4039話

「うお……マジか」


 レイは目の前にある大剣を見て、そう呟く。

 もしかしたらとは思っていたものの、それでもまさか本当に大剣がドワイトナイフで修復出来るとは思っていなかったのだ。

 駄目元だったのが、普通に出来た。

 これはレイに驚くなという方が無理だった。

 たっぷりと一分程大剣を見ていたレイだったが、ふと思いつく。


「これってつまり……」


 呟きながらレイがミスティリングから取り出したのは、投擲用に購入した、使い捨ての槍。

 穂先が欠けており、柄と穂先を繋ぐ部分も少し緩くなっている。

 一度投擲するだけなら恐らくは問題ないだろうが、普通に槍として使った場合はすぐに壊れるだろう槍。

 その槍に向かい、ドワイトナイフに魔力を込めて突き刺すが……


「あれ?」


 いつもならドワイトナイフが突き刺さると同時に周囲が眩く光るのだが、槍をドワイトナイフで突き刺しても全く光る様子はない。

 その後、繰り返し何度か試してみるものの、それでも特に何かが起きるといったようなことはなかった。


「えっと……あれ? どうなってるんだ?」


 レイの予想……もしくは一番希望通りであれば、目の前にある壊れそうな槍が新品同然に戻るといったものだったのだが、それが見事に外れた形となる。

 大剣の刀身の欠けが直ったのだから、この槍が直ってもおかしくはない……いや、直るのは間違いないだろうという楽観的な予想があっただけに、それが外れてしまったのはレイにとって非常に残念なことだった。


「グルゥ?」


 いきなりのレイの行動に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 だが、レイはそんなセトの様子にちょっと待ってくれと手を出して押さえると、ミスティリングから別の槍を何本か取り出して並べていく。


「さて……これならどうだ? どれか一本くらいは上手くいくといいんだが」


 そう言いつつ、レイは魔力を込めたドワイトナイフで次々に槍を刺していくが……


「駄目……か」


 数分後、レイは残念そうに呟きながら息を吐く。

 視線の先にある槍は、未だにどれも壊れかけで直った様子はない。

 それはつまり、レイが思いついたドワイトナイフで壊れた武器を修復出来るのではないかというものが、完全に的外れだったということを意味していた。


「グルルゥ」


 レイの行動が終わったのを見たセトは、励ますように喉を鳴らす。

 最初はセトにもレイが何をやってるのか分からなかったが、何度も繰り返しているのを見れば、その行動が何を目的としたものなのか分かるようになった。

 正確には予想出来るようになったのだが。


「あー……うん。悪い。無駄に時間を使ってしまったな。どうやら壊れかけの武器を直すとか、そういうのは出来ないみたいだ。大剣が修復出来たのは……モンスターの持っていた大剣だったからなのか、それとも時間制限があるからなのか。あ、ちょっと待った」


 時間制限という言葉に、レイは壊れそうな槍のうちの一本……それこそ強く振っただけで柄が折れてしまいそうなヒビの入っている槍を手にし、力を入れる。

 ボキ、と。

 当然のようにヒビの入った部分で折れる槍。

 そんな槍に対し、再び魔力を込めたドワイトナイフを突き刺すものの……


「駄目か。時間制限とか、そういうのでもないと」


 もし時間制限……例えば壊れてから数十分、数時間、数日……そんな時間によってドワイトナイフの効果が発揮されなくなるのかもしれないと思ったものの、その予想は外れた。


「まぁ、時間制限という意味なら、ミスティリングに入っていたずっと前に倒したモンスターの死体とかも普通に解体出来たしな」


 そう言うレイだったが、基本的にレイは倒したモンスターの死体はすぐに解体しない場合はミスティリングに収納している。

 そしてミスティリングの中では時間が停まっているので、実際には数年前に倒したモンスターの死体であっても、ミスティリングから取り出した時点ではまだ倒してからそんなに時間が経っていない死体となるのだ。


「そうなると、ドワイトナイフは元々解体用に作られたマジックアイテムだし、やっぱり純粋に解体にしか使えないとか、そんな感じなんだろうな」


 ドワイトナイフの仕様を残念に思うレイだったが、今までと同じように使えるのなら文句はない。

 出来ればドワイトナイフをもっと有効に使えればいいと思ったのだが、それが出来なかった程度で落ち込んだりはせず……


「さて、セト。お待ちかねだな。魔石だぞ」

「グルゥ!」


 リビングメイルの死体……という表現が正しいのかどうかレイは分からなかったが、とにかく鎧や武器、あるいはセトが壊した鎧の残骸もミスティリングに収納すると、残ったのは二つの魔石。

 倒したリビングメイルは四匹なのだが、魔獣術は同じ種族の魔石は一度しか使えない。

 であれば、リビングメイルの魔石が四つあっても、どのみち二つしか使えないので、残り二つは既にミスティリングに収納されていた。


「後の問題は、このリビングメイルが普通のリビングメイルじゃなくて、微妙にであっても別の種族であればいいんだけど」


 そう言いつつも、レイは恐らく大丈夫だろうと半ば確信していた。

 その理由としては、このダンジョンの上の方の階層……具体的には四階の砂漠の階層で遭遇したサンドワームだ。

 以前レイはこことは別の場所でサンドワームを倒し、魔獣術でその魔石を使ったことがある。

 だが、このダンジョンの四階の階層において倒したサンドワームの魔石でも、普通に魔獣術が発動したのだ。

 であれば、この神殿の階層におけるリビングメイルも、以前レイが倒したリビングメイルとは別扱いとなってもおかしくはない。

 ましてや、レイ達が戦ったリビングメイルは、精緻な彫り物がされており、何よりもマジックアイテムの鎧でもあった

 普通に考えれば、その鎧の持ち主は通常のリビングメイルではなく、希少種か上位種ということになる。

 その為、レイもこの魔石が使えないとは全く考えていなかった。


「じゃあ、セトからでいいか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。

 そんなセトに対し、レイは手にした魔石を放り投げ……セトは魔石をクチバシで咥えると、そのまま飲み込む。


【セトは『魔法反射 Lv.二』のスキルを習得した】


 いつも通り脳裏にアナウンスメッセージが響くが……


「おう?」


 その内容に、レイの口からはそんな声が漏れる。

 当然だろう。アナウンスメッセージの内容が……セトのレベルアップしたスキルの内容が、完全に予想外だったのだから。


「えっと……魔法反射? あれ? もしかして、あのリビングメイルって、魔法を反射する能力を持っていたのか?」


 レイがリビングメイルを倒す時、スキルは使ったものの魔法は使っていなかった。

 だからこそ、もしリビングメイルに魔法を反射する能力があっても効果を発揮しなかった訳だが……


「セーフ……ギリギリ、本当にギリギリだけど、セーフ……」


 心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、レイはそう呟く。

 莫大な魔力を持ち、その魔力を使って普通では考えられないような威力の魔法を連発出来るレイだったが、だからこそ魔法の反射といったような能力を持つ敵は厄介な相手だった。

 もしリビングメイルとの戦いで魔法を使っていたら、どうなっていたか。

 レイの魔法は非常に強力なので、完全に反射することは不可能かもしれない。

 だが、それでも幾らか反射されただけで、レイにしてみれば非常に厄介なのは間違いなく、本当にリビングメイルとの戦いで魔法を使わなくてよかったと思う。


「グルルルゥ」


 レイの様子を心配しつつも、セトはスキルが強化されたことに喜んで喉を鳴らす。


「セトにとっては、悪くない結果だったな」


 それは、レイの心からの言葉。

 実際、魔法を反射出来る光の盾というのは、戦闘をする上で非常に大きな意味を持つ。

 魔法を使える者が限られている中……いや、限られているからこそ魔法というのは戦闘において決め手となることも珍しくはないのだ。

 それだけ、その魔法を反射出来るスキルというのは、いざとなれば戦局を逆転させる一手になってもおかしくはなかった。


「じゃあ、使ってみてくれるか?」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉を聞いたセトは、即座に魔法反射のスキルを発動する。

 するとセトの側に半径五十cm程の光の盾が姿を現す。

 レベル一の時が半径三十cm程の光の盾だったことを思えば、レベルが二になって倍……とまではいかないが、それに近いくらいの大きさになったのは間違いない。


「凄いな、セト」

「グルルゥ!」


 レイに褒められ、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 そうしてセトを撫でると、レイは自分も魔石を使うか……と思うよりも前に、少し試してみたいことがあった。

 デスサイズを手にしたレイは、先程ミスティリングに収納した中から、リビングメイルを……セトが破壊した残骸の方を取り出す。


「グルゥ?」


 レイの様子に、セトは一体どうしたの? と疑問に喉を鳴らす。


「いや、もしこの鎧に魔法を反射する能力があったらと思ってな。そうなれば、この鎧を売るのは止めて、俺達でどうにか利用した方がいいかもしれないし」

「グルゥ」


 そうレイが言うと、セトが納得した様子を見せる。

 もっとも、そう言いつつも実際に魔法を反射する場合、どういう風に使えばいいのか、レイには分からなかったが。

 すぐに思い浮かぶのは、盾とすることだろう。

 ……ただし、レイとその仲間で盾を使うような者はいない。

 レイ、エレーナ、ヴィヘラ、ビューネの四人は基本的に速度を重視した戦い方をするので、盾はあっても邪魔なだけだ。

 アーラは剛力の持ち主だが、その剛力はパワー・アクスを使うのに全てを注いでいるので、盾を使わない。

 マリーナは弓と精霊魔法を使う典型的な後衛なので、盾は持たない。


(あれ? こう考えると、もし魔法を反射する金属鎧を使って盾を作っても意味がないのでは? ……いやまぁ、俺の場合は盾をミスティリングに収納しておけば、いざという時に魔法を反射させる奥の手として使うことが出来ない訳ではないけど)


 そう思いつつ、レイは鎧の残骸に向かって左手にデスサイズを握り指を鳴らす。

 パチン、と。

 無詠唱魔法が発動され、ファイアボールが鎧の残骸のある場所に姿を現す。

 なお、この際のファイアボールは念の為に威力はほぼ皆無にしている。


「……あれ?」


 鎧に重なる形で生み出されたファイアボールだったが、特に反射されるようなことはない。

 そのまま鎧とファイアボールが重なっていた。

 セトの魔法反射のレベルが上がったのを考えて、てっきりファイアボールが反射されるのだとばかり思っていたのだが、その予想が完全に外れた形だ。


(可能性としては……魔法反射というのは、あくまでも魔石があってこそのスキルでしかないとか? 鎧そのものは性能の高い鎧ではあっても、魔法を反射する効果はない、のか?)


 それが本当に正しいのかどうか、レイは分からない。

 ただ、それが何となく正しいように思えたのだ。


「グルルゥ」


 レイの側に近づいたセトが、どうだった? と喉を鳴らす。

 セトの声で我に返ったレイは、セトの身体を撫でる。


「この鎧はマジックアイテムの鎧ではない……のかもしれないな。もっとも、しっかりと調べてみないと分からないだろうけど」


 そう言いつつ、レイは魔法を消して鎧をミスティリングに収納する。


「ちょっと予想外だったけど、これはこれでいいとして……魔石を使うか。セト、少し離れていてくれ」

「グルゥ」



 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、離れる。

 それを確認してから、レイはリビングメイルの魔石を空中に放り投げ、デスサイズを振るう。

 斬、と。

 魔石はデスサイズによって切断され……


【デスサイズは『パワースラッシュ Lv.九』のスキルを習得した】


 アナウンスメッセージが脳裏に響く。

 これについては、レイも先程の魔法反射と違って特に驚くようなことはない。

 大剣を持っていたリビングメイルのことを思えば、順当な結果だろう。


(あれ? これって、もし槍を持っている方のリビングメイルの魔石を使っていたら、パワースラッシュじゃなくて別のスキルがレベルアップしたか、あるいは新しいスキルを習得出来たのか?)


 そんな疑問を抱くレイに、セトが近付いてくる。


「グルゥ!」


 おめでとうと喉を鳴らすセト。

 アナウンスメッセージから、レイが好む……それなりに使用頻度のあるパワースラッシュのスキルのレベルが上がったのが、セトにとっても嬉しかったのだろう。


「ありがとな、セト。……取りあえず試してみるか。少し離れていてくれ」


 そう言い、レイはダンジョンの壁に向かって狙いを定め……


「パワースラッシュ!」


 スキルを発動し、デスサイズを振るう。

 その一撃は神殿の階層の壁を破壊するのだった。







【セト】

『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.三』『魔法反射 Lv.二』new『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.四』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.三』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.一』



【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.九』new『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.八』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.七』『地中転移斬 Lv.四』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.三』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.三』『緑生斬Lv.一』



魔法反射:魔法を反射する光の盾を生み出せる。レベル一では半径三十cm程の盾。レベルには半径五十cm程の盾。盾はセトの意思で自由に動かせるが、通常はオートでセトの邪魔をしないように動く。一度魔法を反射すると光の盾は光の流離となって消える。セトから離せるのは2m程度。あくまでも反射可能なのは魔法だけで、スキルは反射出来ない。



パワースラッシュ:一撃の威力が増す。ただし斬れ味が鋭くなるのではなく叩き切るような一撃。レベル五以降では威力が上がり反動もなくなる。

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