3981話
「っ!?」
檻に入れられていた者達のうち、最初にレイを見つけた男が何かを口にしようとしたところで、レイは、右手の人差し指を口の前に持ってくる。
しぃっ、と。そうジェスチャーで示した形だ。
そうしながら、ドラゴンローブのフードで顔は見えないが、レイの表情に不愉快そうな色がある。
その理由は、檻の中にいる者達。……正確には、その中でも数人の若い女だ。
服は恐らく他に捕まっている者達が渡したのだろう。
明らかにサイズが合っておらず、それでいながら目には絶望の色がある。
身体から漂う、盗賊達によって汚された残滓の臭い。
考えてみれば当然だろう。
例え軍隊であっても、捕虜にした相手が若い女ならそういう行為に及ぶのはめずらしくはない。
これが地球であれば、まだ捕虜に対する条約の類があるのだが。
……もっとも、そのような条約があってもそれを無視してそのような行為に及ぶ者は多いが。
そのような条約はなく、それどころか軍隊でもなんでもない盗賊が若い女を捕虜にすればどうするかは、考えるまでもなく明らかだった。
(殺すか)
この洞窟に侵入した当初は、洞窟の中にいる者達も生け捕りにして犯罪奴隷として売ってもいいのではないかとレイは思っていた。
だが、このような光景を見せられれば、レイも生かしておきたいとは到底思えなかった。
勿論、この洞窟に残っている者だけがそのような行為をした訳ではないだろう。
その辺については、ここに残っていたのが運が悪かったのだと、レイは判断する。
「俺は冒険者だ。今からこの洞窟に残っている盗賊達を始末してくる。それが終わったら解放するから、ちょっと待っていてくれ。いいな?」
その言葉に、最初にレイを見つけた男が、続けて他の者達も頷く。
……とはいえ、頷きはしたもののレイが本当に盗賊達を倒せるとは、捕らえられている者達には思えなかった。
これでレイが筋骨隆々の大男のような、見るからに強者といった外見であれば、少し話は違っただろう。
だが、生憎とレイは小柄でとても強そうには見えない。
セトが一緒にいれば少しは違ったのかもしれないが、そのセトは現在洞窟の外にいる。
そうである以上、レイの外見だけを見て頼りになるとは到底思えなかったらしい。
しかし……それでも捕らえられている者にしてみれば、レイだけが頼りなのも事実。
盗賊の数が少ないということもあって、もしかしたら何とかなるかもしれないともも思う。
捕らえられている者達の視線から、レイは何となくその辺りについて理解する。
とはいえ、レイは自分の外見から侮られることがあるというのは、これまで数え切れないくらいに体験してきた。
これで檻の中にいる者達がレイに危害を加えようとしたのならともかく、そのような様子はない。
(檻の中に強者がいれば、俺の実力を見抜けたりする奴もいる……いや、それだけの実力者がいたら、あの程度の盗賊達に捕らえられるということはまずないか。もしくは人質を使うとかして捕らえたとしても、それだけの強さを持ってる奴がいたら、盗賊達も殺すか)
そんな風に思いつつ、レイは檻から離れる。
レイにしてみれば、自分の存在を盗賊達に知られるようなことがなければ……レイのことを見て檻の中にいる者達が騒がなければ、それでいい。
そんな訳で、レイは檻から離れると盗賊達の声の聞こえる方に向かって歩き出す。
すると次第に留守番役として残された盗賊達の声がはっきりと、そして大きく聞こえてくるようになった。
(さて、どういう連中なんだろうな。死ぬのはもう決まってるけど)
そうして洞窟の中を進むと、やがて広くなっている場所が見えてくる。
聞こえてくる盗賊達の声も、そこからだ。
そんな場所に対し、レイは特に警戒する様子もなく入っていく。
すると、そこにいたのは四人の男達。
朝ということもあってか、気怠そうな様子をしている者が多い。
そんな中で、一人だけ苛立ちを露わにしている男がいた。
先程から聞こえてきた怒鳴り声は、その男のものだろう。
そして……怒鳴っていたその男が、レイを最初に見つける。
「だから! ……ん? ちょっと待て。お前一体……」
盗賊団としての不満を口にしていた男だったが、その男の言葉が途中で止まり……仕方なく男の相手をしていた他の盗賊達も、その男の視線を追ってレイを見つけ……
「ぎゃああっ!」
レイはネブラの瞳によって生み出された鏃を投擲し、次の瞬間には不満を口にしていた男が目を押さえながら悲鳴を上げる。
眼球に鏃が突き刺さったのだから、悲鳴を上げるのも当然だった。
そして残り三人の盗賊達は、いきなり現れたレイの姿に混乱し、同時に自分の仲間がいきなり叫んだことに驚き、どうすればいいのか分からなくなり、一瞬頭の中が真っ白になる。
このアジトに敵対的な相手がやって来ることはないと、何の理由もなくそう思っていたのだろう。
だからこそ、レイの奇襲に反応出来なかった。
それは盗賊達にとっては致命的で、最初に悲鳴を上げた男と同じく、手足に、あるい胴体にレイが素早く投擲した鏃が突き刺さり、悲鳴を上げる。
「まぁ、こんなものか」
瞬く間に……それこそ数秒程で洞窟の中にいた盗賊達を無力化したレイは、無造作に歩み寄って最初の男……眼球を鏃によって潰された男に近付くと、悲鳴を上げながら地面を転げ回っている男の首に向かって、踏みつける。
ゴギッ、という首の骨が折れる音が周囲に響く。
当然ながら、男はそのような状況では生きていることは出来ず、死ぬ。
他の三人はそのような状況に気が付いてはいない。
あるいは、襲撃の最中であればその辺についても気が付いたかもしれない。
だが、ここは自分達のアジトで襲撃されるということは全く考えておらず、完全に油断していたところでレイによる奇襲があったのだ。
心構えが出来ていなかった分、対処のしようがない。
「ぐっ、が……くそっ、一体誰だぁっ!」
そんな中、鏃の命中した数が少なかった男が必死になって叫び……
「ぐぺ」
その瞬間、レイがミスティリングから投擲した穂先の欠けた槍に頭部を砕かれ、命を落とす。
「ひぃっ!」
残り二人のうち、一人は必死になってレイから逃げようとする。
何がどうなっているのかは分からないが、それでも自分達が襲われており、仲間が死んだというのは明らかだ。
その為、とにかくこの場から逃げようとしたのだが、それがレイの目に留まり、新たに投擲された壊れかけの槍が喉を貫き、そのまま頭部が地面に転がる。
「さて」
レイは最後に残った盗賊に向かって歩き出す。
不幸なことに、レイが投擲した鏃によって足を貫かれた男は、逃げ出すことも出来ず、近付いてくるレイを見ていた。
……もっとも、逃げ出そうとしていれば先程の仲間のようにレイによって殺されたのだろうから、そういう意味では不幸ではなく幸運なのかもしれないが。
「俺が何でお前を殺さなかったのか、分かるか?」
「い、いや。分からない……」
レイに怯えつつも、男は必死になって言葉を絞り出す。
もしここで言葉に詰まるようなことがあれば、自分も即座に殺されると思ったからだ。
レイの盗賊達を見る目は、人間を見る目ではなく路傍の石でも見るかのような、そんな目だった。
生き残るには……いや、少しでも長く生きるには、とにかくレイの指示に従うしかない。
そう思っての盗賊の言葉に、レイは口を開く。
「簡単だ。お宝がどこにあるのか、教えて貰う必要がある。それに……闇商人が来た時、その相手をして貰う必要もあるからな」
「っ!?」
レイの口から闇商人という言葉が出たことに、男は驚く。
闇商人が今日来るのは事実だ。
だが、何故レイがそれを知ってるのか。
そんな疑問を抱くも、それをレイに聞いて不愉快な思いをさせると一体どうなるか分からない以上、聞くに聞けない。
聞けないものの、その顔には疑問の色があり……レイがそれを見逃すようなことはない。
「お前が何を聞きたいのかは分かる。何で闇商人の件を知ってるのかだろう? 簡単なことだ。昨日、俺達が野営をしている時に襲ってきた盗賊達を捕らえて締め上げた結果だ」
「な……」
男は驚きに声を失う。
もし男が今のように混乱していなければ、もしかしたらそのくらいは予想出来たかもしれない。
だが、いきなりのレイの奇襲で仲間が瞬く間に死んでいったのだ。
洞窟の外で見張りをしていた仲間もいたのだが、レイがここにいる以上は恐らく見張りをしていた仲間も死んでいるだろうと予想出来てしまう。
だからこそ、冷静に考えることは出来なかった。
……洞窟の外にいた仲間が殺されたのだろうというのは、きちんと判断出来たのだが。
「ちなみに、この盗賊団を率いていた頭目は既に死んでいる」
その言い方は、まるでレイが頭目を殺したように思えるのだが……実際には、襲ってきた時、セトによって殺されている。
それこそ、レイは盗賊団の頭目と話をしたことすらない。
「それで生き残りを尋問して、このアジトについても話を聞かせて貰った、さっきの闇商人の件もそこで聞いた訳だ」
レイの言葉に、男はようやく状況を、そして事態を理解したらしい。
「……何を聞きたいんですか?」
慣れない丁寧な口調になっているのは、ここでレイの機嫌を損なう訳にはいかないと理解しているからだろう。
大人しくなった男に向かい、レイは最初に問いを口にする。
「檻に入れられていた者達も闇商人に売る予定だったのか?」
「そうです。奴隷として」
「やっぱり違法奴隷か。……ちなみに、ここに来る途中にあった檻の中に入っている者以外に、捕まってる奴はいるのか?」
その問いに、男は首を横に振る。
「いないか。……分かった。それで、あの檻の鍵はどこだ?」
「あそこです」
男が指さしたのは、壁。
壁には金属の棒が一本突き刺さっており、そこには鍵がぶら下がっている。
こうして盗賊を全滅……まだ一人生きてるが、完全に心が折られているのでレイ的にはやはり全滅したという認識だった。
とにかく、盗賊がこれ以上何かをする余地はない以上、レイとしては檻の中に入っている者達を出してもいいと思ったのだ。
早速その鍵を手にし……
「ああ。いや。その前にお宝のある場所に案内して貰おうか」
「……その、向こうの通路の奥です」
案内しろと言いたいレイだったが、男は鏃によって足を貫かれているのを思い出す。
一瞬、この男をそのままにしておくか?
そうも思ったが、闇商人の相手をさせる必要もあるし、それ以外にも肉体労働をして貰う必要もある。
盗賊の死体を洞窟の外に運び出すといったような。
ミスティリングを使えばその辺は解決するのだが、レイとしてはこの盗賊達の死体をミスティリングには入れたくなかったのだ。
「これを使え」
そう言い、レイはミスティリングからポーションを取り出すと男に渡す。
そのポーションは、野営地を襲ってきた盗賊達に使ったのと同じように、そこまで効果の高い物ではない。
それでも鏃で貫かれるという外傷については、完治とまではいかないが、痛がりながらも歩ける程度には男を回復させる。
「治ったな? なら、案内をしろ」
そう指示をするレイに男は何度も頷くと、立ち上がる。
痛みで顔を歪ませるが、それでも歩けない程ではない。
……また、ポーションで自分を回復したということは、もしかしたら自分は殺されないのかもしれないとも思ったのだろう。
レイにしてみれば、今のところ盗賊を生かしたままにするとは考えていないのだが、ポーションを貰った以上、盗賊が勘違いしてもおかしくはなかった。
(まぁ、ここで実は殺すとか言えば、破れかぶれになってこっちの指示に従わないで暴れたり逃げ出したりする可能性もある。そういう意味では、こいつの勘違いとかは俺がどうにかする必要がある訳じゃないし)
そうしてレイは男に案内されてお宝のある部屋に向かう。
洞窟そのものはそれなりの広さがあり、だからこそお宝のある部屋まで辿り着くまで少し時間が掛かる。
そんな中、当然ながらレイと盗賊はお互いに何かを喋るでもなく、無言で歩く。
盗賊は歩けるようになるくらいには足の怪我も治ったものの、それでも完全に治った訳ではない。
一歩歩く度に足に痛みが走るのだから、レイに声を掛けるような余裕はない。
……レイの性格の一端を理解してしまったが故に、迂闊に声を掛けてそれで怒らせたらどうなるか分からないという恐怖心を抱いていたというのもあるが。
そしてレイもまた、不愉快な存在である盗賊とわざわざ話をしたいとは思わない。
それこそ下手に命乞いをされたり、おべんちゃらを言われたりしたら、その場で殺したくなってもおかしくはないのだから。
二人は沈黙したまま、お宝のある場所に向かうのだった。
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