4042話
「グ……ガヒュ、ガフ……」
「まだ生きてるのか。まぁ、この階層に出てくるモンスターだと考えれば、このくらいは当然かもしれないが」
床に倒れた青い虎を見て、レイはそう言う。
生きてはいる。レイが言ったことは間違いなかったが、それはあくまでも生きているだけだ。
首の骨を折られた青い虎は、既に床に倒れたまま起き上がることすら出来ない。
今の青い虎に出来るのは、死ぬまでの時間を苦しむだけだ。
(苦しみが長引かないよう、いっそここで殺してやった方がいいのかもしれないな)
青い虎と戦ったレイだが、別に恨みがあって戦った訳ではない。
……青い虎が襲ってきたという意味では恨んでいるといった点もあるのだが、言ってみればそれだけだ。
別に青い虎にレイの親しい相手が傷つけられた訳でも、レイが大事にしている何かを壊された訳でもない。
本当に恨みらしい恨みはない。
だからこそ、青い虎が苦しんでいるのを見れば、レイもこのまま苦しみを長引かせるよりはいっそ殺した方がいいのではないかと思えた。
(それに……こう言ってはなんだけど、ステンドグラスの光で一種幻想的な雰囲気すらあるしな)
レイとセトが戦っていたのは、先程レイが見たステンドグラスのあるホールのような場所。
そうなると当然のように天井には複数のステンドグラスが嵌まっており、ダンジョン……それも神殿の階層だというのに、そのステンドグラスは外――という表現がこの場合正しいのかどうかレイには分からなかったが――からの光によって様々な色の光がホールに降り注いでいる。
そんな幻想的な光景の中で苦しむよりは、楽にしてやった方がいいだろう。
そう思い、レイは青い虎に近付いていく。
青い虎は自分に近付いてくるレイの姿に気が付いたのだろう。
低く唸りつつ、前足を動かそうとするも……その前足が動く様子はない。
レイに反撃しようとして身体を動かしたのか、それとも何かもっと別の理由だったのか。
その辺はレイにも分からなかったが、それでも何か思うところはあるのだろうと理解しつつも、念の為に警戒しながら近付いていく。
「今、楽にして……おう」
楽にしてやる。
そう言おうと思ったレイだったが、そんなレイのすぐ側をもう一匹の青い虎……セトが戦っていた方の青い虎が吹き飛んでいき、レイは最後まで言葉を口にすることが出来なかった。
「えっと……うん。楽にしてやるから安心しろ……あれ?」
楽にしてやる。
そう言おうとしたレイだったが、ふと気が付くと既にレイと戦った青い虎は絶命し、身動きすら出来なくなっていた。
「え……えー……」
色々な意味で予想外の展開。
それを見ながら、レイはどう反応したらいいのか迷う。
「グルゥ!」
そんなレイの側に、こちらは嬉しそうな様子で喉を鳴らしながらセトが近づいてくる。
セトにしてみれば、青い虎を倒すことが出来て嬉しかったのだろう。
「えー……あー、うん。セト、よくやったな」
そんなセトの様子にどう反応すればいいのか迷ったレイだったが、それでも今はまずゆっくりとセトを撫でておく。
実際、セトが青い虎を倒したのはレイにとっても決して悪くないことなのだから。
(とはいえ、俺が戦った青い虎は一体何で死んだんだ? セトが吹き飛ばした方の青い虎がぶつかったとか、そういう様子は特になかったように思えるし。だとすれば……偶然? まぁ、理由はともあれ偶然と思っておくしかないか)
そんな風に思いながら、レイはセトを撫でつつ青い虎の死体に視線を向ける。
当然ながら、レイが倒した方だけではなく、セトが倒した方の青い虎も既に息絶えていた。
「えっと……まぁ、倒すことが出来たんだし、これで問題はないよな。セトが倒した方も……ん? あれ? おお」
セトが倒した青い虎の死体を見たレイは、驚きの声を上げる。
そうした理由は、セトが倒した青い虎の死体には特に傷らしい傷がなかった為だ。
セトの前足による一撃によって、青い虎の首の骨を折ったのだろう。
それはレイと同じ攻撃方法だった。
……とはいえ、レイの一撃では青い虎を即死させることは出来なかったが、セトの一撃は青い虎の首の骨を折り、殺すことに成功している。
つまり、一撃の威力ではセトの方が強かったということなのだろう。
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの頭を撫でる。
「セトの攻撃は一撃で倒すことが出来た。ありがとな」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイに褒められたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにとってはこうしてレイに褒められるのはやはり嬉しいのだろう。
「さて、じゃあ……解体をするか。この場所はいい場所だけど、だからこそ他のモンスターが来る可能性もあるし。セトは見張りを頼むな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトが見張ってくれるのなら、レイにとってはこれ以上の安心はない。
その為、レイは見張りをセトに任せると周囲の様子を全く気にせず、青い虎の死体に近付く。
最初に向かったのは、レイが殺した方だ。
手にしていたデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納すると、代わりにドワイトナイフを取り出す。
既に使い慣れたドワイトナイフだったが、貴重品であるのは間違いない。
その為、レイは取り扱いを失敗しないように注意しながら魔力を流し込み……そのまま青い虎の死体に突き刺す。
眩い光が周囲を照らし……光が消えた時、そこに残っていたのは解体された素材と魔石、大量の肉だった。
素材は、レイが狙った通りに一匹分の完全な毛皮。後は青い虎らしい青い眼球が入った保管ケースに、他にも幾つかの内臓が入った保管ケース。鋭い牙と爪。……そしてこれはレイがかなり驚いたのだが、青い虎一匹分の骨が完璧な状態でそこにあった。
骨格標本ではないが、今の骨を見れば恐らく多くの者が骨格標本だと、そう口にするだろう。
「骨、か。……首の骨が折れたり砕けたりしてないのは、ドワイトナイフの修復が効いたんだろうな。……しかし、この骨は素直に凄いな」
セトと同じくらいの大きさの身体を持つ虎の骨だ。
当然ながらその骨もかなりの大きさで、見るからにいつ動き出してもおかしくはないように思える。
そんな骨を眺めていたレイだったが、すぐに次に視線を向ける。
まず見たのは、肉の塊。
まさにそれは肉の塊といった表現が相応しい、そんな大量の肉だった。
元々がセトと同じくらいの身体の大きさを持つ青い虎の肉だ。
食べることが出来ない部位は最初から取り除かれてはいるのだろうが、それでも百……二百、あるいは三百kgくらいはあるのではないかと思えるだけの肉がレイの目の前にある。
(というか、虎の肉って食えるのか? いやまぁ、こうしてドワイトナイフで出たんだから、食べられないってことはないだろうけど。そうなると問題なのは、この肉が美味いかどうかだな。……虎の肉、か。これが豚、牛、鶏、あるいはちょっと違っていても羊や山羊、ウサギ、熊、鹿……そんな肉なら食べたことがあるんだが。さすがに虎の肉は……)
そもそも、日本……いや、地球において虎というのはかなり数が減っており、レイの記憶が確かなら絶滅危惧種に指定されていた筈だ。
当然ながらそんな虎の肉を食べる機会など、日本の田舎に住んでいたレイにある筈もない。
そうである以上、この青い虎の肉を食べても本物の虎の肉と比べてどっちが美味いといったことを比べることは出来なかった。
(まぁ、そういうのは今は考えなくてもいいか。地球にいた虎の肉が美味いかどうかは、今の俺には関係ないしな。この青い虎の肉が美味いかどうかが問題なんだし)
そう考えるレイだったが、周囲の様子を警戒しているセトがそれとなく視線を向けているのに気が付く。
勿論それは、レイに向けられた視線……ではなく、レイの前にある青い虎の肉に向けられた視線だった。
セトはその鋭い嗅覚で、この青い虎の肉が美味い肉だと、そう判断したのだろう。
「今日の夕食はこの肉を使った料理を作って貰うから、今は周囲の様子を確認していてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに……心の底から嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにとって、この青い虎の肉はそれだけ美味そうに思えたのだろう。
「収納しておくか」
このまま出しておけば、セトが見張りではなくこの肉に意識を奪われるのではないか。
そう思い、レイは肉を……続けて毛皮を含めて各種素材をミスティリングに収納していく。
そうして最後に残ったのが、レイの最大の目的でもある魔石。
(これは最後だな)
ここで魔石を使うよりも、もう一匹の……セトが倒した方の青い虎の死体を解体した後で、セトとデスサイズの順番で魔石を使っていけばいいだろうと、そう思い直す。
そう判断すると、レイの行動は早い。
魔石を手にし、もう片方の手にはドワイトナイフを握り、セトが倒した青い虎に近付く。
ドワイトナイフに魔力を流し……それを死体に突き刺す。
先程同様、周囲が眩く照らし出される。
そして残ったのは、レイが倒した個体と全く同じ素材や魔石、肉だった。
青い虎という、同じ種族のモンスターである以上、それは当然だろう。
……なお、当然のことながらセトの前足の一撃によって砕けた青い虎の首の骨は、ドワイトナイフの能力によってしっかりと直っていた。
(さっきも思ったけど、骨が素材として残るのはいいけど、何で骨格標本のような状態で出てくるんだろうな? いやまぁ、骨がバラバラになって出てくるよりは、こうして纏まっていた方が助かるけど)
骨が一本ずつバラバラになっていた場合、例えば何らかの入れ物に骨を纏めていれてから、ミスティリングに収納する必要がある。
あるいは、それこそ骨の一本ずつを全て別々にミスティリングに収納するか。
だが、こうして骨格標本のようになっていれば、レイもそれを一個として認識出来るので、一度でミスティリングに収納出来るのだ。
そういう意味では、こうした状態で解体されているのはレイにとって助かるのは間違いなかった。
「さて……セト、そろそろ戻ってきてくれ」
最初に解体した青い虎の時もそうだったが、レイが呼ぶとセトは近付いてくるものの、肉に視線を向けていた。
(セトはグリフォンで、下半身は獅子な訳で……一応虎と獅子は同じ猫科なんだけど、その肉を食べたそうにしてるのは問題ないのか? ……ないか。それを言うのならオークだって大雑把に見た場合は二足歩行で手を自由に使えるという意味で人と近いけど、普通に肉として食べてるしな)
少しだけ疑問に思ったことは自分の中ですぐに解決し……小さく息を吐くと、セトの円らな瞳に負けて、ミスティリングから取り出したミスリルナイフで青い虎の肉を少し切り、セトに渡す。
「ほら、ちょっとだけ味見だ。生肉だけどいいよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らす。
先程から気になっていた為だろう。
セトはレイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすと、レイが差し出した肉をクチバシで咥え、そのまま食べる。
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルゥ!」
セトにしてみれば、かなり美味い肉だったのだろう。
嬉しそうに喉を鳴らす。
(そんなに美味いのか?)
セトがそこまで騒いでいるのを見たレイは、少しだけ……本当に少しだけ美味そうに食べているセトを見て、青い虎の肉の味が気になる。
とはいえ、レイはセトと違って生肉で食べたいとは思わない。
……これが牛肉や馬肉、鳥肉であれば叩きや刺身で食ったりもするのだが。
さすがに虎の肉を生で食べたいとは思わない。
いっそギルムで購入したマジックアイテムの鉄板でも出すか?
そうも思ったが、そうなると味見程度で大袈裟になりすぎるので、こちらも止めておく。
何よりマジックアイテムの鉄板を出してここで料理を始めた場合、その匂いに釣られてモンスターがやって来て、肉を味見するどころではないようなことになりそうだったというのもある。
そんな訳で、レイは自分が肉の味見をするのは諦める。
「グルルゥ」
味見程度ではあったが、セトは青い虎の肉を美味そうに食べていた。
そんなセトの様子を見つつ、レイは魔石を手にする。
「セト、味見が終わったら魔石を使うぞ」
「グルゥ? グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
(まぁ、青い虎の攻撃方法を思えば、この魔石を使えばどうなるのかは容易に想像出来る。……もっとも、それはあくまでもセトだけで、デスサイズはどうなるのか分からないけど)
そんな風に思いつつ、レイは手の中にある魔石に視線を向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます