3980話

今日はコミック版レジェンドの16巻の発売日なので、2話同時更新です。

直接こちらに飛んできた方は、前話からどうぞ。


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 闇商人の一件を持ち掛けた盗賊達との交渉は、無事に完了した。

 もっとも、闇商人の情報を貰ったので盗賊達を逃がすのではなく、それなりに離れた場所にある街に盗賊達を連れていって犯罪奴隷として売るということになったのだが。

 盗賊達の中には、闇商人の情報を話したのに結局犯罪奴隷にされるのかと絶望の表情を浮かべていた者達もいたが、レイとしてはこのまま盗賊達を逃がすという選択肢はない。

 そして闇商人の件で取引を持ち掛けてきた男も、レイが譲歩をするようなことはないと理解していたので、レイと下手に交渉しようとはしなかった。

 もしそうしていれば、それこそ交渉の全てを打ち切って、盗賊達を皆殺しという結果になってもおかしくはなかったのだから。


「じゃあ、明日の朝になったら俺はこの連中のアジトに行ってくる。ニラシス達はこの連中の見張りを頼む。……ああ、ついでにこれを使っておいてくれ」


 そう言い、レイはミスティリングから幾つものポーションを取り出す。

 骨折している盗賊達の治療の為だ。

 ただ、これは別にレイが優しいからといった訳ではない。

 ここからかなり離れた場所にあるという街まで移動するのに、足が骨折していれば移動が難しいからだ。

 また、犯罪奴隷として売るのあれば、骨折していると安く買い叩かれてしまう。

 だからこそ、ポーションを使おうとしたのだ。

 もっとも、そのポーションも決して高品質な……高額な訳ではない。

 骨折は治すことが出来るだろうが、それを行うには飲むしかない。

 そして飲むとなれば、味覚が破壊されるのではないかと思えるような不味いポーションを飲まなければならないのだ。

 これが例えば骨折ではなく裂傷の類であれば、傷口にポーションを掛けるといったことは出来る。

 しかし、骨折である以上、それは出来ない。

 ……ただ、レイとしては盗賊達の味覚が破壊されても、別に構わないと思っている。

 犯罪奴隷として働くのに、味覚は必要ないのだから。


「分かった。……出来れば馬車とかがあればいいんだけどな」

「闇商人の件が終わったら、盗賊が言っていた場所に行ってみる。その街の警備兵が奴隷商人に話を通して、可能なら馬車でここまで来て貰う」


 レイにとっても、ニラシスにとっても、そして生徒達にとっても、盗賊達を街に連れていくのは非常に手間だ。

 また、警備兵や奴隷商人にとっても、自分達で運んだ方が早く奴隷を手に入れることが出来る。


「そうなってくれると助かるんだけどな。……そういう意味では、盗賊達を纏められる頭目が死んでいたのは幸運だったかもしれないな」


 レイに闇商人のことを持ち掛けてきた盗賊の男がいたが、もしそこに盗賊達の頭目がいたら、何を勝手なことをしていると怒り狂っただろう。

 だが、その頭目はセトの攻撃によって既に死んでいた。

 生き残りの盗賊達が闇商人の取引を持ち掛けた男を止めたりしなかったのは、頭目がいないからという理由もあるのだろう。


「とにかく、明日になったら行くよ。それでいいよな、セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが喉を鳴らす。

 その鳴き声を聞いた瞬間、盗賊達は全員が恐怖や怯えの表情を浮かべる。

 それだけセトは盗賊達にとって恐怖の象徴なのだろう。

 ……グリフォンという高ランクモンスターを前に、それは当然の結果だった。

 だからといって、レイはそのことに申し訳ないとは思わない。

 自業自得だとすら思う。

 盗賊達が襲撃してこなければ、盗賊達の今回の被害はなかったのだから。

 そんな風に思いつつ、レイはセトに朝まで盗賊達を見張るように言ってから、マジックテントに戻るのだった。






「あそこだな」


 翌朝、レイはセトの背に乗って盗賊から聞いたアジトを見ながら呟く。

 取引を持ち掛けてきた盗賊のことを思えば、アジトのある場所で嘘を吐くとは思えなかった。

 そういう意味では盗賊の言葉を信じてはいたのだが、盗賊である以上は完全に信じることが出来なかったのも事実。


「セト、すこし離れた場所に下りてくれ。何人か留守番がいるらしいからな」


 これもまた、取引を持ち掛けてきた男からの情報だった。

 アジトには留守番が何人か残っていると。

 レイにとっては、そこまで驚くようなことではなかったが。

 そもそもの話、レイは盗賊達から盗賊喰いと呼ばれて恐れられている。

 それはつまり、それだけ盗賊と戦ったことが多いということを意味していた。

 それだけに盗賊の習性についてもよく理解していた。


「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは盗賊のアジトから離れた場所に降下していく。


(闇商人が来るのは昼くらいって話だったな。……そうなると、それから街まで移動して事情を話して、その後で馬車と一緒に野営をした場所まで戻って、盗賊達を引き渡すのか。これは、今日もあそこで野営をすることになりそうだな)


 森の中に下りたレイは、セトと共に歩きながら今日の予定について考える。

 ニラシスも当然ながら、今日はどうするべきか考えているだろう。

 警備兵か奴隷商人の馬車を連れていったら、後で今日の予定について相談しないとなと思っていると……


「グルゥ」


 小さな声でセトが喉を鳴らす。

 セトが何故そのようなことをしたのかは、レイにも理解出来た。

 一度足を止め、可能な限り気配を殺してセトと共に森の中を進み……


「あれか」


 森の中にある、ぽっかりとした広場。

 そのすぐ側には洞窟があり、その前には盗賊が1人いる。

 見張りなのだろうが……朝ということで欠伸をしているその様子は、明らかに気が抜けていた。


(俺達を襲った盗賊達がまだ帰ってきてないのに、気を抜きすぎじゃないか?)


 レイ達が野営をしていたところを襲われたのは、夜……より正確には夜中だ。

 野営をしているレイ達をどうやって見つけたのかは分からないが、それでも襲うのに最適な時間帯に襲ってきた。

 盗賊達にとって最大の不運は、野営の見張りとしてセトがいたことだろう。

 結果として、盗賊達はセトによって蹂躙された。

 勿論、そのことについてはここにいる盗賊達は分からない。

 あるいはセトの存在を察知した瞬間に逃げ出した盗賊でもいれば、アジトに撤退してきた可能性もあったが……


(いや、ないか。もしセトを見て逃げ出したのなら、わざわざアジトには戻ってこないだろう。セトが俺の従魔というのは、盗賊の間では知られているし、しかもここはまだミレアーナ王国だし)


 昨日ギルムを出発したのだから、セトの飛行速度でもまだミレアーナ王国を出てはいない。

 ミレアーナ王国の盗賊であれば、盗賊喰いと呼ばれるレイのことは当然ながら知っているだろう。

 そうなると、倒した盗賊からアジトの場所を聞き出してここに来るというのは、容易に想像出来る。

 であれば、わざわざこの状況でアジトに戻ってくるということをする可能性はまずないだろう。


(もっとも、その辺を考えられないで、とにかく俺……いや、セトから逃げようとしてアジトに逃げ帰るという可能性はあるかしれないけど、見張りの様子を見る限りだとその心配はないな)


 もしセトの存在に気が付いて逃げてきた者がいたのなら、ああしてやる気のない……欠伸をしながら見張りをやっているとは思えない。

 あるいは、盗賊がこうして見張りをしているというだけで、もしかしたら凄いことなのかもしれないが。


「セト、まずは俺があの見張りを倒す。その後は洞窟の中に入るから、セトは洞窟の前で盗賊達が逃げないようにしていてくれ。……盗賊がアジトにしている洞窟である以上、他にも外に通じている場所があるかもしれないけど、その時は……まぁ、しょうがないとして諦めよう」


 盗賊狩りを趣味とし、盗賊喰いと呼ばれるレイだったが、別に盗賊は一人残らず殺さなければならないと思っている訳ではない。

 出来るだけ逃がしたくはないが、逃がしてしまったのなら仕方がないという思いもある。


「グルゥ」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。

 そんなセトを一撫ですると、レイはミスティリングから槍を取り出す。

 それはレイがいつも使っている黄昏の槍……ではなく、大量に収納されている、壊れかけの槍だ。

 いつもの黄昏の槍ではなくこの壊れかけの槍を選んだのは、特に理由があってのことではない。

 何となくというのが正しいだろう。

 敢えて理由を挙げるとすれば、黄昏の槍の穂先を盗賊の血で汚したくなかったからか。

 ただ、モンスターを倒すのには普通に黄昏の槍を使っている以上、それは今更のことではあったが。


「ふっ!」


 素早く投擲される槍。

 森の中……茂みの中から投擲された槍は、次の瞬間容易に盗賊の頭部を砕く。


(ああ、血じゃなくて脳みそとかそういうので黄昏の槍の穂先が汚れるのが嫌だったのかもしれないな)


 地面に倒れる盗賊を見ながら、レイは茂みから飛び出る。

 レイを追って、セトも茂みから飛び出す。

 一人と一匹は素早く洞窟の前まで到着するが、見張りの男が地面に倒れた音を聞いて、中から誰かが出てくる様子はない。


(思ったよりも奥の深い洞窟なのかもしれないな。……盗賊がアジトにしてるんだから、それでもおかしくはないか)


 盗賊達にしてみれば、自分達のアジトとして使う場所だ。

 そうである以上、狭い洞窟よりも広い洞窟の方を好むのは当然だろう。

 もっとも、洞窟と一口に言っても場所によって様々だ。

 中には、それこそ動物やモンスターがねぐらにしているような場所もあるし、水源が近くにあるということで湿っていたりするような洞窟もある。

 当然ながら、そのような洞窟は決して暮らしやすい訳ではない。

 だからこそ、この洞窟を盗賊がアジトとして選んだということは、そこには相応の意味がある筈だった。


(怒鳴り声?)


 洞窟の前まえで到着したレイだったが、洞窟の中からは怒鳴り声が聞こえてくる。


「くそがっ、お頭達はいつになったら戻ってくるんだよ! もしかして、自分達だけで楽しんでるんじゃないだろうな!?」

「落ち着けって。そもそもどういう獲物達なのかも分からないんだから、慎重に行動してるだけかもしれないだろ。街とかにいる連中から連絡があった標的じゃないし」

「つっても、もう朝だぞ!? 幾ら何でも遅すぎる!」


 そんな言い争い……いや、一人が苛立ちを露わにし、他の数人が宥めている声が聞こえてくる。


(あれ? そう言えば……今更、本当に今更の話だが、昨夜俺達を襲ってきた盗賊達は、一体どうやって俺達の存在を知ったんだ?)


 盗賊達の話から、襲う標的は街にいる仲間が目星を付けて、それを何らかの手段でここにいる盗賊達に知らせ、それによって獲物を襲うというのがこの盗賊団の標準的な行動らしいのは間違いない。

 だがそうなると、レイ達の場合は街に寄るといったことはせず、セトに乗って、あるいはセト籠に乗って移動し、昨日野営をした場所まで移動している。

 だとすれば、一体どうやって盗賊達はレイ達の野営をしている場所を知ったのか。

 それはレイにとって素直な疑問だった。

 もっとも、それをここで考えても意味はない。

 分からないことがあったら、それこそ盗賊達に直接聞けばいいだけなのだから。


「セト」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは先程の指示について理解し、分かったと喉を鳴らす。

 そんなセトを一撫ですると、レイは洞窟の中に入る。

 洞窟の中は特に松明の類もないが、外からの明かりで十分にどこに何があるのかを把握することが出来た。

 もっとも、もし外の明かりがなくても夜目の利くレイにはどこに何があるのかははっきりと分かっただろうが。


(さて、まずは声のした方だな)


 見張りもいるし、何よりこの拠点は森の中にあり、見つかりにくい。

 だからこそ、まさか誰かがアジトに侵入するとは思っていないのだろう。

 それこそ今日闇商人がくるということなので、その闇商人なら洞窟の中に入ってくるかもしれないが、その時は表にいる見張りが闇商人が来たと知らせる筈だった。

 そのように油断している相手が、レイの存在に気が付けという方が無理だろう。

 ましてや、このアジトを拠点としている盗賊達の多くは昨夜セトに倒されている。


(そう考えると、留守番に残っている者達がちょっと多くないか? 留守番である以上、それこそ一人か二人くらいで十分だと思うんだが……見た感じ、五人くらいはいるよな? まぁ、見張りをしていた奴は死んだけど)


 聞こえてくる声の数からそう予想するレイだったが……何故それだけの人数が残っていたのかは、洞窟の中を進む途中で理解出来た。

 洞窟の中には、檻に入れられた十人程の者達がいたのだ。

 留守番として残してきた者達は、捕らえられた者達を見張る為なのだろうと、そう理解するのだった。

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