3979話

「……レイ、起きてくれ、レイ」


 野営の中、マジックテントで眠っていたレイはニラシスのそんな声で目を覚ます。

 これが普段……それこそマリーナの家で眠っていたり、もしくはガンダルシアにある家の中で眠っている時、レイは起きても暫く寝惚けている。

 だが、今は野営の最中だ。

 ましてや、普通に朝に起きたのではなく、夜中に起こされたのだ。

 何かがあったのは間違いなく、レイの意識は即座に覚醒した。

 ドラゴンローブを羽織って寝室から出ると、マジックテントの入り口から顔を出しているニラシスに近付く。


「何があった?」

「盗賊だ」

「……なるほど」


 セトが出発してから、一日中飛んだのだ。

 当然ながら、セトの飛行速度を考えると既に完全に辺境から出ている。

 そうなると、夜にモンスターが襲ってくる可能性は皆無……という訳ではないが、それでも辺境と比べるとモンスターの数は少なくなる。

 だが同時に、モンスターの姿が少なくなると多くなるのが盗賊だ。

 野営をしている者達がいるというのを見つけた盗賊にしてみれば、襲うのを躊躇しないだろう。

 セトが周囲を警戒しているのを知らないのは、盗賊達にとって最悪の失態だった。


「生き残りは?」

「ほぼ全員生き残っている」

「……セトに感謝しないといけないな」


 盗賊は戦闘で殺しても構わないが、生け捕りにした方が利益は大きい。

 犯罪奴隷として売り払えば相応の収入になる。

 賞金首がいた場合は生死に関わらず入手出来るが、生きていた場合の方が賞金が高くなることもある。

 また、盗賊のアジトとなっている場所を聞き出すことが出来れば、そこにあるお宝はレイの――今回の場合は一緒に行動している者達の――物となる。

 そんな諸々を考えると、やはり盗賊は生け捕りにした方がいいのは間違いない。


「取りあえず、見てみるか」

「そうしてくれ。盗賊の扱いはレイの方が上だろうし」


 ニラシスも盗賊と戦ったことはある。

 ガンダルシアで商人の護衛として活動することもあり、その時に盗賊と戦ったのだ。

 だが、そんな中でレイは盗賊狩りを趣味としており、盗賊には盗賊喰いと恐れられているのだ。

 だからこそ、盗賊の扱いはレイの方が慣れていると思ったのだろう。

 レイもそんなニラシスの意見には特に異論はなく、素直に頷く。


「分かった。任せてくれ」


 その言葉と共にマジックテントを出たレイが見たのは、そこら中に倒れている盗賊達。

 中には手足があらぬ方向に曲がっている者もそれなりにいたが、ニラシスが言っていたように死んだ者はそこまで多くはないらしい。

 そして当然のことではあるが、アーヴァインを始めとした生徒達もテントの外に出ている。

 マジックテントで眠っていたレイとは違い、ニラシスや生徒達が使っているのは普通のテントだ。

 セトが盗賊を相手に戦っていれば、当然ながら眠っていた者達も目を覚ます。


「ニラシスは生徒達の面倒を頼む。多分大丈夫だとは思うけど、夜中の襲撃だし、それを不安に思っているかもしれないからな」


 盗賊と戦うというだけであれば、ガンダルシアからギルムに向かっている途中で盗賊と遭遇し、その時に生徒達も戦っている。

 何人かの生徒達は、初めて自分の手で人を殺したことによって、ショックを受けている者もいた。

 だが、ギルムでの生活によって……あるいは自身の精神的な強さで精神的な衝撃を乗り越えたのか、気が付けば盗賊を殺したということを既に克服しているように思えた。

 もっとも、本当に心の底から克服したのか、もしくは人を殺したという衝撃……恐怖を表に出していないだけなのか。

 その辺はレイにも分からなかったが。

 とにかく眠っているところを襲撃された生徒達をそのままにしておく訳にもいかないので、レイはすぐにニラシスに指示を出す。

 ニラシスも何故レイがそのように指示したのかは理解しているので、頷くとすぐ生徒達の方に近付いていく。


(もしここに俺が……いや、セトがいなかったら、生徒達は最悪の結果になっていただろうな。男達はこの場で殺されるか、それとも違法奴隷として扱われるか。イステルは、女だけにもっと最悪の未来が待っていた可能性がある。そう考えると、セトがいたのは本当にラッキーだったな)


 そんな風に思いつつ、レイは近くにいる盗賊に近付いていく。

 その盗賊は足の骨が折られているらしく、動くことが出来ない。

 ……いや、足の骨が折れても手で這って逃げるということは出来るのだが、そのようなこともしていなかった。

 よほどセトの存在が怖かったのだろう。


「取りあえず一ヶ所に纏めるか。セト、ちょっと協力してくれ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 一ヶ所に集めるというレイの言葉だけで、自分が何をするべきなのかは十分に理解していたらしい。

 セトが近付くと、盗賊達は必死になって離れようとする。

 中には一部が燃えている盗賊がいるが、恐らくセトのファイアブレスによる傷なのだろうとレイには容易に予想出来る。

 そしてそれを見ていたレイは、ふと思いつきミスティリングからデスサイズを取り出すと、左手に持ち替え、右手で指を鳴らす。

 パチン、と。

 そんな音が周囲に響くと同時にファイアボールが生み出される。


「ひっ、ひぃっ!」


 レイの予想通り、ファイアボールを見た盗賊達の口からは恐怖に満ちた悲鳴が上がった。

 それを見ながら、レイはファイアボールを動かす。

 すると盗賊達はファイアボールから逃げるように……少しでも距離を取ろうと、必死になって逃げ出す。

 手足の骨が折れている者もいるのだろうが、這いずってでもファイアボールから距離を取る。


(これ、自分達が一ヶ所に集められているって理解してるのか?)


 一ヶ所に集められている盗賊達を見ながら、レイはそんな風に思う。

 そのくらいのことは気が付いてもいいように思えるのだが、盗賊達は素直にファイアボールやセトを使ってレイの思惑通りに一ヶ所に集まっている。

 動かないのは、運悪くセトの攻撃によって死んだ者達だけだ。

 そうして十分程も経つと、盗賊達は全員が一ヶ所に集まる。


「それで、レイ。盗賊達をここに集めてどうするんだ? 纏めて殺すのか?」

「それも考えたが、殺してしまうと金にならないんだよな。出来れば犯罪奴隷として売り払いたい。……ただ、この辺りに街があるかどうかが問題だ。セトに乗って上から見た限りでは、村もなかったし」


 もっとも、もし村があったとしても、そこに行く予定はないが。

 基本的に村に奴隷商はいない。

 あるとすれば、奴隷商が買い取りに来るくらいか。

 犯罪者や、あるいは金がない家の子供、もしくは借金を返せなくなった者達を奴隷商は購入し、それを自分の店で奴隷として売る。

 ただし、犯罪奴隷はともかく、きちんとした奴隷の場合は相応の扱いをしないといけない。

 とにかく普通の村では奴隷商はいない可能性の方が高い。

 当然だろう。村というのは小さなコミュニティだ。

 そんな中で奴隷を売ろうとしても、そう簡単には売れない。

 また、小さなコミュニティだからこそ、そこで売っている奴隷は顔見知りということになってしまう。

 とてもではないが、奴隷商として村でやっていけるとは思えない。

 なので、レイはもし村を見つけたとしても、そこに奴隷を持っていくつもりはない。

 あくまでも街……もしくは、都市だろう。


(ミスティリングに生き物を入れることが出来れば、すごく楽なんだけどな)


 そう思うも、ミスティリングに生き物を入れるのは不可能である以上、その件について考えても意味はない。


「なら、どうするんだ?」

「明日の朝にでも、少しセトで周囲を見て、離れた場所にでも街があったら、そこに連れて行って犯罪奴隷として売る」

「もし街がなかったら?」

「そうだな。……殺すしかないだろうな」


 街がない以上、盗賊を連れ歩くのは面倒でしかない。

 また、盗賊の人数……生き残りだけでもそれなりに数がいるので、セト籠に入れて運ぶという訳にもいかない。

 もっとも、セト籠に中に盗賊達と一緒に詰め込まれるのは、ニラシス達にとっても決して好ましいことではないのは明らかだったが。

 そうなると、盗賊をこのまま解放するという訳にもいかない以上、やはり殺してしまうのが手っ取り早い。

 ここで盗賊達を殺してしまえば、今後この盗賊達に襲われる者達はいなくなる。

 それは、間違いなく利益だろう。


「ま、待ってくれ!」


 レイの殺すという言葉を聞いた盗賊の一人……打撲はあるが、骨を折るような重傷は負っていない男が叫ぶ。

 レイの言葉を、自分達に聞かせる為の脅しであるとは思えなかったのだろう。

 間違いなく本気で言ってると、そう理解したが故の行動。

 このままじっとしていた場合、自分達は殺されてしまう可能性が高い。

 そう判断したからこそ、必死になって叫んだのだ。

 今ここで何も言わなければ、それこそ殺されてしまうと、そう判断したのだ。


「どうした?」

「その……近くに街はないです」

「……へぇ、自分で死ぬのを早めるとは、少し驚きだな」


 レイの言葉に、一ヶ所に集められた他の盗賊が余計なことを言うなと殺気の籠もった視線を向ける。

 今は少しでも長く生き延びる為に。

 睨まれた男も仲間が何を思っているのかは知っている。

 知ってはいるが、だからといって今この時を生き延びても、近くに街がなければ殺すと、そう言ってるのだ。

 そうである以上、今は何としてでも……少しでも自分が生き残る方法を考える必要があった。

 それこそ、犯罪奴隷としてでも、死ぬよりはマシなのだから。

 ただし、当然ながら犯罪奴隷として生き延びても、その扱いは過酷だ。

 モンスターとの戦いや、領地を持つ貴族同士の戦いで肉の壁として使われるか、あるいは鉱山で死ぬまで働かされるか。

 他にも色々と結末はあるだろうが、そのどれもが決して好ましい最後ではない。

 それでも……それでも、今ここで殺されるよりはマシだと、そうレイに声を掛けた男は思ったのだろう。


「それで? 死ぬ前の遺言くらいは聞いてもいいけど、どうする?」


 そんなレイの言葉に、盗賊達だけではなく様子を見ていた生徒達の背筋も冷たくなる。

 レイの言葉が冗談でも何でもなく、本音で言ってるのだと理解出来てしまった為だ。

 もしここで男が遺言だとして何か言ったら、それを聞いたレイは容赦なくデスサイズを振るって、あるいは黄昏の槍をミスティリングから出して、盗賊達の命を奪うだろうと理解出来てしまった。

 生徒達も、以前盗賊達との戦いで人の命を奪うという経験はしている。

 だが、それはあくまでも戦闘の中での話だ。

 戦闘力を失った相手を殺すというのは、可能な限りやりたくなかった。


(まぁ、それはそれで仕方がないけどな)


 生徒達の様子を見て、レイはそう思う。

 レイは日本……地球からエルジィンに来た時、ゼパイルによってこの世界で生きられるように倫理観の類を変えられている。

 その為、好んで人を殺すといったことはしないが、敵対した相手を殺すのを躊躇したりはしない。


「そ、その……そう、奴隷。実は丁度明日、俺達の拠点に闇商人がやってくるんだよ」

「……へぇ」


 闇商人という言葉に興味を示したレイは、デスサイズを下ろして話を続けろと視線で促す。

 レイと話していた男も必死なので、そんなレイの様子にすぐに説明を続ける。


「俺達を殺すよりも、闇商人を襲った方が利益になるだろ? だから、俺達を殺すのは待ってくれないか?」

「……なるほど」


 盗賊の言葉は、レイにとってもそれなりにメリットのあるものだった。

 盗賊という行為をしている以上、そう簡単に村や街、都市といった場所には入れない。

 顔が知られていない下っ端を向かわせて情報収集をしたりはするが、まさかその下っ端に手に入れたお宝を渡すといったことは、持ち逃げの可能性を考えれば出来る筈もない。

 その為、盗賊の多くが手に入れたお宝を売ったり、もしくは必要な物を購入する時は闇商人に頼ることになる。

 当然ながら、闇商人も高いリスクのある商売である以上、買い取る値段は安く、売る値段は高くなるが。

 それでも盗賊達にしてみれば、自分達が手に入れたお宝を売って、必要な物資を購入するには闇商人を利用するしかない。

 ……もっとも、闇商人もやりすぎると盗賊達によって殺されるので、好き放題出来る訳ではないが。


「なるほど、闇商人か。……どうする? 俺としては、盗賊達だけじゃなくて闇商人もこの際倒した方がいいと思うんだが」


 そう尋ねるレイに、ニラシスは真っ先に頷き、生徒達は躊躇しながらも頷くのだった。

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