4038話
近付いてくるレイを見て、最初に動いたのは大剣を持ったリビングメイル。
一般人ではまず持つことが出来ない、そしてその辺の冒険者でも何とか持ち上げることは出来るが、とてもではないが自由自在に扱うこと不可能だと思えるような、精緻な飾りが彫られた大剣がレイに向かって振るわれる。
その一撃は速度はそれなりにあり、何より威力という点では間違いなく一級品だろう一撃。
だが……レイはそんな大剣の一撃を、デスサイズの刃で弾く。
「あ」
その一撃で大剣の刀身が僅かに欠けたのを見たレイは、思わず声を上げる。
大剣が魔法剣である可能性がある以上、出来れば無傷で入手しようと思っていたのだが、つい反射的に行動してしまったのだ。
それでもデスサイズが強力なマジックアイテムであっても、まさか一撃で僅かにとはいえ刀身が欠けるとは思っていなかったが。
「っと!」
声を発したレイに向かい、後列にいるリビングメイルが槍で突く。
声を発したことから、隙を突くチャンスだと判断したのだろうが、レイはそのまま後方に跳躍して槍の穂先を回避する。
ただし、リビングメイルの槍は普通の槍とは違って柄が長い。
その為、後方に跳躍したレイを追って穂先が向かってくるが……それでも、レイの跳ぶ速度に追いつくようなことはなかった。
「ふぅ……厄介だな」
そうレイが呟くが、それはどうやらリビングメイル達も同様に感じたのだろう。
前衛のリビングメイルが、大剣を構えたままジリジリとレイとの間合いを詰めてくる。
レイの動きを警戒してのものなのは明らかだった。
リビングメイルに感情があるのかどうかはともかく、自分の持つ大剣の刀身を一度ぶつかっただけで欠けさせたレイのデスサイズには強い警戒心を抱いているのだろう。
……双方共にやりにくいと思っているのは間違いないが、その理由は大きく違う。
レイの場合は出来る限り鎧や武器を傷つけないようにして魔石を破壊する必要があるからというのが理由なのに対し、リビングメイル側は純粋にレイを脅威として判断していた。
(リビングメイルの魔石は、今までの経験上からして心臓のある位置、つまり鎧の中に浮かんでいる筈だ。それをどうにかして取り出すことが出来れば……言うは易しって奴か)
そう思いながらも、鎧や武器を可能な限り無傷で入手するには、やるしかないのも事実。
であれば、レイとしてもやるべきことをやるだけだった。
「首を刈らせて貰う!」
その言葉と共にレイはデスサイズの石突きを床に突く。
「風の手!」
スキルが発動し、デスサイズの石突きから無色透明の風の触手が伸び、リビングメイルに向かう。
リビングメイルは風の触手に気が付いた様子はない。
これできちんとした知能があれば、レイがスキルを発動したというのを理解出来たかもしれないが、リビングメイルにはある程度の知識はあっても、そこまで推察することは不可能だったのだろう。
結果として、風の触手はジリジリと警戒しながらレイとの間合いを詰めていたリビングメイルの足に絡みつく。
「っ!?」
風の触手はその名の通り風で出来ている。
そうである以上、例えば縄か何かを足に引っ掛けた時のような、圧倒的なまでの拘束力は期待出来ない。
だが、それでも風の勢いによって多少なりとも動きを鈍らせることが出来るのも事実。
強烈な台風の時の風速は、それこそ家の屋根を吹き飛ばし、車を転がし、電柱を倒すといった威力を持つ。
レイの使った風の手によって生み出された風の触手は、そこまで強力な風を操れる訳ではない。
だが、それでもリビングメイルの動きを一瞬止める、あるいは遅くする程度の威力はあり……それによって、リビングメイルは驚きながらも大剣を下に……床に向かって振るう。
大剣である以上、迂闊に攻撃をすれば床に刃をぶつけてしまうのだが、リビングメイルは上手く大剣を使いこなしており、それによって大剣の切っ先が床のすぐ上を通りすぎる。
だが、魔剣とはいえ、その大剣は風の手を切断出来るような効果はないらしく、リビングメイルは特に何も切断することが出来なかった。
そして不思議そうに思いながらも顔を上げると……
斬、と。
デスサイズの一撃がリビングメイルの首を……正確には兜と胴体部分を切断する。
大剣を持ったリビングメイルは、一体何が起きたのか理解出来なかっただろう。
レイから目を逸らしたのは、本当に一瞬……それこそ一秒あるかどうかといった間だけだ。
だというのに、レイはいつの間にか距離を詰め、デスサイズを振るったのだから。
リビングメイルにとって不運だったのは、レイの実力を知らなかったことか。
ゼパイル一門の技術の粋を込めて作られた身体に、このエルジィンに来てから数え切れない程の戦いを潜り抜けてきたレイだ。
一秒にも満たない時間で相手との間合いを詰めるといった程度のことは容易に出来る。
「っと!」
そしてレイの動きはそれでは止まらない。
跳躍して頭部を失ったリビングメイルの肩に立ち……そうはさせじと後衛のリビングメイルが槍による突きを放ったのを、左手に持つ黄昏の槍で受け止め……るのではなく搦め取り、空中に弾く。
リビングメイルの槍を空中に弾いた時、レイは意図的に黄昏の槍から手を放す。
二本の槍が空中に放り投げられた形だ。
手から槍が離れ……動揺からか一瞬動きが止まったリビングメイルに向かい、デスサイズの一撃が放たれる。
斬。
大剣を持ったリビングメイルと同様に、胴体と兜が斬り離される。
そうしたところでレイの足場となっていたリビングメイルが大剣から片手を離し、自分の肩に立っているレイに向かって手を伸ばすが……
「遅い」
その手がレイの身体に届く前に、レイの左手が兜を失い剥き出しになった鎧の首の部分に入ると、素早く中から魔石を取り出す。
幸いなことに……リビングメイルにとっては不運なことに、胴体の中にあった魔石はすぐにレイの手に当たり、それを強引に奪い取ることが出来たのだ。
そして魔石が鎧から抜かれた瞬間、リビングメイルの身体はただの鎧となって地面に崩れ落ち、レイはそのタイミングを知っていたかのように立っていた場所、鎧の肩の部分を蹴ると槍を持っていたリビングメイルに向かう。
リビングメイルは肩にレイが立つと、それでレイの存在の認識したのだろう。
手を伸ばしてレイの身体を掴もうとするが、その手はレイの振るうデスサイズにより弾かれる。
レイにしてみれば、鎧は出来る限り無傷で欲しいというのもあって、リビングメイルの手を弾いたのはデスサイズの柄を使っての一撃だ。
素早く振るわれたデスサイズの一撃によって、リビングメイルの両手が弾かれる。
頭部を失ったリビングメイルは、デスサイズの一撃で両手も弾かれたことによってバランスを崩され、床に倒れそうになり……
「ここだ!」
地面に倒れそうになっているリビングメイルの首の部分に手を伸ばしたレイは、最初のリビングメイルと同じく魔石を抜き取る。
床に倒れ……そのまま鎧の部分が動きを止めるのを見ると、レイは手にした二つの魔石を見て、安堵する。
「セトの方は……」
呟きながらレイはセトの方を見る、前衛の大剣を持ったリビングメイルは鎧が完全に破壊されて地面に倒れており、槍を持ったリビングメイルは、丁度セトの翼刃によって胴体が切断されたところだった。
「うわぁ……」
思わずといった様子でレイが呟く。
レイとしては、出来れば鎧は無傷のままで入手したかったのだが。
ただ、セトの持つ攻撃方法を考えれば、レイのように鎧の中から魔石を奪うといったことは不可能なのだから、二匹のリビングメイルを任された以上はこのような結果になるのは明らかだった。
「仕方ないか」
離れた場所に転がっている黄昏の槍を手にし、次いでリビングメイルが持っていた槍を手に取る。
「魔槍……だよな? どういう効果があるのかはちょっと分からないけど」
リビングメイルが使っていた時から、魔槍だろうとは思っていた。
ただ、リビングメイルの魔槍を手にしたレイの顔にはあまり好ましい表情は浮かんでいない。
魔槍であるのは間違いないものの、そこまで強力な効果を持つ魔槍ではないと思えたからだろう。
「まぁ、俺が使うにしろ、ギルドか店に売るにしろ、それなりに便利なのは間違いないだろうし。……ただ、このタイプの槍は俺が使うにはちょっと使いにくそうだけど」
リビングメイルが使っていた槍は、柄の長さが普通の槍の二倍程もある。
それだけ長い槍だと、レイとしては投擲をするにも慣れない長さだけに使いにくいし、普通に槍として使うにも柄の長さの関係から難しいように思えた。
「うん、やっぱりこれは売った方がいいな。大剣もあるし」
基本的に槍ならレイは投擲用として使えるだけに、ミスティリングに収納しておく。
それこそ盗賊狩りをした時とかも、アジトに槍があった場合は投擲用として使う為に収納していたのだが、この槍は好みではなかった。
「グルゥ!」
槍に続いて大剣を拾ってミスティリングに収納していると、ちょうどそこにセトがやってくる。
「セト、ご苦労さん。……武器はともかく、やっぱり鎧を無傷のままってのは無理だったが」
「グルゥ……」
レイの言葉に、ごめんなさいと喉を鳴らすセト。
落ち込んだ様子のセトを、レイはそっと撫でる。
「気にするな。今回の件については、鎧の中に魔石があった以上、仕方がないと思うし」
もしこれで魔石だけを奪うとするなら、それこそレイがリビングメイルを倒した後、セトの戦いに乱入し、鎧の内部から魔石を奪うといったことをする必要があった。
それはやろうと思えば出来るかもしれないが、それでも初めて見るモンスターである以上、何らかの奥の手……もしくはレイやセトには予想出来ない攻撃手段を持っている可能性もあった。
そう考えれば、やはり今回の戦闘は仕方がないとレイには思える。
「まぁ、あの鎧二つは……組み合わせれば一つの鎧になるかもしれないしな」
いわゆる、ニコイチと呼ばれる方法だ。
車の類では使われることがある方法なのだが、それを鎧に使うことになるとはレイも思いもしていなかった。
……もっとも使うと言ってもそれを行うのは職人であって、レイはそういう方法があると教えるだけだったし、あるいは教えなくてもそれ以前に既に職人なら知っている可能性は十分にあったが。
「それに……大剣については、見た感じ無傷だろう? なら、こっちについては俺よりも状態がいいぞ」
「グルゥ?」
レイの言葉にセトは本当? と喉を鳴らす。
鎧を破壊してしまっただけに、大剣についてはレイに褒められたことが嬉しかったのだろう。
「ああ、本当だ。俺はデスサイズで大剣を受けた結果、少しだけだが刀身を欠けさせてしまったからな。そういう意味では、セトのお陰で無傷の大剣を入手出来たのは嬉しい」
そう言いつつも、レイはもしかしたらドワイトナイフを使えば大剣の欠けは直るのでは? と疑問に思う。
モンスターを倒した時の解体でドワイトナイフを使った場合、例えば毛皮が素材となる時、その毛皮を持つモンスターとの戦闘で毛皮となる場所に穴が開いても、ドワイトナイフなら修復出来る。
勿論、そのようなことを行うには相応に魔力が必要となるのだが、莫大な魔力を持つレイにしてみれば、その程度は誤差でしかない。
「試してみるか」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
「いや、もしかしたら俺が作った大剣の欠けくらいはドワイトナイフで解体をすればどうにかなるかもしれないと思ってな。……そもそも、リビングメイルをドワイトナイフで解体出来るのかは分からないが。取りあえずやってみようと思って」
失敗したら失敗したで、レイとしては少し……誤差範囲の魔力を消耗した程度でしかない。
なら、駄目元で試してもいいだろうと判断し、早速試す。
レイが倒した二匹のリビングメイル。
その死体……と表現するのもどうかとレイは思ったが、残骸か死体か、とにかくそれに近付くとミスティリングから取り出したドワイトナイフに魔力を流して突き刺す。
……金属の鎧にドワイトナイフが突き刺さるのか? と少しだけ心配だったが、レイの魔力のお陰か、その切っ先はあっさりと金属鎧に突き刺さり、周辺が眩く輝く。
やがて光が消えると……
「駄目か」
そこに残っていたのは、先程と何も変わらない鎧。
それを見たレイは、あれ? と疑問に思う。
「もしかして、刺す方が違ったのか? ……まぁ、やるだけやってみるか」
そう言い、レイは再度ドワイトナイフに魔力を流し、次に大剣に突き刺すと……眩い光が消えた後、刀身の欠けが直った大剣がそこにはあった。
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