の手!」
デスサイズの石突きから伸びた風の触手が素早く動き、ステンドグラスに巻き付く。
ただし、風の触手で思い切りステンドグラスを掴もうとすれば、それこそステンドグラスが割れてしまってもおかしくはないので、風の触手がやったのはあくまでもステンドグラスが落下する速度を落とすという行為だけだ。
その隙に、レイはスレイプニルの靴を使って空中の足場を上に作り、それを蹴ってステンドグラスを追う。
風の触手によって落下速度を緩められたステンドグラスと、空中に足場を作ってそれを蹴ったレイ。
その速度差によってレイは一瞬にしてステンドグラスに追いつくと手を伸ばし、ステンドグラスに触れた瞬間にミスティリングに収納する。
だが、当然ながら二十mの高さから落ちた……いや、スレイプニルの靴を使い、空中の足場を思い切り蹴って地上に向かったのだ。
ステンドグラスの収納した次の瞬間には地上……床が急速に近付いてくる。
「飛斬!」
床に向かって飛斬を放つ。
その勢いにより、地上に向かう速度は大分遅くなった。
それを感じながら、レイは二度、三度と連続して放ち、落下速度を落としていく。
そうして十分に速度を落としたところで、レイはデスサイズをミスティリングに収納し、ほぼ同時に床に着地する。
足首、膝、腰……といった部分で落下の衝撃を殺し、殆ど音もなく床に着地する。
「ふぅ。……ギリギリセーフ」
そう言いながら天井を見上げると、そこではセトが翼を羽ばたかせて地上に降りてきてるところだった。
レイのように完全に音を殺して着地するといったことは出来なかったが、それでも殆ど音を立てずに着地したセトは、即座にレイに向かって近付いてくる。
「グルルルゥ」
ごめんなさいと喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、自分のミス……本人が意図したものではなく、セトの身体の問題上どうしようもなかったのだが、それでもセトとしてはレイに無茶をさせてしまったと思い、申し訳なく思ってしまうのだろう。
だが、そうして謝るセトに対し、レイは首を横に振る。
「あれは不可抗力だろ。セトが悪い訳じゃないし、あまり気にするな。俺もあの程度なら全く気にしてないから」
「グルゥ?」
レイの言葉に、そう? と喉を鳴らすセト。
レイは再度頷き、そんなセトを撫でてやる。
実際、レイにしてみれば今回の件は決してセトのせいだとは思っていない。
そもそもセトにかなり無理をさせてステンドグラスを入手したのだ。
もしセトがいなければ、そもそもステンドグラスを入手することすら出来なかっただろう。
……スレイプニルの靴を使えば、もしかしたらセトがいなくてもどうにかなったかもしれないが、スレイプニルの靴の効果はあくまでも一瞬だけ空中を足場に出来るというものだ。
一瞬以上……それこそ数秒だろうと、足場として固定することは出来ない。
つまり、スレイプニルの靴を使って今回のことをやる場合、二十m以上の高さにある天井までスレイプニルの靴を使って跳んでいき、天井に近付いた一瞬でデスサイズを振るう必要がある。
勿論、一度デスサイズを振るった後は落下するので、再びスレイプニルの靴を使う必要がある。
……ただし、レイのスレイプニルの靴は錬金術師によって以前強化され、普通のスレイプニルの靴よりも多く空中を踏むことが出来るようになってはいるが、それでも無限に空中を踏めるという訳ではない。
限界まで使ってしまえば、一度地上に戻ってスレイプニルの靴の使用回数を元に戻す必要がある。
……なお、当然ながら天井から地上に戻るまでの間にもスレイプニルの靴を使うと考えれば、ある程度余裕を持つ必要もある。
先程のようにデスサイズの飛斬を使って落下速度を落とすといった方法もない訳ではないが……
(駄目だよな)
飛斬を……それもレベル七の飛斬を使ったのだから当然の話だが、ホールの床には幾つもの斬撃の痕とも呼ぶべきものがある。
これを何度も繰り返した場合、恐らく……いや、間違いなく床がとんでもない状態になるだろう。
もし何も知らない他のパーティがこのホールを通った時、一体どう思うか。
それこそイレギュラーモンスターか何かが現れたと思ってもおかしくはない。
「うん、この方法は止めておこう。……さて、取りあえずセトも今回の件については気にしないようにして、俺達が向かうべきなのは地図にまだ描かれていない場所だぞ。一体どういう場所があるか、楽しみだな。……このホールみたいに、ステンドグラスのある場所がまたあるといいけど」
今回の一件で、ステンドグラスの切り出し……という表現が正しいのかどうかはレイにも分からなかったが、とにかくコツのようなものは掴んだ。
もしまた他にもこのホールと同じような場所があった場合、先程以上にスムーズにステンドグラスの周囲を切断出来るという自信がレイにはあった。
最後の最後で失敗し、もう少しで床に落とすところだった、一際大きなステンドグラスについても、次はもっと安全に……そして完璧に切断することが出来るという自信があった。
……実際にはやってみないと分からないのだが。
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは頑張ると喉を鳴らす。
そうして一人と一匹はホールの向こう側……青い虎がやって来た方に向かい進む。
(あの青い虎は、また出てくると思った方がいいのか? ……もう魔石は二個ゲットしたから、出て来なくてもいいんだけどな。セトなら喜ぶかもしれないけど)
虎の肉を味見したセトの様子を思い出すと、恐らくまた青い虎が出て来たらセトは喜び勇んで戦うのだろうと、そうレイには思えた。
もっとも、レイも青い虎の素材とかを考えると、出て来ても絶対に戦いたくないという訳ではない。
普通に戦って倒し、素材を入手するだろう。
魔石に関しても、収集用ということにしてあるので、そのカモフラージュの為に持っていても構わないだろうし、他の素材と共にギルドに売っても構わない。
「グルルルゥ」
「え?」
ホールを出て十分程歩いたところで、不意にセトが喉を鳴らす。
それが敵を警戒するものだったので、こんなに早く遭遇するのか? と思ったが……それでもレイは武器の存在を意識する。
そうして通路の先から姿を現したのは、予想通り青い虎。
(噂をすれば何とやらって奴だな)
そう思いつつ、姿を現した青い虎を相手にミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を構える。
ただし、レイの顔にあるのは余裕の色だ。
青い虎の戦闘方法は既に分かっているし、何より……
「一匹で俺とセトを相手にするつもりか?」
そう、姿を現した青い虎は、一匹だけだったのだ。
レイにしてみれば、この状況で余裕を持つなという方が無理だった。
青い虎はレイの言葉に反応したという訳ではなかったのだろうが、握り拳大の水球を大量に放つ。
散弾……という程ではないにしろ、かなりの数で一斉に放たれた水球だったが、レイは右に、セトは左に動くことによって大量の水球を回避する。
散弾気味に放たれただけあって、かなり広範囲に渡って水球は飛んでいったのだが、それでも端の方に移動をすれば、間違いなく水球の数は減る。
もしくは青い虎が相手の動きを読んでいた場合なら、両端に逃げるというのを予想して扇形に水球を放ったとしても、真ん中ではなく両端に水球の数を集中させるといったことをしてもおかしくはないのだが。
だが、この青い虎はそのようなことは考えず、ただ適当に……それこそ当たればラッキーと言わんばかりに水球を放っていた。
結果として、レイとセトは左右に動くことによって水球の大半を回避することに成功し、残りの数少ない水球も、レイのデスサイズや黄昏の槍、セトの前足による一撃やスキルの発動速度が速い衝撃の魔眼等によって迎撃していく。
現在レイ達がいるのは、ステンドグラスのあったホールではない。
ホールではないが、それでも神殿の階層の通路だけに、かなりの広さを持っていた。
その為、レイとセトが左右に動くといったようなことをしても、余裕で動き回れたのだ。
とはいえ、それでも通路であるのは間違いなく……
「セト!」
「グルゥ!」
右に向かったレイは、急速に近付いてくる壁を見ながらセトに叫ぶ。
具体的な指示をした訳ではなかったが、まさに以心伝心、セトはレイがどのような指示を出したいのかを理解し、一瞬の躊躇もなく行動に移る。
間近に迫った壁に向かって跳ぶ。
空中で身体を捻り、一瞬だけ、それも微かに翼を広げることによってバランスを取り、足から壁に触れさせ、その瞬間に蹴る。
いわゆる、三角跳びだった。
レイもまたセトと同様に床を蹴って壁を蹴り、こちらもまた三角跳びを行う。
そうして左右から同時に……意図的にタイミングを合わせた訳でもないのに、殆ど時間差もなく跳躍したレイとセトは、同時に青い虎の首を狙って攻撃を仕掛ける。
レイはデスサイズ……それも柄による打撃。
セトはマジックアイテムの剛力の腕輪を発動させての前足の一撃。
左右から放たれたその攻撃に、青い虎はどう反応すればいいのか迷う。
これがレイかセトのどちらかだけであれば、青い虎も反応出来ただろう。
だが、左右同時にとなると青い虎もどちらに反応すればいいのか迷い……結果として、その一瞬の迷いが致命的となり、どちらの攻撃も回避することが出来ず、左右から首に向けた一撃を食らい、首の骨があっさりと折られるのだった。
「ふぅ。よくやったな、セト」
「グルゥ!」
床に着地したレイは、首の骨を折られて死亡した青い虎を一瞥すると、セトを褒める。
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにとっても、今回の動きは予想以上に上手くいったと、そう思えたのだろう。
「この通路の広さを思えば、こういうことを普通に出来そうなのは大きいよな。……この階層は若干迷路みたいになってるところもあるけど、洞窟の階層とかに比べると幅も広いし天井までの高さもあるから、かなり便利に戦えるのは嬉しいな」
「グルゥ……グルルルゥ」
セトもまた洞窟の階層の戦いにくさを思い出したのか、同意するように喉を鳴らし、絶対にこの神殿の階層の方が戦いやすいと主張する。
特にセトは四m近い体長なので、狭い場所では本当に動きにくい。
そういう意味では、この十八階はセトにとって存分に戦える場所だった。
……勿論、神殿ではなく草原や湖、岩の階層といったようにセトにとってもっと楽に戦える場所もあるが、それでもこの神殿の階層はセトにとって十分に満足出来る戦いが出来る場所なのも事実だった。
「さて、まずは手っ取り早く解体をするか」
レイはミスティリングからドワイトナイフを取り出すと魔力を込め、青い虎の死体に突き刺す。
眩い光が周囲を照らし、それが消えるとそこには肉と素材と魔石が残っていた。
……なお、その順番はレイにとって重要度の高い順だ。
最初の二匹分は魔石がもっとも重要だったが、既にセトもデスサイズも魔石を使っている以上、もう魔石は必要ない。
これが青い虎以外の……リビングメイルともまた違う、未知のモンスターの魔石であれば、また話は違っただろうが。
そんな訳で、今のレイにとって重要なのは味見をしたセトが喜んで食べていた肉。そして素材。最後に魔石という順番だった。
「グルゥ」
「後でな。ダンジョンから出たら……ギルドに顔を出してステンドグラスの件を話して、宝箱を開けて、それが終わったら家に戻って、この肉を焼いて貰おう。それに、このままダンジョンの探索を続けていれば、他にも美味い肉を持っているモンスターがいるかもしれないぞ」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らすのだった。
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