4040話
レイはパワースラッシュを使った結果破壊された壁を見て、少し困ったように口を開く。
「これは……ちょっと予想以上に強力になっていたな」
「グルゥ……」
レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトに向かい、壁の状況を誤魔化すように……あるいは忘れるようにその身体を撫でる。
「グルルルゥ」
レイに撫でられ、気持ちよさそうに喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトの様子を見つつ、改めて神殿の壁を見る。
かなりの広さに渡り、壁が破壊されている。
レイはそれを見なかったことにする。
(ダンジョンには修復機能があるし、そう遠くないうちにこの壁も直るだろ。それに……ナルシーナ曰く、この階層に来ることが出来るパーティは五組だけらしいし、そう考えればこの壁が壊れたのを見る者はいない……とは限らないけど、可能性は低い筈だ。ナルシーナ達も、ダンジョンを出たばかりだし)
レイの場合は毎日……とまではいかないが、それなりに頻繁にダンジョンに潜るのが普通になっている。
それはレイが元々高い実力を持っていることや、地面を走れば馬より速く、空を飛べば更に速いセトがいるということや、ミスティリングのお陰で荷物の収納に困らないことや、潜るのは午前の授業が終わった後の午後からというのが大きい。
だが、ナルシーナ達はそういうのではなく、普通の冒険者だ。……簡易版のアイテムボックスを持っているのは特別かもしれないが。
そんなナルシーナ達だけに、毎日のように頻繁にダンジョンには潜っていないだろう。
ましてや、この十八階に来るには十五階の転移水晶を使う必要がある。
「うん、やっぱり気にしない方向でいくとしよう。もし誰かがこれを見つけたとしても、それは恐らくモンスター同士が争ったか何かしたってことで。……そうだよな、セト」
「グルゥ? グルルルゥ……」
それはちょっと厳しいんじゃ?
そう喉を鳴らすセトだったが、レイはそれをスルーして歩き出す。
「ほら、セト。折角十八階まで来たんだ。もっと色々と見て回って、探索をするぞ。宝箱とかもあるかもしれないし」
「グルゥ!」
現金と言うべきなのか、セトはレイが口にした宝箱という言葉に即座に反応する。
それでいいのか?
一瞬だけレイはそう思わないでもなかったが、取りあえず誤魔化せたので良しとしておく。
それに……ここがダンジョンである以上、周囲に多少の被害が出る程度は問題ないだろうと、そうレイには思えたのだ。
そうして再び神殿の階層を進むレイとセト。
周囲には特に何かがある訳でもなく、地図に描かれている通りに進む。
レイの目的は、まずは地図の埋まっていない場所を探索して地図を埋めること。
それと先程のリビングメイルのような未知のモンスターと遭遇したり、宝箱を見つけたりといったものだ。
なので、既に地図に描かれているところにはレイもあまり興味はない。
そうして進み続け……
「グルゥ?」
通路を歩いている途中、不意にセトが喉を鳴らす。
「セト?」
敵を警戒しているような、そんな鳴き声ではない。
何か不思議に思う……何らかの違和感があると、そう思っているかのような鳴き声。
レイの経験上、セトがこのように鳴き声を上げる時は周囲に何らかの異常がある時だ。
罠か、あるいはそれ以外の何らかの思いも寄らない何かか。
それはレイにも分からなかったが、足を止めてセトの様子をじっと見る。
レイに見られているセトは、少し考えた後で嗅覚上昇のスキルを発動した。
「グルルルルルルゥ!」
そうして発動された嗅覚上昇を使い、周囲の臭いを嗅ぐ。
レイはセトの邪魔をしないように周囲の警戒をしていた。
こうしてセトが嗅覚上昇に集中している以上、それこそモンスターが襲撃してきてもそれに気が付くとは断言出来なかったからだ。
……実際には、それでもセトならモンスターの存在に気が付くような気がしないでもなかったが。
「……グルゥ!」
嗅覚上昇を使い、周囲の様子を臭いで探索し始めて数分。
やがてセトはとある場所……レイ達から少し離れた場所にある壁の前まで移動する。
「そこに何かあるのか?」
レイから見て、そこあるのはただの壁だ。
一体何を考えてセトはその壁の前まで移動したのか。
そう思ったが、同時にセトが嗅覚上昇を使ってまでその場所に移動したとなると、そこに何かがあるのはほぼ間違いないだろうとも思えた。
その為、レイはセトの側まで移動してみるのだが……
「やっぱり、俺にはただ壁があるようにしか思えないんだが」
レイの目には特に何かがあるとは思えない。
思えないのだが、セトが壁の前から動かないのを見れば、恐らく……いや、確実に何かがあるのだろうというのはレイにも予想出来た。
そうして予想が出来れば、隠し扉か何かがあるのだろうというのも同様に予想出来る。
「とはいえ、問題なのはその手の技術がないということだよな」
ソロ――セトもいるが――でダンジョンを攻略しているレイにとって、最大の難点はこの手の技能を持っていないことだった。
これが宝箱の類なら、ミスティリングに収納してギルドで宝箱を開けたり、罠を解除する技能を持っている者を募集することも出来るのだが、この壁のように持ち運び出来ないのであれば、レイとしてもどうしようもない。
「セト、どうすればいいと思う?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは壁を見て喉を鳴らす。
それは壁に挑戦してみたらと、そう喉を鳴らしている。
「……セトが言うのならやってみるか」
宝箱と違って持ち運びは出来ない。
かといって、まさか一度地上に戻り、その手の技能を持つ者を連れてくるといったことも……やろうと思えば出来るかもしれないが、実際には難しい。
特にセトはレイ以外を背中に乗せて飛ぶとなると、小さな子供か体重の軽い女くらいでないと無理だ。
とてもではないが、冒険者をやっている者を背中に乗せることは出来ないので、十七階の海の階層は海水に濡れながら移動するか、あるいは連れてきた助っ人をセトの足に掴まらせて移動するしかない。
そのようなことが出来ない……恐らく募集しても応募する者はいない以上、やはりここはレイが自分でどうにかする必要があるのは間違いなかった。
「よし、まずは壁の様子からだな」
セトが見ている場所を中心に、壁を軽く叩いていく。
コンコン、コンコン、コンコン……コントン……
「ここか?」
音が変わったところを何度か叩いてみて、どうなっているのかをしっかりと確認していく。
すると明らかに音が変わったところは、セトが見ていた場所を中心に長方形の形になっているのが分かった。
「隠し扉があるのは間違いないけど……問題なのは、これをどうやって開けるかだよな」
口にしながら、扉となっているだろう場所を開ける何らかのスイッチの類がないかと用心深く壁を調べてみるものの、何もない。
あるいはあってもレイが見つけられないだけなのかもしれないが。
それでも諦めず、更に十数分程壁を調べ続けてみるが……
「あー、これはもう無理だ! どうやっても仕掛けを見つけたりは出来ない!」
我慢の限界に達したレイは、ミスティリングからデスサイズを取り出す。
「罠の類があるにしろないにしろ、この壁の向こうに通路か部屋か、何かは分からないが、とにかくあるのは間違いないんだ。なら、わざわざスイッチとかの仕掛けを探さなくても、壁を壊してしまえばいいだけだろ」
レイとしては、出来ればスマートに罠なり仕掛けなりを解除したかったのだが、それが出来ない以上は乱暴な手段になるのも仕方がなかった。
「セト、念の為に少し離れててくれるか?」
「グルゥ」
セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らすと、そのまま少し離れる。
それを確認したレイは、こちらもまた念の為にスキルを使う。
「マジックシールド」
スキルの発動に伴い、光の盾が四枚生み出された。
(隠し扉を開ける……というか、壁を破壊する感じである以上、罠が発動しても一度だろうし、光の盾は一枚でよかったんだけどな。まぁ、何かあった時のことを考えると、複数あってもいいか)
自分の周囲に浮かんでいる光の盾を一瞥すると、レイは気にしないことにしてデスサイズを構える。
デスサイズに魔力を流し、袈裟懸けに振るい、その勢いのまま手首を動かして逆袈裟を下から斬るようにして放つ。
丁度標的となる壁に対して×になるようにデスサイズを振るった形だ。
素早くデスサイズを振るい終わった瞬間、壁から何かが飛んできて光の盾に命中する。
「っと!」
どうやらレイが予想した通り、何らかの罠が仕掛けられていたらしい。
隠し扉、あるいは隠し通路だと考えれば、正規の手順以外で強引にどうにかしようとしたのだから、罠が発動してもおかしくはない。
(毒針か何かか?)
罠を防いだ光の盾は消え、床に何かが落ちる。
それを見ると、黒い液体に濡れた指くらいの長さの針だった。
黒い液体を毒だろうと判断したレイは、その針をミスティリングから取りだした布で包み、再度ミスティリングに収納する。
するとちょうどそのタイミングで、レイが切断した壁がずれていく。
ずず、という音と共に四つの三角形になった壁が床に落ちる。
そうして壁が消えた向こう側からは……
「臭っ!」
開いた場所から漂ってきたのは悪臭。
それもアンデッドの持つ腐臭の類ではなく、もっと別の……何と表現したらいいのかレイにも分からなかったが、とにかく悪臭としか表現出来ないような、そんな臭い。
「グルゥ!」
レイですら悪臭に思わず声を上げるくらいなのだから、レイよりも嗅覚が鋭いセトにしてみれば、この悪臭は堪えるだろう。
ましてや、セトは嗅覚上昇のスキルを使っていたのだから、尚更に。
レイもまた悪臭から逃げるようにセトのいる場所まで移動する。
(もしかして、開けない方がよかったとか、そんな感じの場所だったりしたのか? いや、けど隠し扉だったのを思えば……それともこれも罠とか?)
悪臭に耐えながらレイは自分の行動が失敗だったのではないか、あるいはこの悪臭もまた罠の一つなのではないかと疑問を抱く。
そうして離れたところで数分が経過すると、やがて漂ってくる悪臭は心なしか薄まっていく。
「あ」
その様子から、延々と隠し扉の向こう側から悪臭が漂ってくる訳ではないのだと理解したレイは、デスサイズの石突きを床に突く。
「風の手」
スキルを発動し、デスサイズの石突きから風の触手を伸ばし、悪臭を風の触手の中に集めるように動かす。
そうして十分に悪臭を集めた……正確には本当に集めたかどうかは分からないので、恐らくは集めたのだろうと判断したところで、レイは風の触手を通路の天井付近……それもレイやセトのいる場所から遠く……三百m程も離れた場所まで移動させると、そこで解除する。
「グルゥ……」
人より鋭いレイの嗅覚にも微かにまだ悪臭が届くが、レイよりも更に嗅覚の鋭いセトは更に悪臭に情けない声を出す。
(十階で使った悪臭用のマジックアイテムを使うか?)
そうも思ったレイだったが、元々が揮発性の悪臭だったのか、急速に臭いが薄れていく。
「お? ……セト、大丈夫か?」
「グ……グルゥ……」
レイの言葉に、何とかといったように喉を鳴らすセト。
セトにとっても、いきなり悪臭が消えたことに驚いてはいるらしい。
(風の手の影響か? それとも元からそういう感じで悪臭が消えていたのか)
レイはそう疑問を抱きつつも、取りあえず今は隠し扉の中を確認する方が先だろうと判断し、そちらに近付く。
「悪臭の件はともかくとして、部屋の中には何がある? ……というか、さっきの悪臭は結局何が原因だったんだ?」
疑問を抱きつつ、セトと共に隠し部屋に近付く。
先程デスサイズで開けた場所から中を見ると……
「お、ラッキー」
隠し部屋の中を見たレイの口から、そんな言葉が漏れる。
それも当然だろう。何しろ部屋の中……それもレイが見たところ正方形に見える部屋の真ん中には、宝箱が置かれていたのだから。
レイにしてみれば、この宝箱は恐らく何かいい物が……それこそマジックアイテムの類が入っているのだろうと思える。
何しろ隠し部屋の中にあった宝箱なのだから。
(問題なのはこの隠し部屋は以前にも見つかったことがあるのかどうかだよな。もし見つかってないのなら、恐らくかなり良い品があるのは間違いないだろうし。もしダンジョンの修復機能によって復活したのなら、そこまで良い品はない。……どっちだ?)
そんな疑問を抱きつつレイは宝箱に近づき、ミスティリングに収納するのだった。
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