4041話
隠し扉の中にあった宝箱を収納したレイは、隠し部屋の前で待っていたセトに声を掛ける。
「セト、部屋の中はそこまで臭くはなかったぞ」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは不満そうな様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、この隠し扉を開いた時に漂ってきた強烈な悪臭……いわゆる、アンデッドの放つ腐臭とはまた違う悪臭に強いダメージを受けてしまった。
その為に、セトは……元からレイよりも鋭い嗅覚を持ち、更には嗅覚上昇のスキルを使っていただけに、ダメージは通常よりも大きかったのだ。
「多分だけど……さっきの悪臭もまた、罠の一つだったのかもしれないな」
そう言いつつ、レイはまだ自分の周囲に浮かんでいた光の盾……マジックシールドを使って生み出された光の盾を消す。
ダンジョンの探索をする以上は、念の為に光の盾は出したままの方がいいのではないかとも思ったが、光の盾ということは当然ながら光っている。
そうである以上、ダンジョンの中を進んでいる時に光の盾の光によって目立つ……敵に見つかる可能性があるのだから、注意しておく必要があった。
「グルゥ? ……グルルゥ」
悪臭が罠というレイの言葉に、どう反応したらいいのか分からないセトだったが、とにかく中にあった宝箱を確保したことを嬉しそうに喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でつつ、再び他の場所を……地図に描かれていない場所の探索をするべくセトと共に移動を始める。
「隠し扉の件があったけど、モンスターがもっと多く出て来て欲しいけど、どうだろうな?」
「グルゥ!」
隠し部屋からある程度離れた為もあるのだろうが、セトはレイの言葉に同意するように喉を鳴らす。
セトにしてみれば、出来るだけ早く敵と戦いたいと、そう思っているのだろう。
神殿の階層らしい、美しい……それこそ一種の芸術品と呼んでも決して間違ってはいない光景に目を奪われながら、レイはセトと共に進む。
そうして進んでいると……
「お、あれは……」
通路がより広くなっている場所、ホールに近い場所で足を止めるレイ。
足を止めたレイの視線が向けられているのは上だ。
正確には天井……ではなく、いわゆるステンドグラス。
青や赤、黄、緑といったような様々な色のガラスが組み合わさったステンドグラス。
一体どのような仕組みになっているのか、ステンドグラスは外側から明かり……まるで太陽か何かの光が照らされているかのような、そんな光が照らされ、それによってステンドグラスから漏れ出る光は幻想的な雰囲気を周囲にもたらしていた。
「これは……凄いな」
「グルゥ」
感嘆の言葉を口にするレイに、セトも同意するように喉を鳴らす。
セトの目から見ても、ステンドグラスから降り注ぐ光というのは美しく思えるのだろう。
(けど……この階層は神殿の階層だ。つまり、この神殿こそが十八階な訳で、神殿の外から降り注ぐ光は一体どこから来てるんだ?)
ダンジョンの中にあるのに、ダンジョンの外から光が降り注ぐ。
そんな矛楯した光景に疑問を抱くレイ。
そうして十分近くステンドグラスを見ていると……
「グルルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らす。
その鳴き声でレイは我に返ると、かなり近くまで青い毛並みの虎が来ているのに気が付き、慌ててミスティリングからデスサイズを黄昏れの槍を取り出し……
「グルルルゥ!」
「ギャウっ!」
レイが武器を取り出したのと同じタイミングで、セトが衝撃の魔眼を使う。
レベル六の衝撃の魔眼は革鎧程度なら破壊出来る威力を持っているのだが、青い毛並みの虎はそんなセトの一撃を食らっても痛みに悲鳴は上げるものの、大きな怪我をした様子はない。
……いや、それどころか血の一滴も流さないまま床に着地する。
それを見たレイは手にした武器でセトの応援に向かおうとし……ピタリ、と足を止める。
何故なら、丁度反対側からもう一匹、青い毛並みの虎が姿を現した為だ。
「挟み撃ちか。……というか、このダンジョンに似合わないモンスターだな」
そう言いながら、レイはデスサイズと黄昏の槍を構える。
神殿の階層である以上、この階層に棲息しているモンスターは先程戦ったリビングメイルのようなタイプ、あるいはもっと神聖さのあるモンスターではないかと、そう思っていたのだが。
そんな予想とは裏腹に、この青い虎は神聖さといったものはない。
勿論レイが知らないだけで、この神殿のベースとなった何らかの宗教において、青い虎は神聖な獣、あるいは聖獣といったように崇められていたのかもしれないが。
そもそもこのダンジョンがどういう風に作られているのか、レイには分からない。
レイが思い浮かべたように、ベースとなる何かがあって、それによって作られているのか。
もしくは、偶然……本当に偶然このような形になったのか。
理由はともあれ、今の状況でまずレイがやるべきことは目の前にいる青い虎を倒すことだけだ。
(二匹出て来たから、デスサイズとセトでどっちが魔石を使うかを考えなくてもいいって思っておくか)
モンスターの魔石を魔獣術で使う時、問題なのはセトとデスサイズ用の二つがいるということだ。
魔獣術の魔法陣に触れた時、レイの持つ莫大な魔力のお陰でグリフォンのセトだけではなく、余剰魔力によってデスサイズも生み出された。
それはレイにとって間違いなく利益だった。
レイの持つ莫大な魔力が与えた恩恵であると言ってもいいだろう。
しかし同時に、モンスターの魔石を使う時に二つ必要になるようになったのはデメリットでもあった。
だが、こうして同じモンスターが二匹出て来てくれたのなら、レイにとっては悪いことではない。……いや、寧ろ願ったり叶ったりといったところか。
それもレイの持つ強さがあっての話なのだが。
「俺の前に出て来てくれたんだ。……しっかりと糧になって貰うぞ」
「ギャオオオオオオン!」
レイの言葉を理解したのか、それとも理解はしていないがニュアンスだけでも受け取ったのか。
ともあれ、青い虎はレイに向かって大きく吠える。
青い虎にしてみれば、自分よりも小さな相手であるレイに向かっての雄叫びだ。
それでレイが怯えて動きを止めればすぐに殺せるからそれで構わない。
そこまでいかなくても普段通りの動きは出来ないだろうと……そのような思いからの行動だったのだろう。
だからこそ、レイが青い虎の雄叫びを全く気にした様子もなく、武器を構えながら近付いて来たことに驚き、動きを止めた。
雄叫びによってレイの動きを止める筈が、自分の動きを止めてしまったのだ。
そんな青い虎に対し、レイはデスサイズを振るう。
それはスキルを使った一撃でもなければ、刃で斬り裂く為の一撃でもなく……柄の部分で身体を殴りつけるかのような一撃だった。
この時、レイの頭の中にあったのは、漫画やTV等、色々な場面で見た光景……虎の毛皮を使った敷物だった。
青い虎の毛皮の敷物。
もしそのような物があれば、非常に珍重されるだろうと思っての行動。
そうである以上、相手を倒すにも毛皮に傷を付ける訳にはいかない。
そうならないよう、青い虎を殺す必要があった。
(一番簡単なのは、首の骨を折ることか。……ただし、毛皮に傷を付けないように。いやまぁ、多少の損傷があってもドワイトナイフを使えば修復は出来るだろうけど)
そんな風に思いながら近付くレイに向け、青い虎は大きく口を開いて牽制する。
「グアオオオオオオオオ!」
鋭い牙は、モンスターだけあって普通の――とはいえ、せいぜいが日本にいる時に動物園で見た程度だが――虎よりも、明らかに牙が大きい。
勿論、それはあくまでも普通の牙として判断した場合の話でしかない。
例えば以前何度か遭遇したような……それこそサーベルタイガーのような巨大な牙とは明らかに違った。
しっかりと、相手を噛み千切れるだろう、そんな牙。
「いい素材になりそうだな」
だが、レイはそんな牙を剥き出しにされて間近で雄叫びを受けても、特に気にした様子はない。
それどころか、牙が素材になりそうだと、そのようなことすら口に出す。
「ガルルルルゥ……」
そんなレイの態度が気に食わなかったらしく、青い虎は苛立ち混じりに鳴き声を上げる。
それは数秒前の雄叫びのような鳴き声とは違い、殺意に満ちた鳴き声。
「来いよ。いつまでも時間を無駄にする訳にもいかないからな。出来れば早いところお前達を倒して、他のモンスターとも戦いたいし、宝箱も出来ればもっと見つけたいしな」
そう言うレイだったが、宝箱というところで微妙な気分になる。
何しろ先程見つけた宝箱の隠し部屋の中には悪臭が籠もっていた為だ。
……それこそ、この青い虎がレイ達の前に姿を現したのは、あの悪臭がダンジョン全体に広がったからではないのかとすら思ってしまう。
(まぁ、それならそれで、悪くはないんだけどな)
この青い虎のようなモンスターと遭遇出来たのだから。
そうレイが考えていると、やがて青い虎が僅かに……本当に僅かにだが身を沈める。
セトを相棒としているレイだけに、青い虎が何をしようとしているのかはすぐに理解出来た。
……もっとも、大きさは同じくらいであっても、青い虎は完全に猫科なのに対して、セトは下半身は獅子だが上半身は鷲なので、そういう意味では正確には完全に猫科といった訳ではないのだが。
ともあれ、身を沈めた青い虎を相手に、レイはいつ相手が攻撃して来てもいいよう、デスサイズを黄昏の槍を構え……次の瞬間、青い虎は床を蹴ってレイに襲い掛かる。
さすが猫科と言うべきか、その動きは非常に鋭かった。
だが……レイにしてみれば、前動作から予想していた動きだ。
あっさりを回避しながら、デスサイズの柄で青い虎の胴体を殴りつける。
「ギャンッ!」
ボグッ、という音と共に青い虎の口から悲鳴が上がる。
猫科なのにまるで犬科のような、そんな悲鳴。
それを疑問に思ったレイだったが、相手がモンスターである以上はそういうこともあるだろうと判断し、そのまま次の行動に移ろうとし……
「っと!」
青い虎から飛んできた何かを察知し、床を蹴って跳ぶ。
今の一撃が何だったのかはすぐに理解出来た。
青い虎の周囲には、レイにとってそれなりに見覚えのあるものが浮かんでいたのだから。
そう、それは水球。
セトが使うスキルにもあるので、レイにとってはそれなりに見慣れたものだった。
ただし、セトが使う水球と違うところもそれなりに多い。
セトの水球は直径二m程の水球が四つ。
だが、青い虎が生みだした水球は、握り拳程の大きさの水球が、十個以上。
質より量といった攻撃方法なのは明らかだった。
(いや、速度もセトの水球に比べると速いか。セトの水球が一撃の威力を重視してるのに対し、こっちは速度な訳か。つまり、この青い虎の魔石を使えばセトは恐らく水球のレベルが上がるな)
そう予想しつつ、レイはそれならデスサイズに使ったらどんなスキルが? とも思う。
……そう思いながらも、レイの行動は止まらない。
水球を連続して飛ばしてくる青い虎だったが、それを回避し、あるいはデスサイズで斬り裂きながら間合いを詰めていく。
「ガオオオオオ!」
そんなレイの姿に恐怖を覚えたのだろう。
青い虎は再び大声を上げ、先程以上の大量の水球を飛ばしてくる。
(直接攻撃してこない? ……なるほど、さっきの一撃は有効だった訳か)
レイはひたすら水球で攻撃してくる青い虎の様子に、先程の一撃の効果を確信する。
デスサイズの柄を通して感じた手応えは、決して骨を折るといったような手応えではなかった。
だが、その一撃は間違いなく青い虎に対してダメージを与えていた筈で、実際それを示すかのように青い虎はその鋭い牙や爪は使わず、セト並の身体の大きさから生み出される力も使わず、レイとの間合いを取ったまま、ひたすらに水球による攻撃を行っていた。
明らかに近接戦闘を嫌がっているのは……そしてレイを睨み付ける目に微かな怯えが混じっているのは、それだけ先程のレイによる一撃が効果的だったからなのだろう。
そんな青い虎の様子に、レイは前に出る速度を上げる。
青い虎は必死にレイに水球を打ち込むものの、それはレイにとって意味はない。
勿論、楽に回避出来るという訳ではなく、相応に集中する必要はあるものの、それでもレイの足は止まらない。
「グ……グラアアアアアアアアアアッ!」
少しずつ、しかし確実に近付いてくるレイの存在に、とうとう青い虎も我慢出来なくなったのだろう。
今まで以上に大量の水球を一気に放ちながら、その鋭い爪をレイに叩き込もうと水球を追うように動き……
ゴギ、という音と共に、レイが水球を回避し、斬り裂き、そして前足の一撃を回避しながら振るったデスサイズの柄が、青い虎の首の骨を折るのだった。
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