4044話

 レイは天井にあるステンドグラス……正確には、ステンドグラスの周囲にある天井部分を斬り裂くことで奪おうと考え、セトに乗って二十m以上の高さにある天井部分まで近付いていた。


「眩しいな」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。

 こうして上の方まで上がってくると、床の上でステンドグラスの光を見るよりも、明らかに眩しさが増している。

 これがダンジョンにあるステンドグラスではなく、普通の……それこそ地球にあるようなステンドグラスの場合、どうなるのかはレイにも分からない。

 ただ、現在レイの目の前にあるステンドグラスから降り注ぐ光は、レイにとってもかなり眩しい。

 それこそ、サングラスを欲するくらいには。

 とはいえ、それでもあくまでも眩しいだけだ。

 これが例えば、虫眼鏡を使って太陽光を集めたかのような……いわゆる、レーザー攻撃のようなことになっていれば、天井を切断するなどということはかなり難しくなるだろう。

 それでも出来ないのではなく難しいですむのは、レイとセトだからこそだろうが。

 そんなことを考えている間に、やがてセトは天井のすぐ下までやって来た。


「うわ、これは……下から見た時にも思っていたけど、こうして改めて近くまで来ると、かなり大きいな。せめてもの救いは、ステンドグラスが大きな一枚で出来てる訳じゃなくて、ある程度の大きさのままで埋め込まれてることか」


 もし巨大な一枚のステンドグラスが天井に埋め込まれていた場合、レイも諦めるか……あるいは一か八かで試してみるしかなかっただろう。

 何しろステンドグラスが大きな一枚だということは、デスサイズで切断する天井の部分もそれだけ大きくなるということを意味している。

 つまり、切断している最中にステンドグラスが重量に耐えられず落ちてしまう可能性もあった。

 そうなると、いつ落ちるのか分からないので、レイも確実にステンドグラスをミスティリングに収納出来るとは限らない。

 そのような時と比べて、こうして小さく分かれて複数埋め込まれている状態なら、デスサイズを使って切断するのも、そう時間は掛からないので、天井を切断し、落下するステンドグラスに素早く触れてミスティリングに収納するといったことは容易……という訳でもないが、それでもレイは自分なら出来るだろうと思っていた。


「セト、いいか? まずは向こうにある……一番小さい青と赤のステンドグラスから試してみるぞ。いいよな?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。

 最初はあまりやる気がなかった様子のセトだったが、近くでステンドグラスを見たことで、それなりにやる気になったらしい。

 そんなセトに感謝の意味を込め、開いてる左手でセトの身体をそっと撫で……


「よし、やるぞ」


 そう声を掛け、右手のデスサイズに魔力を流し……ステンドグラスの周辺にある天井部分を切断する。

 莫大な魔力を持つレイが本気で魔力を込めての一撃だ。

 ダンジョンという建物の内部であろうとも、その刃を遮ることは出来ない。

 容易に……それこそ、全く何の抵抗もないまま、デスサイズの刃は天井部分に突き刺さり、レイの思い通りに天井を斬り裂いていく。

 こうして斬り裂くのにも、全く……それこそ熱したナイフでバターを切るよりも抵抗がないまま切断していき……


「よし」


 ステンドグラスを囲むように丸く一周して切断した瞬間、スポッという擬音が聞こえるかのようにステンドグラスが落ちそうになり、レイは慌ててそれに触れ、ミスティリングに収納する。


「グルルゥ!」


 レイが無事にステンドグラスを収納出来たことを知り、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを一撫でしながら、じっと上を……ステンドグラスの嵌まっていた天井部分を見る。

 恐らくは天井を切断しても大丈夫だと思っていた。

 それでも実際に試してみるのはこれが初めてなので、しっかりと天井の様子を確認する。

 だが……特に何かが起きる様子はない。

 例えば切断した場所から空気が流出するといったようなことや、逆に切断した場所から何かが流入してくるといった様子はなかった。

 他にも、例えばレイによって切断された場所を中心に、天井全てが破壊される……といったようなこともなかった。

 この辺については、レイにとってもラッキーだったのは間違いない。

 そうなるだろうと予想はしていたものの、それでも実際にやってみるまではそうなるかどうかは分からなかったのだから。


「さて、そうなると……これで安心だと判断出来たし、後は次々に天井を切断してステンドグラスを確保していくだけだな。セト、少し面倒だけど、手伝ってくれるか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らす。

 セトにとってはそこまで面白い作業という訳ではなかったが、レイが喜ぶのならと、やる気満々の様子だった。

 レイはそんなセトを軽く一撫ですると、次に切断する場所を探す。

 ステンドグラスはこのホールの天井に大量に存在する。

 存在するが、だからといって何も考えず、手当たり次第に天井を切断していくといったことは出来ない。


(いやまぁ、ダンジョンの修復力を考えれば、実際にはそのくらいはしてもいいのかもしれないけど)


 そう思わないでもなかったが、それが実際に行われた場合どうなるのかは、レイにも生憎と分からない。

 ……天井が完全に崩れてきても何の問題も起きないかもしれないが、起きるかもしれない。

 あるいはダンジョンそのものにも何も問題が起きなくても、十八階より下……二十階なら転移水晶を使うので、十九階を探索してるパーティが十八階に来た時、天井が崩れて移動出来ない、あるいはしにくくなるといった可能性も否定は出来なかった。


(まぁ、俺なら十九階まで行ったのなら、とっとと二十階に進む……ああ、でも今日初めて十九階に行ったとか、そういう感じだったらまた話は違うのか?)


 そんな風に思いつつ、レイは天井の様子をじっと確認し……


「あそこ……だな」


 レイには建築関係の知識については全くといっていい程にない。

 例えばこれが、料理とかであれば日本にいた時に読んだ漫画であったり、あるいはTV番組であったりで、ある程度の知識がある。

 だが、それはつまりレイが漫画やTVといったもので仕入れるのはそういうのをモチーフにした漫画や、その手の特集の番組がある必要がある。

 つまり、マイナーな件についてはどうしても知識がない。

 建築……大工の漫画というのはあったかもしれないが、レイは見たことがない。

 また大工の番組については何度かTVでやってるのを見たことがあるが、レイにそこまで興味がなかったのもあって見ていない。

 これが、例えばマイナーな漫画……競艇の選手になるような漫画とかはレイも楽しめたのだが。

 ……もっとも、何故か競艇の漫画の筈が最後の最後で三角関係のドロドロがメインになったので、レイにしてみれば何だこりゃといった感じだったが。

 ともあれ、そんな訳で建築関係については付け焼き刃程度の知識もない。

 そんなレイにとって、天井のどの部分をどれだけ切断すれば崩落をするかというのは分からない。

 ……もっとも、もしその手の知識がレイにあったとしても、ここはダンジョンの中だ。

 その手の知識がダンジョンの中という特殊な状況でどこまで通用するのかは、レイにとっても疑問でしかなかったが。

 ただ、それでも何の知識がないよりも、あった方がいいのは間違いない。

 そういう意味では、やはりレイにとって今回の一件はある程度慎重に行う必要があるのも事実だった。


(もしこれで上手くいったら……それでステンドグラスを高額で買い取って貰えるのなら、俺にとっては楽をして稼げるということになる。もっとも、そこまで無理をして金を稼ぐ必要はないんだが)


 既にレイのミスティリングには、一般人なら数度生まれ変わっても一生遊んで暮らせる程度の金は収納されている。

 金以外にもモンスターの素材や魔石、宝石や金塊といった換金出来る物も多い。

 そんな訳で、レイは金に困ってはいない。

 ……もし金に困っても、それこそセトと一緒にモンスターを倒して素材を売るか、もしくはレイの趣味でもある盗賊狩りをすればいいだけなのだから。

 そういう意味では、わざわざステンドグラスを売って金を稼ぐ必要はない。

 必要はないのだが、それでもこうしてレイがステンドグラスを手に入れようとしているのは、売るのもいいが、純粋に自分で持っていても色々と使い道がありそうだと考えた為だ。

 マリーナの家に飾るのでもいいし、いずれ……本当にそういう時が来るのかは本人にも疑問だったが、もしレイが家を建てた時に使ってもいい。

 この先、何に使うのかは分からないものの、それでもいざ必要となった時に実はステンドグラスがありませんでしたということになるかもしれないと考えれば、この機会に出来るだけ多く入手したいと思うのは当然だった。


「セト、頼む」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らし、移動する。

 セトが空を飛ぶのは翼を羽ばたかせながらだ。

 一ヶ所でじっとしている……いわゆるホバーリングの類は決して得意ではない。

 だが、レイもそんなセトの行動については理解しているので、セトの背の上での行動には慣れている。

 ゆっくりと飛んで貰っている間にデスサイズでステンドグラスの周囲を切断し……ステンドグラスが落ちてきたところで素早く手を伸ばし、ミスティリングに収納する。


「ふぅ、二度目だし慣れたな。このまま続ければ、もっと慣れるのは間違いないか。セト、大変かもしれないけど、よろしく頼むな」

「グルゥ!」


 レイの頼みに、セトは任せてと喉を鳴らす。

 そうしてレイはセトに乗り、次々とステンドグラスを回収していく。

 その度に天井には穴が開き、ホールに降り注ぐステンドグラスを通した光もなくなっていくのだが、レイにとってそれは特に気にすることではない。

 ダンジョンの修復機能によって、どうせ近いうちに……それこそ、場合によっては明日にでもすぐに直ってしまうだろうと、予想出来たからだ。

 遠慮なくステンドグラスを切断していくレイだったが……


「これはどうするべきか」


 最後の一個、ホールの天井に嵌め込まれている中で、元も大きいステンドグラスを見て、レイは呟く。

 今まで切断してきた天井は、そこまで大きなステンドグラスの嵌まっている場所ではなかった。

 だが、最後の最後……ある意味でメインと称しても決して間違いではないのだろうステンドグラスは、直径二m程の大きさがある。

 形としては、楕円形にちかくなっていた。

 このステンドグラスの周囲を切断しても問題がないのかどうか。

 それについては、実際にやってみないと何とも言えないのも事実。


「セト、大丈夫だと思うか?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉にセトは大丈夫と喉を鳴らす。

 そんなセトを信じると、レイはデスサイズを構える。


「このステンドグラスは大きいから、ある程度まではゆっくりと天井を切断して、最後の方で一気に切断する形になると思う。……そんな訳で、セトは俺が指示する方に向かって進んでくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉に分かったと喉を鳴らすセト。

 そんなセトを信じて、レイはデスサイズの柄をしっかりと握る。

 魔力を流されたデスサイズの刃は、今までと同じく容易にステンドグラスの周囲の天井を斬り裂いていく。

 セトに言ったように、最初はゆっくりと……そして確実に。

 そうして次第に切断されていく天井。

 天井の切断が半分程まで進んだ時……ギシリ、というそんな音がレイの耳に入ってくる。


(これは、不味いか? このままだと、デスサイズで天井を切断するよりも前に、ステンドグラスが落ちそうな気がする)


 レイとしては、それだけは絶対に避けたかった。

 そうならないよう、注意しながら……それでいて、天井を切断する速度を上げていく。

 ギギ……ギギギギ……

 天井を斬り裂く作業が進むと、それに比例するようにステンドグラスと天井から聞こえてくる音が大きくなっていく。

 これはやばいんじゃないか?

 そう思ったレイは、より切断する速度を上げる。


「セト!」


 短い一言。

 だが、セトはそれだけでレイの言いたいことを理解し、少し……本当に少しだけ、レイの邪魔にならないように飛ぶ速度を上げる。

 すると、デスサイズによってもう少しでステンドグラスが完全に切り抜くことが出来るといった状態まで進み……

 バキリ、と。今までと違う音が聞こえた瞬間、レイは咄嗟の判断で素早くデスサイズを振り抜く。

 その動きでステングラスの周囲の天井は完全に斬り裂かれ……そして支える物がなくなった瞬間、ステンドグラスは床に向かって落下を始めるのだった。

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