4037話
魔法を使ってのこの階層にあるだろう罠の解除を諦めたレイは、セトと共に神殿の中を進む。
一応周囲に罠がないかを確認しながらの移動であるものの、レイは取りあえず地図に描かれている部分には罠がないだろうと、そう予想していた。
勿論それは、あくまでもレイの予想でしかない。
地図も別に今日だけで描いた訳ではないのだから、以前地図に描いた場所があり、そこにあった罠は以前解除したものの、ダンジョンの特性として罠の類は回復する。
つまり以前解除した罠も今はもう復活しているという可能性は十分にあった。
「セト、罠があったらすぐに教えてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、一人と一匹は神殿の中を進む。
広く高い通路。
そのような通路の中を進みながら、レイは何かあった時に対処出来るようにしっかりと周囲の様子を警戒している。
レイの手には既にミスティリングから出したデスサイズと黄昏の槍があった。
いつ敵が襲ってきても、そして罠が発動してもすぐ対処出来るようにしてある。
(とはいえ……こういう階層だとなると、一体どういうモンスターが現れるんだ? 神殿ってことは、天使系の敵とか? これで悪魔系の敵が出て来たりしたら、それはそれで面白いけど)
そんな風に思いつつ進んでいると……
「ん?」
通路の端に、ふと気になる物があった。
「グルゥ?」
突然足を止めたレイに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
「いや、ほら。あれがちょっと気になったんだよ」
そう言いレイは通路の端に置かれている……いや、飾られている鎧に目を向ける。
実用品ではなく、展示品としての鎧。
このような場所に何故鎧が飾られているのか、それが気になったレイだったが、セトと共にその鎧に近付く。
「一応、リビングアーマーとか、そういうモンスターである可能性もあるから、セトも気を付けろよ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは油断をせず、鎧を見ながら近付いていく。
だが……こうしてレイと一緒に近付いても、鎧が動く様子はない。
それはつまり、この鎧が実はモンスターでも何でもなく、ただの鎧なのではないかということの証だった。
「……とはいえ、これがただの鎧だったらナルシーナ達が見つけて持っていってもいいと思うけど」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。
セトの目から見てもやはり鎧がこのような場所にあるというのは、疑問でしかないのだろう。
(鎧は重量が結構あるから、普通のポーターなら持ち歩くのは難しい。特に十八階の上にある十七階は海の階層である以上、リヤカーの類を持ってくる訳にもいかないしな。ただ、ナルシーナ達は簡易版とはいえ、アイテムボックス持ちだ。なら、この鎧も持っていけると思うんだが)
そう疑問に思いつつ、レイは地図を見る。
ナルシーナが描いた地図だが、もしこの鎧に何かあればメモでもある筈。
そう思って地図を確認するのだが、大雑把に自分のいる場所を確認してみるものの、地図には特に何も描かれていない。
(となると、ナルシーナはこの鎧を見ても特に何も問題がないと判断したのか? いや、けど……それはそれでどうなんだ?)
近付いても特に動き出す訳でもないし、何らかの罠が発動する訳でもない。
そうなると、ただの飾りということになるが……
「試してみるか」
呟き、レイはミスティリングから壊れかけの槍を取り出す。
この槍なら、もし何かがあって壊れても問題はない。
そう思いつつ、黄昏の槍の代わりに手にした壊れかけの槍で鎧を軽く突いてみる。
カン、カンといった音が周囲に響く。
金属音なのは間違いなく、この鎧は見た目通り普通に金属の鎧なのだろうことは明らかだ。
また、軽く刺激してみても、鎧が何らかの反応を示すことはない。
突然レイに向かって攻撃してきたり、あるいは罠によって落とし穴が発動するといったようなことも。
「えっと……こうして見る限りだと、やっぱりこれはただの鎧なのか? セトはどう思う?」
「グルゥ? ……グルルルルゥ」
レイの言葉に少し迷った様子のセトだったが、やがてこの鎧はただの……普通の鎧だと思うと、喉を鳴らす。
セトにしてみれば、それ以外に判断のしようがないのだろう。
そんなセトの様子に、レイは鎧にそっと手を伸ばす。
そして鎧に触れ……次の瞬間、鎧はミスティリングに収納されて、姿を消す。
「……おう」
予想外にあっさりとミスティリングに収納されたことに、レイは思わずといった様子で声を出す。
ここまできても、やはり何らかの罠か何かではないかと疑っていたのだが、その疑いの意味がなかったことが、今こうして照明されてしまったのだ。
レイにとっては、こうして何もなくミスティリングに収納出来たという意味で嬉しい。
嬉しいのは間違いなかったが、拍子抜けというか、一体この鎧は何故ここにあったのだろうという疑問がそこにはあった。
「宝箱……って訳じゃなくて、宝箱の中身がそのまま外に出ていたとか? いや、それはそれでどうかと思うけど」
そう呟きつつも、鎧のあった場所を見る。
ミスティリングに収納したので当然の話なのだが、やはりそこに既に鎧はない。
服を着ているマネキンとは少し違うが、金属の鎧をしっかりと飾る為の金属の棒も、鎧と共にミスティリングに収納されている。
「色々と疑問はあるが……まぁ、取りあえずお宝ゲットってことで。いやまぁ、これが本当にお宝かどうかは分からないけど」
金属の鎧である以上、売ればそれなりに高く売れるだろう。
(十六階のモンスターの甲殻を売った防具屋に行ってみるか? 日数的にまだ出来てはいないだろうけど、どのくらい進んだのかは知ることが出来るし、どうせならこの鎧も買い取って貰えばいいし。……息子の方はともかく、父親の方は職人としての腕もありそうだったし、丁度いい)
レイは武器を見る目はそこそこあると自負している。
だが、防具はドラゴンローブがあるお陰で、今まで触れる機会はない……訳ではないが、それでも殆どなかったのは間違いない。
その為、ここにあった鎧が品質的に悪い物ではないだろうとは思うが、それでも具体的にどのくらいの代物なのかと言われると、分からないと答えるしかない。
だが、防具屋の職人であれば、相応にきちんと鎧の鑑定をしてくれるだろう。
取りあえずレイが鎧を見た限り、マジックアイテムの類でないことは間違いないので、防具屋で良い値段がつくのなら売ってもいいだろうと、そう思えた。
「さて、鎧については何でこんな場所にあったのかは分からないし、ナルシーナ達が入手しなかったのかも分からないが、とにかく入手した。もっと探索を続けるぞ。……神殿となると、礼拝堂とか儀式場とか、そういうのがあってもおかしくはないと思うけど」
そう言いながら地図を見るものの、地図には特にその手の情報は書かれていない。
まだ見つけてないのか、それとも見つけてもこの地図には書かなかったのか。
その辺りはレイにも分からないが、とにかくまずは何か重要そうな場所を探して歩き出す。
「また、さっきみたいな鎧であればいいんだけどな。……Y字路か。右だな」
地図を見ながら、神殿の中を進む。
レイとセトは周囲を興味深げに見ながら、そして敵や罠による脅威があったら即座に対応出来るようにしながら歩き続ける。
地図に描かれている通りの場所を通り、分岐でも地図を見て進んでいると……
「グルルルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らす。
それは何かを見つけたといったような鳴き声ではなく、敵に対する鳴き声だと気が付いたレイは、デスサイズと黄昏の槍を装備し……やがて、ガシャリ、ガシャリといった音が聞こえてくる。
「微妙に嫌な予感がするな」
聞こえてくる足音を聞きつつ、レイは音の聞こえてくる方向を……前方を見る。
この神殿の通路はかなりの広さがあり、レイとセトが並んで戦っても全く問題ない。
そういう意味では、戦闘をする時に敵に集中出来るのだから、周囲に多数の植物が生えていて見通しの悪いジャングルの階層よりは間違いなく戦いやすい場所だった。
……もっとも、それはつまり敵を相手に一時的に隠れたりするといったことが出来ないということを意味してもいたが。
それでも自分とレイなら大丈夫。
そうセトが思っていると、やがて通路の先から足音の主が姿を現す。
「まぁ……神殿だしな」
歩いて来たのは、金属の鎧。
それもフルプレートアーマー。
……ただし、それは人ではなく……
「リビングメイル、か」
フルプレートアーマーではあっても、その隙間から顔を見ることは出来る。
いや、具体的にどのような顔立ちをしているのかといったことは分からないが、それでも顔があれば兜の隙間から生身の部分は確認出来るのだ。
しかし、リビングメイルであれば、中には何も……誰も入ってはいない。
「まぁ、初めて倒すモンスターだろうし、そういう意味ではラッキーだったな」
今までレイは何度かリビングメイルの類は倒している。
だが……現在目の前にいるのは、リビングメイルはリビングメイルであっても、明らかに普通のリビングメイルではない。
リビングメイルという名称通り、その身体を構成しているのは鎧だ。
これが普通の……それこそ冒険者が装備するような鎧であったり、あるいは兵士や……もしくは騎士が装備するような鎧のリビングメイルなら、レイも見たことがあるが、通路の先から姿を現したリビングメイルの鎧は明らかに普通の鎧ではない。
華美な装飾が施され、その鎧からは淡い光すら放っているように思える。
……そう、その鎧は明らかに普通の鎧とは違った。
それこそ実際に戦う時に使う鎧ではなく、式典などで使うような鎧のようにすら思えた。
ただし、リビングメイルのちょっとした動き方を見れば、相応の強さを持っているのは明らかだった。
……そんなリビングメイルが、前方に二匹、後方に二匹の合計四匹。
前方の二匹は大剣を……それこそ普通の人間なら持ち上げるのも難しいのではないかと思われる大剣を持つ。
冒険者なら何とか持ち上げられるかもしれないが、その辺の冒険者であれば自由自在に大剣を振るうのはまず無理だろうと、そのように思える程の、それも精緻な細工を彫られた大剣を持つ二匹が前方に。
後方に槍を……こちらも精緻な細工が彫られた、普通の二倍程の長さの柄を持つ、そんな槍を持つ二匹のリビングメイル。
そんな四匹のリビングメイルは、レイとセトを見つけると一瞬の躊躇もなく戦闘の準備をする。
すぐに襲い掛かってくるのではなく、陣形というのをきちんと理解しているのだろうと思えるように、大剣を持つ二匹は前に出て後方の二匹の盾となり、槍を持つ二匹は後ろに下がって前方の大剣を持つ二匹の援護が出来るようにする。
一糸乱れぬといった表現が相応しいその光景に、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にしながら、内心で感心する。
(ただのリビングメイルじゃないのは間違いないな。ここが神殿であると考えると、神殿騎士といった感じの存在なのか? それがリビングメイルなのは疑問だが)
そんなことを考えている間に、リビングメイル達は動き出す。
とてもではないがモンスターとは思えない程に、しっかりと連携をしながらレイとセトとの間合いを詰めてくる。
このまま戦うよりはセトとは別々に戦った方がいい。
そう判断したレイは自分に迫ってくる方のリビングメイルの斜め方向に移動しながら口を開く。
「セト!」
指示も何もなく、名前を呼んだだけ。
だが、セトにとってはそれだけでレイが何を言いたいのかは十分に理解したらしい。
レイとは反対方向の斜め前に移動を開始する。
すると当然のようにリビングメイル達もレイとセトに向かってそれぞれに分かれて動き出す。
これがリビングメイルにとって最初から狙い通りの行動だったのか、それともレイとセトが今のように動いたので、それに対処する為にこのように動いたのか。
それはレイにも分からなかったが、敵がレイの予想通りに動いてくれたのは間違いない。
(この鎧と武器……明らかに普通じゃない。魔剣と魔槍、それに鎧もマジックアイテム……か? そうなると、出来れば破壊しないで確保したいところだけど、どうだろうな)
リビングメイルを倒す必要がある以上、武器も防具も相応に被害が出るのは仕方がない。
そうは思うが、それでも……出来ればと、そのように思ってしまうのは、マジックアイテムを集めるコレクター魂によるものなのだろう。
(つまり、モンスターである以上は魔石を破壊すればいい訳で、そして出来れば魔獣術の為に魔石はデスサイズで斬りたい。色々と難しい。難しいが……)
それでもレイは笑みを浮かべ……
「やってみるか」
そう口にし、リビングメイルに向かって間合いを詰めるのだった。
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