3978話
じゅわぁっ、と魚が鉄板の上で焼ける音がする。
それを見ていた者達の喉がゴクリと鳴る。
昼にセトが……そして生徒達が獲った魚を、その場で内臓を抜いて下処理をした後、腹の中に香草や香辛料を詰めた魚。
それを夕方になって野営をする場所で、早速調理していたのだ。
レイがミスティリングからマジックアイテムの鉄板を出した時は、セト以外は全員驚きの声を発していた。
しかし、それも実際に調理を始めるまでだった。
フォイアボールによって熱せられた鉄板の上に魚を置くと、その瞬間に周囲には食欲を刺激する香りが漂う。
「どうだ?」
一応といった感じでレイが尋ねてみるものの、それを聞いた者達の顔には早く食べたいといった表情だけが浮かんでいる。
それだけ、魚を鉄板で焼く香りは食欲を刺激したのだろう。
(本来なら、こういう鉄板じゃなくて炭火で網焼きにするのが一番いいんだろうけど……何だっけ? 遠赤外線効果だったか。それによって美味くなるんだったよな。……俺のファイアボールでも同じようなことが出来ればいいんだけど。それとも、実はもう出来ているのか?)
そんな風に思いつつ、焼けた魚を皿の上に盛り付けてく。
「川魚の香草焼き、出来上がりだ。さて、そうなると次は何を焼くか。……川魚ときたら、海の魚でも焼くか?」
以前、レイがエレーナ達と共に海に行った時に獲った大量の魚は、今でも新鮮なままでミスティリングに収納されている。
それこそ新鮮そのものといった状態で。
……もっとも、魚の中には数日寝かせた方が熟成して美味くなったりもするのだが。
「海の魚か。……食べたいな。レイ、頼めるか?」
ニラシスのリクエストに、レイは笑みを浮かべて頷き、ミスティリングから魚を取り出す。
その魚は、鯛に似た魚だった。
ただし、大きさはそこまで大きくはない。
既に捌かれていた魚を、そのまま鉄板の上に乗せる。
じゅわああああ、と。先程の川魚の時と同じようで微妙に違う、そんな音が周囲に響く。
辺りに漂う、香ばしい香り。
それは先程の川魚同様に、鉄板の周囲にいる者達の食欲を刺激する。
「美味そう……」
そう呟いたのは、一体誰だったのか。
レイはそれが少し気になったが、今はそれを気にした様子もなく鉄板の上を見る。
このマジックアイテムの鉄板の長所の一つが、油を敷かなくても鉄板に焼いている食材がくっつかないということだ。
普通、鉄板や焼き網で魚を焼く場合、そのままは勿論、油を敷いてから魚を焼いても、皮がくっついて焼き魚がボロボロになることは珍しくはない。
だが、この鉄板はマジックアイテムの効果として油を敷かなくても全く問題はないのだ。
これは料理がそこまで得意ではないレイにしてみれば、非常に嬉しい。
レイは鉄板で料理をした経験は殆どない。
串焼きであれば、日本では川魚を獲るのが遊びでもあったので、釣るなり、銛で突くなりして獲った魚を、その場で焚き火をして木の枝で魚を刺して塩を振って焼き、持ってきたおにぎりとお茶で昼食にするというのよくやっていたので、それなりに慣れているのだが。
鉄板で焼く時も、食材にどれだけの火を通すか、焼き具合は、味付けはどの段階でするのか、引っ繰り返すタイミングは……それ以外にも様々な要素があるが、それでもレイにとっては鉄板に食材がくっつかないというのは、それだけで十分にありがたいのは間違いなかった。
(とはいえ、これって……絶対にこの鉄板を完全に使いこなしてるとは言えないよな)
もし本職の料理人がこの鉄板を使ったら、一体どれだけ美味い料理になるのだろう。
そうレイは思ってしまう。
レイがこの鉄板で料理をするというのは、例えるのなら非常に高性能なパソコンを購入したものの、ワープロソフトやインターネットをするくらいしかしていないようなものだ。
見る者が見れば、なんて勿体ないと思ってもおかしくはない、そんな使い方。
とはいえ、レイにしてみれば、今は無理でもいずれ使いこなせるようになればいいだろうと、そのように思っている。
……同様に調理器具のマジックアイテムとして窯があるのだが、こちらもレイはまだ完全に使いこなしてはいない。
寧ろレイよりも使う回数の少ないマリーナの方が、間違いなくレイよりも使いこなしていた。
この辺は純粋にレイよりもマリーナの方が料理の技術が上だからこそだろう。
ともあれ、レイはまだ完全に鉄板を使いこなしている訳ではないが、ここにいる面々の料理の腕は殆どがそう違わない。
その為、レイが鉄板で焼いた魚を食べても不満に思う者はいない。
……この中で一番舌が肥えているのは、貴族の出であるイステルだろう。
本来なら、イステルであれば出奔する前に食べた料理と比べて、美味い、不味いといったことや、具体的にどこがどのように失敗してるのかといったことを指摘出来るだろう。
だが……イステルにとって、レイは想い人だ。
強力な、強力すぎるライバルがギルムにいたことで落ち込みもしたが、幸いなことに今レイと一緒にいるのは自分だ。
こんな生活がいつまでも続くとはイステルも思ってはいないものの、それでもエレーナ達がいない今、自分だけがレイの側にいられるというのは、大きなメリットだった。
そんなイステルだけに、レイの手料理を食べられるというだけで、十分に満足出来る。
魚貝類を中心に夕食を食べ終わると、本格的に野営の準備に入る。
レイはいつものマジックテント。
そして他の面々は、レイに預けていた自分達のテントを使う。
「見張りは……どうする? 訓練ということでやらせるか?」
「今日は初日だし、疲れてもいるだろうから一日くらいは休ませてもいいと思うぞ。……セトがいるから、本当の意味で野営の見張りをするという訓練にならないのはどうかと思うが」
ニラシスの言葉に、レイはセトを見る。
夕食で食べた魚貝類が美味かったのか、幸せそうに目を細めて寝転がっている。
見た者を幸せにするような姿だったが、何人かの生徒達はセトに微妙な視線を向けていた。
当然だろう。レイにとっては見慣れた光景ではあったのだが、セトはサザエ……正確にはそれに近い形をした貝の壺焼きを食べる時、クチバシで貝殻諸共砕いて食べたのだ。
他の面々は、串を使って身を取り出して食べていただけに、貝殻ごと砕いて食べるというセトの行為はかなり驚くべきものだった。
レイが触った感じ、それこそサザエの貝殻と比べても明らかに硬さでは上だった。
それを噛み砕くのだから、セトのクチバシは一体どれだけ鋭いのかと、そう思ってしまう。
「グルゥ?」
何人かの生徒から畏怖とも呆れとも思える視線を向けられているのに気が付いているのか、いないのか。
ともあれセトはレイが自分の方を見ているのに気が付いたのか、どうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトに笑みを浮かべ、何でもないと言う。
「セトは食後の休憩をゆっくりとしていてくれ。……敵が来たら教えてくれたらいいから」
「グルルゥ」
レイの言葉に喉を鳴らして分かったと告げるセト。
そんなセトをそのままに、レイはニラシスと会話を続ける。
「とにかく、今日一日はゆっくりするのは構わないと思う。ただ、明日からはしっかりと野営の時に見張りはさせるってことでいいよな?」
「構わない。……ダンジョンの中でも、何気に野営をする時は多いからな」
それはニラシスの正直な気持ちだ。
これまでニラシスもダンジョンを攻略する上で、何度も野営をしてきたのだ。
ガンダルシアのダンジョンは、五階ごとに転移水晶がある。
だが、それはつまり次の転移水晶に登録をする為には、一気に五階を攻略する必要があるということを意味していた。
転移水晶があるのはあくまでも五階ごとである以上、途中でダンジョンを脱出するといったことは出来ないし、次にダンジョンに挑戦する時に途中の階から再開をするといったことも出来ない。
あくまでも五階ごとである以上、それは当然のことだった。
それだけに、一度に攻略する際はダンジョンで野営をするというのも珍しくはない。
勿論、五階を一気に攻略するとはいえ、その前に何階か進んでいたりといったことは普通に行うのだが。
ただ、セトがいるレイと違って地面を歩いて移動しなければならない以上、どうしても時間が掛かる。
「野営の訓練ってのは、冒険者育成校ではやってるのか?」
「ああ、夏の終わり近くになったら、近くにある林に行って野営をするな」
「近くの林……? あ、何となく分かるかも」
レイはダンジョンで入手した魔石を使った林を思い出す。
ガンダルシアからあまり離れていない場所にある林。
(なるほど、あの林はそういうのに使われていたのか。……まぁ、野営の訓練をするのなら、丁度いい場所かもしれないな)
林の中の野営の訓練。
レイにしてみればキャンプのようにしか思えない。
あるいは、生徒達同士のコミュニケーションをさせる目的で、野営の訓練というよりもキャンプ的な目的なのかもしれないなと、レイは予想する。
「その訓練は教官も参加するのか?」
「いや、基本的に教師組だけの筈だ。勿論参加したいと希望するのなら、教官であっても参加出来るけど。……参加するのか?」
「どうだろうな。俺の場合、野営をするにも普通とは違うし」
そう言い、マジックテントを見るレイ。
外見からは普通のテントのようにしか見えないものの、中身は下手な宿屋よりも快適な部屋が広がっている。
そのようなマジックテントを使っての野営が、生徒達の為になるかと言われれば……レイでなくても、首を横に振って否定するだろう。
だからといって、マジックテントを使わず普通のテントで野営をしろと言われても、レイは既にマジックテントでの野営に慣れきってしまっている。
普通のテントを使った野営は、どうしようもない限りやりたくはない。
(あ、けど……そうか。もし万が一にでもマジックテントが壊れると、その時は普通のテントを使って野営をする必要があるんだよな。元々俺のマジックテントは、ダスカー様から報酬として貰った……つまり、中古だし)
中古である以上、いつ壊れてもおかしくはないのも事実。
だからこそ、レイとしては何かあった時の為にマジックテントの予備が欲しいと思う。思うのだが……
「そう簡単に入手出来る筈もないしな」
「ん? レイ、どうした?」
思わず呟いたレイに、ニラシスが不思議そうな視線を向ける。
レイはそんなニラシスに、少し離れた場所にあるマジックテントを指さす。
「あのマジックテントだが、実はダスカー様から報酬として貰った奴だ。かなり良い品なのは間違いないが、それでも形ある物いつか壊れるって言うしな。あのマジックテントが壊れた時の為に、予備のマジックテントが欲しいと思っただけだよ」
「……贅沢な」
呆れたように言うニラシスだったが、マジックテントの便利さに一度慣れてしまえば、普通のテントには戻れない。
人は一度贅沢を覚えてしまうと、元の生活に戻れないと言われているが、それと同じようなものだろう。
「だろうな。それは分かっている。けど……自分で言うのもなんだが、俺は冒険者として優秀だしな。マジックアイテムを集める趣味もあって、それもそれなりに知られている。そうである以上、マジックテントを売りたいとか言ってくる商人……いや、商人に限らないけど、とにかくそういう相手がいてもおかしくはない」
「……だろうな」
ニラシスもレイの言葉を否定出来なかった。
何しろレイは、冒険者育成校の教官をやりながらダンジョンを攻略し、あっという間にニラシス達のパーティを追い抜いたのだ。
いや、ニラシスだけではない。
現在冒険者育成校の教官の中で、レイよりも深い階層を攻略している者はいない。
必然的に、レイは冒険者育成校の教官の中でトップに位置しているのだ。
そんなレイだけに……また、深紅の異名であったり、セトを連れているのもあって、ガンダルシアでも大きな注目を集めているのは間違いない。
それだけに、レイと接触して金儲けをしたいと考える者は多かった。
もっとも、レイはそのような者達を相手にはしていなかったが。
だが、もしかしたらそのような者達の中にマジックアイテムを売ろうと思う者も出て来る可能性がある。
レイにしてみれば、そのような相手がいてくれれば大歓迎なのだが……同時に、どうレイを騙して儲けようかと考える者が多いのも事実。
レイとしては、そのような相手には相応の報復をしようと考えているものの、幸か不幸か今のところそのような目に遭った者はいない。
「ともあれ、マジックテントはいつか手に入れたい。……ダンジョンで出ればいいんだけどな」
そう、レイは口にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます